《なにぃ「プラモデルは組み立てて楽しむもの」だとぉ》
■ローマでMANGA[110]
イタリアのきみはひとりでどこかにいく
midori
■グラフィック薄氷大魔王[528]
「くっつくペンスタンド」他、小ネタ集
吉井 宏
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■ローマでMANGA[110]
イタリアのきみはひとりでどこかにいく
midori
https://bn.dgcr.com/archives/20170712110200.html
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ローマ在、マンガ学校で講師をしているMidoriです。私の周辺のマンガ事情を通して、特にmangaとの融合、イタリア人のmangaとの関わりなどを柱におしゃべりして行きます。
●ヴィテルボでmangaのワークショップ
ローマの北100キロ程のところにヴィテルボという街があり、その郊外にある私塾のオーナーにスカウトされ、mangaのワークショップをやるようになって三年。
https://www.tripadvisor.jp/Attractions-g194950-Activities-Viterbo_Province_of_Viterbo_Lazio.html
(ヴィテルボはこういうところ)
https://www.arsartisviterbo.com/manga
(私塾のmangaのページ)
mangaのワークショップの問い合わせがあることから開設になったわけで、私の前に中部イタリアのmanga学校の先生に来てもらったけど、授業内容が気に入らなかったとかで新たな講師探し、ネットを通じて私に行き着いたそうだ。
最初の年、会計的に成り立つということで、参加者はたったの四人だったけれどmangaワークショップを開催した。
私塾経営者、画家、グラフィックデザイナーのヴァレリオは、最初の授業の時に「サイトに載せる写真を撮る」という理由で、最初から最後まで教室にいた。
確かに写真を撮っていたけれど、授業内容を知りたかったのが最大の理由だった。真面目に経営している証だ。
私はmanga風な絵の描き方よりも、manga風な構成の仕方、その構成の仕方がどこから来ているのかまでを説明する。そのやり方がヴァレリオのアーティストとしてのあり方と重なったらしく、大いに気に入ってくれて、三年続いているわけだ。
ローマ、ヴィテルボ間は電車があるものの本数が少ない。むしろ手前のオルテへ行く電車が一時間に一本と予定に合わせやすい。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%83%86
私は電車でオルテまで行き、ヴァレリオが車で迎えに来てくれる。
オルテからヴィテルボの私塾の場所まで車で30分、行き帰りに、家族の話や日本の文化や、読んだ本やアートの話をする。
考え方やあり方に共通点があり、この20歳年下の画家さんと友情を育んでいる。
しかも、以前書いたように、私の本を「これはmangaとかグラフィックノベルとかではなくて、良い本というカテゴリーに置かれるべきだ」と気に入ってくれたのだからなおさらだ。
mangaワークショップへの問い合わせは多く、サイトでもmangaのページへのアクセスが多い。にもかかわらず、蓋を開けてみると実際に参加する人が五本の指で数えられてしまうほどしか集まらない。
ヴァレリオがお金と時間をかけて、市の発行する新聞に広告をのせたり、書店のウィンドウにチラシを貼らせてもらったり、宣伝に努めたにもかかわらず。
参加希望者は高校生が多いので、授業のない土曜日にし、学校とワークショップの宿題をする時間が持てるよう、隔週にやって来た。
今年は、月一で四回。一回ごとにテ一マを変えて、一回だけでも参加できるという構成にした。
すると、参加者は八人になった。昨年から来ている中学生(昨年は小学生だった)の女の子、もはや常連の二十代後半の青年含め、二十代後半と三十代前半の女性二人も加わった。
やっと、ヴィテルボの人々のあり方と、私の授業とのうまい組み合わせが見つかったのかもしれない。見つかったというより、ヴァレリオの工夫のおかげだけど。
●大塚英志・七字由布「きみはひとりでどこかにいく」を教材に
四回の講義は、二回は描画、二回はストーリー作りということにし、描画、ストーリー、描画、ストーリーと交互にした。
そのうち、描画とストーリーの一回づつ大塚英志さん(日本の批評家、民俗学者、小説家、漫画原作者、編集者)の本のお世話になった。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%A1%9A%E8%8B%B1%E5%BF%97
まず、第三回目の描画の授業。大塚さんの著書の中に「きみはひとりでどこかにいく」という創作絵本がある。
http://www.ohtabooks.com/publish/2010/08/05163507.html
基本になる簡単な背景と必要なところにヒトガタがあるだけで、後は読者(?)が好きなように描きこんで、一冊の絵本に仕上げるというもの。
描画の授業といっても、うまく描くためのテクニックを教えるのではなく、むしろ、うまく描こうとする下心を捨てて自分と向き合うというか、自由になるというか、枠から外れていい、ということを体験してもらうという授業だ。
枠から外れていいと言いながら、沿うべき基本は決まっているけれど。でも、枠がなければ自由もない。光と影のような関係だと思う。
本の後ろに「出版社は喜ばないでしょうが、この本をコピーして利用してもらって……」という意味のことが書いてあったのをいいことに、コピーして利用させてもらった。
この物語は「行って帰る」という物語の基本にも沿っていて、知らぬうちに「私の」冒険物語ができてしまうわけだ。
イタリア人って自由奔放な精神、なんでもテキトーな人種だと思っている日本人が多いのは知っている。正しくは、テキトーにする部分が日本人と違うということである。
この絵本の最初に、丸い頭に丸い胴体に丸太ん棒の手足のヒトガタがある。
「これはきみだ。どんなかおをしている? どんなふくをきている? 絵にかいてみよう」とあって、ようするに自画像を描く。
本の最後部と「物語の体操」(星海社)に載っているワ一クショップの結果(当然描いた人は日本人)を見ると、このヒトガタの線を無視して描いた人が結構いる。
大塚英志「物語の体操」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061385399/dgcrcom-22/
ところが、こちらは全員、ヒトガタの型の中にきれいに納めて描いたのだ。これから見ると自由奔放は日本人の方だ。
物語が進むに連れて、「自由奔放」な人といわゆるスタンダードな、それこそ「枠」からはみ出せない人の差が大きくなり始めた。
常連の二十代後半の青年は、枠からはみ出せない人だ。mangaを職業にしたいという割には描く量が少ないし、その結果、描画のレベルも低い。作品を作ってもらうと、どの作品も(例えば自画像も)ナルトのようなトンガリ髪型の同じ人物を描いてしまう。
最後のページにもう一度ヒトガタがあって、今度は全身ではなくて胸から上。ここでもう一度、冒険後の自分を描く。制作しながら枠からはみ出して行った人は、ここでも枠から外れて自分を描いた。
https://www.amazon.it/clouddrive/share/6lR9oUBDXOOkyDh17lmcydbt6SLi7F9ZusD78Bt11Zh
「きみはひとりでどこかへいく」製作中
四回目、最後のワークショップは「物語の体操」にあった、大塚さんが考案し、実際に自分でも漫画原作制作に行き詰まると使い、またワークショップにも使ったという「タロットカード」を用いてプロットを作ってもらう。
1:24枚の抽象的な言葉、知恵、生命、秩序、解放、変化などを書いたカ一ドを用意する。
2:それをシャッフルして、参加者に一枚づつ計6枚引いてもらい、タロット占いのように1から6までの位置にそのカ一ドを配置する。
1=主人公の現在 2=主人公の近未来 3=主人公の過去 4=援助者 5=敵対者、6=結末(目的)
3:それぞれのカードの意味するところに沿ってプロットを作る。
これを一時間内に五本作ってもらう事にした。今回選ばれたカードは次の通り。
1=知恵(主人公の現在) 2=厳格(主人公の近未来) 3=意思(主人公の過去) 4=誓約(援助者) 5=愛情(敵対者) 6=治癒(結末〈目的〉)
敵対者あるいは邪魔するものが「愛情」と、皮肉な結果になってしまったが、むしろ工夫をせざるを得ないことになって面白かった。
三回目の授業、「きみはひとりで…」で自由奔放に枠からはみ出た度合いが高いほど、時間内に五本仕上げ、しかもちゃんと六つのキーワードに沿ったプロットを作った結果になったのは興味深い。
くだんの常連青年は四本作れたけど、どれにもキーワードが一つか二つ欠けていた。
一人づつ、全部のプロットについてどのキーワードが欠けているか、指摘してあげたかったけど、時間がなくて残念だった。
ワークショップでやったことは、manga制作の方法のとっかかりのひとつであって、皆、家でちゃんと続けてね。このプロットも見直して、キーワードが欠けていたら書き直してね。時間内に五本できなかった人は仕上げてね。というのがせいぜいだった。
一回のワークショップごとに、テーマを変えて独立したものにするという「枠」で授業を構築するのは簡単ではなかったが、別の見方を取得できてよかった。
例えば、一年間授業があったにしても、そのような短い時間でmanga構築法のすべてを伝達することは出来ないのだから、何かに特化する、掘り下げて理解力を深め、気づけるようにする、というのがmanga学校でのセミナーにもいいのかもしれない。
ヴァレリオと、また来年ね、とイタリア風のほっぺをつける挨拶をしてオルテの駅で別れたのでありました。
Midori/マンガ家/MANGA構築法講師】midorigo@mac.com
日付を勘違いする、なんてことしばらくやってなかったのだけど、今回やってしまった。私の担当日を間違えて覚えてた。編集部にご心配かけました。お手数もかけました。ごめんなさーーーい。
MangaBox 縦スクロールマンガ 「私の小さな家」
https://www-indies.mangabox.me/episode/58232/
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■グラフィック薄氷大魔王[528]
「くっつくペンスタンド」他、小ネタ集
吉井 宏
https://bn.dgcr.com/archives/20170712110100.html
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●WACOMドライバ問題、今度こそ完治したかも?
七週間ぶりのアップデート、WACOMドライバMacOSX - Driver6.3.23-3、キター! 一個前のドライバの「素早くクリックできない問題」は直ったのだが、代わりにFinderやPhotoshop等のショートカット「command+option+ドラッグ」で不具合が発生していた。今度こそ直っててくれー!
入れたー。上記の不具合含めて全部直ってる! ヤター!! 他に新しい問題が見つからなければ、昨年10月以来ようやく完治、かな? しばらく注意してみる。
MacユーザーでWACOMペンタブ使ってる人は、数十万人の規模でいると思うんだけど、なんでこの不具合がメジャーになってなかったのか不思議。密かにこの症状に悩んでた人は多いはず。
SierraでWACOMのペンタブ使ってる人は全員引っかかってたんだよ。
昨年9〜10月に発覚したのは、Sierraでペンタブドライバのバージョンによって「commandキーが押しっぱなしのような挙動にたびたびなる」と「クリックが素早くできず、ダブルクリックとして認識される」の二種類。
一時はこのWACOMドライバ不具合のために、MacやめてWindows移行を考えたくらいだもんね。移行しなかったのは、Windowsでもペンタブドライバに悩まされるらしいことがわかったのでw
心配なのは、不具合がSierra由来と思われる件。WACOMの他二社のペンタブドライバでもSierraで同じ症状が出ていたのだから、WACOMドライバではなく
MacOSの問題と考えるのが自然だ。
今回、WACOMのエンジニアがどうにか正常に動くようにがんばったのに、次のMacOS High Sierraで振り出しに戻る可能性もなくはなさそう。
(正確には、問題が発覚したのはSierraリリース直前のEl Capitanと当時のWACOM最新ドライバの組み合わせ。古いドライバに入れ替えれば問題が出ない。で、Sierraでは古いドライバでも回避できなくなった。)
あと直接関係ないけど、Intuos Pro無線接続について。何度かのBluetoothアップデートを経て、ゆらゆら頼りない感じがなくなってきた。以前のUSBレシーバー方式並みになってきた。
Mサイズでは有線接続とほぼ変わらないように感じる。Lサイズではまだちょっとゆらゆら感がある。
●くっつくペンスタンド
CintiqのExpress Key Remoteが弱いマグネットでくっつくのは知ってたけど、ペンのスタンドがくっつくのは今気づいた! 初期の15インチCintiqの側面にはペン立てをくっつける溝があったんだけど、以降のCintiqにはペンを置く場所が用意されてなかった。これは地味に便利だぞ!

わ! 旧Intuosのペンスタンドもくっつく。弱いけど。もっと古いペンスタンド(現在クラシックペンに付属)はくっつかなかった。たぶん、単に底面が鉄かどうかだけ。

あ、そういえばこの平たいペンスタンドは新intuos Proのものでした。Cintiq 27は円筒形のもの。新しい16インチと13インチのCintiq Proはどっちが付属してるか不明。
●Photoshop、「V」と「B」にブラシサイズ変更を割り当て
どうやらWACOMドライバ不具合は直っちゃったので、余計かもしれないけど、便利なので書きます。ブラシサイズ変更の「option+control+ドラッグ」が使えなかったので、新しく設定したカスタムショートカットについて。
ブラシサイズは「[」と「]」でも変更できるけど、ショートカット用の左手定位置から離さなきゃならない。
で、「V」と「B」にブラシサイズ変更を割り当てたのだ。Spaceと同じく親指で押せるから非常にラク。ブラシカーソルはブラシサイズが見えるものにしておかないと不便です。

ブラシツールの「B」が使えなくなっちゃうじゃないか! については、「五本指ショートカット」というのを設定してるので大丈夫。
https://bn.dgcr.com/archives/20090325140200.html
【吉井 宏/イラストレーター】
HP http://www.yoshii.com
Blog http://yoshii-blog.blogspot.com/
夫の未組み立てガンプラを捨てる話が話題になってたけど、元テキストの「プラモデルは組み立てて楽しむもの」って点が引っかかった。ええ〜〜! 大人では滅多にいなくない? いつか組み立てるのを夢みて箱のまま持つのが楽しいのに。
組み立てちゃったら、ただのヘタクソなプラモ=ゴミになっちゃう(そうなるのがイヤな人は二個買いするわけだがw)。それなら「積ん読」だって同じだし、いつか読もう、いつか作ろうって人生の課題みたいな感じで鎮座してるのがいいんじゃん。
っていうか、夫のモノを勝手に捨てる話は刺激強いんで、たびたび炎上してるけど、過酷な現実を生きる男にとって、コレクションが魂やアイデンティティを保つ最後の砦みたいになってる場合があること、知ってたら捨てられないでしょ。
っていうか、本当に捨てる妻はそんなにいないだろうけど(圧力はあるかもしれないけどw)。僕は10年前からのモノ減らしの過程で、コレクション的なものは自主的に全部やめたり処分したけど、スッキリしすぎると魂が抜けて気力がなくなるのは経験済みw
・スワロフスキーのLovlotsシリーズ「Hoot the Owl」
http://bit.ly/2ruVM9x
・ショップジャパンのキャラクター「WOWくん」
https://shopjapan.com/wow_kun/
・パリの老舗百貨店Printemps 150周年記念マスコット「ROSEちゃん」
http://departmentstoreparis.printemps.com/news/w/150ans-41500
・rinkakインタビュー記事
『キャラクターは、ギリギリの要素で見せたい』吉井宏さん
https://www.rinkak.com/creatorsvoice/hiroshiyoshii
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編集後記(07/12)
●前田有一「それが映画をダメにする」を読んだ(2017/玄光社)。月刊「ビデオサロン」に連載されたコラム「それが映画を○○にする」48回分をまとめ、加筆・修正されたものだという。4年間も伏せ字にしていたのは「ダメ」であった。曖昧路線はコンセプトが決まっていなかったからか、業界配慮からかw
この本は映画をダメにするアレコレという話だから、一言で表せないわけでタイトルの「それが」は妥当である。大いに期待して読み始めた。映画タイトルがコラムタイトルである。当然、その作品についてダメなところをグイグイ突っ込んで、と思っていたがそうでもない。同類の作品も出てきたりする。
しかし、読んでいて違和感がある。あらすじとデータはいちおうあった方がベターであるが、本文中の読ませどころ(たぶん)を抜き出して、大きな文字で配する必要はあったのか。一回分4〜5ページの中に2〜3個出ている。そのせいでホワイトスペースが目立つ。しかもこの要点、けっこうピンボケなのもある。
筆者はネットでは有名な(リアルでも有名らしいが知らない)映画評論家で、「超映画批評」サイトはマニアのための評論ではなく『ごく普通の人々のための、週末の映画選び』というコンセプトで作成しているとかで、当然新作ばかりだから、わたしのような大幅な周回遅れのDVD鑑賞者にはお呼びではない。
でもバックナンバーを辿れば、100点満点中1点とか、100点満点中50点とか、筆者の評価が出ていて参考になる。「アメリカン・スナイパー」が満点だった。このサイトの文章は身勝手で切れ味がよくて非常に面白い。だが「それが映画をダメにする」はいまひとつゆるい。論点がぼけていたり、つまらん冗談入れたり、加えて筆者の偏った思想が露骨に、感情的に出ていたりして見苦しい。
筆者は「天空の蜂」大絶賛である。この映画で明らかになるのは「建屋の天井部分の脆弱性」だという。ヘリが落下したら国土が壊滅というが、NRC米原子力規制委は実際に27トンのF4ファントムを原子炉建屋に突っ込む実験を行ったが安全だった。問題は非常用電源の複数、別場所確保にある。NRCの指示を受けていたのに、小泉首相が実行しなかったため、3.11の大惨事を招いたのだ。
筆者は「終戦のエンペラー」を物凄い傑作だという。とくに「マッカーサーと対面すべくやってきた天皇が語るセリフ」(←何という無礼な表現だ)に衝撃と感動があったという。しかも、映画ではマッカーサーはフェラーズに天皇との会見の設定を指示する。これは史実ではない。天皇が望んで、自らマッカーサーをご訪問されたのである。筆者は「傑作に必要なのはまっとうな歴史観」といいながら、虚構満載の映画を全力押しである。これでは信用できない。
「『君の名は。』『アナと雪の女王』はなぜあんなにヒットしたのか」「アカデミー賞の受賞作がその年の最高傑作じゃないのはなぜか」「日本のマンガ原作映画がいつもろくでもない理由とその裏事情」なんてのは面白い。「『進撃の巨人』の監督はなぜ私にマジギレしたのか」なんて私怨ぶちまけは見苦しい。「ごく普通の人々のための週末の映画選び」という狙いの本は、わたしのようなへそ曲がりで、めんどうくさい理屈が苦手な者には不向きだった。 (柴田)
前田有一「それが映画をダメにする」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4768308295/dgcrcom-22/
●走るなら心拍数わかった方がいいよねと買ってしまったApple Watch(AW)、単体でできることからの脱線中続き。
どこでも腕で清算するようになった。使わないのは近所のドラッグストアと小さな商店ぐらい。小銭のやり取りが減った。レシートが邪魔だ、ポイントカードを出すのは面倒とは書いた。
ということで、Apple Payに登録するのは、なんちゃらポイントも自動的につくカード。加えて、ショッピング保険や旅行保険の手厚いものとか、ポイント還元率のいいものとかを用途に応じて選択。
私の行動範囲だと、コンビニは固まって並んでいることが多い。どこも腕で清算はできるが、そのままポイントもつくところに行きがち。他のコンビニでもクレジットカードでつくところがあるけれど、これ以上増やしたくないの。最初に作ったところと縁があったってことなのかなぁ。
あとは、たまっているポイントを自動的に利用する設定があればいいなぁ。ポイントを手元に長く持つより、数円であってもすぐに使ってしまいたい。ためちゃうと気が大きくなって、余計なものを買いそうだし、第一、使える場所が限られる。 (hammer.mule)