歌う田舎者[32]旅に出るスイッチが入ったと感じさせていただきます
── もみのこゆきと ──

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仕事上の必要性にかられて、経営関係のメールマガジンをいくつも購読している。あまりに数が多いので、見出しだけでパスしているものも多々あるのだが、ふと目にしたあるメールマガジンに、こんな文章が書いてあった。

引用──厳しい環境を助け合って生き抜き、数多くの苦しみと感動を味わった方々は、遺伝子にスイッチが入っていると感じさせていただきます。──

え?? なんですと? タイプミスであろうか。いや、しかしこれ以降の文章も「させていただきます」のオンパレードなのである。日本という国は、いつのまに「させていただきます」がオールラウンドな敬語になってしまったのだ。このような尊大な表現が、丁寧な言い回しとして市民権を得ているとは何たることか。

えー、ちなみに営業妨害になってはいかんので、一応調べたところ、このメールマガジンはWEBで公開されていないようなので、偶然わたしと同じものを取っている人以外は、検索しても、どちら様の書かれたものかわかりませんので念のため。

しかしながら、これは放っておくわけにはいくまい。言葉の乱れは心の乱れ。ファーストフードやコンビニでのマニュアル会話集なども、癇に障ること多々これあり、憂国の志士としては日本語の行く末が心配でならない。




そのため、今回のデジクリでは、このような神をも恐れぬ乱れた日本語に喝を入れ、敬語に関する深い思索と考察を交え、心まで乱れた日本人に檄を飛ばす所存である......いや、所存であった。

なぜ過去形になっているのか。それは、日本語の乱れに関する文部科学省の公開文書URLや、「させていただきます」の用法に関する参考URLなどを登録していた自宅のメイン機が壊れてしまったからである。

しかも壊れた翌日、旅に出るスイッチが入ったと感じさせていただいたので、メイン機を修理する暇もなく、飛行機に飛び乗らせていただいたわけなのでございますが、何か文句など感じさせていただきましたでしょうか?

そったなわけなんで、すっかたなかんべ。おら、今、チリのサンティアゴさいるだ。サンティアゴいうたら、日本の反対側にあるところだべ。

アジェンデ政権がクーデターで倒れたあと、16年半に及ぶピノチェトの軍事独裁政権下にあったけんど、1989年にエイルウィンが大統領選で圧勝して、やっと軍政が終わりになったいう国でんがな。ま、もちろん、ここんとこは「地球の歩き方」からのパクリやけどな。

動乱の時代やったけんが、日本の商社が革命側・反革命側に立って、政治とも密接に絡んだ企業活動で激しく火花を散らしよったことは「革命商人」(著:深田祐介)に詳しかと。え? わしですか? わしは読んでないけんどな。人の話によると、そう感じさせていただいたっちゅーことや。

ホテルのテレビをつけると、MTVらしきものが垂れ流されとるけんど、この国のミュージックビデオいうもんは、どうにもこうにもエッチでいけん。さっきのビデオなんぞ、男にしなだれかかって絡む女のヘアーがかすかに映っとったで、ヘアーが。そんなんでええのんか。まったくけしからんわ。植物検疫で梅干し没収する暇があったら、ヘアーを取り締まりゃーどがんね。

さて、それはさておき、やはりチリというからには、青森県の敵を討たねばならぬのが、薩摩藩の人間としての使命ではなかろうか。なんと言っても、日本の北から二番目、南から二番目という地味な場所同士、困難には手を携えて対処すべきではないかと感じさせていただいているわたしである。

皆様すっかりお忘れかもしれぬが、青森県住宅供給公社の殿方から14億もの金を巻き上げたアニータ・アルバラード。当時は噂のチリ人妻として時の人となり、騒動に乗じて、ゲイシャワインだのCDだの出してひと儲けしたようであるが、ここは一発、チリにギャフンと言わせてやらねばならぬ。

青森県のために一肌脱いで、チリ人の男を手玉に取り、1兆円くらいは巻き上げてやろうではないか。そして、モアイ焼酎でも売り出して、大富豪への道をまっしぐらだ!

このような気高く美しい志を抱き、成田よりダラス経由でサンティアゴに入ったのであるが、着いたとたんにチリ人の男に金を巻き上げられた。どういうことやねん! 気高く美しい復讐はどこに行ったとでごわすか!

長距離路線を二つも乗り継いで、しかも成田とダラスで5時間近くの待ち時間に加え、サンティアゴ行はほぼ満席。まったく眠れなかったのである。今回初めて旅行用ノートパソコンを入れたリュックは、思いのほか重く、体中が痛かったので、ミニバス(ホテルまで送迎してくれる乗り合いバス)を使おうと思ったのが大きな間違いであった。嗚呼、いつもなら地元民が使う公共交通機関を使うのに......。

空港でIDカードらしきものを首にぶらさげた男が近づいてきて、「Taxi?」と聞くので「No, Mini Bus」「Ok, I'll take you」の言葉について行ったわたしは大馬鹿ものである。今思えば、IDカードなど、適当に作って首からぶら下げておけば、それらしく見えるものだ。ミニバスで、サンティアゴ市内までは5,500チリペソなのだが、20,000チリペソ巻き上げられてしまった(US1$=約470チリペソ)。

まぁ、そもそもちゃんと「地球の歩き方」を再確認しなかったわたしが悪いとは言え、睡眠不足の寝ぼけ頭には、チリペソの単位が染み込んでおらず、20,000ペソと言われて、そんなもんかいな? と思ってしまったのだ。

お調子者の客引きからバトンタッチした運転手は、サングラスをかけた、ちょっと強面である。市内まで30分の間、何もしゃべらない。車内で「あれ? おかしくないか、この価格......」iPhoneに入れたレート換算アプリで計算すると、やはりボラれている。

だが、このまま黙って引き下がるのは悔しすぎる。「日本人はやっぱりカモだな」と舐められては、敵を取ると誓った青森県民の皆様に申し訳が立たない。弘前城の桜吹雪の中で、腹かっさばいてお詫びをしなければ死んでも死にきれぬではないか。

許せん! ひとこと言ってやる。ホテル最寄りの小道で、運転席のドアに立ちふさがり、礼儀正しく喧嘩を吹っかけさせていただくことにしましたが、よろしかったでしょうか?

「ちょっと料金が高すぎるとではごわはんか」
「何を言ってるんだ、セニョーラ。これが正規料金だ」
「あたいはミニバスち言ったどなぁ。ミニバスは5,500ペソごわんど。ここに書いてあっが、こら」

「これはミニバスじゃなくてタクシーだ」
「タクシーでも15,000ペソじゃっど。おかしかど」
「おかしくない。これは普通のタクシーより大きなバンだ」

「晩も昼もなか! おいどんはミニバスち言ったで、お金を返してくいやい」
「ホテルに聞いてみろ。これが正規料金だ」
「ないごて、そげなこつ言うと。おまんさぁは血も涙もなか人じゃらいなぁ。おいどんは、会社も退職しっせえ、もう収入はなかたっど。じゃっとに、こげん仕打ちをすっとは、まこてチリ人つあ、どげな人間じゃったろかい」

「おれは忙しいんだ。そこをどけ」
「うんにゃ、おまんさぁが金を返すまで、どかん」
「あんたがミニバスと言ったかどうかは、おれは知らん」
「客引きの男に、ミニバスち、ちゃーんと言うたが。5,500ペソにしっくれとは言わんで、せめて10,000ペソ返してくれんどかい?」

「できん」
「ないごてな。10,000ペソでも、ミニバス料金の倍じゃっどが。おまんさぁは大儲けじゃ」
「できんといったらできん!」

もちろん、英語にもスペイン語にも超堪能なわたしであるが、日本人としての矜持を示すため、このやりとりは全て日本語時々鹿児島弁でさせていただきましたが、よろしかったでしょうか? なんでしたら、ご一緒にポテトもいかがですか?

どうあっても金を返す気がなさそうなので、仏教徒として最後の手段に出た。
「ぎゃーてーぎゃーてーはらぎゃーてー、はらそーぎゃーてー、ぼーじーそわかー、末代までお前の身には祟りがあるぞよ! なまんだーなまんだー仏教徒をなめんなよ!」

それはもう幼いころから宝塚を見続けてきたわたしであるからして、迫真のクサい演技力で、おどろおどろしく唱えましたとも。これで、あいつの身に何か悪いことが起こったら、「あの日本人の祟りだ! ママン、怖いよぅ!」と思ってくれるだろうよ。ふん。

ちなみにホテルのフロントのにいちゃんに「空港からここまで20,000ペソってどうよ?」と聞いたら、「えっ? 20,000ペソ? あなたが乗ったタクシー? いやー、それはちょっと......法外に高いわけじゃないけど、高いですね。ホテルから呼ぶタクシーでも空港までは14,000ペソだし。うわー、残念でしたね」とのことである。ほらみろ、クソ運転手!

そんなわけで、しょっぱなからチリ人の男に蹴つまづいた旅のスタートである。戻ったら自宅のメイン機を治療せねばならぬという大仕事もあるが、このご時世に次の仕事を見つけるほうがよっぽど大仕事だ。

なんとかせねばならぬ。なんとかせねばならぬが、まぁ、それは生きて帰ってから考えよう。

さて、この旅の先にはイースター島があるのだが、ここでぜひ歌いたい曲がある。松坂慶子のこの名曲である。

♪こ〜れ〜モ〜アイ
♪あれモアイ
♪きっとモアイ
♪たぶんモアイ

モアイの横で、バニーガールの衣装と網タイツをはいて、指さし確認しながらぜひ歌ってみたいものである。

それでは皆様、来月もぜひ元気で、生きて日本でお目にかかりたいと感じさせていただきます。グラシアス、グラシアス。

※「革命商人」(深田祐介)
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※「愛の水中花」松坂慶子
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【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

かつてはシステムエンジニア。その後、働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。現在、失業して国外逃亡中。