気になるデザイン[66]幻戯書房のすてきなブックデザイン三冊
── 津田淳子 ──

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歌人で作家の辺見じゅんさんが、先月下旬に亡くなった。辺見さんが設立した幻戯書房の本は、そのブックデザインの美しさから、手にした本が数多くある。今年出版されたものではないが、中でも好きな二冊をまずご紹介したい。

一冊目は『ちいさな桃源郷』(池内紀編/2300円+税)装画・挿絵は谷山彩子さん、装幀は緒方修一さん。
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4901998056/
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特徴的な描き文字のタイトル、そしてかわいい木の絵。その静かでかわいい佇まいに惹かれて手にとり、本全体を眺め回したら、もうこの本がほしくてしょうがなくなった。

カバーの袖に入った素朴なランプの絵、仮フランス装の表紙には、表1部分に茶色と水色の二色の箔押しでイラストが入り、背のタイトルや表4の枝や葉のイラストも茶色の箔押し。

森に生える素朴な木のような、木のもやの入った見返しの紙をめくって出てくる扉は、トレーシングペーパーがつかわれ、その中央に楕円形の窓のように透明部分を残して、周りは白オペークを刷って透けないように処理されている。その楕円の窓からのぞく、次ページのイラストと合わさって、素敵な重層的な扉をつくりだしている。キリッと色が効いた水色のスピンもいい。

なんて凝った、丁寧なつくりの本なのだろうか。この本に携わった人たちがみな、この本に愛情を感じて、一生懸命いい本にしようとしているのが伝わってくるようなブックデザインだ。



続いて二冊目は『山の仲間たち』(池内紀編/2300円+税)装画は谷山彩子さん、装幀は緒方修一さん。
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4901998137/
>

こちらも一冊目と同じシリーズの「アルプ」ベストコレクション。こちらはほんの少しグリーンが入った水色のカバー。そこにまるで題箋が貼られているかのように、白い長方形にタイトルと装画。題箋らしさを出すために、この長方形の一回り大きなサイズで空押しがされ、よく見ると装画も青の顔料箔で箔押しされている。

この清潔感あふれる端正な顔に魅入られて手に取ってみると、一冊目同様に、本体は仮フランス装。そして表紙をめくると、そこには森の情景のような木々の素朴なイラストがカラーで刷られている。

表見返しは緑が多い木々、後ろ見返しは紅葉のようなピンクや茶色の木々。私は見返しにきれいな印刷が入っているものに、すごく弱いんです。もうこの本もあっさりとレジへ。

二冊とも、同じ「山の文芸誌『アルプ』」からの厳選集という、シリーズのような本だが、共通するブックデザインではない。あえて言えば、仮フランス装、天アンカットの造本が共通点か。でもこの本を大事に考え、丁寧に中身をよりよく伝えようとするような、そんなひたむきな感じが共通しているように感じる二冊だ。

最後に、これは今年刊行された幻戯書房の新刊『餞』(勝見洋一著/2600円+税)ブックデザインは間村俊一さん。
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4901998773/
>

これ、一応URLは書いたものの......amazonの書影だと、なにがなんだか全然わかりませんね(苦笑)。

これもまた、本当に手間のかかったすばらしい本です。まずカバーは白い新バフン紙を使い、右肩部分や背のタイトル文字が金の箔押し。更にカバー中央には大きな「餞」という文字が透明箔でグッと押してあります。ガサッと存在感のあるカバーを外すと、おおお! グロス装の表紙。おまけに表1部分はタイトルが空押し、背は金の箔押しと、昔の豪華本を見るような、すごい仕様だ。

しかし、本文を見て、さらに驚いた。なんとこの本、全部活版印刷だ......。

扉は赤い枠と墨文字の2色。本文は鉛活字を使った活版印刷1色刷り。奥付を見ると「内外文字印刷」とある。やはり、内外さんか。活字で書籍本文を組めるのは、もう内外さん以外、あまりないといっていいくらい、日本の活字活版印刷は衰退している。

でもやはりこうして、活字で組まれて活版印刷された本は、紙面の雰囲気がオフセット印刷されたものとまったく異なる。70代の主人公の男が中国・北京の酒楼娼楼がひしめく下町を舞台に、食欲と愛欲の濃厚に入り混じった世界が展開される本書にしっくりくる。

Webで見る限り、活版印刷されるのは初版限定のようなので、気になる方はぜひお早めに書店へ。

と、今回は幻戯書房のすてきなブックデザイン三冊をご紹介しました。他にもいい本、たくさんあるのですが、今日はこのあたりで。

【つだ・じゅんこ】tsuda@graphicsha.co.jp twitter: @tsudajunko

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