「先輩、いてはりますか」
「なんやオオバヤシやないか。どないしたんや」
「実は折り入って相談したいことがありまして。ぼく、悩んでるんです」
「そうか。そら先輩としてほっとけんがな。どんな悩みや」
「実はぼく、係長になったんです。といっても、部下はヤマガミくんという若い社員ひとりだけなんですが」
「ひとりでもええがな。おまえもやっと管理職になったわけや」
「はい。それで張り切ってたんですが、なんかヤマガミくんが何考えてるのか、いまいちわからんのです」
「ほう」
「ぼくの言うことを聞いてるのか聞いてないのか、さっぱりわかりませんねん。ぼーっとひとの顔見てるかと思えば横向いたり。しやけど、怒ってばかりで『係長になったと思てえらそうにしてる』と思われたくないじゃないですか。ほんま最近の若いやつはやりにくうて困りますわ。どないしたらええと思います」
「心配するな。実はひそかに入手した薬がある」
「薬?」
「なんやオオバヤシやないか。どないしたんや」
「実は折り入って相談したいことがありまして。ぼく、悩んでるんです」
「そうか。そら先輩としてほっとけんがな。どんな悩みや」
「実はぼく、係長になったんです。といっても、部下はヤマガミくんという若い社員ひとりだけなんですが」
「ひとりでもええがな。おまえもやっと管理職になったわけや」
「はい。それで張り切ってたんですが、なんかヤマガミくんが何考えてるのか、いまいちわからんのです」
「ほう」
「ぼくの言うことを聞いてるのか聞いてないのか、さっぱりわかりませんねん。ぼーっとひとの顔見てるかと思えば横向いたり。しやけど、怒ってばかりで『係長になったと思てえらそうにしてる』と思われたくないじゃないですか。ほんま最近の若いやつはやりにくうて困りますわ。どないしたらええと思います」
「心配するな。実はひそかに入手した薬がある」
「薬?」
「まだ実験段階で市販されてないが、なんと『相手の気持ちがわかる薬』。これがあればその、ヤマガミくんの気持ちもわかるはずや。相手が心に思ってるけども口にしていない言葉も、まるで実際にしゃべっているように感じ取れる薬や。どや。すごいやろ」
「へー...しやけど、実験段階って、ぼくで人体実験しようということですか。副作用とかないんですか」
「そんなもん、たぶんないにきまってると思う」
「力強く言うかあいまいに言うか、どっちかにしてください」
「とりあえず一日分あげるから使ってみたらどうや。ただ、言うとくけど、これをのんだからとゆうて、ただぼうっとしていては何もわからん。あくまでも自分が話しかけてる相手の気持ちがわかるようになってる。つまり、薬をのんだ人が話しかけた言葉は相手の心に直に届くので、それを手がかりとして相手の心の反応がわかると、そういう理屈やそうな。しやから、とにかく話しかけんと何もわからんぞ。わかったな」
「わかりました。早速使ってみます。さすが先輩や。ありがとうございます」
翌々日。
「先輩、いてはりますか」
「オオバヤシか。どうやった、あの薬」
「はい、もうばっちりでした。よう効きますねえあの薬。ところがぼく、先輩に言うのを忘れていました」
「なんや」
「ぼく、何にでも話しかけるくせがあるんです」
「そういえば学生時代から人なつっこいところがあったかもしれんな。それが何か」
「朝起きて薬をのんで会社に向かいました。いつも通る道にパグ犬を飼ってる家がありまして、いつものように『ジョン、元気か〜』と話しかけました。そしたら『元気かどうか見たらわかるやないの。見るからに顔色も悪うてしんどそうやと思えへんか。だいたい私の名前はジョンやのうてサユリやし。私はパグ犬やけど、あんたは間違うてばっかりでバグ人間やな』と、こない答えまして、びっくりしました」
「それそれ。薬の効果やな。まるで相手がしゃべってるように感じられるのや」
「はい。薬のおかげでジョンの性別までわかりました。えらいもんですわ。10年間オスやと思いこんでましたが...。そのあと、歩いていると道ばたにあったゴミ箱に蹴つまずきそうになりまして。思わず『なんでこんなとこにゴミ箱があるんじゃー』とゴミ箱に向かって言いました。そしたら『私はゴミ箱ではない私はゴミ箱ではない。そんなものであるはずがない』とぶつぶつつぶやく声が聞こえました。どこか思い詰めたような声でして、これはそっとしておいたほうがよさそうだと思い、その場を立ち去りました。
ところが駅の改札を通るとき、ピタパカードをぱんっとくっつけながら思わず『今年の阪神、どう思う?!』と改札機に話しかけまして」
「ほんまに何にでも話しかけるやつやな」
「そしたらこの改札機が熱烈な阪神ファンでして」
「ほんまかいな」
「『今年は優勝間違いなしやがな! 昨日の試合見たやろ。巨人に連勝や。関本の先制ホームランがきいたなー』『その前はホームラン5本やし!』『まあ本気出したらあんなもんやな。今年はいけるで。城島がいてるし』『巨人に二連敗したときは心配したけどな!』『気にすんな。二連敗がこわくて三連敗ができるか!』『そらそやな! わはははは!』もう、話がはずみまして。はっと気づくとぼくのうしろに人がいっぱいで、駅員が飛び出してきそうになったので、あわててホームに行って電車に乗りました」
「おまえもはた迷惑なやつやな」
「それで会社の最寄り駅に着きまして、電車を降りて改札を通るときにまた『阪神、どない思う〜!』と話しかけましたら、この改札機は巨人ファンやったんですな。『ちっ』とひとこと言うとバーを閉めてしまいました。ピポンピポンピポンピポンと音が鳴り続け、飛び出してきた駅員にも原因不明でどうしようもできません。たぶん、まだ鳴ってると思います」
「いや、鳴ってないやろ」
「それから会社に向かって歩いていると川が流れていて、川面には桜の花びらが浮かんでいます。つい川の水に向かって『風流やなー』と話しかけましたんですが、なんせ川には水がいっぱいありますねん。先輩、知ってはりますか」
「知ってるがな」
「それでみんな、自分に話しかけられたのかどうかわからなくて、水が全員きょろきょろし始めまして。川面はばちゃばちゃ波立つし、ぼくを発見するとわれ先に答えようとするもので、ぼくの前で水が山盛りになりました」
「うそをつくな」
「それで駅員が飛び出してきまして」
「駅員は関係ないやろ」
「ぼくもこれは大変やと思って、川を離れました。しかし、こうなるとますます何にでも話しかけたくなるじゃないですか。それでしゃがみこんで道路に」
「話しかけたんか」
「話しかけようと思ったんですが、道路も大きすぎるのでまた玉突き事故でも起こって困ったことになってもと思い、たまたま落ちていたコンクリートのかけらに『おーい、六本木ヒルズと六本木ヒズルはどっちが正しいかわかるか〜』と話しかけました」
「ほかに話しかけることはないんか」
「するとコンクリートの組成要素であるセメントと砂と砂利がそれぞれ、これは一体自分に話しかけられたんだろうかどうかと悩み始めました。それで、ああ悪いことをした、コンクリートも忙しいのにと思い、そばにあった砂粒をつまみあげて『六本木ヒルズと六本木ヒズルはどっちが正しいかわかるか〜』と話しかけました。すると不思議なことに頭の上から『おまえはあほか』と声が降ってきました。通りかかったおっさんの声でした」
「おれでも言うと思う」
「それでやっと会社に出勤したんですが、どうもそこまでで薬の効き目を使い果たしたようで。肝心のヤマガミくんに話しかけてもいつもと同じでした。すいませんが、もう一日分、いただけませんか」
「難儀なやつやな。まあ仕方ない。ほれ、ここにある。言うとくけど、あんまり必要ないものには話しかけるな」
「はい、わかりました」
翌々日。
「先輩、いてはりますか」
「オオバヤシか。今度はどうやった」
「はい、今度は薬をあまり使わないようにしました。ジョン、やないサユリにも『元気出せよ〜』と声をかけるだけにしました。改札機には話しかけようとしたんですが、7台あるうちこないだの改札機がどれやったか忘れてしまいまして、どことなく面影の似ていた1台に『阪神応援しょうな!』と話しかけると『わしは朝青龍を応援してたんや...』と言われました。改札機違いでした。川にも道路にも、ぐっとこらえて話しかけませんでした。それで会社でヤマガミくんが席に着くなり『おはよう、調子はどうや!』と声をかけました。すると、驚きました」
「どないしたんや」
「ヤマガミくんは『おはようございます』と言いながら心の中で『まったく、顔に花が咲いてる人ってどうなんだろう』と思っていたんです。あわてて洗面所に行って鏡を見ると、なんとぼくの右の小鼻のわきになにか芽が出て葉が出て、そこにつぼみがついて花が咲きかけてるじゃないですか。ヤマガミくんは毎日、それが気になって気になって、ぼくの話を集中して聞けなかったんですよ」
「ああ、それかいな。おれもこないだから何やろと思てた」
「え、先輩も気づいてたんですか」
「あたりまえやろ。顔に花を植えてる人も珍しいからなあ」
「植えてませんって。こんな大事なこと、なんで早う言うてくれないんですか。そしたら、何も薬のまなくてもよかったのに...あ、そや。先輩。もう一回薬くれませんか」
「なんでやねん」
「この、ぼくの鼻のわきに生えてるけったいな花に、いったい何考えてぼくの顔に生えてきたのか聞いてみたいんです」
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