気になるデザイン[3]デザイナーじゃない人たちがデザインした、すばらしい表示のこと
── 津田淳子 ──

投稿:  著者:


私は調べものをしに、国会図書館へ行くことがある。最初のうちは「閉架」というシステムに多少、とまどったものの、日本の大部分の出版物が納められているだけあって、欲しい本をほぼすべて見ることができ、非常に便利である。書籍、雑誌以外にも論文なんかもけっこうあって、これがまた面白い(といっても、論文なんていう堅苦しそうなものを読むのは、仕事関連のものでなく、趣味の離島のことを調べるときだけなんだけど・苦笑)。おまけにソファもあって、空調もよくて、お昼寝にもバッチリで……。

さて、そんな国会図書館へ行くときに利用するのが、東京メトロ・半蔵門線の永田町駅。地下深い駅なので、地上まで非常に長〜〜いエスカレーターを使うことになるのだが、帰り道、またホームまで降りようとエスカレーターに乗ると、いつも気になってついつい見入ってしまうものがある。それは天井近くの壁に貼られた「あぶない!」というポスター(いや、表示?)。


他の駅や、電車のドアなんかにも貼ってあるが、駆け込み乗車はあぶないのでやめましょう、ということを伝えるためのものだ。電車のドアに貼られたものは、なぜかネコがドアに挟まっているという絵柄が多く、会社によってはキティちゃんまで使われているのだが、これを見ても、正直、別に駆け込み乗車はあぶないんだ、やめた方がいい、という気にはならない。緊迫感が全然ない絵柄だし(でも、なんでネコが多用されているのかは気になるところです。どなたかワケをご存知でしたら教えて下さい)。

でも、永田町の下りエスカレーターに乗って見られる表示はすばらしい。(たぶん)駅員さんかだれかが、カッティングシートを手で切って作られたものだと思うのだが、人がドアに挟まりそうになっていて、非常に緊迫感のあるタイポグラフィで「あぶない!」とも書かれ、鬼気迫るインパクトがある。色も紫や緑などが使われて、一種異様な迫力だ。これは非常にあぶないな、ということが私には伝わってくる。

決して洗練された図案でもないし、かっこよくもないものなのだが、「駆け込み乗車は危ないのでやめてほしい」ということをストレートに、そして強く「伝えたい」という思いで作られていて、これはいい表示だなと思っている。

これは、「伝える」ということが明確で、今年、非常に話題になった「修悦体」と同じ方向性の話だと思う。

ちなみにこの「修悦体」とは、2003年、JR新宿駅の大規模な改修工事の際、構内がわかりにくくなったため、駅構内の警備員がガムテープを駆使して、非常にわかりやすい構内案内表示を制作した。その中のガムテープで描かれた文字が、ゴシック体のような、しかしそれとも違う独自のフォルムで、そのユニークさが話題となり、作者である警備員の佐藤修悦さんのお名前から「修悦体」と呼ばれるようになる。新宿駅の改修工事が終わった現在は、JR日暮里駅で警備の仕事をするかたわら、やはりわかりやすい案内表示をガムテープで作られている。
< http://trio4.at.infoseek.co.jp/life/
>

「修悦体」は、そのユニークな文字の形が話題になることが多かったが、それももちろんおもしろいのだが、私はそれよりも、案内に使われる矢印のわかりやすさの方が感動した。実際の通路の太さの比率に合わせて太さを変えるのはもちろん、微妙に曲がっているところや斜めになっているところも、わかりやすく描かれていて、私も、この工事中に新宿駅を使った際には、迷うことなく構内を歩くことができたものだ。

これは佐藤修悦さんが、工事中のわかりづらい駅構内について、行き方を質問されることが多く、それを解決するために作ったもの。非常にストレートに「道案内をする」という目的を果たすために作られているため、先述したように道の太さやちょっとしたカーブ等、迷わず通行するための目印となるものがしっかりともりこまれた案内表示になっているのだ。すばらしい。

最近、なんだか「スタイリッシュにすること」とか「カッコよくすること」、または「表面を装飾すること」=「デザインすること」だというような考えをしている人や、書籍や雑誌、Webなどの各種媒体でもそんな風潮がある気がしてならない。私もまだまだ「デザインとは何ぞや」ということはよくわからないが、でも「表面を装飾すること」だけが「デザイン」というのは違うと思う。使う人や見る人が使いやすい、見やすい、わかりやすい、という機能を持たせることも、デザインすることの大きな要素ではないかな、なんて、わかっている人にとっては当然のことなのかもしれませんが、そんなことをより強く思った一年でした。

……と無理矢理、一年を締めくくってみました(苦笑)。まだわずか連載三回ですが、今年はこれにて書き納め。無事に仕事の書籍を年内校了できたら、来年もお目にかかりましょう!

【つだ・じゅんこ】tsuda@graphicsha.co.jp
年末は、我が実家恒例の餅つき大会があります。早朝から火をおこし、餅米を蒸す。で、男衆が搗く。その中に交じってなぜか私も搗く。毎年「?」に思いつつも、これをしないとなんか年を終えられない気がします。はい。
最近作った本は『デザインのひきだし vol.3』『田名網敬一 デイドリーム』『デザイン・制作のセオリー』『しかけのあるブックデザイン』など。
< http://www.graphicsha.co.jp/
>

photo
デザイン・制作のセオリー (絶対はずせないデザインのお約束)
佐々木 剛士
グラフィック社 2007-09

デザイン・レイアウトのセオリー―絶対はずせないデザインのお約束

by G-Tools , 2007/12/11