ローマでMANGA[110]イタリアのきみはひとりでどこかにいく
── midori ──

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ローマ在、マンガ学校で講師をしているMidoriです。私の周辺のマンガ事情を通して、特にmangaとの融合、イタリア人のmangaとの関わりなどを柱におしゃべりして行きます。

●ヴィテルボでmangaのワークショップ

ローマの北100キロ程のところにヴィテルボという街があり、その郊外にある私塾のオーナーにスカウトされ、mangaのワークショップをやるようになって三年。

https://www.tripadvisor.jp/Attractions-g194950-Activities-Viterbo_Province_of_Viterbo_Lazio.html

(ヴィテルボはこういうところ)

https://www.arsartisviterbo.com/manga

(私塾のmangaのページ)

mangaのワークショップの問い合わせがあることから開設になったわけで、私の前に中部イタリアのmanga学校の先生に来てもらったけど、授業内容が気に入らなかったとかで新たな講師探し、ネットを通じて私に行き着いたそうだ。





最初の年、会計的に成り立つということで、参加者はたったの四人だったけれどmangaワークショップを開催した。

私塾経営者、画家、グラフィックデザイナーのヴァレリオは、最初の授業の時に「サイトに載せる写真を撮る」という理由で、最初から最後まで教室にいた。

確かに写真を撮っていたけれど、授業内容を知りたかったのが最大の理由だった。真面目に経営している証だ。

私はmanga風な絵の描き方よりも、manga風な構成の仕方、その構成の仕方がどこから来ているのかまでを説明する。そのやり方がヴァレリオのアーティストとしてのあり方と重なったらしく、大いに気に入ってくれて、三年続いているわけだ。

ローマ、ヴィテルボ間は電車があるものの本数が少ない。むしろ手前のオルテへ行く電車が一時間に一本と予定に合わせやすい。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%83%86


私は電車でオルテまで行き、ヴァレリオが車で迎えに来てくれる。

オルテからヴィテルボの私塾の場所まで車で30分、行き帰りに、家族の話や日本の文化や、読んだ本やアートの話をする。

考え方やあり方に共通点があり、この20歳年下の画家さんと友情を育んでいる。

しかも、以前書いたように、私の本を「これはmangaとかグラフィックノベルとかではなくて、良い本というカテゴリーに置かれるべきだ」と気に入ってくれたのだからなおさらだ。

mangaワークショップへの問い合わせは多く、サイトでもmangaのページへのアクセスが多い。にもかかわらず、蓋を開けてみると実際に参加する人が五本の指で数えられてしまうほどしか集まらない。

ヴァレリオがお金と時間をかけて、市の発行する新聞に広告をのせたり、書店のウィンドウにチラシを貼らせてもらったり、宣伝に努めたにもかかわらず。

参加希望者は高校生が多いので、授業のない土曜日にし、学校とワークショップの宿題をする時間が持てるよう、隔週にやって来た。

今年は、月一で四回。一回ごとにテ一マを変えて、一回だけでも参加できるという構成にした。

すると、参加者は八人になった。昨年から来ている中学生(昨年は小学生だった)の女の子、もはや常連の二十代後半の青年含め、二十代後半と三十代前半の女性二人も加わった。

やっと、ヴィテルボの人々のあり方と、私の授業とのうまい組み合わせが見つかったのかもしれない。見つかったというより、ヴァレリオの工夫のおかげだけど。

●大塚英志・七字由布「きみはひとりでどこかにいく」を教材に

四回の講義は、二回は描画、二回はストーリー作りということにし、描画、ストーリー、描画、ストーリーと交互にした。

そのうち、描画とストーリーの一回づつ大塚英志さん(日本の批評家、民俗学者、小説家、漫画原作者、編集者)の本のお世話になった。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%A1%9A%E8%8B%B1%E5%BF%97


まず、第三回目の描画の授業。大塚さんの著書の中に「きみはひとりでどこかにいく」という創作絵本がある。
http://www.ohtabooks.com/publish/2010/08/05163507.html


基本になる簡単な背景と必要なところにヒトガタがあるだけで、後は読者(?)が好きなように描きこんで、一冊の絵本に仕上げるというもの。

描画の授業といっても、うまく描くためのテクニックを教えるのではなく、むしろ、うまく描こうとする下心を捨てて自分と向き合うというか、自由になるというか、枠から外れていい、ということを体験してもらうという授業だ。

枠から外れていいと言いながら、沿うべき基本は決まっているけれど。でも、枠がなければ自由もない。光と影のような関係だと思う。

本の後ろに「出版社は喜ばないでしょうが、この本をコピーして利用してもらって……」という意味のことが書いてあったのをいいことに、コピーして利用させてもらった。

この物語は「行って帰る」という物語の基本にも沿っていて、知らぬうちに「私の」冒険物語ができてしまうわけだ。

イタリア人って自由奔放な精神、なんでもテキトーな人種だと思っている日本人が多いのは知っている。正しくは、テキトーにする部分が日本人と違うということである。

この絵本の最初に、丸い頭に丸い胴体に丸太ん棒の手足のヒトガタがある。

「これはきみだ。どんなかおをしている? どんなふくをきている? 絵にかいてみよう」とあって、ようするに自画像を描く。

本の最後部と「物語の体操」(星海社)に載っているワ一クショップの結果(当然描いた人は日本人)を見ると、このヒトガタの線を無視して描いた人が結構いる。

大塚英志「物語の体操」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061385399/dgcrcom-22/


ところが、こちらは全員、ヒトガタの型の中にきれいに納めて描いたのだ。これから見ると自由奔放は日本人の方だ。

物語が進むに連れて、「自由奔放」な人といわゆるスタンダードな、それこそ「枠」からはみ出せない人の差が大きくなり始めた。

常連の二十代後半の青年は、枠からはみ出せない人だ。mangaを職業にしたいという割には描く量が少ないし、その結果、描画のレベルも低い。作品を作ってもらうと、どの作品も(例えば自画像も)ナルトのようなトンガリ髪型の同じ人物を描いてしまう。

最後のページにもう一度ヒトガタがあって、今度は全身ではなくて胸から上。ここでもう一度、冒険後の自分を描く。制作しながら枠からはみ出して行った人は、ここでも枠から外れて自分を描いた。

https://www.amazon.it/clouddrive/share/6lR9oUBDXOOkyDh17lmcydbt6SLi7F9ZusD78Bt11Zh

「きみはひとりでどこかへいく」製作中

四回目、最後のワークショップは「物語の体操」にあった、大塚さんが考案し、実際に自分でも漫画原作制作に行き詰まると使い、またワークショップにも使ったという「タロットカード」を用いてプロットを作ってもらう。

1:24枚の抽象的な言葉、知恵、生命、秩序、解放、変化などを書いたカ一ドを用意する。

2:それをシャッフルして、参加者に一枚づつ計6枚引いてもらい、タロット占いのように1から6までの位置にそのカ一ドを配置する。

1=主人公の現在 2=主人公の近未来 3=主人公の過去 4=援助者 5=敵対者、6=結末(目的)

3:それぞれのカードの意味するところに沿ってプロットを作る。

これを一時間内に五本作ってもらう事にした。今回選ばれたカードは次の通り。

1=知恵(主人公の現在) 2=厳格(主人公の近未来) 3=意思(主人公の過去) 4=誓約(援助者) 5=愛情(敵対者) 6=治癒(結末〈目的〉)

敵対者あるいは邪魔するものが「愛情」と、皮肉な結果になってしまったが、むしろ工夫をせざるを得ないことになって面白かった。

三回目の授業、「きみはひとりで…」で自由奔放に枠からはみ出た度合いが高いほど、時間内に五本仕上げ、しかもちゃんと六つのキーワードに沿ったプロットを作った結果になったのは興味深い。

くだんの常連青年は四本作れたけど、どれにもキーワードが一つか二つ欠けていた。

一人づつ、全部のプロットについてどのキーワードが欠けているか、指摘してあげたかったけど、時間がなくて残念だった。

ワークショップでやったことは、manga制作の方法のとっかかりのひとつであって、皆、家でちゃんと続けてね。このプロットも見直して、キーワードが欠けていたら書き直してね。時間内に五本できなかった人は仕上げてね。というのがせいぜいだった。

一回のワークショップごとに、テーマを変えて独立したものにするという「枠」で授業を構築するのは簡単ではなかったが、別の見方を取得できてよかった。

例えば、一年間授業があったにしても、そのような短い時間でmanga構築法のすべてを伝達することは出来ないのだから、何かに特化する、掘り下げて理解力を深め、気づけるようにする、というのがmanga学校でのセミナーにもいいのかもしれない。

ヴァレリオと、また来年ね、とイタリア風のほっぺをつける挨拶をしてオルテの駅で別れたのでありました。


Midori/マンガ家/MANGA構築法講師】midorigo@mac.com

日付を勘違いする、なんてことしばらくやってなかったのだけど、今回やってしまった。私の担当日を間違えて覚えてた。編集部にご心配かけました。お手数もかけました。ごめんなさーーーい。

MangaBox 縦スクロールマンガ 「私の小さな家」
https://www-indies.mangabox.me/episode/58232/