気になるデザイン[43]活版印刷の魅力
── 津田淳子 ──

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うちの77歳になる姑まで、ワイドショーなどをみて「あの、文字を大きくして読める板」とかいっているので、iPad、盛り上がってるんでしょうねぇ。なんて他人事のように言っている私も、発売初日に買ってしまったんですが。

私は「デザインのひきだし」という、デザイン・印刷・紙・加工の情報誌をつくって、日々、紙やら印刷やらの現場に入り浸っているので、「電子書籍なんて、ケッ」と思っていると思われているようで、周りの人から「えーッ、iPad買ったの!?」と驚かれたりしています。

いや、もちろん紙や印刷加工が大好きなんですが、根本的におもしろいことならなんでも興味があるので、とりあえずどんなものか気になるじゃないですか。電子書籍のことを話すにしたって、自分で読んでみたり、作ってみないとよくわからないし。

というわけで、とりあえず周りに見せびらかしつつiPadで本を読んだりしているわけですが、現状では(当然ですが)紙の本の方が、物語を豊かに楽しめるなぁ。でもそれは当然のことで、何百年も前から脈々と積み重ねられて形作られた、すっごいシステムが「本」なのだから、一朝一夕には匹敵するおもしろさをだせるものではないように思う。



でも、紙の本とひとことで言っても、それは千差万別。正直言って、本文組みも装丁も、紙や印刷、製本、加工についても、残念な感じの本も見受けられる。そういう本を見るといつも、もったいないなぁと思う。せっかく紙に印刷して製本する本ならば、できるかぎり、その内容がよりゆたかになるように、より堪能できるように作ったほうが、いい本になるのに、と。

もちろん、予算や適性の問題などさまざまあるのはわかっているけど、だれかがほんのちょっと手間をかけたり、がんばったり、勉強したりするだけでも違ってくるんじゃないかなぁと、自戒も含めてそう考えている。

最近、本を読んでいて残念に思うのが、活版や凸版で刷った本にほとんど出会わない、ということだ。古本屋さんで昔の本をみてみればたっくさんあるのだけど、新刊では数えるほど。

実は先週から書店に並びだした「デザインのひきだし」では、活版印刷の大特集をしています。この特集をするにあたって、全国1000軒以上の印刷会社にあたったのですが、活版印刷をしているとことは百数十軒。もちろんあたっていないところも多いとは思いますが、それでも全国に数百軒あるかどうか、というとことだろう。

その中から、誌面で連絡先や印刷できるサイズ、目安価格などの掲載許可をいただいた会社のリストを60軒ほど掲載させていただいた。しかしこうした印刷会社の中には、お歳を召した方もいらっしゃるし、後継者がいないところも多い。そして正直言って、仕事が山のようで大忙しとはいかない活版印刷所も数多くある。

今、若い人を中心に、活版印刷に新たな魅力を感じて、実際に活版印刷所に仕事をお願いする人も増えている。これに対して、あまり歓迎していない人も中にはいるようだ。そのわけは、新たに興味を持った人の中には、活版で刷る際にギュッと圧をかけて刷るのがいいとか、わざと掠れさせて刷るのが活版の味だ、と言って、そういう印刷をしてほしいと頼む人がいるからだ。

確かに、すばらしい活版印刷というのは、印刷したところが凸凹したりせず、色も掠れず刷るものだ。それをわざと下手に刷ってくれなんて言われたら、気分も悪いことだろう。

でも、そうした、以前は悪いと言われていた印刷からであっても、活版に興味を持ち、仕事をお願いする人が増えることはいいことではなかろうか。そこから少しずつ活版のことを知り、経験を重ねていけばいいのではないかと思う。

活版印刷に限らず、オフセット印刷にもスクリーン印刷にもグラビア印刷にも、それぞれすばらしい特徴がある。それを適材適所、似合う印刷をそのときどきに選択することができれば、より魅力にあふれた印刷物が作れることだろう。

でも、一旦、ひとつの技術が消えてしまったら、いつかそれを復活させようとしても、それはなかなか難しい。活版印刷もこれから数十年して産業として廃れてしまったら、そのときになって「紙の本としての魅力をだすために、この時代小説にぴったりな活版印刷で刷ろう!」ということになっても、それは不可能だ。

今、まだ活版印刷所が残っているうちに、そこがひとつでも多く後世まで残るよう、たくさんの仕事が活版印刷所に入ってくればいいのに、と、そう思って、僭越ながら今回の特集を企画した。だって、あの力強い活版印刷の本文が似合う本はいっぱいあるし、本以外にもたくさんあるのだから。

というわけで、ちょっと熱く書いてしまいましたが、活版にご興味持っていただける方がいらしたら、「デザインのひきだし10」をご覧ください。6月27日には、青山ブックセンター本店で活版トークイベントも開催しますので(こちらは青山ブックセンターのWebサイトをご覧ください)、よろしければ直接、活版職人の方々に、お話聞いてみてください。活版の刷りモノをを見たら、そのよさをきっと実感していただけるとおもいます!
< http://www.aoyamabc.co.jp/10/10_201006/10_627.html
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【つだ・じゅんこ】tsuda@graphicsha.co.jp

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