エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[30]義人長三郎の墓の話 エビ神
── 海音寺ジョー ──

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◎義人長三郎の墓の話

滋賀の湖西地方に越してきて、まる五年ぐらいたつ。

自宅から職場に行く、細い道沿いに『義人長三郎の墓』という小さい看板が立っている。なんとなく、インパクトのあるネーミングなので、最初見たときに気になって、「義人?」「いったい何をして、長三郎は義人と呼ばれているのだろう?」といぶかった。

通勤ルート、別に近道があることがわかり、その細い道も滅多に通らなくなってて、忘れていたのだが、最近寝ぼけたのか、考え事をしていたからか珍しく道を間違えて旧国道の、その狭い細い道を通って長三郎の看板を久々に目にしたのだった。

やはり同様の強いインパクトを受け、持ち前の貪婪(どんらん)な好奇心がうずいた。





その夜、帰宅してからネットで調べてみたら、とても小さい記事が見つかった。何と言うか、記事が短すぎて、肩透かしを食らったようになった。図書館のローカル棚の、歴史もの、民話、伝説などの本を片っ端から調べてもみたが、義人長三郎のことは全く載ってなかった。

でも、自分が今働いてる職場は老人ホームである。ぼけてはいるが、皆このへんの古老ゆえ誰か一人ぐらいは知ってるんじゃないかと、連日訊いて回った。しかし「えー」「知らんわ~」と、調査は一向にはかどらなかった。

しかし今週になって、調査は新展開を迎えた!

まだ50代だが、だめもとで看板の近くに住む職場の上司にも、同じことを尋ねてみたのだ。「フッフフ、アタシは一切歴史に興味はないっ!」と断言されたが、翌日、「こんなもんを家で見つけた」と今津町商工会が平成6年3月に発行した「今津のお店便利帳」なる観光ガイドブックを持ってきて、見せてくれた。

その冊子に、『芳春院の義人長三郎の墓』という見出しで下記のように説明されていたのだった。

◇天保年間、桂の代官安兵衛の下男で会った長三郎は、代官の人道をはずれた悪政から村人達を救うべく、彼を殺害し越前方面への逃亡を図りましたが、途中で捕らえられ『のこぎりの刑』に処せられました。

代官は、例えば年貢が納められない農民の妻子を池に投げ込んで水責めする、といったような非道ぶりが日常だったようです。

長三郎の行為は村人たちの賞讃の的となり、桂の芳春院に碑を建立して、その義挙を長くたたえるようになったということです。◇

ネットにも同様の記事があったがもっと短くて、このガイドブックにあるのが、義人長三郎の全容を語っていると思われる。

全容を知って、う~ん、と暗い気持ちになってしまった。徳弘正也先生の漫画で学んだ記憶があるのだが、のこぎり引きという処刑は江戸時代の極刑で、最後まで罪人を苦しみぬかせるためのエグいやつではないか。

長三郎は悪い代官を殺してヒーローになったが、結局はものすごい悲惨な最後を遂げてるやないの? という絶望的な気分にさせられた。義人というカッコよい称号をもらっても、長三郎自身の人生は……

最近の科学トピックによると、動物は死の瞬間、脳から快楽物質が分泌され恍惚の内に死に至るらしい。
http://renaimanual.com/88/23/000507.html


それゆえ、長三郎も刑を考案した者たちが予想・期待するような苦しみや痛みを感じずに、自分の手柄を誇りに思って、眠るように死んだのかもしれない。

図書館で滋賀の民話を調べていると、長三郎のほかにも施政者に立てついて死んだ者、年貢の減免を嘆願して代官所で切腹した者の話も載っていた。

死んだら終わりである。だから、自己犠牲的義挙は肯定出来ないけれど、どんな時代でも強いものへ立ち向かう勇気というのは民衆から讃えられるのだなあ、と義人長三郎の伝承を知り、神妙な気持ちになった。

いつか墓マイラーのカジポンを誘って、芳春院に長三郎の墓参りに行かねば。


◎エビ神

海老類でも長寿の種族がいるが、とび抜けて長生きするブルガリアヨーグルトエビ族の長老はエビ神(がみ)と呼ばれ、海に生きる全種族から畏れたてまつられてた。日本海溝の奥深くに祠(ほこら)が建てられ、その中でひっそりと供え物を喰らいながら、エビ神さまは今日も息災であられるのです。

エビ神は老いても意識明朗であった。次々と人間にフライにして食われるブラックタイガーエビ達の供養のため、朝晩、読経するほど脳みそは冴えていた。

ある日、蝦蛄族の長寿ナンバー1のシャコ仙(せん)がエビ神のもとに訪れた。

「エビ神殿、体はどうじゃね?」

「これはこれは、よう来てくれたのう、シャコ仙殿。ご覧の通り背も丸まらず、カクシャクとしとるよ」

「そりゃエビじゃから、猫背にはならんじゃろ」

シャコ仙は両手のボールをカチカチ鳴らしながら陽気に笑った。

その傍らを原子力潜水艦・ポチョムキンが、放射能をダダ漏らしさせながら沈降していった。

エビ神とシャコ仙は意識を遠のかせつつ、静かな眠りについた。

(2005年1月21日作品)

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