I do not understand[3]まっくら
── 田中 実 ──

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吾輩は猫であるが、もはや死んでいる。

さっき目の前が真っ暗になったから、死んだに違いない。不思議なこと、にしばらくすると体がふわりと浮いて、満月に向かって引き寄せられていく。とても不思議な体験だが、以前にも似たような体験をした気もする。何度か生まれ変わっているのかもしれない。

満月の光が雲にさえぎられてしまうと、なかなか進まないのだが、別にあわてて猫天国に行く必要もないだろう。いや、猫天国でなくて猫地獄かもしれないが。

月がなぜか赤銅色になり、その後しっかりと雲に隠されてしまった。天国への道は真っ暗になった。真っ暗になったからといっても慌てることはない。が、ふと目の前が真っ暗になって、慌てたことがあったのを思い出した。





吾輩は元々は飼い猫だった。最後は流浪の猫となってしまったが、それはあの時の目の前真っ暗事件と関係している。目の前が真っ暗になったといっても、目を潰されたりしたわけではない。ショックのあまり、目の前が真っ暗になったという比喩の方だ。つまり、精神的ダメージ100%だ。

飼い猫だった吾輩は、雄猫の定めに従って家の周辺をテリトリーとした後、雌猫探しに出かけた。雌猫探しは案外と難しい。出歩くのは雄猫ばかりで、雌猫に出会う事はない。雌猫は基本的に住んでる家からほとんど離れない。

ゆえに家を探し当て、こちらから出向かなければならない。まるで、平安時代の貴族のようだ。だが、雄猫を待つ雌猫の気持ちを思うと、早く行ってやらねばならぬ。

人気の雌猫には、やってくる雄猫も多い。曜日ごとに相手してくれる雄猫を決めてくれればよいのだが、不幸な事に猫には曜日感覚はない。あるのは、本能だけだ。そう言えば、人間には加えて煩悩というのもあるらしい。

賢くない猫が集まると、いつも喧嘩しか起こらぬ。雌猫を巡っての喧嘩だ。敗れたら他の雌猫探しの旅に出るのだ。

そして、疲れたら飼い主の元に戻って、体力を回復させるのだ。たまに帰ると、家のものは泣き叫んで歓迎してくれる。これは、なかなか気持ちがいいものだ。吾輩を大事にしてくれてるのが、ひしひしとわかる。

最初は三日留守にした。
その次は一週間。
そして、一か月。

帰るたびに家のものは吾輩を大歓迎して、美味しいものを食べさせてくれた。

もっと、長い期間留守にすれば、もの凄く歓迎してくれるのではないか? そう考え、一年留守にしてみた。

そして、帰宅した。もう、吾輩の居場所はなかった。新たなる飼い猫がいたのだ。

遠目で飼い主を見つめていたら、向こうも気付いたようだ。しかし、手招きすらされなかった。やがて、こんな声が聞こえてきた。

まだ、死んでなかったのか!

目の前が真っ暗になった。猫はそう簡単には死なぬ。いなくなれば死んだも同然なのか。人間はそういう解釈なのか?

吾輩は察した。この家に居場所はない。新たな居場所を見つけなければ……。

しかし、今日の死を迎えるまで、新しい居場所は見つからなかった。野良猫状態の吾輩を、飼ってくれる家はなかった。餌にはあまり困らなかったが、寒さはこたえた。やはり、コタツの中は最高だ。だが、もうあれから二度とコタツの恩恵にあずかることはなかった。

そう、思いかえしているうちに雨も上がり、月が雲の切れ間から顔を出し始めた。赤銅色だった月あかりは黄色に戻っていた。

コタツほどではないが、月の少しだけあたたかい光につつまれた。多分、猫天国は暖かいところなのだろう。ま、猫天国に着くまで、ゆっくりと寝ることにしよう。とは言え、永遠に眠らないようにしないといけないが。


【田中 実】
〈日本一多いフルネームランキング 男性編第1位〉のなかの一人
I do not understand の意味:わかりません
連絡先:デジクリ編集部