歌う田舎者[04]青森高校の中心で愛を叫ぶ/もみのこゆきと

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わたしは責任感あふれる人間である。実際に見たことも触ったことも揉んだことも舐めたこともない事柄を文章にして書いてはならないと思っている。

前回のコラムで『ジプシー・金癖』、いやいや『ジプシー・キングス』について言及したものの、ホンモノを見たことはない。こんな不都合な真実が発覚する前に既成事実を作ってしまわねば! と焦っていたところ、ブルーノート東京でのライブ情報を耳にし、早速足を運んだ(正確には、ジプシー・キングスの中心人物であったチコ・ブースキーが92年に結成したバンド『チコ&ザ・ジプシーズ』のライブである)。ギター7本とベース1本が奏でるパーカッシブで情熱的な調べ。注目点はもちろん彼らのポールが右にあるか左にあるかだが、最後尾の席からは確認できなかったのが非常に残念だ。

わたしの責任感は『ジプシー・金癖』だけに留まらない。『玉川上水に入水する』と書いたからには、もちろん太宰治ゆかりの地にも出かけなければならない。太宰治の出身地は青森である。何がなんでも既成事実にせねばなるまいて。



そんなわけで、長きに渡る東京出張をいいことに、JR東日本の3連休フリーパスを使って、10月に青森に行ってみた。このフリーパス、26,000円で新幹線も含めJR東日本管内のすべての列車に乗り放題なのだが、東京─仙台レベルの往復では元が取れない。どうしても北東北まで行かねばならぬシロモノなのだ。なんという好都合なチケットであることよ。太宰よ、待っておれ!。

......と、太宰治をダシにしたが、実は青森と言えばわたしの愛する佐藤竹善様(Sing Like Talking)の出身地なのである。しかもWikipediaを放浪していたときに、太宰治と佐藤竹善様は同じ高校出身であることを知った。ついでに言えば、淡谷のり子・寺山修司も同じ高校であるらしい。♪窓を開ければ 港が見える〜(※1)。書を捨てよ、青森高校へ行こう。そして佐藤竹善様が触れた校舎の壁を撫で回して帰るのだ!。

え? 青森高校だけ? それだけですか? ねぶたの里を見るとか、十和田湖に行くとか、八甲田山死の彷徨の足跡を辿るとか、美人すぎる市議のサインをもらうとか、きっと帰ってくるんだとお岩木山で手を振る(※2)とか、もっとやることいっぱいあるだろう! と、青森県民の困惑する顔が目に浮かぶ。しかし、わざわざ青森まで行って青森高校の校舎の壁を撫で回して帰るだけ、というシンプルすぎる目的が醸し出すラグジュアリー感。これこそセレブリティーの旅と言えよう......誰がセレブリティーだ?

しかも、青森は初回のコラムでチラリと書いたが、47都道府県の中で、わが鹿児島県と並ぶ貧乏で不憫な県として、わたしが並々ならぬ愛着を抱いている県なのである。

目的地が青森とあらば、移動手段は ♪上野発の夜行列車(※3)が定石であるが、時間の都合上、新幹線はやて+特急つがるでショートカット。駅舎にそびえる煤けた青緑色の「あおもり駅」という丸ゴシック文字が妙にうら寂しい(青森県民の皆さん、ごめんなさい、ごめんなさい)。気がつけば ♪津軽〜の女よ〜 枕乱して引き込む恋女〜(※4)(←すげぇ歌詞だ)と歌いながらこぶしを握りしめるわたしである。

とりあえず郷土料理店でホタテ味噌焼きとじゃっぱ汁定食を食らい、駅前の2番停留所から青森市営バスに乗り込む。整理券を取り料金表示板を見ると、130円と表示されている。ふふっ、心に芽生える勝ち誇り感。わたしが通勤に使う鹿児島市営バスの料金は180円スタートである。青森の方がより貧乏ではないか。

しかし、それは罠だった。上がる上がる、停留所を過ぎるたびに小刻みに上がり続ける料金。結局20分の乗車時間の間に、130円の料金は270円にまで上がってしまった。ええいっ、油断させおって。おいどんげぇのバスじゃれば180円のままでいける距離じゃっど。

調べてみると、青森県の地域別最低賃金は633円(平成21年10月1日現在)。鹿児島県は630円(平成21年10月14日現在)である。青森県の方が3円も金持ちではないかっ!。ふっ......敗北感にまみれるわたしの心。

気を取り直して青森高校前でバスを下車。校門から校舎を窺う。特に警備のおいちゃんも立っていないが、侵入したら不審者として摘み出されるやもしれぬ。人目に触れぬように匍匐前進で校舎に近づく。
「隊長っ! 出入り口はすぐそこですっ!」
「そっ、そうか......手を、手を貸してくれ......うぐっ」
「隊長っ! しっかりしてくださいっ! 傷は浅いっ!」
「この目で、この目であの扉を開き、壁を撫で回すまでは、死にはせぬ、死にはせぬわっ」

傷だらけの肘で体を支え、頭を上げると、陽光に輝く自動ドアがなめらかに開いた。......自動ドア?? なんで自動ドアだ? 太宰治や佐藤竹善様が通っていた高校が自動ドアとな?

補習が終わって校舎から吐き出されてきた女子高生を捕まえる。
「あぁ、これこれ、そちに尋ねたき儀これあり。近う寄れ」
「は? あなた誰ですか?」
「通りすがりの旅の婆じゃ。ここは太宰治や佐藤某が通うておった学校に間違いないな」
「そうですよ」
「この校舎はなにやら新しく美しいが、いったいいつ建設されたのじゃ」
「三年前です」
「なにっ!?」
「さっ、三年前ですってば」
「ということは......太宰治も佐藤某も、この校舎で勉強したわけではないのじゃな」
「あぁ、そうですね」
「この壁も、その扉も触ってはおらぬのじゃな」
失笑する女子高生。
「なぜじゃ! なぜ建替えなどしてしまったのじゃ〜〜〜!!」
青森高校の中心に響き渡る悲痛な叫びは、時空の彼方へこだまするばかり。わが愛は行き場を失った。

窓ガラスに張り付くヤモリのように校舎に張り付き、竹善様の触ったであろう壁を撫で回すわたしの野望はあえなくついえた。♪君だけに、ただ君だけに、あぁ巡り合うために〜(※5)青森までやってきたというのに。

青森には平成22年に新幹線が来るそうだ。同時にタイムトンネルも開通させてくれたら、30年前の青森高校に行って高校生の竹善様をナンパできるのに......。

傷心のわたしは、駅近くの食堂で一人寂しくホタテカレーを食べ、焼き立てアップルパイを買い食いしながら帰路についたのだった。

ちなみにお土産に買ったものは、太宰治生誕100周年記念「生まれて墨ませんべい」である。さらば青森。タイムトンネルが開通する日まで。

JR東日本:3連休フリーパス
< http://www.jreast.co.jp/tickets/info.aspx?GoodsCd=1468 >

※1「別れのブルース」淡谷のり子
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※2「帰ってこいよ」松村和子
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※3「津軽海峡冬景色」石川さゆり
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※4「津軽恋女」新沼謙治
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※5「君だけに」少年隊
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厚生労働省・最低賃金情報
< http://pc.saiteichingin.info/ >
生まれて墨ませんべい
< http://news.ameba.jp/economy/2008/10/18865.html >

【もみのこ ゆきと】qkjgq410@yahoo.co.jp

働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。
人様の軒先を借りて書かせていただいているコラムに、ウソを書いてはいかんよなぁ......と、書いたことは一応調べてみたりするのだが、鹿児島市営バスの料金、わたしの利用する路線は180円スタートなのだが、他の路線では130円スタートも結構あることが判明。全然知らなかったよ。勉強になります。
ところで、わたしは責任感あふれる人間である。実際に見たことも触ったことも揉んだことも舐めたこともない事柄を文章にして書いてはならないと思っているが、前回のコラムで言及した中で最も難しいのは『殿さまキングス』のライブを見ることではないかと思う今日この頃である。