「あー黒服こわい、ほんとこわいわー」
「なんだよ、もみのこ。おめえにもこわいもんがあったのかよ。黒服ってあれか、キャバクラとかで跪いてるにーちゃんのことかい?」
「いやいや、あの黒っぽいスーツ着てる普通のビジネスマン。あれがこわくてこわくて」
「は? それ黒服って言わんだろ。あれがこわいって? 何を言ってるんだか」
「もうあの服見ただけでおっかなくってねえ。ああ、思い出しただけで気分が悪くなる。心の臓がばくばくしてきた」
「おいおい、大丈夫かよw」
「もう寝る。悪いね。吐きそうになってきた」
村の衆は、もみのこにいたずらをすることにしました。黒っぽいスーツに身を包んだビジネスマンたちを見繕って、もみのこの寝室に送り込み、外から扉に鍵をかけて、起きてくるのを待ちました。
しばらくすると、寝室から大きな叫び声が。
「ぎゃーーーっ、黒服がっ!黒服があぁぁぁぁぁっ!!」
「なんだよ、もみのこ。おめえにもこわいもんがあったのかよ。黒服ってあれか、キャバクラとかで跪いてるにーちゃんのことかい?」
「いやいや、あの黒っぽいスーツ着てる普通のビジネスマン。あれがこわくてこわくて」
「は? それ黒服って言わんだろ。あれがこわいって? 何を言ってるんだか」
「もうあの服見ただけでおっかなくってねえ。ああ、思い出しただけで気分が悪くなる。心の臓がばくばくしてきた」
「おいおい、大丈夫かよw」
「もう寝る。悪いね。吐きそうになってきた」
村の衆は、もみのこにいたずらをすることにしました。黒っぽいスーツに身を包んだビジネスマンたちを見繕って、もみのこの寝室に送り込み、外から扉に鍵をかけて、起きてくるのを待ちました。
しばらくすると、寝室から大きな叫び声が。
「ぎゃーーーっ、黒服がっ!黒服があぁぁぁぁぁっ!!」
村の衆は大喜び。かわりばんこに鍵穴から寝室を覗いては、今か今かと、もみのこが泣き出すのを待っています。
「黒服こわいって言ったじゃないか。おまえさんたち、なんてことするんだよ。ああ、黒服すき…いや、こわい」
「……おい、なんかおかしいぞ。よくよく覗いてみたら、送り込んだ黒服を侍らせて、高笑いしてるぜ。黒服こわいってのは嘘じゃねえのか」
「どれどれ…なんだありゃあ。しかも背広とシャツ脱がした男の背中に『35億』とか書いてるんだが。なんだなんだ? この世に男は35億とか言って、気取ってステップ踏んでやがるぜ」
「ブルゾンちえみかよ」
「おい、もみのこ。おまえ黒服がこわいなんて、とんでもねえ嘘つきだな。ほんとうにこわいのは何なんだよ」
「ほんとうはたくさんのお金がこわい」
…という古典落語があったが(ねえよ)、そのくらい黒服、いやいや、スーツを着たビジネスマンが大好物だったのである。
新卒で入社した会社はオシャレ男子が多かった。黒っぽい正統派ビジネススーツはもちろん、黄緑の麻のスーツを着たロン毛男子…と、字面だけ読むと奇天烈なのだが、そういうカッコがよく似合う男子がわりといたのだ。
そのままファッションショーのランウェイ歩くとか、裸足にデッキシューズ履いて、ニースの海岸でポーズ取っててもいんじゃね? と思われる男子たちである。
ああ、お近づきになりたい! あれはいったいどういうファッションなんだろう、そのパーツの名前はなんてんだろう…と気になってしょうがなかった。そんなわけで、MEN'S CLUB購入に相当金を払っていたあの頃。
同僚女子たちと会社男子を眺めては、襟のタイプだの、ネクタイの結び方だの、靴の形だのをチェックしつつ、尻のラインまで品定めをするのが日課だったのである(仕事しろ)。
しかしながら、その会社を退職後は、今ひとつ、そそられる黒服男子にも恵まれず、金にも恵まれず(泣)。あまつさえ、非正規ワープア・インチキ講師稼業は3月末で契約終了とのお達しが。
♪あ〜らし〜も〜吹〜けば〜雨〜も〜降〜る〜
ババアの〜道〜よ〜なぜ〜け〜わ〜し〜♪
これからどーすんだよ(主に金)と思い悩んだわたしは、ベルばらに出てくる貧しい町娘のロザリーのように悲嘆に暮れていた。
「今日も野菜が少し浮いているスープだけ……新しい王様の時代が来て少しは楽になると思ったのに……ああ、お腹がすいた。何でもいいから仕事を……お金さえあれば、ひもじい思いをしなくてすむのに……黒服が見たいなんて贅沢は言わないわ! 神様どうかあたしを助けてください!」
そう、神様は見ていらしたのです。だって4月からのお仕事が降ってきたのですもの!! しかも黒服のいる会社。それなのに…。
入社式の日、会議室にぞろぞろと入ってくる大勢の黒服たち。
「くっ…黒服、黒服だわ!…………こわい、黒服こわい!!」
本当にこわかったのである。威圧感に身も心も潰れんばかりで、心の臓がホントにばくばくしていたのである。加えて、若者の中にババアがひとり混じっている超絶アウェー感。壁際にへばりつき、このまま壁になれないかと、全力で背中を壁に押し付けて、化石のように固まっていたら怒られた。
なんでだ! あれほど大好物だったのに! もしや学生ばかり見ている間に、20歳前後のカジュアルファッション男子にしか感じない体になってしまったのか!(おまわりさん、この人です!)
そしてプロジェクタに映し出された式次第には、大きな「アジェンダ」の文字。「ぐええぇぇぇ、アジェンダよ、お前まだ生きていたのか!」配布資料も講話も、大量のカタカナと横文字で溢れている。
思い起こせばIT企業とはそういう世界であった。十数年前、東京からきた大手企業のITコンサルタントが、都会の匂いをぷんぷん漂わせながら、気取りかえって演説をぶっていた。
「コホン、それでは本日のアジェンダについてご説明させていただきます」
田舎のジジイやババア相手にアジェンダ言うたって意味わかんねーっての。(田舎のババアとはわたしである)。
メールにFYIとか書いてんじゃねーよ。ご参考までに、って日本語で書けよグーグル先生に聞いちまったじゃねーか(聞いたのはわたしである文句あるか)。
いえいえそうは申しましても、イノベーティブなビジネスのディベロップメントを考える上では、グループ企業が全力でフルコミットすることが必要で、それによって社員のモウティベイションもパハップスグローイングアップするんじゃないかな、オーライ?(コロス。ほんとにコロスぞ)。
日常の会社生活が始まっても、黒服たちのモニタに映っている文字がさっぱり
わからない。
「Hey,public class HelloWorld?」
「public static void main(String[] args),yeah!」
「oh! System.out.println("Hello World !");」
「shit! InputStreamReader is = new InputStreamReader(System.in);」
「Void! Void! BufferedReader br = new BufferedReader(is);」
何語だそれ。スワヒリ語か。
VoidVoid言うてるけど、だいたいVoidってなんなんだよ。返り値がないって意味だと? 知らんわ。「ぼえど」だったら知ってるぞ。
【鹿児島弁講座】
「ぼえ」=無能
「ど」=〜だ/〜である
「ぼえど」=無能だ
ははははは、つまりわたしが“ぼえど”と。そういうことですな。はははははは! …ぜんぜん笑えねえよ! 返り血浴びせるぞコノヤロー! 横文字が苦手な人もいるんですよ!(クソリプ風)。
そして、会話がない。なんにもないのだ。しーーーーーーーんとしている。朝から晩まで、しーーーーーーーんとしているのだ。キーボードを叩く音しか聞こえない。なんなんだよ、みんな指先しか動かせないエンジニア養成ギプスでも着てんのか?
普通、新しく会社に入ってきた人がいたら、「今日はお天気ですね」とか「昨日の火山灰すごかったね」とか「今日はベルサイユはたいへんな人ですこと」とか、毛づくろい的雑談を投げかけてみるものじゃないのか。
「共働きなんですか」と聞かれたら、♪夫は〜とうに亡くなり〜ました いい人でし〜た〜♪と、カッコカッコカッコカッコカッコカッコカッコつけて返してやる気満々だったのに、誰も何も話しかけてこない。
黒服がこわすぎて、声も出せない毎日なのである。
ひと月たってもこわすぎる。ふた月たってもあまり変わらない。インチキ講師稼業時代は、朝から教室中に響き渡る発声で、♪は〜るばる〜きたぜ学校へ〜と、サブちゃんばりに高らかにしゃべっていたというのに、今や難破した中森明菜である。
♪たかが黒服が〜こわいだけで〜何もかもが消えたわ〜
♪ひとりぼっち〜誰もいない〜わたしは金で難破船〜
そして、入社以来のストレスで、髪が白髪になってしまったのだ。
「おっ、王妃さま、お髪(ぐし)が! ひぃぃぃぃぃぃ!」
ベルばらファンなら誰でも知っているヴァレンヌ逃亡事件。フランス革命のさなか、マリー・アントワネットがルイ16世とともにパリから脱出を試みたものの、ヴァレンヌで逮捕。そのときにアントワネットの金髪は一夜で白髪になっていたというアレである。真偽のほどは定かではない。
ストレートパーマで予約していた美容院のにーさんが、髪にブラシを入れかけて「いや、ちょっとどうしたんですか、この白髪。ストレートより白髪染めした方がいいですよ」と、気の毒そうに手を止めた。表面だけは黒髪だったのだが、一皮剥くと真っ白になっていたらしいのである。
ええ、わたくしは雄々しくも立ち上がりましたわ。
「経験がない、前例がない。こんな恐ろしいことはありません。しかし、恐れていてはこのフランスを良い方向へ導くことなどできましょうか。どんなことが起ころうとも、すべての責任はわたくしが取ります。これが女王としての試練なら、わたくしは喜んでそれを受けましょう」
いやその初体験かもしれませんけど、白髪染めごときで試練だの女王だの言われても…と困惑する美容師をよそに、真紅のつややかなベルベットのドレスをまとったわたくし、白い羽飾りの扇子を右手に、左手を高く空に掲げて、神に届けとばかりに宣言したのですわ。
「マリー・アントワネットは、フランスの女王なのですから!」
ついに発狂。……で、このあとって断頭台? 断頭台よね。
※「まんじゅうこわい」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BE%E3%82%93%E3%81%98%E3%82%85%E3%81%86%E3%81%93%E3%82%8F%E3%81%84
※「ここに幸あり」大津美子
※「ロックンロール・ウィドウ」山口百恵
※「函館の女」北島三郎
※「難破船」中森明菜
【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp
ほんと発狂しそう。あれこれ辛くて死ぬ;;。そういえばかつて大阪の占い師に「あなたはもう正社員や正職員に採用されることはありません」と言われたことがあったのを思い出した。てことは、半年の試用期間中に断頭台ってことでは?
毎週提出する週報のコメント欄には、何を書いてもいい…ということだったので、100〜300文字程度のデジクリ芸(誰かの歌詞が出て来る)で書いているのだが、もちろん既読スルーなのであった。さびしい。さびしすぎる。
♪さびし〜す〜ぎて〜死んでしまうわ〜♪
てゆうか〜! 雑談って意外と重要なんじゃね?
一人で仕事して、しーーーーーーーんは仕方がないのだが、人数いるのに朝から晩までしーーーーーーーんは堪える。
その上身動きしない。指先だけが動いている。貴様らロボットか? ♪ドモアリガトミスターロボット。これが日本人の生産性向上ってことですかい。いったいいつトイレに行けばいいんだ。もう膀胱炎になりそうである。
勤務時間中に黙って仕事するのは正しいかもしれんが、なんかおかしくね? え、おかしいの、あたし? と頭を抱えていたら、twiiterにこういうのが流れてきた。
@twit_shirokuma
https://twitter.com/twit_shirokuma/status/859627675224342528
「『言葉の内容はさておき、言葉を交換しあっていること』が人間同士の間に信頼や親しみを生む、というより不信が発生する確率を減らすということを、世間話や女子高生のサイダーみたいな会話を馬鹿にしている人は、過小評価していると思う。言葉の交換は猿の毛づくろいに匹敵する、重要な社会的行為かと(全文引用)」
膝を打つわたしである。
そんなこんなで悶々続きの今週、勇気を出して、隣に座る男子に「ご趣味は?」と恭しくお尋ねしたところ、スイーツ男子であることがわかった。これから毎日、わたしのメンタルヘルス向上のために、一日一回、スイーツ男子をいじる所存である。空気は読まない。