気になるデザイン[80]時代小説といえば蓬田やすひろさんの絵
── 津田淳子 ──

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若い方はあまり読まないのかもしれませんが、私は昔から歴史小説や時代小説と呼ばれるものが好きで、今でもよく読んでいます。最近は「文庫書き下ろし」の時代小説も多い。これらは、多分読者年齢層が高いのだろう。本文の文字が総じて大きい。まだ老境に差し掛からない私にとっては、ちょっと大きすぎるほど。

なんだか物語自体も稚拙に感じてしまうきらいもあって、もうちょっと本文文字サイズを小さくしてほしいなぁ......と思うことが多いのですが、姑なんかに言わせると「読みやすくていいわぁ」とのことなので、まあしょうがない。

今回はそんな時代小説で、最も好きなブックデザインをご紹介したいと思います。それは平岩弓枝著『御宿かわせみ』シリーズ。ブックデザイン・装画は共に蓬田やすひろさん。
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163212701/dgcrcom-22/
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このシリーズ、1973年に連載が開始され(生まれる前だ!)、現在まで続くロングランベストセラーだし、おまけにNHKでドラマになったりもしているので、ご存知の方も大変多いと思いますが、「かわせみ」という旅籠を舞台に捕り物や人情話が繰り広げられる、大変おもしろい時代小説です。




『御宿かわせみ』シリーズは書店の文庫棚に行けば、必ずズラッと並んでいますが、今回お話したいのは文庫本ではなく、並製本の単行本の方です(カバーの装画は単行本・文庫本共通で、それは文庫本でもステキなのですが)。

まずはやはり、装丁も、そして装画や挿画(文庫本には未収録)も手がけている蓬田やすひろさんの絵が、この物語の世界をイメージさせてくれて、本当にうっとり。他にも時代小説のカバーには、イラストが使われることがすごく多いですが、私は蓬田さんが担当されているものがピカイチだと思っています。

なんとも言えない物語の場面表現、そして人の表情。本文を読んでいる最中に、チラッと装画を思い浮かべると、頭の中により鮮明にイメージが湧いてきて、物語をよりいっそう楽しめる。

不思議なことに、他の方のイラストを使った時代小説だと、イメージを膨らませてくれるどころか、逆にイメージを限定させてしまって、なんだかせまっくるしい感じを受ける場合もあるのですが、蓬田さんのイラストは本当に不思議。

そして、初期から数年前までの単行本が特にいいのですが、それは本文用紙が通常の本より、かなり黄色っぽくてざらっとし、そこに活版(凸版)で本文が刷られているのです。

私は活版至上主義というワケではないのですが、この時代小説には、活版印刷がすごく似合う。読んでいるときは意識していないものの、やはり無意識に紙面から受ける印象が、『御宿かわせみ』の時代感をより高めてくれていて、すばらしい。残ねながら最近の単行本は、他の本と同じようにオフセット印刷に変わってしまったのですが。

『御宿かわせみ』シリーズの中でも、特に好きなのが「初春弁才船─御宿かわせみ」です。
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163205705/dgcrcom-22/
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初春らしい、晴れやかな色のカバーもよく(あ、ちなみにこの本の表紙は、がんだれ表紙になっているのも、時代小説の雰囲気とよくあっていてステキです)、本を読んだ人なら絶対覚えているであろう、感動的な船の入港シーンが描かれてて、物語を読んだ後も、この装画を見て余韻が楽しめる。私も何度眺めたことか。

とにかく安く、手軽に、文庫本にして読者に届けるということも重要だとは思いますが、その物語感をより高めてくれるブックデザインを施して読者に届ける。そんなこともこれからはより一層重要なのでは、と思うのです。

この単行本『御宿かわせみ』は、文庫本では味わえない、単行本ならではの良さを感じさせてくれるシリーズだと思います。書店では昔の単行本はなかなか出会えませんが、古書店にはたくさんありますので、ぜひ機会があれば実物をご覧いただきたいものです。

【つだ・じゅんこ】tsuda@graphicsha.co.jp  twitter: @tsudajunko

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