歌う田舎者[65]神はピアノを奏でよと言い給うた
── もみのこゆきと ──

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吾輩のGWも、やっと明けましたが、皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。いやいや、GWなんて一か月以上前に明けてるでしょ、何言ってるの頭悪いんですかあなた……とお思いの方もいらっしゃるかと存じますので、前回のコラムをこちらにそっと置いておきます。

気を揉んでます:2020年5月20日
https://bn.dgcr.com/archives/20200520110100.html





■出張ばかりの吾輩

「(゚∀゚)o彡゜おっぱい!おっぱい!」を既読スルーされてからの気まずい日々。先日、長い出張から帰還した夜の会社で、久々に営業のえらい人と顔を合わせる機会があったのでございますが、もちろんノーブルに仕事の話だけをして、寂しく帰宅いたしました。宙に浮いたおっぱいは今どこに……。

このままでは吾輩の傷ついた心は回復不能。こう見えて、吾輩、大変デリケートなのでございます。
♪Come on baby 夜のsaxophoneひとりじゃとてもやりきれない
♪Come on baby あの娘の心とてもこわれやすいShe's so delicate

そう、そんなdelicateな心を救うために、これから営業のえらい人のことはパツキンの帰国子女だと思うことにいたしました。きっと彼は長い外国暮らしで“おっぱい”という言葉を知らないのだわ。

でも、それではダメよ。ドストエフスキーも言っているわ。「人間が不幸なのは、おっぱいがおっぱいであることを知らないからだ。ただそれだけの理由なのだ」と。

さあ、エイギョノフ・エライフスキー、恥ずかしがらなくてもいいわ。わたしと一緒に唱和しましょう。「(゚∀゚)o彡゜おっぱい!おっぱい!」

てなわけで、相変わらず二宮金次郎的愛されスタイルで重い荷物を担ぎ、出張ばかりしている吾輩なのだが、全国的に緊急事態宣言が解除になったため、ほぼ一人で占有していた宿に新たな客がやってきた。17歳男子である。

じ・ゅ・う・な・な・さ・い・だ・ん・し……なのである。

♪だ~れもいない海~二人の愛をたしかめたくって~♪ 今こそ二人の愛をたしかめるために、一緒に「(゚∀゚)o彡゜おっぱい!おっぱい!」と唱和するべきではないのか。それとも、冷蔵庫に入っている酒瓶を差し出して「若旦那、お飲みになります?」とか言って誘惑を試みるべきか。……いや、やべえよ、17歳男子には何をやっても犯罪にしかならねえよ。ゆめゆめ近寄ってはならぬ。

■ピアノやりてー病

俗世を捨て宿で禁欲的に生きていくためには、どうすればいいのか……かような哲学的問いに煩悶する吾輩に神は啓示を下された。「汝、ピアノを聴け」と。

Facebookに偶然流れてきたジャズピアニスト、小曽根真さんの「Welcome to Our Living Room」がそれである。緊急事態宣言を受けて、医療従事者とエッセンシャルワーカーに対する感謝の言葉とともに、毎晩21時から22時まで、小曽根さんの演奏と、パートナーの神野三鈴さんのおしゃべりがLiving Roomから配信され、最終回(53回目)の5月31日は、オーチャードホールからの生中継だった。詳しくはこちら。

[Jazz Tokyo]
https://jazztokyo.org/news/post-51934/


宿で仕事しながらなんとなく流していたら、素晴らしすぎて手が止まり、仕事にならなくなった。カッケー! マジカッケーーー!

以来、宿に戻ると、21時にはPCの前に鎮座ましまし、かしこまって配信開始を待つというルーティンが出来上がった。スタンダードジャズから、日本の民謡、ポップス、ラテン、オリジナルなど、ジャンルを超えた縦横無尽な選曲で奏でられる音の美しさに、「おっぱい」という音しか発していない吾輩、恥じ入っておる次第である。

やりてーやりてー吾輩もピアノやりてーーー! いやもう、これからはピアノだよね、ピアノ。神は「汝、ピアノを聴け」だけでなく、「汝、ピアノを奏でよ」と、ここまで啓示くださっていたのではないか。そうだ、そうに違いない。空耳じゃないはず。

思い起こせば、数年に一度襲ってくる「ピアノやりてー病」が高じて、一年半ほど前にピアノを買っていたのだ。白い電子ピアノを。

♪白い~ピアノを~買ったの~は~
♪何か~わけでも~あるので~しょうか~

わけもなにもあるかい。てか、その歌、ピアノじゃなくてギターだろ。

駅ビルの島村楽器で、30,000円台の電子ピアノによだれを垂らしていたあの日。近づいてきた店員さんに「いやいやお客様、お目が高い。そちらの電子ピアノも確かに素敵なんですが、こちら、こちらのピアノをご覧ください。島村楽器とCASIOのコラボレーションで製造した電子ピアノで、お値段は上がりますが、やはり音色の素晴らしさがですね、違うんですよ。ほら、どうです? おわかりになりますでしょ?」などと言われると、なんだかおわかりになったような気もしてくる。

「しかも、今なら椅子もプレゼントしてるんですよ。リーズナブルなモデルを購入したつもりでも、別途の購入品があると、結局どちらがお得かということにもなりますよね、ええ」

このようなやりとりを一か月に渡って繰り広げているうちに、「ピアノやりてー病」が重症化し呼吸困難になりかけた吾輩。ついに「あいわかった! そこまで言うなら買おうではないか、男もみのこ、二言はないっ!」…ということで、清水の舞台から伸身トカチェフ3回宙返りするくらいの勇気を奮い立たせて、購入したピアノの色の選択肢は、白しかなかったのである。

[CASIO PX-2000GP 電子ピアノ 88鍵盤]
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B075WTZ7Y7/dgcrcom-22/


しかし、ピアノの購入だけでエネルギーを使い果たし、練習するエネルギーはもう残っていなかった。悲しいかな、ろくに触らないうちに物置と化してしまったのだ。かようなことが許されようか。今こそ復活の時だ。

……だが、勢いだけでまったく弾けない。ピアノ購入時についてきたクラシックの楽譜には、ショパンのノクターンOp.9-2や幻想即興曲などの有名どころが掲載されているのだが、だいたい楽譜に♭が3つも付いてるとか、♯が4つも付いてるとか、最初から喧嘩をふっかけてきているとしか思えない挑戦的な態度である。吾輩はハ長調とイ短調の世界でしか生きられないのだ。途中で転調するなどもってのほかである。

ページをめくると、一番簡単そうなのは、ブルグミュラーの「貴婦人の乗馬」である。よしよし、これならなんとか……全然ならなかった。

ふん、いいんだ別に。吾輩が何かに跨っているだけで、リアル貴婦人の乗馬みたいなもんだ。ピアノで弾く必要など微塵もない。でも三角木馬にはあまり跨りたくない。なんのことかわからない良い子の皆さんは、Google先生に聞いてたもれ。

もとい、そうよ、クラシックじゃないの、吾輩が弾きたいのは! ジャズよ、ジャズ!

そんなわけで、Jazz Hanonなる教本を広げてみた。なになに、メジャー・シックス、マイナー・セブンス、ディミニッシュ、オーグメント、フラット・サーティーンス、サス・フォー、ナインス・オミット・サード……すいません、これは新手のお経か何かですか?

もうお経はいいんで、とりあえずハ長調を、ハ長調の曲を吾輩に……この教本、素晴らしい! ほとんどがハ長調なのだ。ひょっとするとイ短調かもしれないが、吾輩には判別できないのでどっちでもいい。

とりあえず、なんだかかっこよさげなWalking Baseという練習曲をやってみた。片手なら、ほかの指が親指を越えていくところを頭に入れつつ、なんとか弾ける。しかし両手で弾くと、どっちの指が鍵盤何個分親指を越えるんだか、タイミングがわからない。発狂しそうになる。

これにペダル操作まで入るとか、いったいどんなマルチタスクだよ。ピアニストという人たちは、頭がおかしいのではないか?(褒め言葉)。

吾輩、ご幼少のみぎりにちょっとだけピアノを習っていたことはあるのだが、いきなり弾こうとしたのが間違いかもしれぬ。まずは、もっと気持ちを高める方向から攻めたほうがいいのではあるまいか。このあたりで心が折れていては、伸身トカチェフ3回宙返りをキメた努力が台無しではないか。

そんな吾輩にぴったりの動画が流れてきた。

[のり漁師は“奇跡のピアニスト”]
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200203/k10012270371000.html


ピアノなどさわったこともないパチンカーな52歳漁師が、一年でリストの超難曲「ラ・カンパネラ」を弾けるようになった話である。

フジコ・ヘミングの「ラ・カンパネラ」に感銘を受け、一念発起。漁から帰って、かじかむ手をあたためつつ、毎日ピアノに向かい、一年後には最初から最後まで弾けるようになったというのだ。話を耳にしたフジコ・ヘミングの前で、演奏する機会にも恵まれたという。

いやいや、「ラ・カンパネラ」とはおそれ入ってござる。吾輩的には、「ラ・カンパネラ」と言えば、1981年のTBSドラマ「赤い激流」で水谷豊が弾いていた、なんだか超絶難しそうなアレか……という認識である。

もうひとつ、気持ちを高める材料を見つけた。

[ヤクザときどきピアノ(鈴木智彦)]
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4484202077/dgcrcom-22/


「サカナとヤクザ」「ヤクザと原発」などの著書がある鈴木智彦さんが、「『ダンシング・クイーン』が弾きたいんです」で始めたピアノレッスン。こちらも52歳の初心者。舞台で披露するまでの一年を書いた本らしいのだが、Amazonのレビューには「単純に読み物として面白く、ピアノ弾きたいなと思わせるところが心憎いです」と書いている人がいるので、気持ちを高めるにはうってつけに違いない。巻末に演奏ムービーへのアクセスURLも付いているようなので、さっそくポチる。

これで準備は万端だ。のり漁師と「ヤクザときどきピアノ」の話を頭の片隅に置き、楽譜片手に頑張れば、一年後にはチック・コリアのスペインを、アドリブ満載で弾けるようになっているのでは? ああ、ヤバい、未来の吾輩かっこよすぎる!

そして、その話を耳にした小曽根真さんが、一緒に連弾しましょうと奇跡のオファー。二人の連弾アルバムが日本レコード大賞企画賞に選ばれ、ニューヨークのジャズクラブでも演奏するとか、そんな日が来たらどうしよう(〃▽〃)!高まった。高まったぞ、モウティベイションが! あとは練習するのみ。

「……ちょ、待てよ(キムタク風)。出張先にピアノはないんだろ? どうやって練習するつもりなんだ」「ふっ、甘く見てもらっては困るわね。背中に電子ピアノを担いで、手には楽譜という、New Version二宮金次郎的愛されスタイルで行けばいいのよ。問題なしね」

ちなみに、吾輩の電子ピアノは、足のないキーボードタイプではなく、アップライトピアノタイプですが何か?

※「彼女はデリケート」佐野元春

※「17歳」南沙織

※「白いギター」チェリッシュ

※「ラ・カンパネラ」フジコ・ヘミング

※「スペイン」チック・コリア&上原ひろみ


【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

一年後、「おい、早くチック・コリアのスペイン弾けよ」とか、恫喝しないでくださいオナシャス。