気になるデザイン[49]インキにまつわるエトセトラ/津田淳子

投稿:  著者:  読了時間:6分(本文:約2,700文字)


先々週のこと。友人の結婚披露宴に出たんですが、そこで出たメニューにあったのだ「デザインパスタ」。むむむ? いったいなんぞやと思っていたのですが、出てきたものは、バジルソースが絡んだ冷製パスタが、こどものげんこつくらいの大きさにグルグルっと丸められて、それが生ハムで包まれているものでした。......いったいこれの何がデザインパスタなのか。

まあ、たぶん、一般的なパスタとちょっと違う形に盛りつけたからってことなんでしょうねぇ......。さほどおいしくなかったそのデザインパスタを食べながら、トホホと思ったのでした。

のっけから力の抜けるような話で恐縮ですが、今日の本題はインキのこと。今月初旬に『デザインのひきだし11』を発売したんですが、そこでは特集のひとつとして「インキの魔術師」という記事を掲載しました(ちなみにもうひとつの特集は「こんな印刷・加工どこでできるか探してた!」です。紙への刺繍や薄紙印刷、オリジナル透かし入り紙、食品への印刷などなど多数ご紹介しています)。

インキ特集では、主にオフセット印刷用のインキをご紹介していますが、その取材過程でここぼれ話をいくつか。



この特集を企画する前から、ちらほら耳にしていた、インキについての噂がある。それは墨インキについてのこと。ひとくちに墨インキといっても、実はその種類はかなりたくさんある。青みがかったもの、赤みがかったもの、濃いものなどなど。

日本では比較的青みがかった墨を「濃い」と感じる人が多いらしいのですが(でもこれは一概には言えず、刷る紙との相性や周りの色などにも依る)、欧米では赤みがかった墨の方が好まれるとか。その理由が「日本人は濃茶の瞳なので反対色の青墨が、欧米人は目が碧いので反対色の赤墨が濃く見える」というもの。

最初に聞いたとき、「なるほどー!」と感心したんですが、よく考えると「なんで反対色だと濃く感じるの?」。それにひとくちに欧米人といっても、目が碧い人ばかりじゃないし。

そう思って、この特集のためにインキ製造会社などに行く度に聞いてみたのですが、やっぱりこれは根拠がなく、都市伝説(ってそんなに広範囲に広まってない噂な気もするけど)だったよう。事実として、日本では濃い墨をというときは、青みがかった墨を使う場合が多いのは確かだが、その理由はわからず仕舞いでした。残念。

そして、これはあるベテランアートディレクターから言われてしらべていたんですが、昔の絵本などに使われている黄色は、すごく濃くて色も綺麗だけど、今はどうやってもオフセット印刷ではそんな黄色にならないけど、なんでだろう? ということ。これもインキ製造会社に行く度に聞いて見ました。

すると徐々にわかったのですが、昔は黄色のインキをつくるために、鉛を使っていたらしいのです。それで濃くて鮮やかな美しい黄色が出せていたと。でも、現在では鉛を使用することができなくなっていて、そのために昔と違う色になっているそう。ちなみにその昔の黄色は、鉛(クロム)の入った黄色ということで、「クロムイエロー」というそうな。

と、こんなことがわかっても、今その色を出したい、というときには役に立たない。そこで「それに似た色を出せるインキはないんでしょうか?」と尋ね回ったところ、オフセットで刷るなら「不透明黄」というインキを使うのも一手だと。

現在、オフセット印刷で使われている黄色は、重なったときに下の色が透けて見える「透明黄」というもの。これでないと、掛け合わせで刷ったときに、きれいな混合色に見えない。でもそのために、昔のクロムイエローと比べると、浅い感じを受けてしまう。

不透明黄はその名の通り、下の色をある程度隠蔽してしまう、不透明な黄色のインキで、CMYKの掛け合わせで使用すると、先に刷った色を隠してしまうので、予想と違った結果になってしまい、使うことができないが、紙色などにも左右されにくく、確かにテスト刷りを見たところ、かなり濃く強い印象を受ける黄色だ。

多くのインキメーカーが、特に見本帳に載せたり、Webで紹介したりはしていないものの、聞けば「ああ、ありますよ」というものらしいので、興味がある人は粘り強く聞いてみてほしい。

最後に、みんなが疑問に思っているんじゃないかと思うが、「インキ」と「インク」という呼び方について。

印刷業界の人は、印刷インキのことを、多くが「インキ」と呼ぶ。しかし、印刷インキ以外の、インクジェットプリンタ用やペンに使用するものは「インク」と読んでいる。印刷業界以外の人は、印刷用インキもそれ以外もすべてを「インク」と呼ぶことが多いだろう。

これは、どうしてこんな風に呼ぶのか、いろいろ聞いて回ったけれど、あまり納得のいく回答は得られず。Webで調べたところ、Wikipediaに以下のような記述がある。

 日本の著名なドイツ語学者関口存男は著書『関口・新ドイツ語の基礎の中』
 で、ドイツ語発音"ch"の読み方の説明において平行した例として「インク
 よりもインキが正しい」と記している。「たとえば英語のinkを、近頃の人
 は、正しいつもりでインクと言いますが、私たちの頃にはインキと言ったも
 のです。kは[ク]だ、[キ]なんて変だ、などというなかれ、それは笑う
 ほうがおかしい。インと言ったら、言った口は[イ]の恰好をしている。そ
 の恰好のままでkと喉の奥を弾いてごらんなさい、どうしたって[キ]みた
 いな音が出るじゃありませんか。それを、inと言った後に、わざわざ口恰好
 をuのように変えて、それから[ク]だなんて言うのは、だいいち英語の発
 音を知らない大馬鹿野郎のすることです。だから、[インク]は誤り、
 [インキ]が正しいのです。」
 (P21より引用。初稿は1947年刊の『標準初等ドイツ語講座』)。

うーん、これを読む限り、ドイツ語の発音には「インキ」の方が近いのだろうということはわかるが、印刷業界だけが「インキ」と呼ぶようになった理由はよくわからない。というわけで、この原稿を書いている今も、まだ謎。どなたか、理由をご存知の方がいらっしゃったら、ぜひご一報くださいませ。

【つだ・じゅんこ】tsuda@graphicsha.co.jp
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