アナログステージ[10]博士と助手 2ラボ目「その声の真意を解く感知型受話器」
── べちおサマンサ ──

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【前回のあらすじ】
自称・国内最先端の研究所に勤める、まつばら博士と助手の小松カヲリ。実用性とは程遠い製品開発に力を注ぐ。前回開発した「コップの形状をした機能最高峰の携帯電話」は、企画提案するも、携帯性が悪いと一蹴されてしまった。
< https://bn.dgcr.com/archives/20081202140200.html
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「もしもし? あー、わしじゃ。ワシワシ、わしじゃよ、わし。わしが分からんのかね? そうじゃ、そうじゃ、分家の徳次郎の息子だ、久しぶりじゃのぉ。それが、押入れを整理していたら、裏庭に埋蔵金が埋めてある巻物を見つけてじゃな、いま3mくらいまで掘っているのじゃが、あと7mを掘り起こす資金がないのじゃよ。そこで、あと300万くらい用立てて頂きたいのじゃが……。もちろん、発見したときは折半じゃ。どうじゃ? いい話じゃろ?」

《いまどき埋蔵金って…。旬がずれているのか、再燃するのか…。》



「???。 はかせ? なにをやってるんですか?」
「聞けば分かるじゃろ、オレオレ詐欺の練習じゃ。」
「オレオレ詐欺? 博士、いまはオレオレ詐欺ではなく、振り込め詐欺っていうんですよ、知らないんですか? それに、いまどき埋蔵金なんて…、誰も引っかかりませんよ。」
「ゴホン…。知っとるよ、えーと、振り込む詐欺じゃろ? まぁまぁ、オレオレ詐欺でもいいじゃないか。」
「振り込め詐欺ですってば。本当は知らなかったんですね。でも、なんでそんなことを練習しているんですか? ついに見切られて、開発費を出して貰えなくなってしまったとか。」
「違うのじゃよ、カヲリくん。お金を騙し取るオレオレ詐欺の練習ではなく、オレオレ詐欺を回避する製品のモニターをしているのじゃよ。」
「またなにか作ったんですか?」
「これ。」
「なんですか、これ?」
「これを受話器に嵌めて相手の話しを聞いていると、声の微妙なトーンを感知し、相手が嘘を喋っていると、警告音を発してくれるのじゃよ。」
「声紋分析ってやつですか?」
「そうじゃ。パソコンや携帯端末から本人認証に使うシステムを、少し応用したものなんじゃけど、ハード的にやろうとすると、なかなか上手くいかないのじゃよ、トホホーん。」
「くだらないモノの開発力は凄いのに、実用的なものになるとダメなんですね。でも、声って結局は周波数なんだから簡単そうですけど。」
「いや、パソコンを経由させたりすれば簡単なんじゃ。パソコンを利用するお年寄りは年々増えてきているけど、まだまだ比率は少ない。煩わしい操作を必要とせず、単純明快に必要な機能だけを組込み、電話の受話器に簡単に脱着できないと意味がないのじゃよ。トホホーん。」
「あのー、トホホーん。ってなんですか?」
「下げテンションの心境をヤング風に言ってみるテスト。」

《めずらしく実用的なアイテムを考えているようですが、果たして…》

「単純に声の声帯(周波数)を拾って、A/D変換したものを信号として出力し、『嘘をついている』部分を判断するだけなのに、難しいんですね。」
「分析結果として、フォルマント(※声の周波数が集まっている帯域)をグラフ(波形)で表示させたりすることは簡単なんじゃけど、どうしても分析結果を出すまでが、大掛かりになってしまうのじゃ。」
「そうですよね、これも受話器に取り付けているというより、受話器を取り付けているような大きさですもんね。小型化が難しい?」
「声紋鑑定などは、ソナグラフ(サウンドスペクトログラフ)という装置を使用して分析を行うのだが、それを親指サイズにするのは、現在じゃ無理に近い。肝心の振動子や部品に、そこまで小さいものがない。」
「ほうほう。よく分かりませんけど、そーなんですか。」
「なにも犯罪捜査などに使うような、あそこまで大掛かりな機能は要らないのじゃが、環境によって聞き間違いなどが生じやすい聴力より、ソナグラフのように、視覚的に目視確認できるほうが、確かということもある。」
「また読者さんが読み飛ばしそうな話になってきましたね、博士。」
「自動車の装備や性能を、そのままラジコンカーサイズで作ったり、iPodを大豆サイズで作るようなもんじゃ。」
「なるほどー。それこそ実用性から離れてしまっているのですね。」
「でもねカヲリくん、一番ネックなのが、嘘をついているのか、いないかの判別が微妙なんだよ……。」
「ぜんぜんダメじゃないですか。」
「嘘をつくことに慣れてしまっていたり、本人に嘘をついている自覚がなかったりすると、声の揺れが少なく、正確な判別が難しい。実際に、オレオレ詐欺をやっている連中は、詐欺行為ではなくビジネスだと思っているようだしのぉ。それに連鎖した名義売りなど、世も末じゃ。」
「詐欺行為がビジネス感覚って…。ちょっと信じ難いですよね。しかし、前回の実用性がない携帯電話といい、電話機の開発が好きですね、博士。」
「日本人だから。」
「まったく根拠がないですね。」

《だんたん雲行きが怪しくなってきた博士の話。そんな簡単にウソを見分ける製品なんて、できるのでしょうか》

「そういえば、携帯電話の発着信で光るストラップとかあったじゃないですか、あの方法で簡単に判別できないんですかね?」
「あー、あったのぉ…。既に過去のダークアイテムとして君臨しているが、あれは、携帯電話のアンテナから発している電波を使用して、LEDを光らせているだけじゃ。テレビに近づけてもピカピカ光るしの。」
「え? そうなんですか?そんなに簡単なものなんですか? でも、なんで携帯電話だけピカピカ光るんですか?」
「なにを言っておるんじゃ、カヲリくん。携帯電話のマイクロ波(電磁波)を使っているだけじゃよ。携帯電話の帯域が800〜1.5GHzだから、それに近い帯域に反応するように作ってあるだけじゃ。」
「そうなんですか、知らなかったです、ショボーン。で、結局、振り込め詐欺を回避する製品はできそうなんですか?」
「わからん。」
「えええええーっ! えええ? 今までの話はなんだったんですか?」
「プロローグ。」
「ええええーっ!なんですか、ぜんぜん無駄じゃないですか!」
「慌てるでない、受話器に取り付けるものを作るのが難しいだけで、サイズの問題さえクリアすれば活用法はたくさんある。殆どデジタル化した携帯電話や家庭の電話機に、この機能を組み込めば、完全とまではいかないが、ある程度の判断材料になる有意義な機能じゃ。」
「メーカが採用してくれるといいですね。」
「骨伝導方式も取り込めば、耳の不自由な方にも認識しやすくなるのぉ。」
「実際に骨伝導を採用した電話機も、数年前から発売されてはいますが、普及しているかといえば、あまり普及していませんよね。周りがうるさい環境では、すごく便利なはずですよね。」
「あらかじめ、オレオレ詐欺などでよく使われる語句を内部ROMに記憶させておき、相手の喋っている内容を文字列に変換し、登録してある語句と一致する部分が多いと警告音を出したり、警察へ直接転送できるようにしても面白いかもしれん。実際に声紋認証を採用しているシステムも、登録者の音声を解析したものをパスワード代わりにしているだけじゃ。暗証番号と違って、いつかは解読できそうな、4桁や8桁の英数字を入力したりしなくても、『ひらけゴマ』など、好きな単語で登録すれば、セキュリティ面も格段に向上するしの。」
「あ、それは実用性ありそうですね。というよりも、あってもおかしくない機能ですよね。まさにデジタルの恩恵ってやつですね。」
「ひらけゴマ。なんでツッコんでくれないのじゃ。淋しいじゃろ。」
「いや、ちょっと面倒なんで。すみません。」
「家庭用のデジタルコードレス電話は、帯域が2GHz以上だから、光るストラップも、ピカピカ光らんよ。残念じゃのぉ。」
「いや、それはどうでもいいです。」

【べちおサマンサ】 pipelinehot@yokohama.email.ne.jp
FAプログラマーであり、ナノテク業界の開発設計屋。
< WEB SITE:http://www.ne.jp/asahi/calamel/jaco/
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・実は今回のお話、遊びで途中まで実験的に作っていたものなんですが、結果は…。主要部品が大きすぎて、コンパクトに作ることが無理だと判明。構想までは良かったのですが、惜しいなぁ。
・創作人形作家、中川多理さんの個展を観に、GrowHairさんと二人で横濱浪漫館を訪廊。民家をギャラリースペースとして開放している、横濱浪漫館のアットホームな雰囲気に、人形たちも、とてもリラックスしているように見えました。中川さんの人形を初めて目の前にし、驚くのはその基本デッサン力。とくに指先の表現に驚愕の連続。絵画やイラスト、造形物とはまた違った愉しみがあります。
< http://home.t04.itscom.net/romankan/
> 横濱浪漫館