エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[27]歯医者のはなし 一夜の宿
── 海音寺ジョー ──

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◎歯医者のはなし

いつもとるにたりない軽い話をしようと心掛けているのだが、今回は趣向を変えて実用的な話をしよう。

中学二年生の頃、苦手な英語の克服のためNHKのラジオ英会話をやろうと思ってテキストを買った。当時通ってた塾の英語の先生の勧めが、きっかけだった。語学学習の有効性とは別に、日々展開するスキットの物語性が良くて、続けることが出来た。




その年はアメリカから日本に留学してきたリサと、周りの日本人との交流を軸に、ストーリーが英会話化されてた。

『Rules are rules Lisa(ルールはルールよ、リサ)』とか、リズムの良いフレーズは今でも脳裏に定着している。

高校を卒業した頃に疎遠になったが、リズムという観点から『Never seen black tail jack rabit city girl?』というフレーズも心に深く刻まれた。

これはアメリカの都会っ子の主人公が南部アメリカにやって来て、ケイジャン料理やジャズやら、ワイルドな風習に出会うというような筋書きだった。

『黒しっぽジャックうさぎも見たことねえの? っ子のお嬢ちゃんよ』他愛のないキーセンテンス。ブ、ラック、テ、イル、ジャ、ック、ラ、ビット、シティガ?!という強弱のリズムで一気に読みましょう!と、当時の名講師大杉正明先生にけしかけられ、一発で覚えた。

今まで一度も使ったことがないが、ラジオ英会話聴講歴約10年で、強烈インパクト度一位である。といっても、つい最近まで記憶の倉庫に仕舞い込まれて、30年近く仕舞われたままだったのだが。

今の勤め先は、歯科・内科付きの老人ホームなのだが、福利厚生の一環で虫歯などで当院で治療を受ける際、自己負担額が無料になるというのがあって、半年周期で歯石を取ってもらっている。取ってくれる歯科衛生士も、同じ構内で働いてるので、セクションは違うけど食堂や休憩所が一緒で、友達なのである。

これまでの人生、歯医者は恐怖の対象でしかなかったが、初めて気のおける者が口内を掃除してくれるという状況が出来した。

「あかん、そこ痛い痛い」
「歯間にフロスが残ってる〜」
と、自由に発言できるようになったのは良かったが、

「大丈夫、いたないいたない」
「男の子やろ、我慢せい」
「あっごめん、ほっぺたの裏削ってしもた」

と、向こうも完全にリラックスしていて、遠慮なくゴリゴリ削ってくるのだった。ぼくもなるべく激痛を回避し、かつ確実な歯石除去を、という虫の良いサクセスを狙うべく、一計を案じた。今回施療前に、

「あのー、毎回上手にやってもらってるんやけどね」
「んー」
「生まれたてのね、うさぎの赤ちゃんのおなかを撫でるぐらいの優しさで削って」と頼んでみた。

げたげた笑われて、「よしわかった! 調教前の暴れ馬のあばらを折るぐらいの激しさでやればいいんやな」と返され、「ちがう〜、ちゃうう〜」と喚きたおして、結局いつも通りの激痛の苦行を乗り越えさせられた。

歯科受診中、うさぎ繋がりで、約27年前に覚えたフレーズ『Never seen black tail jack rabit city girl?』
が脳の意識表層に急浮上し、はっきりと思い出した。うーん、若い時の勉強って定着してるもんだなーと、つくづく思ったよすがだった。

日刊デジタルクリエイターズ愛読者の皆さん、もし自分ん家のウサギ小屋をのぞきにシティガールがやって来た時は、このフレーズ是非つかって下さい!


◎一夜の宿

ロサンゼルスの、リトルトーキョーにある安宿に泊まる。メキシコに行くには、アメリカまで飛行機を使い、長距離バスでティファナから国境越えるのが一番安い。日系人が経営してる、キッチンが共同スペースになってるこの安宿は、日本人旅行者の溜まり場のようになってた。

卒業旅行の大学生や、日本から脱出した長逗留の人などがリビングのテーブルを囲んで、自分達の持ってる旅先の情報を交換しあってる。

ぼくも会社を辞め、あてもない旅をしたくて紛れ込んだくちだが、誰も蔑視したり見下したりもせず仲良く受け入れてくれ、日本を出たときの罪悪感が消し飛んだかのような安堵を覚えた。それでも、外国語に堪能でもないのに放浪なんて、という不安は残る。

裏口を出ると黒人の爺さんと鉢合った。ニカっと笑いかけられ、反射的に笑顔を返す。

「クオー?」と話しかけられてどぎまぎする。一体なんて言ったんだろう? 爺さんは何度か同じように話しかけて来て、それは「COLD?」だと5回目ぐらいでわかった。「おい、若いの、寒いな」と言われたのだ。イエス、コールド! とぼくは大きな声で答えた。爺さんは満足そうにまた笑って、タバコを吸いはじめた。

明日は朝いちばんで、バスの切符を買いに行こう。


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