《焦らずゆっくり描く!》
■グラフィック薄氷大魔王[687]
After Effectsの〈餅は餅屋〉
吉井 宏
■日々の泡[49]
カトリック作家という存在
【遠藤周作/おバカさん】
十河 進
■グラフィック薄氷大魔王[687]
After Effectsの〈餅は餅屋〉
吉井 宏
■日々の泡[49]
カトリック作家という存在
【遠藤周作/おバカさん】
十河 進
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■グラフィック薄氷大魔王[687]
After Effectsの〈餅は餅屋〉
吉井 宏
https://bn.dgcr.com/archives/20210210110200.html
─────────────────
3DCGアニメーションの仮編集をするんだけど、Adobe After Effectsをインストールするのが面倒w
たいして複雑なことやるわけでなし、iMovieでできるんじゃないか? と試してみた。実はiMovieも、今まで数回しかいじったことない。
動画をトリミングして繋ぐ、静止画をアルファで抜いてキーフレームアニメーション、音声トラックをいくつか重ねて音量調整、完成動画書き出し。ここまでたいして苦労せずにできた。
さすが、カンタン、iMovie。アルファ付き連番の読み込みがわからない以外は順調。

おお、iMovie、けっこうイケるんじゃないか? と思ったら、どうやってもレイヤーを2枚以上重ねられない。おかしいなと調べたら、2枚までという仕様だった orz
最低3枚のレイヤーが重ねられないと、今回は使えない。iPhone等で撮影した動画を編集するなどの用途には、十分な「最低限の動画編集機能」ってことなんだろう。それはそれで正しい。
じゃあ、Photoshopの動画編集機能はどうかな? と、こちらもアルファ付き連番を読み込んでも、なぜかアルファが見当たらず合成できない。アルファ付き動画はQuickTimeでも作成できないっぽい。あれ? そうだったかなあ。
以前はAppleのMotionやFinal Cut Proを使って、編集や合成をしてたし、今もQuickTimeで簡単な編集したりする。Motionで普通にできたことの感覚が残ってるのかもしれない。
……あきらめてAfter Effectsを入れたのでした。餅は餅屋。
凝った合成や効果を使う短めの編集はAfter EffectsやMotion、撮影してきた動画を編集して比較的長い動画を作るのがPremierやFinal Cut Pro? そんな感じなんだろうけど、数秒から1分程度ならAEやMotionでやっちゃう。
映像の扱いってややこしい。最終的に何に使うかで仕様が細かくちがうようで、モードを選ぶ時の選択肢が無数に出てきて困る。たぶん、現場で何年か仕事してないと、わかんないのかもしれない。
もう、After Effectsの本、買おうっと。
【吉井 宏/イラストレーター】
http://www.yoshii.com
http://yoshii-blog.blogspot.com/
開発当初の目的が極端に拡張されたり別方向へ行ってるソフトはいろいろある。Photoshopの動画編集や3D機能もそうだし、ZBrushなど、最初は擬似的な奥行き(Z)があるペイントソフトだった。
「ある餅屋、おせち料理から年賀状印刷までお正月用品全般を取扱うようになって久しい。最近は高度な印刷技術が評判で、一般の人には印刷会社と思われてる餅屋」みたいな。
○吉井宏デザインのスワロフスキー
・十二支(丑年)OX
https://bit.ly/37gbNEN
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■日々の泡[49]
カトリック作家という存在
【遠藤周作/おバカさん】
十河 進
https://bn.dgcr.com/archives/20210210110100.html
─────────────────
遠藤周作は「狐狸庵」という号を持ち、「狐狸庵先生」の名前で親しまれていた。
「違いがわかる男」というネスカフェのテレビ・コマーシャルにも出たことがある。同じ頃、「どくとるマンボウ」の名前で、軽妙なエッセイを書いていた北杜夫も同じように本が売れていた。
ふたりとも純文学路線(遠藤は「沈黙」や「深い河」など、北杜夫は「楡家の人びと」など)と。エンターテインメント路線を明確に分けて出版していた。
遠藤周作は「どっこいショ」「おバカさん」などがエンタメ路線の小説だったし、半世紀前には北杜夫の「怪盗ジバコ」がベストセラーになっていた。
僕が遠藤周作の「おバカさん」を読んだのは、中学生の頃だと思う。一回限りのテレビドラマとして放映され、それが強く印象に残ったからだ。
主人公の底抜けの人の善さは、いったい何なのだと僕は思った。あんな人間がいるのだろうか。そんな疑問が僕に原作を手に取らせた。
当時の僕は、遠藤周作が日本を代表するカトリック作家であることは知らなかった。知らないまま「おバカさん」を読んだけれど、僕は「この主人公はキリストなのだ」と気付いた。
どんな人も、どんな罪も許す、底抜けのお人好しのおバカさん、としか思えない主人公はキリストが現代の日本に降臨した姿なのだと、僕は理解した。
その後、遠藤周作のエンタメ系作品の表紙が、柳原良平さんのイラスト(アンクル・トリスですね)だったこともあって親しみやすく、続けて「どっこいショ」を読んだ。「どっこいショ」は戦中派の中年男の冴えない人生を描いていたが、十代半ばの僕はなぜかはまってしまった。
高校生になったとき、「どっこいショ」は小林正樹監督によって「日本の青春」(1968年)のタイトルで映画化された。主人公のくたびれた中年男は、初めてシリアスな演技に挑戦したコメディアンの藤田まことだった。
かつての恋人は新珠三千代が演じ、息子を黒沢年男が演じた。黒沢年男の恋人であり、主人公の仇敵の娘を酒井和歌子が演じている。
この当時、松竹出身の小林正樹監督は東宝で作品を撮ることが続いており、「上意討ち・拝領妻始末」(1967年)「日本の青春」「いのち・ぼうにふろう」(1971年)を撮っている。ちなみに「上意討ち・拝領妻始末」は、小林監督の代表作「切腹」(1962年)と同じ、滝口康彦の原作である。
このうち、「日本の青春」「いのち・ぼうにふろう」には、人気絶頂期の酒井和歌子が出ている。「人間の條件」の主人公の妻役に新珠三千代とこだわった小林監督は、女優の好みはハッキリしていたようなので酒井和歌子は気に入ったのかもしれない。
さて、映画化された「どっこいショ」も気に入った僕は、遠藤周作のエンタメ系作品と純文学系作品にどれほどの違いがあるのかが気になって、当時、話題になっていた書き下ろし作品「沈黙」を読もうと決心したが、いきなり「沈黙」に入るのは気が重かった。
そこで、とりあえず芥川賞受賞作の「白い人・黄色い人」を読むことにした。新潮文庫で出ていて、背幅が三ミリほどしかなく、薄かったので手に取りやすかったのだ。当時、僕は安岡章太郎、吉行淳之介、小島信夫、庄野潤三など「第三の新人」たちの作品を読み始めていた。遠藤周作もそのひとりだった。
「白い人・黄色い人」はヨーロッパ留学時代のことを題材にしているようだったが、内容についてはよく憶えていない。ただ、「おバカさん」や「どっこいショ」といった作品に漂うユーモアはまったくなく、シリアスでしかつめらしい顔をした遠藤周作がいた。
「これは心してかからねばならぬ」と侍のように独語した僕は、高校の図書館で新潮社書き下ろし作品という函入りの「沈黙」を借り出し、読み始めて驚いた。時代小説だったからだ。当時の僕は、時代小説は娯楽作品であって純文学作品ではないと思っていた。志賀直哉作品が最高の純文学と言われていた時代だ。私小説が文学だと思い込まされていた。
だから、物語を語る文体で綴られた江戸時代の前期を舞台にした「沈黙」は、僕にとっては純文学ではなかったのだ。主人公のイエズス会の神父がキリスト教が禁止された日本に密入国する場面など、サスペンスさえ醸し出しているではないか。
本の函の裏に書かれた何人かの書評の抜粋を読むと、「沈黙」は弾圧される隠れキリシタンの前に最期まで姿を現さない「神の沈黙」をテーマにしている、というようなことが書かれていたけれど、僕は「踏み絵を踏むか踏まないか」でそんなに悩むかなあ、と感じていた。信仰を持たない人間には切実なテーマではないのかもしれない、と僕は思った。
そのことをきっかけにして、僕は「カトリック作家」の存在を知ることになった。フランソワ・モーリアック、グレアム・グリーンなどである。特にグレアム・グリーンは全集を揃えるほど読み込んだ。日本でも「カトリック作家」は何人かいるが、高橋和巳の死後に小説を発表し始めた、夫人の高橋たか子の作品が一番記憶に残った。
キリスト教圏では遠藤周作の「沈黙」が切実なテーマを扱ったものとして広く受け入れられているのだと知ったのは、マーチン・スコセッシが「沈黙」(2016年)を映画化したときだった。映画化は、マーチン・スコセッシの長年の希望だったそうである。イタリア系移民の子孫であるスコセッシにとって、カトリックは生きる上での重要な何かなのだろう、と僕は肌身で感じた。
【そごう・すすむ】
ブログ「映画がなければ----」
http://sogo1951.cocolog-nifty.com/
「映画がなければ生きていけない」シリーズ全6巻発売中
https://www.amazon.co.jp/%E5%8D%81%E6%B2%B3-%E9%80%B2/e/B00CZ0X7AS/dgcrcom-22/
編集部より:デジクリ5151「日々の泡[48]トンという名の作家」の本文において、トン(弓へんに享)の字が表示できませんでした。デジクリ制作段階においては何も問題なかったのですが、発行スタンドまぐまぐでは表示できず「里見?」となって発行されました。これは予想外の事態でした。ご報告します。
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編集後記(02/10)
●偏屈BOOK案内:八幡和郎「ありがとう、『反日国家』韓国 文在寅は日本にとって“最高の大統領”である ワニブックス2019
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4847098536/dgcrcom-22/
(2020年2月19日/4955の続き)
https://bn.dgcr.com/archives/20200219110000.html
表紙は文在寅が口をあけて笑う顔。いい写真だ。明朗で理知的に見える。
見返しのコピー〈日韓基本条約が破棄されたらどういうことが起こるか、国民的な共通認識としないと、韓国との歴史戦争にも外交にも負けることはたしかです。日韓の外交の本質をわかった上で、「やれるものならやってみろ」と構えているのがいいのです〉
タイトルからいって意味深。あの人物のどこが“最高”なんでしょうか。
韓国人に限らず、東京五輪で怪しい横断幕を持ち出す外国人が出たらどうすべきか、よく準備しておく必要がある。
平和の祭典に相応しくない旗、政治的メッセージ、人物画などを持ち出したり、妨害行為をする観客が出たら(必ず出る)、周囲の日本人は黙って見ていてはいけない。
一般観衆が協力して物理的に取り押さえ、警察に引き渡すべきである。警察が来るまで待ってはダメだ。待っている時間にパフォーマンスを続けられたら、その妨害行為は成功したことになってしまう。
刑事訴訟法では、速やかに警察官などの司法職員に引き渡すという条件付きで、一般市民でも現行犯逮捕できるはずだから、一般市民にその手順を広く知らせて備えるのがいい。
威力業務妨害の現行犯として、ある程度手荒に押さえ込んでもいいことを、国民に周知すべきであろう。
テロ対策でも事件・事故対策でもなんでも、すべて警察などに任せるのは間違いだ。特に外国人犯罪に対して国民が協力してあたるというのは、国として当然のことである。
韓国では日本ボイコット運動がみさかいなく燃えさかり、日本旅行をとり止める動きが広がっているが、日本全体で外国人観光客が増えている中では目立たないし、日本経済全体に影響を与えるほどの話ではない。
じつは韓国人観光客に依存度が高い会社は、在日の方々や韓国企業が経営しているところが多い。「訪日自粛」で経営危機になる「セルフ経済制裁」発動中だ。NHKニュースに出て「韓国からの観光客が減って困っている」と話した旅行会社の経営者は韓国訛り。自滅ブーメラン、コリアン同士が天に唾(残念)。
いま韓国では「日帝残滓を糾弾」といって、歌詞が親日的というわけでもないのに、親日派と決めつけた音楽家が作った校歌を、更新する動きが広まっているそうだ。
バカげた話で、それをいうなら安益泰が作曲した「愛国歌(韓国の国歌)」も変えたほうがいい。彼は東京高等音楽学院(国立音楽大学の前身)出身で、「越天楽」の編曲など、大日本帝国にも協力的な人だった。
韓国語をとってみれば、ハングル教育を始めたのも、漢字ハングル交じり文を創ったのも日本人だ。書き文字としての韓国語は、日本語における「仮名」をハングルに置き換えただけで成立した言語である、といっても過言ではない。
筆者は「韓国語もおやめになって、李朝朝鮮時代と同じように中国語で公式の文書を書くようにしたほうがいいのではないでしょうか」という。
あったものをなかったことに、なかったものをあったように、自分に都合のいいように歴史を捏造することに度が過ぎる、それが韓国の歴史教科書である。1000年以上も常識とされてきたことが、180度変わってしまい、それに反対すると非国民扱いになる。それが日常茶飯事。
文在寅政権下ではいまも、日本とは直接関係のないものまで含めて、保守派の業績も歴史教育から抹殺され続けている。
「積弊清算」政策により、韓国の教科書記述は大きな変化があった。
李承晩初代大統領の功績を矮小化、5〜9代朴正□大統領の功績(ユネスコの記憶遺産に登録されたセマウル運動、漢江の奇跡など)は抹消し暗部だけを強調している。
従軍慰安婦問題を客観性を欠く虚偽の内容に書き換え、北朝鮮への過度の配慮と粉飾を満載している。韓国人はなぜ北朝鮮にコンプレックスがあるのか。南北朝鮮の人口比は2対1、現在の議論では北朝鮮の体制は統一まで維持されるということになっているそうだ。
北朝鮮での投票率の高さ、大統領選挙で過半数も要求されていないことを考えれば、仮に金正恩と文在寅と韓国の野党候補とで選挙になれば、金正恩の当選は間違いない。あるいは金正恩が支持する傀儡の南北統一候補が当選する。そんなことになったら、想像するだけでも……。
じつは1970年代までは、経済的には北のほうが豊かだったという。1946年に農地改革を行い、有無を言わせず地主から農地を取り上げ農民に配分した。
財産権を無視したトンデモ乱暴な改革だったが、経済的には合理性があり、農業は活性化した。工業も日本が残したインフラを、社会主義的な手法で活用した。
「ひとことで言えば『社会主義は少し乱暴だがとりあえず社会経済を機能させるには向いた体制』なのですが、そのいい面が出たわけです。逆に言えば、資本主義はそれが成熟するまで、なかなか上手に機能しないのです」。
そして、韓国は米軍下の半独立国のようなものだったのに対し、北朝鮮は自主独立で戦い、朝鮮戦争でもあっというまにソウルを攻め落とした。韓国政府は多くの人々が渡ろうとしている漢江の橋を、爆破して南に逃げるという史上最悪の恥をさらした。
反撃の主役は日本の協力も得た米軍であった。北朝鮮はアメリカ帝国主義と互角に正々堂々戦ったという、栄誉に輝いている。戦後から長い間、南の人も北朝鮮の政治的栄光をうらやましく思い、場合によっては応援してきた。それがコンプレックスの源になっている。
以下は、元東京大学史料編纂所教授・酒井信彦「【新聞に喝!】戦争で大活躍した朝日新聞社旗」より。
「国旗の太極旗も、もともとは清国の従属国らしいのがいいと、清国と相談して龍の旗を考えたのだが、爪を少なくしろなどと注文をつけられ、結局、日の丸の色を変えて、周囲に八卦を配したという、パクリにしか見えない紛らわしい旗を作った。どうみても「日帝残滓」というべきだろう」。
韓国が朝日新聞の社旗に、まったくクレームをつけないのも不思議である。(柴田)
●airCloset続き。当日、佐川さんが送り状片手に集荷に来てくれる。念のため、送り状番号をメモっておいたが、確認することなく持っていった。もらった控にはその番号が記載されていた。楽ちん。
送り終わったら、サイトにアクセス。手渡した後に押すボタンがあって、押すと次回スタイリングの流れに。
スタイリストさんやテイストを指定でき、自由記入による要望欄もあった。初回届いたモノトーンは地味だったのと、どうせなら持っていないものがいいなと、トレンドを取り入れた華やかなものをと記入しておいた。続く。(hammer.mule)
airCloset
https://www.air-closet.com
紹介コード「Wudsu」で3,500円OFF
■グラフィック薄氷大魔王[687]
After Effectsの〈餅は餅屋〉
吉井 宏
https://bn.dgcr.com/archives/20210210110200.html
─────────────────
3DCGアニメーションの仮編集をするんだけど、Adobe After Effectsをインストールするのが面倒w
たいして複雑なことやるわけでなし、iMovieでできるんじゃないか? と試してみた。実はiMovieも、今まで数回しかいじったことない。
動画をトリミングして繋ぐ、静止画をアルファで抜いてキーフレームアニメーション、音声トラックをいくつか重ねて音量調整、完成動画書き出し。ここまでたいして苦労せずにできた。
さすが、カンタン、iMovie。アルファ付き連番の読み込みがわからない以外は順調。

おお、iMovie、けっこうイケるんじゃないか? と思ったら、どうやってもレイヤーを2枚以上重ねられない。おかしいなと調べたら、2枚までという仕様だった orz
最低3枚のレイヤーが重ねられないと、今回は使えない。iPhone等で撮影した動画を編集するなどの用途には、十分な「最低限の動画編集機能」ってことなんだろう。それはそれで正しい。
じゃあ、Photoshopの動画編集機能はどうかな? と、こちらもアルファ付き連番を読み込んでも、なぜかアルファが見当たらず合成できない。アルファ付き動画はQuickTimeでも作成できないっぽい。あれ? そうだったかなあ。
以前はAppleのMotionやFinal Cut Proを使って、編集や合成をしてたし、今もQuickTimeで簡単な編集したりする。Motionで普通にできたことの感覚が残ってるのかもしれない。
……あきらめてAfter Effectsを入れたのでした。餅は餅屋。
凝った合成や効果を使う短めの編集はAfter EffectsやMotion、撮影してきた動画を編集して比較的長い動画を作るのがPremierやFinal Cut Pro? そんな感じなんだろうけど、数秒から1分程度ならAEやMotionでやっちゃう。
映像の扱いってややこしい。最終的に何に使うかで仕様が細かくちがうようで、モードを選ぶ時の選択肢が無数に出てきて困る。たぶん、現場で何年か仕事してないと、わかんないのかもしれない。
もう、After Effectsの本、買おうっと。
【吉井 宏/イラストレーター】
http://www.yoshii.com
http://yoshii-blog.blogspot.com/
開発当初の目的が極端に拡張されたり別方向へ行ってるソフトはいろいろある。Photoshopの動画編集や3D機能もそうだし、ZBrushなど、最初は擬似的な奥行き(Z)があるペイントソフトだった。
「ある餅屋、おせち料理から年賀状印刷までお正月用品全般を取扱うようになって久しい。最近は高度な印刷技術が評判で、一般の人には印刷会社と思われてる餅屋」みたいな。
○吉井宏デザインのスワロフスキー
・十二支(丑年)OX
https://bit.ly/37gbNEN
━━━━━━━━━━━━━━━━━
■日々の泡[49]
カトリック作家という存在
【遠藤周作/おバカさん】
十河 進
https://bn.dgcr.com/archives/20210210110100.html
─────────────────
遠藤周作は「狐狸庵」という号を持ち、「狐狸庵先生」の名前で親しまれていた。
「違いがわかる男」というネスカフェのテレビ・コマーシャルにも出たことがある。同じ頃、「どくとるマンボウ」の名前で、軽妙なエッセイを書いていた北杜夫も同じように本が売れていた。
ふたりとも純文学路線(遠藤は「沈黙」や「深い河」など、北杜夫は「楡家の人びと」など)と。エンターテインメント路線を明確に分けて出版していた。
遠藤周作は「どっこいショ」「おバカさん」などがエンタメ路線の小説だったし、半世紀前には北杜夫の「怪盗ジバコ」がベストセラーになっていた。
僕が遠藤周作の「おバカさん」を読んだのは、中学生の頃だと思う。一回限りのテレビドラマとして放映され、それが強く印象に残ったからだ。
主人公の底抜けの人の善さは、いったい何なのだと僕は思った。あんな人間がいるのだろうか。そんな疑問が僕に原作を手に取らせた。
当時の僕は、遠藤周作が日本を代表するカトリック作家であることは知らなかった。知らないまま「おバカさん」を読んだけれど、僕は「この主人公はキリストなのだ」と気付いた。
どんな人も、どんな罪も許す、底抜けのお人好しのおバカさん、としか思えない主人公はキリストが現代の日本に降臨した姿なのだと、僕は理解した。
その後、遠藤周作のエンタメ系作品の表紙が、柳原良平さんのイラスト(アンクル・トリスですね)だったこともあって親しみやすく、続けて「どっこいショ」を読んだ。「どっこいショ」は戦中派の中年男の冴えない人生を描いていたが、十代半ばの僕はなぜかはまってしまった。
高校生になったとき、「どっこいショ」は小林正樹監督によって「日本の青春」(1968年)のタイトルで映画化された。主人公のくたびれた中年男は、初めてシリアスな演技に挑戦したコメディアンの藤田まことだった。
かつての恋人は新珠三千代が演じ、息子を黒沢年男が演じた。黒沢年男の恋人であり、主人公の仇敵の娘を酒井和歌子が演じている。
この当時、松竹出身の小林正樹監督は東宝で作品を撮ることが続いており、「上意討ち・拝領妻始末」(1967年)「日本の青春」「いのち・ぼうにふろう」(1971年)を撮っている。ちなみに「上意討ち・拝領妻始末」は、小林監督の代表作「切腹」(1962年)と同じ、滝口康彦の原作である。
このうち、「日本の青春」「いのち・ぼうにふろう」には、人気絶頂期の酒井和歌子が出ている。「人間の條件」の主人公の妻役に新珠三千代とこだわった小林監督は、女優の好みはハッキリしていたようなので酒井和歌子は気に入ったのかもしれない。
さて、映画化された「どっこいショ」も気に入った僕は、遠藤周作のエンタメ系作品と純文学系作品にどれほどの違いがあるのかが気になって、当時、話題になっていた書き下ろし作品「沈黙」を読もうと決心したが、いきなり「沈黙」に入るのは気が重かった。
そこで、とりあえず芥川賞受賞作の「白い人・黄色い人」を読むことにした。新潮文庫で出ていて、背幅が三ミリほどしかなく、薄かったので手に取りやすかったのだ。当時、僕は安岡章太郎、吉行淳之介、小島信夫、庄野潤三など「第三の新人」たちの作品を読み始めていた。遠藤周作もそのひとりだった。
「白い人・黄色い人」はヨーロッパ留学時代のことを題材にしているようだったが、内容についてはよく憶えていない。ただ、「おバカさん」や「どっこいショ」といった作品に漂うユーモアはまったくなく、シリアスでしかつめらしい顔をした遠藤周作がいた。
「これは心してかからねばならぬ」と侍のように独語した僕は、高校の図書館で新潮社書き下ろし作品という函入りの「沈黙」を借り出し、読み始めて驚いた。時代小説だったからだ。当時の僕は、時代小説は娯楽作品であって純文学作品ではないと思っていた。志賀直哉作品が最高の純文学と言われていた時代だ。私小説が文学だと思い込まされていた。
だから、物語を語る文体で綴られた江戸時代の前期を舞台にした「沈黙」は、僕にとっては純文学ではなかったのだ。主人公のイエズス会の神父がキリスト教が禁止された日本に密入国する場面など、サスペンスさえ醸し出しているではないか。
本の函の裏に書かれた何人かの書評の抜粋を読むと、「沈黙」は弾圧される隠れキリシタンの前に最期まで姿を現さない「神の沈黙」をテーマにしている、というようなことが書かれていたけれど、僕は「踏み絵を踏むか踏まないか」でそんなに悩むかなあ、と感じていた。信仰を持たない人間には切実なテーマではないのかもしれない、と僕は思った。
そのことをきっかけにして、僕は「カトリック作家」の存在を知ることになった。フランソワ・モーリアック、グレアム・グリーンなどである。特にグレアム・グリーンは全集を揃えるほど読み込んだ。日本でも「カトリック作家」は何人かいるが、高橋和巳の死後に小説を発表し始めた、夫人の高橋たか子の作品が一番記憶に残った。
キリスト教圏では遠藤周作の「沈黙」が切実なテーマを扱ったものとして広く受け入れられているのだと知ったのは、マーチン・スコセッシが「沈黙」(2016年)を映画化したときだった。映画化は、マーチン・スコセッシの長年の希望だったそうである。イタリア系移民の子孫であるスコセッシにとって、カトリックは生きる上での重要な何かなのだろう、と僕は肌身で感じた。
【そごう・すすむ】
ブログ「映画がなければ----」
http://sogo1951.cocolog-nifty.com/
「映画がなければ生きていけない」シリーズ全6巻発売中
https://www.amazon.co.jp/%E5%8D%81%E6%B2%B3-%E9%80%B2/e/B00CZ0X7AS/dgcrcom-22/
編集部より:デジクリ5151「日々の泡[48]トンという名の作家」の本文において、トン(弓へんに享)の字が表示できませんでした。デジクリ制作段階においては何も問題なかったのですが、発行スタンドまぐまぐでは表示できず「里見?」となって発行されました。これは予想外の事態でした。ご報告します。
━━━━━━━━━━━━━━━━━
編集後記(02/10)
●偏屈BOOK案内:八幡和郎「ありがとう、『反日国家』韓国 文在寅は日本にとって“最高の大統領”である ワニブックス2019
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4847098536/dgcrcom-22/
(2020年2月19日/4955の続き)
https://bn.dgcr.com/archives/20200219110000.html
表紙は文在寅が口をあけて笑う顔。いい写真だ。明朗で理知的に見える。
見返しのコピー〈日韓基本条約が破棄されたらどういうことが起こるか、国民的な共通認識としないと、韓国との歴史戦争にも外交にも負けることはたしかです。日韓の外交の本質をわかった上で、「やれるものならやってみろ」と構えているのがいいのです〉
タイトルからいって意味深。あの人物のどこが“最高”なんでしょうか。
韓国人に限らず、東京五輪で怪しい横断幕を持ち出す外国人が出たらどうすべきか、よく準備しておく必要がある。
平和の祭典に相応しくない旗、政治的メッセージ、人物画などを持ち出したり、妨害行為をする観客が出たら(必ず出る)、周囲の日本人は黙って見ていてはいけない。
一般観衆が協力して物理的に取り押さえ、警察に引き渡すべきである。警察が来るまで待ってはダメだ。待っている時間にパフォーマンスを続けられたら、その妨害行為は成功したことになってしまう。
刑事訴訟法では、速やかに警察官などの司法職員に引き渡すという条件付きで、一般市民でも現行犯逮捕できるはずだから、一般市民にその手順を広く知らせて備えるのがいい。
威力業務妨害の現行犯として、ある程度手荒に押さえ込んでもいいことを、国民に周知すべきであろう。
テロ対策でも事件・事故対策でもなんでも、すべて警察などに任せるのは間違いだ。特に外国人犯罪に対して国民が協力してあたるというのは、国として当然のことである。
韓国では日本ボイコット運動がみさかいなく燃えさかり、日本旅行をとり止める動きが広がっているが、日本全体で外国人観光客が増えている中では目立たないし、日本経済全体に影響を与えるほどの話ではない。
じつは韓国人観光客に依存度が高い会社は、在日の方々や韓国企業が経営しているところが多い。「訪日自粛」で経営危機になる「セルフ経済制裁」発動中だ。NHKニュースに出て「韓国からの観光客が減って困っている」と話した旅行会社の経営者は韓国訛り。自滅ブーメラン、コリアン同士が天に唾(残念)。
いま韓国では「日帝残滓を糾弾」といって、歌詞が親日的というわけでもないのに、親日派と決めつけた音楽家が作った校歌を、更新する動きが広まっているそうだ。
バカげた話で、それをいうなら安益泰が作曲した「愛国歌(韓国の国歌)」も変えたほうがいい。彼は東京高等音楽学院(国立音楽大学の前身)出身で、「越天楽」の編曲など、大日本帝国にも協力的な人だった。
韓国語をとってみれば、ハングル教育を始めたのも、漢字ハングル交じり文を創ったのも日本人だ。書き文字としての韓国語は、日本語における「仮名」をハングルに置き換えただけで成立した言語である、といっても過言ではない。
筆者は「韓国語もおやめになって、李朝朝鮮時代と同じように中国語で公式の文書を書くようにしたほうがいいのではないでしょうか」という。
あったものをなかったことに、なかったものをあったように、自分に都合のいいように歴史を捏造することに度が過ぎる、それが韓国の歴史教科書である。1000年以上も常識とされてきたことが、180度変わってしまい、それに反対すると非国民扱いになる。それが日常茶飯事。
文在寅政権下ではいまも、日本とは直接関係のないものまで含めて、保守派の業績も歴史教育から抹殺され続けている。
「積弊清算」政策により、韓国の教科書記述は大きな変化があった。
李承晩初代大統領の功績を矮小化、5〜9代朴正□大統領の功績(ユネスコの記憶遺産に登録されたセマウル運動、漢江の奇跡など)は抹消し暗部だけを強調している。
従軍慰安婦問題を客観性を欠く虚偽の内容に書き換え、北朝鮮への過度の配慮と粉飾を満載している。韓国人はなぜ北朝鮮にコンプレックスがあるのか。南北朝鮮の人口比は2対1、現在の議論では北朝鮮の体制は統一まで維持されるということになっているそうだ。
北朝鮮での投票率の高さ、大統領選挙で過半数も要求されていないことを考えれば、仮に金正恩と文在寅と韓国の野党候補とで選挙になれば、金正恩の当選は間違いない。あるいは金正恩が支持する傀儡の南北統一候補が当選する。そんなことになったら、想像するだけでも……。
じつは1970年代までは、経済的には北のほうが豊かだったという。1946年に農地改革を行い、有無を言わせず地主から農地を取り上げ農民に配分した。
財産権を無視したトンデモ乱暴な改革だったが、経済的には合理性があり、農業は活性化した。工業も日本が残したインフラを、社会主義的な手法で活用した。
「ひとことで言えば『社会主義は少し乱暴だがとりあえず社会経済を機能させるには向いた体制』なのですが、そのいい面が出たわけです。逆に言えば、資本主義はそれが成熟するまで、なかなか上手に機能しないのです」。
そして、韓国は米軍下の半独立国のようなものだったのに対し、北朝鮮は自主独立で戦い、朝鮮戦争でもあっというまにソウルを攻め落とした。韓国政府は多くの人々が渡ろうとしている漢江の橋を、爆破して南に逃げるという史上最悪の恥をさらした。
反撃の主役は日本の協力も得た米軍であった。北朝鮮はアメリカ帝国主義と互角に正々堂々戦ったという、栄誉に輝いている。戦後から長い間、南の人も北朝鮮の政治的栄光をうらやましく思い、場合によっては応援してきた。それがコンプレックスの源になっている。
以下は、元東京大学史料編纂所教授・酒井信彦「【新聞に喝!】戦争で大活躍した朝日新聞社旗」より。
「国旗の太極旗も、もともとは清国の従属国らしいのがいいと、清国と相談して龍の旗を考えたのだが、爪を少なくしろなどと注文をつけられ、結局、日の丸の色を変えて、周囲に八卦を配したという、パクリにしか見えない紛らわしい旗を作った。どうみても「日帝残滓」というべきだろう」。
韓国が朝日新聞の社旗に、まったくクレームをつけないのも不思議である。(柴田)
●airCloset続き。当日、佐川さんが送り状片手に集荷に来てくれる。念のため、送り状番号をメモっておいたが、確認することなく持っていった。もらった控にはその番号が記載されていた。楽ちん。
送り終わったら、サイトにアクセス。手渡した後に押すボタンがあって、押すと次回スタイリングの流れに。
スタイリストさんやテイストを指定でき、自由記入による要望欄もあった。初回届いたモノトーンは地味だったのと、どうせなら持っていないものがいいなと、トレンドを取り入れた華やかなものをと記入しておいた。続く。(hammer.mule)
airCloset
https://www.air-closet.com
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