気になるデザイン[78]明るい書店で出会った正反対の二冊
── 津田淳子 ──

投稿:  著者:


シックでモダンな書店が増えている。お店自体はステキなんですが、私は実はあまり好きではない。というのも、そういうお店は、けっこう暗めの照明にしていたり、日の光が入りにくかったりと、ブックデザインを見るには適してない光源のところが多いのだ。かなりの本を買っていたある書店が、リニューアルしたら照明があまりよくなくなって、非常にガックリしています......。

というわけで、若干心がブルーなのですが、他にもいい書店はたくさんある! と自分をなぐさめ、ブックデザインが気になって買った本を今回も二冊ご紹介します。

一冊目は『これからもそうだ。』(田中慎弥著/西日本新聞社/定価1300円+税)装幀は有山達也さん、装画は牧野伊三夫さん。
< http://shop.nishinippon.co.jp/asp/ItemFile/10000315.html
>

なんだろう、この装画の力強さというか吸引力は。そして帯に刷られたタイトルの文字に惹かれる感覚は。このふたつがあいまった、少々重く悲痛な感じがしつつも、そこに何が書かれているのか気になるって、どうにも手を伸ばさずにはいられなかった。

ラフグロスな紙のカバーには、画家の牧野さんの抽象的な絵がドーンと刷られている。帯がかけられた状態では、カバー自体にタイトルも見つからず、装画だけで構成されているかのよう。

帯を外すとそこにタイトルが現れ、さらにカバーを外すと、表紙にもカバーと同じトーンの絵が刷られ、仮フランス装になっている。表紙の絵、私にはどうも、ひとつの目がこちらをじっと見ているように見えてしまう。




抽象画なので、特になにか具体的なものが描かれているわけではないのだが、黒い線が私には、著者の田中慎弥氏の少し斜に構えた三白眼に見えてしまった。こういうのは、自分の心の有り様で、ぜんぜん違うものにも見えるんだろうなぁなどと考えた。

本文の天がアンカットなのも、スピン(しおり紐)が鮮やかな赤なのも、そして判型が若干縦長なのも、どれも丁寧にこの本をつくった感じが伝わって、読んでいて非常に心地いい本でした。

「思索の旅路で作家は何と出合うのか。彼の目に、街はどう映るのか─」芥川賞を受賞した著者初のエッセイ集。造本を堪能しながら一気読みできました。

今回紹介する二冊目は、前述した本とはうって変わって、書店でピカッと輝いていた『実験的経験 Experimental experience』(森博嗣著/講談社/定価1600円+税)ブックデザインは坂野公一さん(welle design)。

カバーの下半分が金! そしてそこにはストライプ模様。上半分の線画イラストと一体となって、非常にわくわくした感じを受けるブックデザインだ。

本書、表紙のつくりも、扉も、本文用紙もと、すべてがいい感じなのだが、なんといってもカバー(と帯)の加工の使い方が抜群。文字で説明するのは難しいので、ぜひ実物を見て頂きたいのですが、それでは話にならないので、舌足らずながら説明を。

カバー(と帯)は、銀のメタリックペーパーが使われていて、そこに上半分は白を敷いた後に墨で線画が印刷されている。下半分はゴールドに見えるよう、黄色とマゼンタを刷り重ね。そしてその上から、太めのストライプ状に、「オフセット印刷機による疑似エンボス加工」が施されているのだ。

この疑似エンボス加工、簡単に原理を説明すると、オフセット印刷機の通常の印刷ユニット部分で「はじきニス」と呼ばれるニスを、マットにしたい部分に刷る。その上からベタでニス(特殊なコーターユニットで)を塗布すると、先ほどはじきニスを刷った部分は、ニスをはじき、マットな質感に。刷ってなかった部分は、ニスがそのままグロス感ある仕上がりになる。この二つの質感を異なった感じにさせるのが疑似エンボス加工だ。

一般的には、スクリーン印刷によりスポットニス厚盛り(透明なニスがモリッと盛り上がっている加工)の代用品などとして、タイトル文字だけグロス感を、他の部分はマット感を出したい、という時などに使われることが多いが、本書では、はじきニスを単なるストライプに刷ってあるのではなく、ストライプをよく見ると斜めに細いラインが入っているのがわかる。これがあるおかげで、非常に立体感ある仕上がりになっている。
tsuda6_5.jpg

と、技術的な話は正直どうでもいいのですが(どうでもよくはないけど)、一目見て「すてき!」と思えるところがすごくいいと思うのです。メタリックに疑似エンボスを使ったカバーだと、どうしても技術が勝ってしまい、「すてき!」というより「すごい!」と思ってしまうことが多いのですが、本書はまず「すてき!」という意識で目について手に取ったもの。

いやぁ、他の本でもそう思っていましたが、私が知る中で、本書のブックデザインを担当している坂野さんが、疑似エンボスの使い方一番うまいのではなかろうか。

今週は実は他にもジャケ買いした本が何冊もあるのですが、それはまた次回に。そうそう、私が編集している『デザインのひきだし16』が今週発売となります。こちら、カバーに「ビーズ印刷」がされていて、カラフルな鳥の絵が、ビーズでモザイク加工されたようになっていますので、ぜひ書店で見てみてください!

【つだ・じゅんこ】tsuda@graphicsha.co.jp  twitter: @tsudajunko
デザインのひきだし・制作日記 < http://dhikidashi.exblog.jp/
>

こちらも印刷加工に凝ってつくった『技術もすごい! 予算もクリア! 特殊印刷加工グラフィック・コレクション』、『使い方がうまい! 紙もの・紙加工ものコレクション』が好評発売中です。
< http://www.graphicsha.co.jp/book_data.php?snumber3=1179
>
< http://www.graphicsha.co.jp/book_data.php?snumber3=1166
>

『デザインのひきだし16』は6月初旬に発売です。他にも『クリエイターのための法律相談所』『本づくりの匠たち』、デザイナーの「やりくり上手」の秘密が満載の『予算がなくてもステキなデザインのフライヤー・コレクション』、『装丁道場』『見た目よし! 機能よし! のショッピングバッグコレクション』『グッズづくりのイエローページ』も好評発売中です!