エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[61]空き家歌会の話(続・牛さんの話)魚と眠る
── 海音寺ジョー ──

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◎エッセイ

空き家歌会の話(続・牛さんの話)

牛さんが主催する、空き家歌会が再始動した。

あと一回で百回目になるはずだった、月二回ペースで開かれてた牛さん主催の借り家歌会が、感染症拡大の影響で中止に追い込まれ、批評会など他のイベントも中止とか大幅延期になり……という時期だった。牛さんのところに限らず、全国、全世界規模で催事やライブが流れてったのは、報道されてる通りである。

名画『カサブランカ』に、フランスのパリが、ナチスドイツによって占領された瞬間のシーンがある。町の衆は皆家に閉じこもって、ナチスの街宣車からの占領宣言を窓越しに覗いている。今現在の、ウィルスによって人間が屋外に出られなくなってるロックダウン、日本の自粛要請シーンとイメージが重なった。

大阪も、感染者数が刻一刻と増えていく報道がなされて、東京に次ぐ増加数にびびらされる。検査数とか、症例とか、大事と思える要素も鑑みねばならないし、マスコミの恣意的な誘導も疑わねばならないが、こうゆう状況において会合の場を持つ、というのは一つの覚悟なのだと思う。





牛さんのそもそもの短歌活動の原点、最初に打ち出したイベントが空き家歌会で、昨年、自分が初めて空き家歌会に参加した日に訊いたところ、当初は牛さんの家で行われたらしい。

そのうち、貸会議室を借りる一般的な歌会のロケーションになってった、とのこと。選のあるスタイルの歌会で、票が一番多かった人は「空き家主」の称号がもらえるのだった。

歌会当日。会場は『らこんて中崎町』谷町線中崎町駅の2番出口から、徒歩1分くらいの便利な立地である。以前、語彙消失歌会が行われたのもここだった(くわしくはバックナンバー『語彙消失歌会のはなし』をご参照ください)。雨が降り出したので、コンビニで雨宿りした。
https://bn.dgcr.com/archives/20180830110300.html


牛さんからのダイレクトメッセージで、「会場には13時開始直前にお越しください」とあり、ぼくの使うJR湖西線は1時間に1本しか電車がないので、時間調整が必要だった。直前というのも、感染予防のためなのだろう。感染予防というと、本当にこのことには気を遣われてた。直前に参加者に来たメッセージには、「ドタキャンOK、少しでも不安があったら、気にせず欠席でOK」と書かれてもいた。

待ってたら牛さんと谷じゃこさんが、2番出口から現れた。じゃこさんが横断歩道越しに自分に気づき、手を振ってくれたので、もう時間的にええんやろかと、ついて行った。

「うーん、どうしよ」牛さんは、会場の机の配置についてしばし悩み、わざと平行をずらし、ガタガタな配置にした。長机に二人ずつ、席を離して座り、それぞれが対面に、つまり向かい合わせにならないように、との席配置になった。

さらに窓とフロアの入り口扉を全開にし、エアコン2台も運転させた。その間に続々と参加者は集まり、牛さんとじゃこさんは、コンビニに詠草のコピーと菓子を買いに行った。従来、菓子を分け合ってぼりぼり食いながら、ディスカッションするのが通例だったが、現況は……。

牛さんとじゃこさんが戻り、参加者もそろった。トータル10名だった。全員マスク状態で席に着いた。詠草(みんなが事前に牛さんに送った短歌が、ナンバー振って列記されてるコピー紙)と菓子が配られる。そして、牛さんが最初の説明に入る前に、鞄からおもむろに何かを取り出した。

「すみません、今日は新型肺炎感染予防のためマスク着用でお願いします。私はさらにフェイスシールドもします」

牛さんは折り畳んでたそれを広げて、顔面に装着した。が、「やっぱり外します」と一秒ではがした。「何じゃそら!」とじゃこさんが即座に突っ込む。

牛さんは「ふだん、職場で使ってる方を……」と、さらにしわくちゃに丸めてたビニール塊を出し、そっちを広げて装着した。「初参加の方もおられるので、まず説明を」

「いいですね、ふっふふ」牛さんは上機嫌だった。初参加の方がいるということ。それは短歌の裾野が、また広がる可能性が生ずるということ。これは、牛さんの念願にかなうのである。

「いいとおもったやつ五つに〇を付けて、その後○の多かった順にみんなで評をしていきます。評の仕方については、色々意見があるんですけど」

牛さんは少し間を置いた。参加者は、マスク越しに牛さんフェイスシールド顔に注目した。

「評は、なに言ってもいいです」牛さんは言い切った。

「まあ……例えば『根拠はないんやけど、何かイヤ』とかでもいいんです」
「いいんすか?」

罵りと見做されるような酷評は禁止、作者の人格攻撃はダメとか、「△という箇所を□に換えてはどうか?」とか言及するのも、エチケット的にやめとこう等の不文律、リテラシーが歌会には存在する。

牛さんは、それももう、ぜんぜん自由で良いと言い切ったのだった。牛さんは静かな笑顔で続けた。「これまでの歌会の経験からですね、たとえ『この作品は全然だめ』みたいな意見が出たとしても、その直後に『そんなことはない、私はこの歌いいと思う』と真逆の意見が出てくるんです。だから自由に発言してもらって全然大丈夫です」と確信的に、完全自由討論に太鼓判を押した。

次に、配られたお菓子について。開始直前、牛さんとじゃこさんがコンビニで買ってきたもので、等分に各席に差し入れされた菓子。

「お菓子ですが、マスク外して食べてる間は、決して発言しないでください。食べ、飲み込んで、再度マスクをしてから発言するようにしてください」
「なるほどー!」

これも、ウィルス拡散に備えた苦肉の策であった。
「もしもこの掟を破ったら……」
牛さんの、年中半閉じの両眼が、くわっと全開域までこじ開けられた。
「ひいいっ」
皆、心臓が口から飛び出んばかりに、震えおののいた。

「もし、このルールを破った人は……」
ここでまた、間を置き、
「破った人の歌を、ボロカスにけなします」
どどーっと皆、椅子から転げ落ちた。
「むしろ、ボロカスに言ってほしいわ!」とじゃこさんが、すかさず突っ込みを入れた。

牛さんから投票用紙が回された。トータル5点で歌を選び、その歌番号を記す。空き家歌会ルールでは、5点使い切りで、例えば1点ずつ5首チョイスしてもいいし、一首だけを5点ということで選ぶ、3点の歌ひとつ、2点の歌ひとつ、という選び方でもいい。誰の投票かわかるように、投票用紙にペンネームも併記する。

「今回は、ここに電話番号も書いてください。もし後日、コロナ患者が出たら、保健所から連絡がいきますんで」
「じゃあ、ペンネームだけじゃなくて、本名も書いといた方がいいんじゃ?」という、意見が出た。
「だって保健所から『か、カ、涸れ井戸さんですか?』と、短歌ネームで確認されたらめっさ恥ずかしいやん」と。

牛さんは「そ、それもそうですね。それじゃ、本名も……」と急遽ルール改定がなされた。

他には、トイレの入り口前に消毒スプレーが設置。玄関の扉も開け放ってすだれだけ下ろし、と、さらなる換気策が施され、歌会は実施された。

牛さんの司会進行は所々に笑いを挟み、もれなく全員に発言の機会を回し、ちゃんと休憩も入れ定時に終わるというタイムキープ。皆、感銘を受けた。

「ぼく、時間配分は得意で高評価を受けてるんです、ふふ」と初っ端の説明で、自由に発言して大丈夫と言われた後、そう付け足された時はフリかと疑ったが、まったくもって本当だった。

いつもなら、このあと懇親会になだれ込んで、歌会で聞きそびれた話や近況などを語り合うが、感染予防のためお開きとなる。できるだけゆっくり歩きながら駅に向かい、とつとつと話しつつ散会していった。

今回強く思ったのは、世間の『正しく振る舞う』という圧力である。大阪に限らず、新聞報道などで感染者数の増加を声高に報じ、そのことに対して何処吹く風かと現政権(当時は安倍政権)は国会休会を決め込み、「お盆も帰省OKよ」「でも年寄りに移さないよう気をつけて」と公言してる。

歌会に限らず、交友、交流のための『基準』との戦いが始まっていて、今回の牛さんの空き家歌会は、いわゆる「新しい生活様式」への敢然たる挑戦なのだなと帰途、湖西線に揺られながら思った。


◎超短編

魚と眠る

何の話をしてる最中だったか、「おれ、魚だから」と亭主が反論して、えっ人間じゃなかったの、とその時はじめて気づいた。

そういえば、アタシが亭主の後ろで包丁でひらひらと襲いかかった時、ひーっと叫んで逃げて行ったことがあった。冗談で急襲するふりをしただけだったのに。魚眼だからきっと見えてたんだな。体毛が硬いのも気になってたのだが、鱗で覆われてたのだな。

「直子さんは鈍いですよ」と、周りからも言われ続けだった。

でも、いいじゃないか。みんなナーバスでピリピリしどうしだったら、嫌な社会じゃないか。魚の夫は、朝に焼魚を出してたのは嫌だったのかな? 共食いだしな。でも残さずおいしそうに食べてたな。魚は気にしないか。

「直子さんは、料理が上手だから」焼魚の件を質したら、亭主は笑って言った。

せめて、魚のくせに長年優しくしてくれる亭主のために、何かやってやらねばなと考え、考えてウォーターベッドを通販で買った。

「うわー、これ、寝心地最高にいいね!」「直子さんが喜んでくれるなら、それが一番だから」

あくまでも、謙虚な夫だった。といっても、この内部ではアタシは寝られないから、上で一緒に寝てもらってます。たっぷん。たっぷん。(500文字の心臓タイトル競作応募作品)


【海音寺ジョー】
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(追記)本エセーに登場する牛さんのことは、バックナンバー『牛さんの話』(2019年2月28日)に詳しく書いてますので、もしよかったらご覧ください。
https://bn.dgcr.com/archives/20190228110100.html


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