武&山根の展覧会レビュー ミクロとマクロを同列に見る──【田中一村 新たなる全貌】展を観て/武 盾一郎&山根康弘

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武:こんばんはー。やべえ、呑み始めちった。病み上がりなのにw

山:ちょっと待って。いま肉焼いてるから。生姜焼き。

武:いいなあ! 俺は納豆と、もやしの油そば風と、餃子、そして赤ワイン!

山:赤ワインですか。

武:もやし料理には肉の代わりに油揚げを入れてるのでこれは肉料理のつもり。餃子も肉料理のつもり。納豆は生ハムのつもりw よって合わせるなら当然、赤ワイン!

山:なんやねんそれ。


武:肉を食べてるつもりになることで精のつく料理を食べたことになる、プラシーボ効果肉料理超豪華ディナーコース!! もうね、そんなことでも言ってないとやってらんないすよ。

山:あー、肉焼けた焼けた。さて、僕は焼酎を。。。いただきます! 乾杯。

武:乾杯!

山:うん、まあまあやな。で、武さんのわけわからん妄想はどうでもええねんけど、体調どうすか。寝込んでたらしいやんか。

武:あー、こんなこと言ってるくらいだから身体は大丈夫だな、復活しました。

山:ほう。早かったやん。僕はまだ風邪が完治してないのか、鼻水と咳がとまらん。アレルギーかもしれんけど。


武:前日まで全裸だったのに、突然寒くなったあの日じゃ!!

山:相変わらず全裸かいw でも寒くなった日あったな。

武:あれでくらった。注意はしてたんだが。。。

山:この寒暖の差では体調おかしなるよ。最近調子悪い人多いみたいやで。

武:あと、ベーシックインカムメールニュースの原稿を書いていて。学者じゃないんだからBIの理論を述べてもしょうがないじゃん。それで自分はなんでBIを肯定する気持ちになるのだろう? って考えたら生い立ちから書かないとならなくなって頭がヒート。1000字が9000字くらいになってしまって熱上がった。

山:9倍w 知恵熱やなw どこで読めんの?

武:BIメールニュース。< http://bijp.net/mailnews >


山:こんなんあるんや。

武:田中康夫が出てるな。< http://bijp.net/data/article/182 >
右側が代表の白崎一裕さんですね。個展オープニングにも来て頂きました。

山:へー。あ、この方ですか。
< http://japan.swamp-publication.com/images/realfantasia_07.jpg >


武:そうそう。細かい話をちょっとすると、俺はゲッツ・W・ヴェルナー氏の案、所得税廃止消費税財源案を支持してるんですけどね。消費税は日本だとアレルギー強いし逆進性の問題を抱えてるのであんまり注目されてないんだけど、ポイントはね、所得税廃止にあるんですよ。稼いだ金をハネられるのは厭でしょう(笑。まあね、原稿を送って酒呑んで酔っぱらうともうチャットとかどうでもいいね。

山:どうでもええんかい!

武:うん。


山:展示にも全然行けてないしな、、、どないしよ。何の話しよか。

武:えっと、アートの話しよう! 田中一村展いったんですよ。

山:おお、田中一村やってたんや。これすか?
< http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2010/0821/0821.html >

武:そうそう! 田中一村はねえ、ホント、きてるよ。

山:ほう、何が?




●【田中一村 新たなる全貌】千葉市美術館


武:一村はね、結構昔に山根から教えてもらったんかな。当時はあんまし、へー、みたいな感じだったんすよ。

山:結構前やねー、浪人時代かも。そうなんや。

武:そうなんすよ。で、展示観に行って。時系列展示でね、最初の若い頃の一村の絵から良くてね、ウキウキするんですよ。子供の頃、十代、二十歳頃の絵。

山:ほう。

武:なんかね、山根を思い出した。山根ってこういう感じだったんかなあとか。

山:どういうことやねんw


武:子供の頃とか。とにかくうまいんですよ。で、のびのびしてる。

山:あー、僕は子どものころから窮屈やったけどね。

武:そっからなんか変わるんだよね。

山:どう変わるんや。

武:今までは単純に好かれていた、けどその絵は本当の自分じゃなかった。自分の本当の絵を描いた。そうしたらまるで認められなかった。的な。『水辺にめだかと枯蓮と蕗の薹の図』かな。23歳。

山:wikipediaによると、その頃に、それまで描いていた南画と決別、とありますね。
< http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E4%B8%80%E6%9D%91 >


武:ああ、そういうことなのかしら。で、千葉に暮らすんですよ。千葉での絵もまたいいんですけどね。でね、39歳、アラフォーで心機一転して画号を田中米邨から田中一村にするのかな。

山:その後中央画壇には落選続きやね。

武:「世に出るぜ!」とガチに勝負をしにいった40代。大体落選しちゃうの。

山:大変やね。。

武:だって、かつて神童と呼ばれた人だぜ。でさ、50歳で単身、奄美に行ってしまうじゃん。なんかね、「嗚呼......」って思うんさよ。

山:と言いますと。


●奄美直前の一村の絵


武:一村の絵でとにかく惹かれてしまったのが、奄美に行く直前の襖絵なんです。もう、千葉を離れることは決心していて、最後に良い仕事に巡り会うんですね、寺だかなんだっけか。

山:何を描いてんの?

武:植物。松のふすまもあるんだけど、竹とかじゃなくて、草花を描いてるんですよ。繊細なんですわ。色も形も。えーと、『四季花譜図』(1958)かな、今の僕の心をわしづかみ状態で、ずっとそのふすま絵の前でぼーっとしてた。

山:観たことないけど、どんな絵なんやろ。


武:なんかね心揺さぶられた、シビレた。なにか一村の心境と一致しちゃったんだよ。

山:武さんの今の心境と?? どこに行くつもりやねんw

武:一村はね奄美に行くことを決心して描いてるけど、俺はね、次に行く場所ないんすよ。

山:じゃあどうする。

武:うーん。。。当時、千葉に暮らしてた人からすると、奄美とか言ったら、異境でしょ。

山:そりゃそうやろうな。返還されたばっかりみたいやし。

武:ほとんど外国だろうな。異境にいく心境。

山:そやね。

武:♪イキョウにいくシンキョウ。それマジ、ゼッキョウ。チベット密教。←ラップ

山:だからどこに行くねんて!


●奄美での一村の絵

〈グロテスク〉

武:その後の奄美の絵ですよ。グロテスクなんですわ。

山:グロテスク、ですか。

武:奄美に行くことを決心した最後の襖絵は繊細なんですよ。

山:繊細、っていうのはどういうことなんやろ。写実、ってこと?

武:うーん、雰囲気。

山:わかりにくいのうw

武:一村の真骨頂はやっぱり奄美での絵でしょ。それはグロテスク、けれど細密、そして、リアル。

山:リアルってね、難しいけどね。細密、グロテスク、って言うのはまあわかる。なんか過剰やねんな。


武:奄美での一村の絵を見たくないって思ったのよ。

山:えー、なんで?

武:たまたま奄美直前の絵で立ち止まってそれが今の自分と重なった。で、そっから先は俺の未来。怖いなって思ったのよ。

山:自分と重ね過ぎやろw

武:未来はね、グロテスクだったの。凄いなと思った。洗練されてないんだよ!

山:洗練されてないのか。ん? そうやったっけ? 一村の絵って。

武:奄美の絵はね、俺たちが新宿で描いてたときのような、あの気持ち悪い感じになるんですよ! わかる? おぞましい。

山:ああ〜、ちょっとわかる。ちょっとな。ほんまにちょっとだけやけど。


武:本気以外に入り込む余地のない状態、あんな気持ちの悪い絵になるんですよ。触れたくないような。

山:まあそれが結局評価になるんやけどな、一村は。死んでから。

武:最初は正視できなかった。。まあガッツリ見たけどなw

山:どっちやねん。めんどくさい人やな。

武:新宿で描いてた時のあのどうしようもない、思い出したくない、情念と怨念が渦巻いた、あの気持ちを一村は知ってるんじゃん! って思った。そして俺の未来はまたあそこに戻らなければならないのかっ!って。

山:だから重ね過ぎやって!

〈中景のないミクロとマクロ〉

武:奄美の一村の絵を見るのは、精神力がいったけど、法則としてあったのは、接写に近い至近距離と遠景なんですよ。中くらいの景色がない。それが幻想的な効果を生んでる。千葉に居たときの農村風景とかは中景なんですね。

山:お! なるほど! それはいいとこついてるのかも!

武:なに感動してるんじゃ。プロなんだぜ。

山:いや、ようやくピンとくること武さんが言ったので。過剰に反応してみましたw

武:ゴルア!

山:いいとこ拾っとかんとチャットがまとまらんからな。

武:ありがとうございます。


山:まあ拾ったところでまとまるわけでもないかもしらんけどw で、なに。中景なんか、千葉の時の絵は。

武:そうです、とてもすてきな絵なんですよ。人が居て、風景があって、そのもので。

山:風景画で奥行きを作る場合、だいたい前景、中景、背景、と大まかに3段階を設定したりしますね。

武:そうですね。その、中景をすっ飛ばして、ミクロとマクロだけにしてしまうんです。

山:その景色同士を行き来するものをさらに登場させたりとか。

武:そうそう、それが中景にあたる。中景ってね「人」なんですよ。

山:ふむ。あっちとこっちの境目みたいな。一村の絵には人がでてこないんよな。それがある独特の感覚を生み出してるのかも。


武:千葉のときは「人」が出てくる。ミクロとマクロってのは秩序で繋がってるんですよ。原子レベルになると法則性が強くなる。宇宙レベルになっても法則性が強い。カオスとは人の居る領域。

山:なに言ってるのかよくわからんがw、なんやろ、全身で描くとそうなってしまう、ってことか。全身、ってまあ、本気と言うか理屈抜き、のような意味で。あるモノにこだわる、モノに入っていくというのはミクロですね。それを理屈抜きで現そうとした場合、近視眼的にならざるを得ない。

武:そうね。

山:でもそうやってミクロをずっと行き続けると、そこには穴みたいなもんがあって、突然突き抜けてまう、ってことはないんかな。

武:一村の絵は、細密画に埋め尽くされた隙間の向こう側に海がある。

山:絵で表現するとそうなるんかもしらんが、実際の感覚として、突き抜けてたりしてないんかな。


武:感覚的にはずーっと向こうに行ってて、前景を細密にするとかじゃないのかな?

山:でも日本画、或いは水墨画とかってそもそもそういうとこがあるんよね。背景すっ飛ばす、とか。すっ飛ばしたところを感じろ、みたいな。

武:一村は人間をすっ飛ばしてるぞ。

山:いやいや、一村じゃなくて。えーと、例えばおっさんを一人描いて、あと描かない! とか。ある種の孤独感と言うか、絶対感が漂ったりする。

武:おっさんだけ描かずにありとあらゆるそれを取り巻くものを描くとか。

山:そういうのもあるよな。

武:で、この絵画観は、俺も一緒なんです! 真似した訳じゃないよ。ミクロとマクロを同列に見ようとするやりかた。本当はその中景が必要なんだけど、それをすっ飛ばす。なぜだ?

山:んー、意外とよく在る手法ちゃうの。

〈過剰〉

武:そうねえ。一村の晩年の絵は年老いて洗練されたのかというとそうではなくて、いや、その実シンプルにはなってるけど、それは綺麗とかではないんです。なんだか蠢いている。

山:田中一村の絵を初めて観た時に思い出したのがアンリ・ルソー。

武:ああ。植物の描写、という意味合いではね。

山:まあ、へんなおっさん、というかアウトサイダーやね。アウトサイダーアートなんとちゃうか。敢えて、くくりで言うと。

武:ルソーはね、中景なんです。

山:あ、そうか、なるほど。

武:一村のあの中景のなさは、いやー、息が詰まるのよ。


山:あと、一村って平面感覚、2次元の感覚がいいよな。べた塗りが気持ちいいとか、そういうとこある。実際べた塗りでもないのかもしらんが。

武:特に若い頃の絵ね、平面性を打ち出した絵のスマッシュヒット感っていうのかな、気持ちいいんだよね。もたついてないっていうか。奄美の絵はそういう軽やかな感じはないんだけどね。

山:自分の狂気性に気付いてたけど、それを出来てなかった自分。50にしてそれが出来た、とかあるんちゃうかな。

武:うーん。どうなんだろ。奄美で解放されて絵が重くなってるよねw

山:何かが過剰なんですよ、おそらく。

武:過剰になるなんてできるんかな? きついよ。20代30代じゃないんだぜ。そんなんだと女ばんばん抱いてたりしそうじゃん。ピカソとかみたいに。


山:一村はどうなんやろ。

武:単身奄美行っちゃうんですよ。女っ気ナイじゃないすか。

山:こんな顔やったんか。
< http://4.bp.blogspot.com/_CiE-CNWjIEY/SHkfaO2guDI/AAAAAAAACEM/YYUiIWo-oIo/s400/P1010199.jpg >

武:つか、今で言うイケメンじゃん!

山:うーん、そうとうめんどくさい人やったと思うけど。武さんぐらいww

武:いや、これ、かっこいいでしょ。

山:いやー、めんどくさい人やろw

武:そうか? 普通に美男子だよね。

山:おっさんやぞ。

武:ああ、ちょっと植木等に似てるな。田中義剛かなw


山:まあこの人よりはええよw < http://twitpic.com/2jaah3 >

武:フレディー・マーキュリーでつか?

山:あなたです! 武盾一郎です!!

武:あのさー。この写真、いろいろ勘違いされるかも知れないからどうにかならんか?

山:別に頼んで撮らせてもらった訳ちゃうぞ。自分から喜んでやっとったやないかw

武:田中一村展ではさっきの写真がね、展示されてたんですよ。もしね、俺の死後ね、武盾一郎展ってのが開催されてね、写真がこれだったら、ショックですよ。

山:それはありえるな。まあ、仕込みは僕か鷹野依登久、SWAMP PUBLICATIONの誰かやねwww

武:俺が先に逝くのか!?

山:順当に行けばそうなりますw

武:ま、まあな。


●死後売れる


山:でもさ、田中一村みたいに、死んでから売れるってことに対してはどうよ?武さんは。

武:あー。新宿で描いてたときは「瞬間」でよいってマジで思ってた。で、ちょっと前は素材的にきちんと百年残るとか、千年残る絵を描きたいとか、まじで思ったよ。振り子の振れ幅みたいに、瞬間から永遠に振れた。けど、今、正直、永遠に残るとか、瞬間に生きるとか、考えなくなった。

山:まあ、瞬間に生きるのと、今現在を生きるというのと違うやろからね。刹那っていうことでもない。今現在を生きるって。


武:死んでから売れる為に今を生きるとかは、いまいち目指さないなあ。普通になったのかな。

山:そういうもんとちゃうの。でも、普通の自分に普通じゃないことがおこったりするから面白かったりするわけで。

武:厄年越えて、これから先、どう生きるかではなくて、どう死んでいくか、だからな。あまりにも不遇なら、怨念を残して死にたい。そしたら死後、成仏できずに現世を呻き歩く俺の亡霊の声を汲み取ってくれる人たちが出るだろう、とw

山:本気でそう思ってんのんかいな。ぜんぜん普通ちゃうな。

武:志半ばで報われぬ無念の死を遂げるなら、あのハイソサエティな奴らに、菅原道真のような天変地異を起こしてやりたい!w

山:死んでもめんどくさいわ!

【田中一村 新たなる全貌】
< http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2010/0821/0821.html >
会場:千葉市美術館
会期:2010年8月21日(土)〜9月26日(日)
※終了しています!!

【武 盾一郎(たけ じゅんいちろう)/飛梅こい!】
「芸術行為は労働なのか?」『芸術労働者宣言』

< https://docs.google.com/document/edit?id=1A0Tf87in_GANG_WsChJRbo50u9zVYKO3Rx0ZCgJowpI&hl=ja >
これはデジクリ前号の『画家よ生きてくれ!クリエイティヴ・レイバー(芸術労働者)宣言』を手直ししております。
< http://bn.dgcr.com/archives/20100908140200.html >

芸術労働を考えていくと、ベーシックインカムに行き着くのではないかと今のところ考えています。ドローイング描きました! 国際演劇学会大阪大会2011。デザインはなんとデジクリの女神ことハマムーラさんです。
< http://www.firt2011osaka.org/ >

take.junichiro@gmail.com
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Take Junichiro Art works
< http://take-junichiro.tumblr.com/ >
246 表現者会議
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【山根康弘(やまね やすひろ)/前歯くっついた♪】
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