[3515] モミノミクス3本の矢が見せる未来

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《そりゃ電気書籍だ》

■歌う田舎者[47]
 モミノミクス3本の矢が見せる未来
 もみのこゆきと

■ショート・ストーリーのKUNI[141]
 電子書籍
 ヤマシタクニコ

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  怒りのブドウ球菌 電子版 〜或るクリエイターの不条理エッセイ〜
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◎デジクリから2005年に刊行された、永吉克之さんの『怒りのブドウ球菌』が
電子書籍になりました。前編/後編の二冊に分け、各26編を収録。もちろんイ
ラストも完全収録、独特の文章と合わせて不条理な世界観をお楽しみ下さい。
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■歌う田舎者[47]
モミノミクス3本の矢が見せる未来

もみのこゆきと
< https://bn.dgcr.com/archives/20130711140200.html
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「11番、ピッチャー永吉に変わりまして、代打もみのこ、背番号18」

いやぁ、そろそろ甲子園の予選が始まる季節ですねぇ。甲子園といえば、一昔前の薩摩藩ローカル局では、方言による野球実況中継が行われておりました。

【超ローカル実況】KKB鹿児島放送の甲子園実況 是枝さん理解不能解説
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心なしか、実況担当のアナウンサーにも軽くスルーされているような、しっちゃかめっちゃかな方言解説ぶりが涙を誘います。

つーか、誰かわたしを呼びました? え? なになに、ピッチャー矢沢永吉さんが堺市ワールドツアー中で香盤表繰り上げ? ♪時間よ〜止まれ〜♪

そうですかそうですか。あまちゃんでも、天野アキがアメ横女学園センターのシャドウとして修行を積んでおります。お呼びがかかったときにお役に立てずして、何のシャドウぞ。DGC55の一員としては、どんと胸を叩き「オレに任せとけ!」と言わねばなりますまい。

え、55って何? 55歳じゃないわよ、失礼しちゃうわね。もっと若いわよ、ちょっと若いわよ、コント55号でもないわよ、なによなによ、なんか文句でもある? デジクリのライターは、サイトのカテゴリーで数えると、編集長・デスクまで含めて55人よ。それでDGC55よ。わたしがセンターを乗っ取ったからって、トウシューズに押しピンなんか入れないでよね。

そんなわけで登板繰り上げである。もちろん柴田編集長に「オレに任せとけ!」とGカップの胸を叩き、自信満々に登板表明したさ。ぼよよ〜ん。あ、すいません、ウソですウソです。Gカップもウソですが、ほんとは「ほ、保証できないけど、頑張ってみるですよ。なんて返答でええんでしょうか」と、自信なさげにモジモジしながらお返事したわけである。

あぁ、なんてしおらしいあたくし。それなのに、いつまでたっても嫁にいけないなんて、世の中間違っとるよ。

まぁ、それはさておき、代打としての職責を立派に果たし、DGC55のセンターに躍り出るためには、日本の将来に思いをいたす壮大なテーマで書くべきではないか。

参議院選挙も目前となったこの時期、モミノミクスが標榜する三本の矢「機動的な旅計画」「大胆な支出計画」「投資を喚起する婚活戦略」、この3つについて、国民がこぞって理解を深め、正しい投票行動ができるように導くことが必要ではなかろうか。

【機動的な旅計画】

預金通帳の残高がデフレである。持続的に下落していくのである。しかしながらインド人占星術師に「このお方は、近々大金持ちと結婚する運命にあるので、働かなくてもいい」と将来を保証されたわたしに怖いものはない。

インド人占星術師の占いについてはこちら [働かなくていい]
< https://bn.dgcr.com/archives/20130523140100.html
>

なんといってもインドは、中国4000年の歴史に匹敵する偉大な文明大国なのである。ウパニシャッドがチャンドラグプタであり、ガンジス川からマハーバーラタしたサンスクリットが流れ出している国なのである。Wikipediaの「インド」の項目から拾ってきたので、何のことかさっぱりわからない。全てカレーの一種かもしれない。

しかしカーマ・スートラだけは知っている。あのような人体の構造を無視したポーズでエッチできるのか、いつ見ても不思議でならない。インド人は全員中国雑技団なのではないか。

いや、本稿ではカーマ・スートラと中国雑技団について語りたいわけではなかった。とにかくインド人に言わせると、わたしの人生は安泰のはずなのだ。

そうはいっても不安にかられるのが人間というもの。今年も折り返し地点を過ぎたというのに、どこぞの大富豪がプロポーズしてくるとか、超イケメン実業家がバラの花束を持って攻めてくるとか、そのような気配がこれっぽっちも見受けられない。ニューデリーに住む友人N子は、その占いに秘められた何か大事なニュアンスを、わたしに伝え忘れているのではないか。

このような疑念を抱いていたところ、N子が実家に一時帰国していることが判明した。実家は小倉である。♪小倉生まれで〜玄海そだち〜♪ そうか。これは詳しい状況をヒアリングせよというシヴァ神のご意思に違いない。インドに行くより小倉のほうがずっと費用がかからないぞ。

よし、即決である。中小企業に必要なのはスピーディーな経営判断だ。わたしの人生に必要なのは、金を使わない判断であるような気がしないでもないが、それは取りあえず置いておく。旅の計画は機動的になされなければ日本経済の活性化は望めない。

【大胆な支出計画】

そんなわけで小倉なのであるが、薩摩藩×小倉間というのは、九州新幹線を使うと2枚切符で20,000円もしやがる。諭吉が2人も必要なのである。去年の秋、Peachで大阪に行った時は片道5,800円だった。Jetstarで成田まで行っても片道5,490円だったりするんだが。

このような状況であるからして、薩摩藩から小倉に行くということは、いまや関西・関東に飛行機で行くよりもラグジュアリーなことなのである。海も越えない旅なのに、なんたることであろう。というか、そんなんでいいのか、JR九州!

しかしながら、わたしは近々大金持ちと結婚するわけであるからして、ラグジュアリーで大胆な支出をしてもいいはずだ。いざ、赴かん、小倉へ。♪ゼニのないやつぁ 俺んとこへこいっ 俺もないけど心配すんな〜♪である。

このように意気揚々と鼻歌など唸ってみたところ、早速友人から結婚式の招待状が届いたのはいかなることであろう。結婚するのはわたしの方じゃないのか。ご祝儀は出世払いというか大金持ちとの結婚後10倍返しでどうですか。

そのあと続々とわたしの元に届いたのは、自動車税の請求書、市県民税の請求書、国保税の請求書である。お上とはなんと無慈悲でせん滅的な請求書攻撃を行うのであろうか。参議院選挙ポスターのキャッチコピーを「日本を取り殺す」に書き換えてやりたいくらいである。

「ちきしょー! 矢でも鉄砲でも持ってこい! 払えばいいんだろ、払えば!」もう破れかぶれアンドレカンドレである。小倉には高速バス乗り継いで行けばいいんだろ? 諭吉よ、さようなら。

♪さよならーさよならーさよならー もうすぐ外は白い冬〜♪わたしにとっては顔面蒼白の夏である。

しかしながら、日本の社会保障の財務基盤を盤石にし、安心して暮らせる国土を整備するためには致し方なきこと。支払わぬわけにはいくまい。

いや、税金はいいけど、小倉には行かんでいいでしょとか、そんな声は聞こえない。

【投資を喚起する婚活戦略】

「機動的な旅計画」「大胆な支出計画」これら2本の矢の前提は、わたしが大金持ちと結婚するはずという、この一点にかかっている。しかしながら、わが財布の中にばんばん現金を投資してくれるとか、酒とごちそうを永遠に供給してくれるという人は、いったいいつ現れるのか。

あぁ、それにしても今夜は寝苦しい。賞味期限が切れた鱈の干物でもアテに、冷えた安ワインでも飲むか。

寝苦しい一夜が明け、自室のベッドで目覚めると、自分が小さな毒虫になっていた。突然のことにとまどうペリカン、いや、とまどう毒虫である。

「こ、これはなに? なにがどうなってしまったの?」
「おやおや、これは小さくてかわいらしいお姫様、どうなすったのかな」
部屋の片隅からもそもそと這い出てきたのは、醜い蜘蛛男である。

「近寄らないで! この気味の悪い蜘蛛男!」
「まぁまぁ、そう言わずに・・・わたしはあなたの望みを何でも叶えることができるのですぞ」
「なんですって! それはほんとなの?」

「望みをなんなりとお聞かせください」
「もしかして、あなたは魔女に呪いをかけられた王子様じゃなくって?」
「さぁ、どうですかな」

「インド人が言うには、そろそろわたし大金持ちと結婚するの。だから働かなくても左団扇のはずなの」
「ほうほう。インド人のせいにして、そのようにぐうたらを決め込んでいるわけですな」

「あら、人聞きが悪いわね。わたし、お酒もごちそうも食べたいの。旅にも出たいのよ。でも貧乏でお金がないの」
「かしこまりました。あなたのために食べきれないほど豪華なお食事を準備いたしました」

蜘蛛男が指差した先には、巨大なコップに入ったワインと、カビの生えた鱈の干物があった。

「ちょ、ちょっと。これはないんじゃないこと。これは昨夜の食べ残しじゃないの。それにカビも生えてるわ」
「お姫様、まぁ、お召し上がりになってください。毒虫に変身して味覚も変わっておりましょう」
「んまぁ、失礼ね」

そう言いながらも、鼻を近づけると、巨大な鱈の干物から、えも言われぬ芳しい腐臭が漂ってくる。「まぁ、いい匂い」一生分はありそうな大きな鱈にかじりついた。

「カビが味に深みを出しているわ。なんて美味なんでしょう」
それから、つるつる滑るコップによじ登り、体を乗り出して、じゅぶじゅぶとワインを飲んだ。

「お姫様のお望みは、まだありましたな。旅でしたかな。それも叶えて進ぜましょう。お金も要りませんぞ」
「まぁ、ほんとなの? 蜘蛛男さん、あなたって素敵。ねぇ、恥ずかしがっていないで、そろそろプロポーズしてくれてもいいのよ」

突然バタンとドアが開き、ずかずかと女が入ってきた。
「ちょっと、やだー。こんなとこにコップ置きっぱなしにしたの誰? うわ、きったなーい。虫が浮いてる」
女は流し台までコップを持っていき、一気にワインを流した。

ごぼごぼ・・・ごぽぽぽぽぽぽ・・・。く、苦しい。息が、息が出来ない・・・。
長い時間パイプの中を流されている間に、残飯のキャベツが鼻に詰まり、肉片が耳をふさいだ。脚が一本もげていった。

何時間、いや、何日流されていたことだろう。目を覚ますと暗い下水道の中に、一筋の光が差し込んでいる。息も絶え絶えで明るい方向へ這い出し、外を見上げた。

「あれは・・・あれは小倉城・・・王子様が言ったとおり、タダで、タダで来れたわ・・・うぷ・・・でも、なんか違う。こうじゃない、こうじゃないのよ」

小さな毒虫は呟き、小倉城によろよろと手を伸ばしたまま息絶えた。

「まったく、なんでもかんでもインド人のせいにしおって。このようなふざけた人間には天罰を下してやらねばならぬ」

破壊の神シヴァは暑苦しい蜘蛛男の着ぐるみを脱いだ。

モミノミクスに浮かれてはならない。預金残高も考えぬキリギリス思考は改め、地道に蓄財に励まなければ、インド人の逆鱗に触れ、身を滅ぼすのである。

※「時間よ止まれ」矢沢永吉
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※「カーマ・スートラ−完訳」ヴァーツヤーヤナ
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※「無法松の一生」村田英雄
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※「だまって俺について来い」植木等
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※「カンドレ・マンドレ」アンドレ・カンドレ
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※「さよなら」オフコース
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※「変身」カフカ
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※「とまどうペリカン」井上陽水
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【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

カフカ先生、ごめんなさい。そう言えば、お上の無慈悲でせん滅的な請求書をよく見ると、市県民税の所得割がゼロであった。あぁ、おいたわしや、わたし。1億くらい税金納めてみたい。

えぇ、地道な蓄財に励もうと思うとるんです。お仕事、あるいは勤務先、絶賛募集中〜。できることは......そうですねぇ、貧乏を嘆くことでしょうか。


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■ショート・ストーリーのKUNI[141]
電子書籍

ヤマシタクニコ
< https://bn.dgcr.com/archives/20130711140100.html
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談話室でジローさんと呼ばれる男が言った。
「最近、電子書籍というものがあるらしいな」
「ああ」
何人かがうなずいた。

ガラス戸越しに中庭が見える。アガパンサスが美しい水色の花を咲かせている。
スモークツリーの文字通りけむりのような花は盛りを過ぎている。
ジローさんは言う。

「それってどういうものなんだ。ふつうの本じゃないんだよな」
「スイッチがついてるんじゃないかな。で、コードがついてて、コンセントに差し込んだら」とぼけた声でゲンさんが言う。

「差し込んだら?」
「電気がついて本が明るくなって。だから夜でも読めるんじゃないかと」
「そりゃ電気書籍だ」
「どこがちがうんだ?」

また別の男が言う。タカちゃんと呼ばれている。
「コードがついてるなんて時代遅れだろ。きっと小型の電池を使うんだ」
「そりゃ電池書籍だ」
「どこがちがうんだよ」

えへん、と軽く咳払いをしたのはコウダさんと呼ばれている男だ。物知りで定評がある。

「そうじゃなくてな。パソコンで読む本なんだ。たとえばな。『我が輩は猫である』というタイトルをクリックすると、『我が輩は猫である』の中身がパソコンの画面に表示されるんだ」

「パソコンで読むのか!」タカちゃんが言う。
「それは困る。わしはパソコンがきらいじゃ。ワードとかエクセルとか、聞いただけでさぶいぼが出るわい」

「パソコンで読むって・・・わかった。エッチな本なんだ。おれはそんなもの読まないぞ! かあちゃんにばれたら怒られる」ゲンさんも言う。
「わしも読まん!」タカちゃんが宣言する。

コウダさんは笑った。
「電子書籍にワードもエクセルも関係ない。だれでも読めるんだ。それに、最近はタブレットといって薄くて小さなコンピュータもできてる。その小さなパソコンに本を何百冊も入れることができるんだ。これからの本はそうなるんだ」

「ふうん。じゃあ本一冊ごとにパソコン買い替えなくてもいいんだ」
「もちろんだ」
「えっ。でも、そしたら『我が輩は猫である』を読んでてもエッチな本を読んでても見かけは同じパソコンなのか」
「まあな」
「それはあまりおもしろくないなあ」

「機械の中に本が、ぎゅーっと閉じこめられてるってわけか?」
「閉じこめられてるっていうか・・・」
「おかしいよ、そんなの」

「だいたい、コウダさんは、その、電子書籍を買ったことがあるのかい?」
「いや・・・ないけど」
「じゃああてにならないな」

「そうだな。電子書籍はそんな変なものじゃないと思う。たいそうな名前がついてるからにはふつうの本よりずっといいものであるはずだ」
「コウダさん、何か間違ってるんだよ」
「間違ってないさ。そういうもんなんだよ」

すると端っこのほうでぼんやりと、季節外れのスノーボールをひっくり返しては見つめていた男が声を発した。みんなからセンセイと呼ばれているが本当に先生だったのかどうかわからない。

「私は電子書籍はそんなものと思わないな」
コウダさんがただちに
「いや、思わないと言ってもそうなんだし・・・」
「コウダさんの話はもういいよ。センセイ、電子書籍・・・これからの本ってやつはどんなものなんですかね」

「そうだ。センセイの話が聞きたい」
「なんだよ、みんな。おれはまともな話をしてるのに」
コウダさんはむくれたふりをする。

「私の思い描く電子書籍はこんなふうだ。いや、名前は電子書籍でも電気書籍でもなんでもいい。それに、私が思っているだけで実際にある電子書籍とは少しちがっているかもしれない。というよりきっとちがうだろう。つまり・・・これは未来の本だ」

センセイはそうして未来の本のことを語った。スノーボールの小さな球形の世界にゆらゆらと降り積もる雪を見つめながら。


未来、本はどこか遠いところにまとめられている。遠いところがどこかは私も知らない。この本が読みたいと思い、お金を払うと、その本の中身が遠いところから下りてくる。

本はもちろん、本らしいかたちをしている。あるときは革の手触りを模した重厚な装本。あるときは派手な原色が目を引くポップアートみたいなつくり。われわれは美しい表紙をまず眺め、これからこの本を読むのだというわくわくする気分が徐々に高まる、あの本の持つ楽しみを最大限味わうことができる。

表紙を開けると扉がある。目次がある。確かな手触りを持つ、本の1ページ1ページをめくりながら、われわれは少しずつその本の世界に入っていく。

読み疲れて今日はここまでと思ったら、本はかたづけることができる。つまり、消えるのだ。今、手元にあった本が影も残さず消える。もちろん、消えるといっても続きを読むときはまた元のかたちのまま、われわれの手元にやってくる。たぶん、前の日に読んだところにはしおりをはさんだ状態で。

各人の読書の記録は「記録帳」にまとめられている。読んだ本は消えるから場所も取らないし、もう一度読みたい本は記録帳を開いて、その本のタイトルを指定するだけでよいだろう。


「それはいいや!」
「狭いアパートでもいくらでも本が買えるわけだ!」
「勝手に棚に整理してくれるようなもんだしな」
「用がなくなったら消えるのはいい」
「おれたちといっしょだな」
さざ波のような笑いが広がる。

「消える、というのは・・・つまり本当はかたちがないけど、かたちがあるように思える本、ということかな?」
「そうかもしれません。幻のようなものかも。そこはみなさん、自由に想像していただいたらいい」
「それもおれたちといっしょだ」
「そうかなあ」


そのような本のかたちは、学校の教科書においても同じだ。学校に入った子どもはみんな、教科書を無償で与えられ、授業にあわせて必要な教科書を使える。学校でも、家庭での予習・復習時にでも。持ち運びする必要はないから重くてぶかっこうなランドセルは必要ない。もちろん、教科書の改訂に連動した最新版の教科書だ。


「それはありがたい。実は・・・実は・・・」
ヨシダさんという体格のいい男が言いかけた。すでに顔がゆがみかけている。
「どうしたんだ、ヨシダさん」
「何か思い出でも?」

「おれは小学校のときにいじめられてて。あるときいじめっ子に国語の教科書を取り上げられ、必死で追いかけたんだけど、やつは橋の上から川に投げ込んだ。汚いどぶ川みたいな川で、けっこう深い川だったのでどうしようもなかった。先生に言っても信じてもらえず、反対に教科書をなくしたことでものすごく怒られた。その後しばらく学校に行けなかった」

「そうなのか」
「つらかったろうな」
「あのころ、今センセイが話してくれたような教科書だったらよかったと思ったんだ」
「泣くなよ」
「もう学校に行かなくていいんだし」
ヨシダさんはうなずく。

ゲンさんが空気を変えるかのように聞く。
「じゃあ、学校に教科書を持っていくのを忘れてもだいじょうぶなんだ。それに・・・落書きはできるんだろうか? その教科書に」
「絶対できるさ」
「落書きのできない教科書は教科書じゃない」
センセイもうなずいた。

「図書館の本もそんな電子書籍になるのかな、センセイ」
「ええ。私の思うところの電子書籍ですがね」
「うん。もし、そうなったら・・・どうなるのかな」

「返却期限が来ると読み終えてなくても消えるんだ。そうだよね」
タカちゃんが言った。
「それはたいへんだ。おれなんかいつも一週間くらい延滞してた」
「なんだと。そういうやつがいるからおれみたいなまじめな人間が困るんじゃないか」
センセイは微笑みながら、また語った。


図書館ではもちろん、返却期限が過ぎると手元の本はすうっと消えてしまうだろう。読み残していたら、新たに借りるしかない。

改めていうまでもなく図書館の本は自分で所有する本のようなわけにいかない。だが、図書館には図書館のよさがある。それは利用者同士の交流だ。

コンピュータで管理されている今の図書館にはないが、むかしの図書館の本には巻末にポケットがあって、貸出票が入っていた。といっても返却期限が回転印で押されているだけだが、学校の校内図書館では借りた人の名前が記入されていた。

中学に入ったばかりのころ、少々背伸びして異色作家短編集などを借りたところ、自分より先に借りていた人の名前の中にクラスメイトの名を見つけた。

おとなしそうでいつも照れたような笑みを浮かべている女の子。パステルカラーに彩られた恋物語でも読んでいそうだと思ったのは見事な偏見であることを思い知らされた。

あの子が自分と同じ本を借りた。私はにわかにどきどきして、それ以後、授業中でも登下校のときにも、その子が気になってしかたなくなったものだ。

いまの図書館ではその本を借りた人の名前を公表したりすることは考えにくい。でも、この本を今までどんな人が読んだだろう。どんな感想を持っただろう。私が疑問に思ったことは私だけが思ったことだろうか。読んだあとにたとえようもないさびしさに襲われたのは私だけだろうか。

そんなはずはない、と私は考える。私のようなだれかはきっと、いる。私は想像する。それは希望そのものだ。

私が思い描く未来の本にはそんな情報が蓄積されていて、ひとびとはその蓄積にふれようと思えばふれることができる。ああ、あんな人がいる。こんな人もいるんだ。その人たちの実名や居所まで知る必要はない。それはたいして重要ではないから。

でも、一冊の本のまわりに豊かな世界が広がり、自分が出会うべき人がまだまだいるのだと思えるだけで力がわいてくるようではないか。私のいう交流とはそういうものだ。


「ふうん。センセイの言うこと、わかるような気がするよ。未来の本は出会い系なんだ」ジローさんが言う。
「センセイはそんなことは言ってないと思うぞ」

「おれは未来の本にかけてみるよ。決めた。今度こそ自分とぴったりの女性に出会えるかもしれないし」ゲンさんが言う。
「そしたらどうする」
「もちろん結婚するさ」

センセイは笑いながらうなずいた。スノーボールの中はすっかり静まって、もみの木と雪だるまが見える。

「みなさん、楽しそうね。そろそろお夕飯の時間ですよ」
看護師がやってきて言う。言われて壁の時計を見上げる者、ふとため息をつく者。それから、車いすの者は自力で移動したり、職員に付き添われたりしてひとり、またひとりと移動していく。

「中島さん、今日は体調良さそうでね」
センセイはそう呼ばれてはにかんだように笑う。

「さっき息子さんが来られて、これを置いて行かれましたよ」
看護師が本を手渡す。すっかり古びた赤い布張りの表紙。異色作家短編集、と小さく記されている。今は亡き妻との出会いとなった本だ。

「明日もいいお天気のようですね」
スモークツリーの枝越しの空はまだ美しい青を残しているが、そのようにして、またホスピスの一日が暮れてゆく。

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
< http://midtan.net/
>
< http://koo-yamashita.main.jp/wp/
>

今年もとうとう夏になってしまいました。子どものころから夏がつらくて、これさえなければ人生は楽勝だと思ったのですが、年々暑くなる一方です。なんとかしてください。


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編集後記(07/11)

●娘から「もう読まないから処分して」と大量の漫画本を託された。なんだ、あるじゃないの。買いそろえようと思っていた「とめはねっ!」「ちはやふる」が。ほかにもなかなかの品揃え。"極限のサバイバルストーリー"と銘打った漫画「リミット」(すえのぶけいこ、2010〜2011、講談社)全6巻を一気に読んでしまった。いかにも少女漫画というお約束の絵柄だったら読まないが、「リミット」はそうではない。確かにお目々キラキラだが抵抗感がない。始まってちょっとは、女子高生カーストのいやな世界で、こりゃつきあいきれんと思ったが。

学校行事の交流キャンプに向かうバスが崖下に転落、35人の生徒のうち生きてバスから脱出できたのは主人公・今野水希をふくむ女子5人しかいない。外部との連絡は一切とれない。彼女らは事故現場に近い洞穴に避難する。今野はなんでも要領よくこなせる生き方上手。市ノ瀬は今野の友達だったが今は反発が激しい。神矢は冷静沈着でサバイバルの達人、非情な一面もあるメガネさん。おとなしくいつもオドオドの薄井。地味ないじめられっこだったが、事故を境に権力をにぎった危険な盛重。人数が少ないからわかりやすい。

物語は救助隊に保護されるまでの彼女らの葛藤を描く、のかと思ったら、男子の生き残り日向が登場。一時は状況が好転するものの、薄井が何者かに殺され、一同は犯人探しで疑心暗鬼。市ノ瀬が崖下に転落。さてどうなる。残る4人は救助されるのか。なかなか読ませる物語だったが、セリフがくさいのには苦笑。事故発生から救助まで5日を要したという設定は常識的にありえないが、まあこれはファンタジーということで。

ネットで「リミット」を検索したら「桜庭ななみ主演、女子高生サバイバル漫画『リミット』連ドラ化」という記事があった。なんと明日、12日(金)深夜0:12、テレビ東京系ドラマ24枠でスタートするという。桜庭ななみの名前は覚えている。「最後の忠臣蔵」のヒロイン役が素晴らしかった娘だ。もう20歳か。公式サイトのキャストを見ると、神矢役の土屋太鳳が好み。悪役・盛重役の山下リオも素敵だ。録画しておいて見るかな。(柴田)

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4063416682/dgcrcom-22/
>
『リミット』
< http://www.tv-tokyo.co.jp/limit/
>
『リミット』公式サイト


●確かにわからない言葉がいくつか......。ゆっくり話してくれたらわかりそうなんだが。/期限が来たら消えるの困る〜。貸出票での交流あったなぁ。いまは借りた本に挟まれている案内票が好きだ。資料名と返却期限が書かれている。借りた人が案内票を挟んだまま返却していて、そこには私が借りた本以外に何冊か列記されている。同じ本を借りるだけあって、興味をそそる。それがきっかけで、何度か予約したことがある。/「ちはやふる」は処分しちゃダメっ。「とめはねっ!」「リミット」は読んだことないが、ドラマは録画しておこうっと。

続き。打ち合わせ相手の一人が、頭痛がと言い出したので、笑顔でミンティアを渡す。我慢してくだされ、私も我慢している、再度の打ち合わせは避けたいと心の中でつぶやく。

ようやく打ち合わせが終わり、皆と別れる。と、もう耐えられない。人前だからと我慢していたが、一人になると油断してしまう。吐きそう。座り込みそう。一刻も早く帰宅したい。寝転びたい。電車がすぐ来て、ラッキーなことに座れたので少し楽に。頭痛や吐き気と戦いながら、夕食を買って帰宅。

が、食欲なし。夕食とともに、たこ焼きを買っていて、それを無理矢理飲み込む。固形じゃないのが良かった。炭酸水やお茶をがぶ飲み。食欲はないのに、氷系アイスは食べたくて、3〜4本は食べたと思う。夏バテか風邪のひき始めだろうと改源を飲み、翌日に出かける予定があったので、友人に、こういう症状があってあかんかも〜とメール。続く。(hammer.mule)