歌う田舎者[37]わたし、脱ぐ前がすごいんです/もみのこゆきと

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腰が痛い。輿石が嫌い。いや、単に韻を踏んでみたかっただけだ。輿石なんてどーでもいい。とにかく腰が痛いのだ。こうしてパソコンに向かって座っているのも、30分が限界である。

「ばーさん」というには、わたしはまだ激烈に若い。『激烈に』というところは、H1タグに加えてSTRONGタグとかBタグあたりで思い切り強調されていると思っていただきたい。W3C的に間違っていようが、そんなことは知ったこっちゃねぇ。心意気だけ汲んでくれ。

激烈に若いので、これまで腰痛とは無縁坂だったのである。
♪母がまだ〜若い頃〜 僕の手をひいて〜。

しかし、さすがに「おねーさん」と自称するほど厚顔無恥でもない。その真ん中に位置するカーストについては、特に触れるつもりはない。何か文句でも?

腰が痛くなるような、淫乱な運動をした覚えもない。
♪フニフニフニフニ フニフ〜ニ〜
♪フニフニ〜 男と〜女の〜愛のもつれだ〜よ〜

愛がもつれるほど腰をフニフニ振って、「昨夜は寝かせてもらえなかったのよ、うふん」と、桃色の一夜があったことにしておいてもいいのだが、うそつきはドロボーの始まりという家訓にもとる行為をしては、ご先祖様に申し訳が立たない。

戯言はさておき、腰痛になったのは、わたし史上もっともヒールの高いミュールのせいである。そもそも高いヒールなど履く習慣はないのだが、セレクトショップ販売員の甘言に乗せられて、魔がさした。

「あっらー、宝塚の男役スターみたいー。かっこいいわぁ。お客さま、とっても素敵ですよぉ。鏡ごらんになってくださいな」

ヒール高は9cm。わたしの身長が163cmであるので、合計172cmである。172cmと言えば、天海祐希の身長であるからして、皆の者、今日からわたしのことは天海祐希と呼んでくれ給え。ふおっふおっふおっふおっふおっ!!




そういえばバブルの頃は、セレクトショップやブティックの販売員をハウスマヌカンと呼んでいたような気がするが、いまやすっかり死語となってしまった。刈り上げ頭から生えてくる毛を歌った「夜霧のハウスマヌカン」という曲が密かに流行ったものだ。"空前絶後プログレッシブ演歌"というキャッチコピーがついた名曲であった。

もとい、その天海祐希ミュールを履いてジュエリー撮影のバイトに行った日は、中腰で大量の写真撮影があったことに加え、度重なる階段の上り下りで、大変多忙な一日であったのだが、その翌日......。

朝はちょっと腰に違和感を覚えた程度で、なんてことはなかった。昼が近付くにつれて「あれ? なんか腰がヘンなんですけど」になり、午後は「ななな、なんですかこれは。座ってるだけでも痛ぇよ。息すんのまで苦しいぞ。ぐぬぬ」になってきたのである。

撮影したジュエリー写真をフォトショで加工して、『二人の物語が始まるエンゲージリング。どうか夢見させてください。いつか、きっとあなたから』なんつー柄にもないコピーを粗製乱造しつつ、近所の整形外科をググったりしていたのだが、バイト先の偉いヒトに早退を言いだすきっかけがつかめず、18時の終業を待って近くの整骨院に駆け込んだ。正確には、よろめき込んだという感じである。

「こんにち......だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃありませんっ、死にそうです! ぜーはーぜーはー」
「どこが痛いんですか」
「腰です。かくかくしかじかで、息もできませんっ」

椅子やら机やらを掴みながら施術台に辿りつき、20分ほどマッサージを受けた。
よくよく見ると整骨師は若いお兄ちゃんである。

「はい、終了です。少しは楽になりましたか? 大変でしたねぇ」
「いや、もう高いヒールくらいでこんな目に遭うとは思いませなんだわ」
腰をさすりつつ、施術台からのっそり体を起こした。

「じゃあ、念のため、痛み止めの湿布も貼っときましょうか」
「え、いいんですか? よっ、よろしくお願いしますっ」
「じゃ、すいませんけど、もう一度腹這いになってくださいね」
「はいっ」

痛みをこらえて再び腹這いになってから気付いた......し、しまった! ちょ、ちょっと待て、今日はやめときます......と言おうとしたのだが、時すでに遅し。整骨師の兄ちゃんはわたしの着ていたチュニックをぺらりとめくった後だった。

「.........」
その場に漂う一瞬の沈黙。きっと兄ちゃんはこう思ったであろう。
プッ......武装してやがる......。

先月のデジクリにも書いたが、微増に微増を重ねた我が体重は、史上最高値を更新中である。ユニクロで現体型に合わせたパンツなど買ったものの、ジャストサイズすぎてパツパツで、妙に肉々しいシルエットを呈している。

そのため、たまたま立ち寄った高級舶来ランジェリーショップで、ハリウッドセレブも愛用するという体型補正ガードルを、うっかり買ってしまったのである。いや、確かに効果はあった。パツパツで肉々しいパンツのウエストに少し余裕ができた上、なにやら体も身軽なのである。

しかしながらこのガードル、ぶよぶよとたるんできた肉をカンペキに整えるために、ブラのすぐ下から膝上までの長さになっており、チュニックをめくったくらいでは、この武装した体をどこから剥いたらいいのか、整骨師の兄ちゃんにはわからなかったのであろう。

「あ、いや、その、自分で脱ぎますから、えぇ、いいです、ダイジョブ、まかせてください......うぐぉぉおおっ!」
そう言ったものの、痛すぎて脱げない。

「あー、もみのこさん、ちょっと待ってください。えーと......ユミちゃーん、すいません、お手伝いお願いしまーす」

兄ちゃんは女性整骨師を呼び、腰が痛くて施術台上であっぷあっぷしているわたしのハリウッドセレブガードルを、半ケツになるまで引きずり下ろした。

なんと言っても整骨院であるからして、主要顧客層はわたしより激烈に上の「じーさん」「ばーさん」である。本来ならば、このような環境の中で、わたしのようなみずみずしい桃尻娘の半ケツを拝めるとは、そなたたち、果報者よのぅ......くらいはブチかましてやりたかったのだが、武装ガードルがバレた恥ずかしさのあまり、口もきけなくなってしまった。

若いお兄ちゃんに半ケツ見られるより、武装ガードルで体型詐欺を働いていたのがバレたことの方が、よほど由々しき事態である。

そうそう、奥様、ついでだから教えてあげるわ。この武装ガードル、局部に穴があいてるのよ、局部に。あらいやだ。局部っていったら股間に決まってるじゃない。

高級舶来ランジェリーショップの美しい販売員の方は説明してくださった。「ここにですね、実は穴があいてるんですよ。これは破れているわけではなくて、もともとあいてるんです。ときどき聞かれるので、最初にお話したほうがよろしいかと思いまして......用途はですね」

「あーーーーーっ! 結構ですっ。あなたのような美しい方にそのような羞恥プレイはさせられません。わかりますとも、皆まで言わずとも! まっこと毛唐の皆さまが考えることと言ったら品のないこと。そんな穴を使って出したり入れたり出したり入れたり、いったい何を考えているんでしょう! 教育委員会に訴え出なければなりませんわ!」

「......は? 何をおっしゃっているのかよくわかりませんが......えぇ、出すためのものなんですの。やはりソフトなガードルと言っても締め付けはありますから、トイレで脱ぐのが結構大変だという声がありましてね。ですから脱がずに用を足したいときに使っていただくということで、この穴があるんです。でも日本人の方には、あまりおすすめしませんけど」

......さよか。穴を使って出したり出したりなんですね。品がないのはわたしではないか。

そんなわけで、傷心のあまり、よろよろしながら整骨院をあとにするわたしを、整骨師の若い兄ちゃんとユミちゃんが、深々と頭を下げて見送ってくれた。
「ありがとうございました。どうぞお大事に」
しかし、「お前の本当の実力はあいわかった!」的な微笑みが、二人の唇の端に浮かんでいたような気がするのは気のせいではない、きっと。

とまれ、腰痛がこれほど辛いものであるとは知らなんだ。なんといっても数日前まで、健常者のようには歩けなかったのだ。傘を杖代わりにして、よたよたよたよたしながら苦悶の表情を浮かべつつバスに乗り、そのバスがカーブに差し掛かるたびに、より一層の苦悶を味わう仕組みになっているのである。

とくにトイレは困る。痛めた場所はウエストより少し下の脊椎のあたりがなのだが、ここを曲げずにトイレに座るためには、尾てい骨のあたりを突き出して脊椎は曲げずに座る、要するに出っ尻ポーズが最も痛みが少ない。

しかし、このスタイルだと、いざトイレットペーパーで拭こうとするとき、尻がいつもより遠いのだ。ぐぐぐとペーパーを持った右手をのばしても、いつもの場所に尻がない。これでは拭けぬではないか! 尻を近づけようとすると、腰が曲がってぐぬぬなので、いっそう出っ尻にすると、ますます右手から遠くなる。追いかければ逃げ、逃げては追うの攻防である。

♪追いかけてヨコ〜ハマ〜あの人〜が〜逃げる〜。

そうか、逆から拭けばいいのだな。しかし逆から拭くと言うのは、なにやら非常に気色悪い感触である。どうも拭けた気がしない。ウソだと思うなら、尻の方から拭いてみてほしい。少しはわたしの気持ちもわかっていただけるのではないか。

このような昨今の事象に鑑み、超高齢化社会を生きる日本人がより快適な老後を送るためには、身体機能の低下を織り込んで、うしろからも前からも尻を拭けるスキルを身につけることが最重要課題であると考えられる。

デジクリ読者の皆様も、まずは立派なシリフキストとなることを目指して、トレーニングを積んでほしいと切に願うわたしである。

※「私、脱いでもすごいんです」TBC×北浦共笑
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※「無縁坂」グレープ
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※「林檎殺人事件」郷ひろみ&樹木希林
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※「夜霧のハウスマヌカン」やや
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※「追いかけてヨコハマ」桜田淳子
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※武装ガードル
< http://www.wacoal.jp/spanx/InPowerLine/index.html >

【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

かつてはシステムエンジニア。その後、名ばかり経営指導員。ただいま通販用ジュエリー撮影のバイト中。

永吉克之師匠の「怒りのブドウ球菌」を再読した。「誤解されたっていいじゃないか」という章があるのだが、わたしも誤解され放題である。

先日、ジャズダンスのレッスンが終わった後、駐車場代を入れるお菓子の缶に千円札を入れ、おつりの600円を取った。ところが、それを見ていたどこかのクソガキに「あ〜、い〜けないんだ〜いけないんだ〜。お金取っちゃいけないんだよぉ」と指を差されたのだ。

うむ、この事なかれ主義の世の中で、巨悪を暴く行動に出た君の勇気を称えたい。素晴らしいことだ。その正義感を失わずに大きくなれよ......と、温かく見守るわたしであった。

......違〜〜〜〜うっ!! おりゃあ盗人じゃねぇ! このクソガキ、わたしが缶から600円を取るところだけを見ていて、千円札を入れるところは見ていなかったのである。「あのね、おねーさんはね、まず千円札を入れたの。何も悪いことはしてないんだよ。わかった?」「......ち、ちがうもん!」何がちがうもん! だ。憤懣やる方ない思いで帰宅したのだが、あのクソガキの「ちがうもん!」が、もしや「おねーさんはね」に係っていたのではないかと思い至り、臍をかむ思いである。