アナログステージ[93]とりわけ何もない日常生活が面白い
── べちおサマンサ ──

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コンニチハ、べちおです。すみません、仕事が予定外(というか、予想外)の方向で忙しくなっており、今回はまともに原稿が書けないので、禁じ手である、過去ログから抜粋! です。 いま読み返すと、アホらしさの中に、いろいろな思い出が詰まっているもんですね。話はまったく繋がっておりませんが、4本のコラムからどうぞー。

●365日大殺界なおじさん

チョロリーん。と飲みにいった店で、見るからに人生の不幸を背負っているようなおじさんがいた。っても、オイラより少し上くらいだろか。

なんで初対面なのに『人生のすべての不幸を背負っている』ように見えたかというと、スーツというか、スラックスのようなズボンが膝から破けている。この店に来る途中に、リードが外れたイヌに追いかけられ、イヌが苦手なおじさんは、有刺鉄線の間を潜り抜けてきたのかもしれないが、着ていたシャツに、「愛」って、でかでかとプリントしてあるのに注目。

それに追加して、自宅でポイントパーマしてみました。みたいな、なんともツッコミが入れにくいヘアースタイル。これはものすごいインパクトだ。いや、もう夢に出るのは確定した感じ。

で、「話しかけられたら、ちょっと困るかも」と、予想通り困った展開に。あー、もう、ほっといてくれていいのに......と腹の中では思いながらも、「ズボン、どうしたんですか? ムシに喰われちゃったんですか?」と、タンスの中に何のムシ飼ってんだよ! ってくらいのツッコミを予想したが、「先月くらいに破けちゃったんだよね」と、いたって普通。

すごい反応に困る。




先月から破けているの分かっているなら、新しいの買うとか、縫うとか、アップリケでも貼って補修しておけばいいのに。で、何かツマミながら飲もうと、謎の穴あきズボンおじさんに「いっしょになにかツマミます? ボク払いますんで...。」と訊くと、ラミネートされたメニューを覗き、「この大吟醸でもいい?」ときた。

おいおい、初対面なのに、随分と勇者な発言じゃないですか。なにかツマミます? って訊いたのに、日本酒くれって、心の準備とかしてないから。ま、たいした金額でもなかったので、焼き鳥のセットと一緒に大吟醸を頼む。

「おにいさん、気前いいね、ありがとう、名前、なんていうの?」「みんな、べちおって呼ぶんでべちおでおk。で、にいさんは(家)近いの?」

と訊いたとたん、おじさんは目がウルウル。しまった、NGワード踏んでしまったかも......と、話しを別のほうへ逸らそうとしたら、

「マンションを嫁にとられたねん」
「あらららら......そーなんですか、お気の毒に」
「せやろ? おれ、何も悪くないねんな」
「おじさん、関西のほうなの?」
「千葉だよ」

いや、千葉でも構わないが、なんか、すげー面倒だ。明日に続く。

●続・365日大殺界なおじさん

続き。

その前に......やっぱり時間置いちゃうとダメですね、会話のやり取りが霞かかっている感じになってしまって、「こんな感じで喋っていたよなぁ......」って。長文になっても、勢いがあるうちに書かないと、鮮度は保てないのが、よーわかった。ではでは、続きヲバ。

なんでも、一年ちょい前に、嫁さんとお互いの仕事のことで揉めて以来、険悪どころか、私生活にいたる殆どを制限されてしまったらしく、普段着はもちろん、いろいろなものを奪われてしまったそうだ。

「それって、どっちが悪いとかじゃなく、ガツンと奥さんに怒ったほうがいいですよ。」
「怒ったけんね。一回、警察が来るくらいのケンカして。近所が通報したらしいけん」
「おじさん、千葉だよね?」
「そや」

おおおお、なんか、いい具合に面倒だぞ、こりゃ。うんうん頷きながら話を聞いて呑んでいたら、いつの間にか、出てきた焼き鳥のセット(5本)、一人で食っちまいやがった。仕方ないので、「ヤッコでも食べます?」と訊き、食べるというので、ヤッコなら食われないだろうと、冷奴をふたつ追加する。

「ところでさ、べっちゃんは結婚してるの?」
「あ、いや、べっちゃんって、なんか、潰れちゃってるような感じだから、『べ』にアクセントおいてよ、アハハ。」

なんか、車に轢かれてべっちゃんこになった蛙みたいな感じだったので、とりあえず修正をお願いした。

「コックやっていてね、勤めていたお店を辞めて、自分の店を出したのよ」
「おぉ、そうなんですか、なんのお店やっていたんです?」
「そばや」
「ハイ? ソバ屋さんも、コックさんって謂うんですか?」
「うそうそ、イタリア料理。けっこう繁盛していたんだよ」
「ってことは、もう閉めちゃったんですか?」
「怪我してね。コックがオレしかいなかったから......」
「あらららららら、結構でかい怪我だったんです?」
「包丁で指切った」

あはは......。なんか本格的にめんどくせーな、こりゃ。

んで、冗談交じりとはいえ、本当に大きな怪我がもとで、長期間、店を休業していて、今日に至るらしい。結局、家賃やらが滞納して閉めざるをえなかったと。それから他の仕事につくも、奥さんから家を追い出されているらしい。

で、ここからが、ビックリ。おじさんが突然、鼻血を噴き出したのよ、タラっとではなく、ドっパぁーー!! って。もう、出てくる瞬間とか見ていたし、カウンター血だらけだし。食いかけのヤッコなんか、トマトソースの豆腐サラダみたいだった。

店のマスターもびっくりして、とりあえず、おじさんを通路に寝かせたのね。で、鼻血の量がハンパないし、どっかの血管切れたとか、脳内出血とかだと困るので、救急車呼ぶ? ってなったんだけど、頑なに「大丈夫、大丈夫」って拒むのよ。

大丈夫っていっても、こっちは酔いが一気に醒めちゃって、ゆっくり酒愉しんでいるって気分じゃなくなっちゃうし。10分くらいかなぁ、横になっていたおじさんが起き上がったと思ったら、飲みかけの酒のみ始めるし。今日は酒は飲まないほうがいいって宥め、とりあえず、今日はもう帰ろうと。

お会計済ませて店を出ると、おじさん、チャリンコで来ていたようで、あ、近所なんだなぁって安心して歩いていたら、後ろから凄い音がした。おじさん、電柱と壁に追突。戻って近寄ってみると、チャリンコの前のタイヤとカゴがめちゃくちゃ。

チャリンコを押して帰るおじさんの背中を見ながら「こりゃ、奥さんも怒るわ」って、しみじみと感じたわけです。なんか、他にもいろいろあったんですけど、人生って、凄いなぁ。

明日は我が身かも知れなんなぁ。

●評論は誰のためにある

この世の中に星の数ほどの職種が存在するように、同じく、星の数のように存在する評論家。政治評論家から始まって、軍事評論家や野球評論家、新しい事件が起こると、ワイドショーに出演している新手の評論家。

ありとあらゆるジャンルや事物に対して存在する評論家ですが、まだ存在していない評論家を思いつきました。評論家を評論する評論家、即ち、評論家評論家である。

よくよく考えれば、人よりその物事の教養に長け、その対象となるモノが好きなら、誰でも評論家を名乗ることができよう。評論家=フェチズム+知識×月日 の公式も当てはまるかと。

軍事評論家など、朝から戦車やバズーカーなどを眺めながら、朝食の温泉タマゴを食べようとしたところに、「ぁあ......この色艶......卵型手榴弾M39にそっくりだ」と言いながら、向い席に座ってるGI・ジョーに語りかけたりしているかは知らない。

あるテレビ番組の特番で、健康を警鐘する番組が放送されていたとする。そこで、オナラ評論家が登場していたとし、オナラの大切さを淡々と......。時には鼻の穴を広げて熱弁していたとしよう。

「クンクン......うーむ、このオナラは発酵型のオナラで、とても健康的なオナラですね。今日の朝ごはんはカロリーメイトですね?」

「ハイ、次の方...... ぐっワハハハハァァァぁ!! な、な、なに食ったんですか! ちょっと!! 鼻が曲がったどころか、腸が捻じれちゃったじゃないですか! あと1週間くらい熟成させたら、20人は軽く殺せますよ?! オナラではなく、化学兵器ですよ?! 早く医者に行きなさい!」

など、パネリストと口論が始まったりしたとしましょう。そこで評論家評論家の登場です。

「いやいや、あなたのオナラ評論は全くもってダメです。まず第一に、オナラ本来の目的を忘れており、音・長さ・匂い、この三拍子をきちんとテイスティングするのが、オナラ評論家の存在で、あなたはただ匂いだけを追求しており、それではただの変態でしかありません」

と、不甲斐ない評論家を評論しかえすのである。

しかし、評論家評論家などを召致しても仕方ないので、仕事はまず来ないだろう。なぜなら、評論家評論家とは、ただのクレーマーの恐れもあるからだ。

まったくもってボツな話である。

●実は存在していない言葉

今日の夜食は、アサリが大粒で美味しそうだったので、たまにはボンゴレを作ろうと、3パック購入。パックに幽閉されていたアサリたちを、塩水を張ったボウルに移すと、プクプクと息を吹き返す。

余談ですが、スーパーでパックに入っているアサリは、短時間でもいいので、食べるまでの間、塩水に入れておくと、美味しさが格段に変わったりします。なんでかは知りません。

改めてコンバンハ。最近、生の美と消費連鎖の狭間に、いろいろな情景を思い浮かべるべちおです。久々にテレビに目を向けると、どこのチャンネルを回しても、メディア裏で養殖され続けている芸人さんばかりですね。

9月に入ってから、電気を必要とする無機質生態から、アミノ酸を必要とする、温もりを見つめています。I/Oの世界から、0-10の世界に戻ってくるのもいいもんです。新しい研究分野の開発で、異業種の人と接する機会が多くなっているのですが、話をしていて気が付いたことがひとつ。

会話をしているとき、「あ、このヒトって視野が狭い」と感じることが、皆さんのなかでもあるかと思います。その会話の内容を文字にして読むと、「そりゃそうだ」って思うんですけど、会話から汲み取ると、ものすごくオカシイんですよね。

とにかく多いのが、自分なりの確信的な世界が構築されていて、例えると、「カレーライスにソースをかけて食べるのは、絶対当たり前」のような、そんな雰囲気にみんなをもっていこうとする。興味がない人や、ほかに美味しいカレーライスの食べかたを知っている人からすると、盲信っぷりに苦笑するだけで、あえてツッコミを入れないのも大人の優しさ。

食べ物の嗜好は人それぞれなので、自分が美味しいと思う食べかたでいいと思うのですが、「なんでやらないの? 絶対美味しいから。騙されたと思って、ホラ」なーんて、根拠のない持論を持ち出されても、対応に困るだけだ。

まぁ、今更ですが、「絶対」という言葉は、文字にすると存在する言葉であって、実生活においての「絶対」なんて、殆どありえない、超常現象に近いような言葉だと思うんです。

自分自身、失敗できないような状況のなかで、「絶対に大丈夫、絶対大丈夫だオレ(ワタシ)!」と、自身を奮起させる材料は別として、確率論を謳わなければいけない状況での「絶対」は、ただ単に、自己顕示のひとつでしかないんですよね。

というのは、絶対が崩れてしまったの時のリスクが、とても一人で背負えるものではないので助言しているのですが、先に書いたように、話を理解しようとしない。理解できていれば、「失敗したら自分一人で責任を負えば済む」という思考は、社会人の前に大人ではない。特に、日本社会では連帯が付き物だということを忘れているようだ。

個人事業で、一人でやっているならともかく、「会社としての責任も考えないとダメですよー」って。ワタクシは、うやむやに話を濁せと言っているのではなく、失敗したときのリスクも考慮して発言しておかないと、貴方を含め、会社全体に負担がかかってしまうケースも有り得ると言っているのだけど、全然話を聞こうとしない。

この困った「大人」をどう扱うか、「大人」の見せどころですかね(笑

【べちおサマンサ】< pipelinehot@yokohama.email.ne.jp >

NDA拘束員であり、本当の横浜を探しているヒト。カメラ男子。
Twitterはコチラ→< http://twitter.com/bachiosamansa
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まとめはコチラ→< http://start.io/bachio
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△▼過酒雑記──今日の酒は明日の肥し▼△

●愛犬4号(お名前:ケイト 犬種:ボルゾイ)の老化現象が突然表面化。ピョンピョン飛び跳ねていた翌日に、ガタガタっと下半身から崩れ落ち、「こら、ケイト、そういう演技は人間がするもんだぞ」と、冗談交じりで話しかけるも、ケイトの目がマジ。飼い主はビックリどころの話ではなかった。急いで獣医さんへ連れていき、レントゲン、血液検査、エコーまで可能な検査をやるも、異常はなし。

診断は老化による筋力の低下。「えええ? 昨日までピンピンしていたのに、なんで突然?」と不思議に思ったのも一瞬だけで、徐々に病気が進行していき、様子を目で追っていけるものもあれば、突然襲ってくる病気もある。それはヒトでもイヌでも同じことだと、自分なりに納得。

自力で立つことすらできなくなってしまったけど、食欲もあるし、まだ目に力があるので、いまのところ安心はしているけれど、オイラ自身の中では、「来る日」が近づいていることも分かる。でも、「ただ生かされているだけ」という、自然に反するようなことはしない。

なので、自然に身を委ねる。それがお互いにベストだと判断するまで時間が掛かった。といっても諦めたわけじゃい。治ってまた散歩したり、遊びにでかけたりできるのが本望。

先週からラボへ一緒に通勤し、オイラの机の横で寝ている。残された時間を、悔いのないように過ごしたい。