[5135] モフモフのレンダリングコスト/映画評論の金字塔【鈴木清順論
── 上島春彦】 ──

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《そりゃポイント減るわ!》

■グラフィック薄氷大魔王[681]
 モフモフのレンダリングコスト
 吉井 宏
 
■日々の泡[46]
 映画評論の金字塔
 【鈴木清順論/上島春彦】
 十河 進




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■グラフィック薄氷大魔王[681]
モフモフのレンダリングコスト

吉井 宏
https://bn.dgcr.com/archives/20201202110200.html

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●「あかたのげん」の着ぐるみ映像発見!

沖縄のデザイナー城間英樹さんが着ぐるみになったキャラたちをInstagramにアップしてるのを見て、


僕も着ぐるみになったキャラクターはたぶん7〜8つくらいあるぞ、リストを作ってSNSにアップしよう! って始めたんだけど、最初でつまづいた。

2000年ごろにテレビ東京系でやってた柳沢慎吾&島崎和歌子司会の「あかたのげん」(「明るく」「楽しく」「元気よく」の略)という番組のマスコットのマトリックス風のブタ。

たぶん着ぐるみになった最初のキャラなのだが、映像も写真も何もない。番組は何度か見たはずだけど、録画もしてない。ネットを検索しても画像も出ないし、YouTubeにもない。

しつこく検索してたら、市松人形師・藤村紫雲さんのホームページで「あかたのげん」の録画を発見!
http://d-shiun.com/movie.html


鮮明ではないものの、着ぐるみもマスコット人形も出てくる! これは貴重な録画! マスコット人形はソフビかな? ほしいなあ。

http://www.yoshii.com/dgcr/akatanogen-1
http://www.yoshii.com/dgcr/akatanogen-2
http://www.yoshii.com/dgcr/akatanogen-3

このブタの元になったのは1994年頃のモノクロイラスト。1997年頃にカラー化して、文庫本の表紙イラストにも使用したことがある。なので、2000年頃の作風とはずいぶん違うのでした。
http://www.yoshii.com/dgcr/akatanogen-5

●モフモフのレンダリングコスト

先日から制作中の、主にInstagram用のループアニメ、30個。最終微調整しつつ、レンダーファーム(RebusFarm)で本番レンダリング作業。

気がつくと、一日でプリペイドのレンダーポイントが300ポイント(=300ドル分)近く減ってる。緊急度最低の安いモードでやってるのに。今まで普通にレンダリングしてて、こんな減り方したことない。確認してみたところ……。

毛の生えたモフモフ系キャラのレンダリングに、20ポイント以上(=20ドル以上)かかってるものがチラホラ。そりゃポイント減るわ!

通常は、同サイズ(1080×1080pixelで150フレーム程度)のツルツル質感TDWキャラアニメーションで、2ポイント(2ドル)程度なのだ。

(モフモフ=毛・Furや、透明・屈折など含むレンダリングは非常に時間がかかる。10倍とか平気でかかる。レンダーファームでは何十台何百台のマシンでレンダリングするため、短時間で済む。モフモフじゃないレンダリングとたいして変わらない)

5〜10分で終わる3〜5秒分のファームレンダリングに、2000円はキツい。5回やり直したら1万円w

かといって、MacProやOMENノートだけでレンダリングすると、通常のツルツル質感でも2時間以上かかるのに、モフモフ有りだと20時間とかかかるんだよ……2営業日がかりだ。現実的に無理w

RebusFarm、どういうわけか途中で接続切れすることが多く、ダウンロードが止まっちゃうことが度々。続けてアップロードすると、必ず3回目にModoが落ちる。削除済みのファイルと名前がかぶる警告とか、黒いノイズが入るとか。

RebusFarmは使いやすいし、速いし、気に入ってるけど、保険として他社レンダーファームも使えるようにしておくほうが良さそう。

モフモフは、「モフモフ系やフェルト細工系のスクリーンショットシリーズ」としてアップしてるこういうのです↓
https://www.instagram.com/hiroshiyoshii/



【吉井 宏/イラストレーター】
http://www.yoshii.com

http://yoshii-blog.blogspot.com/


WACOMドライバがM1搭載Macに未対応の件。Twitter検索すると、「一応動く」とか、「Cintiq24で筆圧まで取得できてる」とかの話がチラホラ。「動くけど警告が出続ける」とかの人も。

M1入りMac届いた人、インストールできるか不明だけど、試してみてほしい。もしかしたら旧環境を転送した人とか、Time Machineで復元とか関係あるのかも。

WACOMドライバを待たずとも、SidecarやAstropadでiPadを液タブ代わりに、M1 Macをそのままメインマシンに! って使い方もいいけどね。久しぶりに「ミニマム仕事場」の夢が膨らむw

○吉井宏デザインのスワロフスキー

・十二支(丑年)OX
https://bit.ly/37gbNEN


・三猿 Three Wise Monkeys
https://bit.ly/2LYOX8X


・幸運の象 LUCKY ELEPHANTS
https://bit.ly/30RQrqV



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■日々の泡[46]
映画評論の金字塔
【鈴木清順論/上島春彦】

十河 進
https://bn.dgcr.com/archives/20201202110100.html

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上島春彦さんと初めて会ったのは、2007年の初め頃だと思う。僕の「映画がなければ生きていけない」の最初の二巻が前年末に書店に並び、何人かに献本し「何が送られてきたかと思ったよ」と言われた後のことである。何しろA5判、上下二段組、一巻で六百ページだから二巻だと千二百ページになる。二巻合わせると背幅は十センチ近い。

献本した中に成田泉さんがいた。1980年頃にライターとして出会い、様々な仕事をお願いしてきた。成田さんは自主製作映画として、16ミリで「殺しが静かにやってくる 生成篇」(1979年)と「殺しが静かにやってくる 爆殺篇」(1981年)を監督している。「爆殺篇」には「電撃ネットワーク」の南部虎太さんが出ていて、昔、成田さんに酒場で紹介してもらったことがある。僕は「電撃ネットワーク」の過激ギャグのファンだったのだ。

成田さんは、その後、文筆の仕事をするようになり、編集者兼ライターとして僕とのつきあいが始まった。昔、横浜映画学校のゼミを取材してもらったときには、浦山桐郎監督と三人で呑んだこともあった。成田さんはライターとしてはボクシングの記事を得意とし、昔のことだが世界チャンピオン戦前日に畑山隆則の本を上梓したこともある。やがて、編集プロダクションを立ち上げ、今も様々な本を編集している。

献本した後、成田さんから「話題の映画の本を出している上島くんという映画評論家がいて、今度、紹介したい。一緒に呑もう」と連絡があった。「上島春彦さんですか」と僕は答えた。当時、「レッドパージ・ハリウッド」という本が出たばかりで、大きな話題になっていたのだ。新聞の書評欄でも大きく取り上げられていた。

今、手元にある「レッドパージ・ハリウッド 赤狩り体制に挑んだブラックリスト映画人列伝」の奥付を見ると、「初版第1刷」は2006年7月15日になっていて、僕の持っているのは「初版3刷」で2006年9月20日の発行だ。本体3800円のハードカバーの映画の本が二ヶ月で3刷とは驚異的である。帯には「蓮見重彦氏絶賛」とあった。

僕は、成田さんに「ぜひ紹介してください」と返事をした。上島さんは僕より八歳若く、編集者をしながらじっくりと映画論を書き続け、すでに「宮崎駿のアニメ世界が動いた----カリオストロの城からハウルの城へ」とか「モアレ─映画という幻」などの著書を出していた。「キネマ旬報」のレギュラー筆者でもある。

というわけで、2007年の早い時期に僕は成田さんの紹介で上島春彦さんと酒席を共にした。西銀座あたりの居酒屋だったと思う。もちろん、話は終始、映画のことばかりだった。そんな話の中で、上島さんが「今度、鈴木清順論を書こうと思っているんです」と口にした。僕はすかさず「だったら、昔、僕が清順さんをインタビューしたテープを提供しますよ」と言っていた。

僕が鈴木清順監督をインタビューしたのは、1981年の夏のことである。その頃、僕は八ミリ専門誌「小型映画」編集部にいて、「監督インタビュー」というページを担当していた。その第一回目は加藤泰監督「炎のごとく」で、その後、相米慎二監督「セーラー服と機関銃」、工藤栄一監督「ヨコハマBJブルース」、大林宣彦監督「ねらわれた学園」、小栗康平監督「泥の河」などを取材した。

鈴木清順監督を取材したのは、「陽炎座」(1981年8月29日封切り)の公開直前だった。渋谷にあったシネマプラセットの事務所で、目の前にはプロデューサーの荒戸源次郎さんと清順監督が並んで座った。十代で「東京流れ者」や「けんかえれじぃ」を見て以来、神と仰ぐ清順監督が目の前にいて、僕はひどく緊張していた。

そんな緊張を和らげようと、僕は「ゴールデン街の『銀河系』の棚に清順さんのボトルがありましたよ」といきなり口にした。監督は「ああ、あれね」と答えただけだった。僕が緊張していたひとつの理由は、「清順さんは、まともに質問には答えてくれないよ」という業界関係者の忠告があったからだった。確かに、質問を「煙に巻く」ので評判の清順監督である。

しかし、そのときのインタビューには、清順さんはまともに答えてくれたのである。もっとも、僕が訊いたのは不思議な映像をどのように作ったかというテクニック的なことが多かったので、答えやすかったのかもしれない。たとえば、大楠道代が大樽の水中に沈み、口から赤いほおづきがひとつ浮かぶと、やがて沢山のほおづきが浮かび上がり水面を覆うシーンを「どうやったのですか」と僕は訊いた。

今でもよく憶えているのだが、夜叉ケ池で小舟に乗っている松田優作がいて、いきなり小舟がコンパスで円を描くように櫓を中心に回転するシーンがあり、その仕掛けを訊くと、荒戸さんと清順さんは顔を合わせ「してやったり」というような笑顔になった。結局、仕掛けは明かしてもらえなかったと思うけれど----。

その「監督インタビュー」の取材テープは、僕の個人的な宝としてずっと保管していたが、その中の清順さんのテープを、酒席の後、すぐに僕は上島さんに送った。コピーもとらず、オリジナルテープを送ったのは、自分が持っていても単なる自己満足にすぎないと思うようになっていたからだ。監督たちをインタビューしたのは1981年のこと。僕の二十九から三十歳の時期だ。翌年には「小型映画」は休刊になり、上島さんに送った時点で二十六年の歳月が過ぎていた。

先日、ものすごい本が作品社から送られてきた。B5判の上製本。ハードカバーである。重さを測ると、一キロ半あった。総ページは七百ページに及ぶ。上下二段組で、三段組の部分もある。後書きによれば「当初二千枚を考えていたのだが、終わってみれば三千三百五十七・八枚(四百字詰原稿用紙換算)を数えることになった」とある。本体価格は、一万円だ。帯に「圧倒的スケールで打ち建てる、映画評論の金字塔」とある。

ちなみに、後書きには「十河進さんからは『陽炎座』公開時の貴重なインタビュー音源をカセットテープで頂戴した」と書いていただいている。あれから十三年、上島さんの力作「鈴木清順論 影なき声、声なき影」は、想像を絶する凄い本として出版されたのだ。その十三年間の途中で上島さんは、「血の玉座 黒澤明と三船敏郎の映画世界」(作品社)も出している。毎週、適当な短文を書いている僕など、恥入るしかない。


【そごう・すすむ】
ブログ「映画がなければ----」
http://sogo1951.cocolog-nifty.com/

「映画がなければ生きていけない」シリーズ全6巻発売中
https://www.amazon.co.jp/%E5%8D%81%E6%B2%B3-%E9%80%B2/e/B00CZ0X7AS/dgcrcom-22/



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編集後記(12/02)

●偏屈BOOK案内:曽野綾子「人間の道理」河出書房新社 2020
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309029205/dgcrcom-22/


最近出版される曽野綾子の、生き方や老い方をテーマとしたエッセイ集は、ほとんどが書き下ろしではない。著作は膨大にあるので、編集プロダクションがテーマにあわせて、それら宝の山から掘り出してまとめるというスタイルで新書いっちょあがり、ということなんだろうと想像するが、たぶん正解だろう。この本も、53もの著作物からチョイスされたエッセイで構成されている。

曽野さんはカトリック教徒だが、あの世があるのか、ないのか、わからない。ある朝は確かにあるような気がするし、ある夕方はないような気がする。絶対に証明できないことであるから、どちらとも言い切れない。そこで「あるか、ないか、わからないものは、ある方に賭けること」にしているそうだ。わたしは間違いなく「ある」と思っている。問題は「因果応報」である。悪い行いをすれば悪い報いがある。こころあたりがあるから、本当に死ぬのが怖い。

曽野さんは「人間は、次の世代に希望とともに、絶望も教えなければならない」と断言する。絶望だって。どういうことなのか。「老人になって最後に子供、あるいは若い世代に見せてやるのは、人間がいかに死ぬか、というその姿である」という、そうきたかと思いながらも、ひとまず首肯できそうなご意見だ。

「立派に端然として死ぬのは最高である。それは、人間にしかやれぬ勇気のある行動だし、それは生き残って、未来に死を迎える人々に勇気を与えてくれる。それにまた、当人にとっても、立派に死のうということが、かえって恐怖や苦しみから、自らを救う力になっているかもしれない」。ここまではよく分かる。ここでやめときゃいいのに。

「しかし、死の恐怖をもろに受けて、死にたくない、死ぬのは怖い、と泣きわめくのも、それはそれなりにいいのである。人間は子供たちの世代に、絶望も教えなければならない。明るい希望ばかり伝えていこうとするのは片手落ちだからだ」。残された者に対する配慮だというが、まさかこう来るとは思わなかった。醜態をさらさないように、と言うのだと思っていたが。方手落ちだって。ありのままでいいんだって。

「一生、社会のため、妻子のために、立派に働いてきた人が、その報酬としてはまったく合わないような苦しい死をとげなければならなかったら、あるいは学者が、頭がおかしくなって、この人が、と思うような奇矯な行動をとったりしたら。惨憺たる人生の終末であるが、それもまた一つの生き方には違いない。要するに、どんな死に方でもいいのだ。一生懸命に死ぬことである。それを見せてやることが、老人に残された、唯一の、そして誰にもできる最後の仕事である」。

こんなまとめ方されてもなあ。じつに説得力に乏しい「要するに、どんな死に方でもいいのだ」という結論。能力不足の編集プロダクションか編集者がまとめたのであろう、こんなものに、GOを出した曽野さん、物書きとしての敗北ではないか。本のタイトルが泣くよ。(柴田)


●楽天モバイル。契約と同時に「Galaxy A7」を購入。マンション内ではあまりスピードが出ず、GPSが揺れて100m先の公園付近に移動することがある。繁華街の地下ではGPSが東京駅に飛んだりも。

私に紹介してくださった方は、楽天miniを購入し、eSIMなのにnanoSIMが送付されたり、本体の納品が延びに延び、サポートに連絡してもまったく話が進まず、疲弊しているとのことであった。

私はすぐに納品され繋がり、まぁスピードが少し遅いのと専用ケースが大規模量販店でも売っていないことぐらいがネックかなぁと思っていた。続く。(hammer.mule)