Webディレクター養成ギブス[04]目的と手段の取り違え
── 蓮井慎也 ──

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●WEBディレクターのポジションとは

WEBサイトの役割は、ブランドイメージを定着させることができたとか、資料請求や問い合わせが増えたとか、申し込み数や売上が増えたという結果で計られます。クライアントがWEBサイトに求めるものはこの結果であり、これが企業のWEBサイトを作る目的です。そしてWEBデザインをしたり、WEBプログラムを設計したり構築することが、WEB制作の目的を達成するための手段です。

もはや釈迦に説法のように基本的なことですが、いざプロジェクトが始まると、クライアントも含めたプロジェクトの関係者が、手段で仕事をするケースを散見します。この目的と手段の取り違えは、WEB制作に限った話ではありませんが、WEB制作の現場においても同様にこの基本的なことが実践できていません。

ある人にとっては手段であるものが、ある人にとっては目的だったりと、プロジェクトの規模が大きくなるにつれてプロジェクトに参加する人間が多くなり、目的と手段が細分化されるからです。目的達成のための手段が目的となって、その目的達成のための手段が目的になるがゆえに、現在業務の目的と手段に区別がつかなくなって、本来の目的を見失いがちになるからです。

最も身近なところでこのケースを探してみると、営業側とWEB制作側の相容れない部分が近いと思います。営業側は「売りたい」と思っており、制作側は「(良いWEBサイトを)作りたい」と思っているはずです。一見、目的は違っているように思えますが、同じ会社の場合には、例えば「利益の最大化」が目的となり、その目的達成のための「売る」「作る」といった一連の行為が手段となるはずです。頭では分かっていても、実際に...となったときには、目的と手段を取り違えているケースは本当に多いものです。



WEBサイト制作を依頼するクライアントの目的は様々ですが、WEBデザインやWEBプログラムがクライアントの目的を達成するために、適切に手段(制作)が用いられているか? といえば甚だ疑問です。WEB制作に携わるスタッフは、全員頭で分かっているはずなのに、立場が変われば自分の都合のいいよう解釈し、手段を目的に取り違えてしまうのが人間というものです。むしろ取り違えるのを前提にして、取り違えていても調整しながら解決に向かうように考えていったほうが建設的でしょう。

クライアント側の目的とWEBを制作する側の目的の乖離が、WEB業界の根本的な課題となって久しいのですが、これを調整するポジションがWEBディレクターです。人が根本的に犯してしまいそうなミスにアンテナを立てて、先回りする能力もWEBディレクターには求められます。

クライアントも人間です。当然、目的を見失うことがあります。部長の「今年の売上をもっと増やせないか?」は、課長にとって「売上を上げるには会員数を増やすことだ」となり、係長にとっては「会員数を増やすには懸賞だ」となり、最後の担当者レベルで「キャンペーンページをお願いします」となるわけです。

WEBディレクターとして、担当者の話を鵜呑みにしている時点で三流、その上司の目的(実際には手段)を聞いている時点でまだ二流です。なぜキャンペーンページを作りたいのだろう? と疑問を持ち、その目的を遡ってヒアリングすれば、係長クラスの目的(実際は手段)まで聞き出すことができると思います。その手段を目的に置き換えれば、課長クラスの手段も読めてきます。

そこからは妄想の世界で、要するに売上げを上げろ! と指示が出ているんだな? と妄想してもいいくらいです。真の目的を聞き出せなくとも、このくらいまで相手の腹を読めれば、後々になって作るものがブレても、方向は調整できます。

ここで大事なのは、クライアントの何を目的に発注するのか? 経緯を把握すること。もっと言えば、クライアントのビジネス背景を理解していることが重要になってきます。真剣にクライアントのビジネスの成功、依頼されたWEBサイトの成功を願えばこそ、得られる情報です。

どうすれば依頼内容を実現できるか? の方法論に、WEBサイト制作の知識は必要ですが、クライアントを理解することにWEB制作の知識は必要ありません。裏を返せば、WEB制作のスキルや知識だけでは太刀打ちできないのがWEBディレクターの仕事であり、WEBについてのセンスだけではなく、ビジネスセンスも同時に問われるのがWEBディレクターです。

よって、WEBディレクターは、クライアントにも自社にも、どちらか一方にだけ偏ってはいけません。恐らくWEBディレクターのほとんどがどちらかに偏ってしまっていると思うのですが、よくない傾向です。クライアントに偏り、クライアントに対してYesマンに成り下がっているようでは、社内のWEB制作スタッフにそっぽを向かれているでしょうし、WEB制作スタッフに偏っているだけでは、クライアントから信頼されません。

クライアントへの調整方法と、社内のWEB制作スタッフへの調整方法については別の機会に譲るとして、目的と手段を取り違えず、真の目的を掴むよう心がけてください。作り手と売り手の間に、バランスよく立ち続けるのがWEBディレクターです。

真の目的を掴んだ後、さらに大事なのは、ユーザ目線を忘れないことです。先ほどの例では、売上を上げるための手段として会員数を増やす、ということに間違いはないにしても、だからといってキャンペーンではないかもしれません。

会員登録の質問項目が多すぎたり、会員になるためのメリットが薄く会員に魅力がないから、ファン層以外の一般会員をいくら増やしても無駄なことがあります。クライアントはこのレベルまではヒアリング時に話はできなくても、聞けば出てくる情報ですから、呼び水を作れるくらい、企業理解・業界理解が重要になってきます。

●手段が目的に変わってしまった典型例

過去に某賃貸不動産会社から、入居希望者へのメール配信システムの相談がありましたので、そのときの一例をひとつご紹介します。

物件を探しているお客様は、数店舗の中から探していると仮定して、そのお客様をひとりでも取りこぼさないように、仮に取りこぼしたとしても再度引越しのタイミングで選んでもらおうと、来店時に書いてもらったカルテに記入されたメールアドレスに、定期的に物件情報を送りたいというものでした。予算はサーバ代込みで300万円用意したと。

私はこの案件を即座にお断りしました。

普通の営業マンであれば、真っ先に飛びつく案件かもしれません。通い続けたことに対する成果なのだと、社内に持ち帰るでしょう。しかし、考えて見れば、物件探しから、良い物件が見つかれば、即手付金などを払って物件を決めてしまうのが賃貸不動産の世界。

不動産の賃貸契約というのは、物件を探しているお客様にとってはシステマチックにどうこうという問題ではなく、タイミングだったり、運命的なものの要素が強いはずで、物件を決めてしまえば、契約中のプロバイダは解約し、新しい物件で新しいプロバイダと契約してしまうでしょうから、不達メールアドレスが増えるのは必至に思えました。

メールアドレスや住所、電話番号といった個人情報は、守るのも必要な要件ですが、取得する以上、取得目的の範囲を超えずに有効活用し、マーケティングに活かしてこそです。届かないメールアドレスを含め、所在しない個人情報をいくら所持しても、1円の利益すら生まないのであれば、メールでお客様に合った物件をお知らせするという無味乾燥な情報発信よりも、電話一本という肉声こそが重要と思い、営業マンや事務員の増員を代替提案しました。

この案件は、クライアントの「メール配信システムを作りたい!」から始まったものでした。当初は担当者も「どうやったら売上が上がるのか?」は考えたはずで、それで社内で稟議を通してどうにか300万円を用意したのだと思います。目的と手段を取り違えていては社内稟議も通らないでしょう。ところが、どこかのタイミングから「売上を上げる」という目的が、「メール配信システム」を作るという手段が目的に変わってしまった典型例であると言えると思います。

我々の作るWEBサイトがクライアントに求められるのは、過程ではなく常に結果(効果)です。よって、WEB制作以前にクライアントの本来の目的やビジネス背景を理解し、WEBサイトにビジネスごと落とし込むのがWEBディレクターの仕事です。

納期に間に合わせることが目的ではなく、よいデザインを作ることが目的でもありません。時にはクライアントやWEB制作スタッフにダメ出しをしながら、ユーザ目線でどちらにも偏ることなく本来あるべきゴールに導き、そして結果を出していくのがWEBディレクターの醍醐味でもあると思います。

【蓮井慎也 / Shinya Hasui】WEBディレクター
地元のWEB制作プロダクションに所属。大手通販企業に常駐しWEB制作をしています。
オンライン名刺 < http://card.ly/hasui/
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