[3603] 美醜もしくは禁忌のようなものとの距離感

投稿:  著者:  読了時間:29分(本文:約14,300文字)


《デジクリでお誕生日配信がブーム》

■アナログステージ[108]
 2013年セレナーデ
 べちおサマンサ

■シックスセンスを求めて[15]
 デジタルとアナログ
 若林健一 / kwaka1208

■デジタルちゃいろ[41]
 美醜もしくは禁忌のようなものとの距離感
 browneyes


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■アナログステージ[108]
2013年セレナーデ

べちおサマンサ
< http://bn.dgcr.com/archives/20131210140300.html >
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最近、デジクリでライターさんのお誕生日配信がブームになっているようだけど、なんと、今年はオイラもバッチリ配信日に誕生日が重なった。ウチの家系(いえけいじゃないよ、ラーメンのことじゃないよ)は、奇遇にも、祝日やら節句やら年中行事の誕生者が多い。

しかし、オイラは12月10日という、道ばたに転がっている空き缶のような、まったく存在感のない誕生日だ。あと14日、母親の腹の中に入っていたらクリスマスイヴだったのに。そうしたら、べちおじゃなく、いヴおサマンサになっていたかもしれない。

「12月10日」をウィキで見てみると、『12月10日(じゅうにがつとおか)はグレゴリオ暦で年始から344日目(閏年では345日目)にあたり、年末まであと21日ある』と記されている。年末まであと21日なんて、そんなの、野毛山動物園の、いつも寝てるクマでも知っているんじゃないだろうか。

『約46億年前の12月10日に地球が誕生した日』とか、『人類が始めて火を起こしたのが12月10日』などの、誰でも知っているような、インパクトが強いオマケが欲しい。タイの憲法記念日であるようだけど、残念ながら、オイラは日系ジャパニーズなので、まったく関係がない。

ということで、べちおさん、世間的には特別なものは何もなく、師走の忙しさがだけが際立ち、世の人々にはただの一日に過ぎない12月10日のお誕生日、おめでとうございます☆

●2013年のまとめ

1月:年始早々から、下北沢や吉祥寺にぶら撮りしていて、カメラの技術というよりも、街の匂いを閉じ込めるような写真が撮りたくて、必死に練習しておりました。もちろん、カメラの技術が追いつかないと、そういった理想に近づくこともできないんですけど。

[90]艶っぽいオトコはいかがですか
< http://bn.dgcr.com/archives/20130122140300.html >

2月:パシフィコで開催されていた『CP+2013』は、ド素人が手探り状態で始めたカメラの世界を、グッと近づけてくれるようなイベントでした。個人出展していたブースで、そのひと(撮り手)の世界観がとても面白いうえに興味深かった。この頃から、インスタグラムにアップする写真が、モノ中心になり始めました。

[91]カメラと写真映像の情報発信イベント CP+2013を観て
< http://bn.dgcr.com/archives/20130205140200.html >
[92]オリジナル感たっぷり「EyeEm」と「My365」
< http://bn.dgcr.com/archives/20130219140300.html >

3月:昨年のニナに続き、ケイト(ボルゾイ)まで失ってしまった。仕事が本当に忙しかったので、気は紛れたものの、ケイトが寝ていた毛布やら器やらを片付けることができなく、匂いを嗅いではメソメソ。

[93]とりわけ何もない日常生活が面白い
< http://bn.dgcr.com/archives/20130305140200.html >
[94]酉の市で奮発して買った10万円の熊手で背中を掻いているようなアプリ
< http://bn.dgcr.com/archives/20130319140400.html >

4月:デジクリ15周年。仕事の忙しさもピークに達しているときに、会社で余計な仕事が増えてイライラがマックス(笑) 結局は和解というかたちに納まったものの、裁判までいっていたら仕事どころじゃなかった。

顧問弁護士さんも、「最低でも5年は覚悟が必要」と言っていたから、和解で本当に助かった。しかし、なんでこの件でオイラがまとめ役になったのか、いまでも理解不能。

[95]苦行を楽行に変換するポジティブキング
< http://bn.dgcr.com/archives/20130402140200.html >
デジクリ15週年
< http://bn.dgcr.com/archives/20130411140000.html >
[96]あの赤いテキストをもう一度
< http://bn.dgcr.com/archives/20130416140200.html >

5月:とにかく仕事ばかり。プライベートもまったく余裕がなく、息抜きもできなかった5月。なので記憶に残っていることはゼロ。

[97]休日を台無しにするまでの経緯
< http://bn.dgcr.com/archives/20130514140300.html >
[98]アイデアのエコシステム──前編
< http://bn.dgcr.com/archives/20130528140300.html >

6月:このコラム100回達成。仕事終わりに、湘南の夜の海で、ボケーと波を眺めているのが日課になりつつ、癒しに。この時期から、花柄を穿くためのダイエットを始めたような……。

[99]アイデアのエコシステム──後編
< http://bn.dgcr.com/archives/20130611140200.html >
[100]今日をめでたい日と謂わずして何という
< http://bn.dgcr.com/archives/20130625140200.html >

7月:携帯ゲームにハマりはじめる。日曜日も、なんとか休めるくらいまでに仕事量が落ち着く。初夏のぶら撮りは、楽しい夏への準備期間! といったウキウキもあるが、夏が苦手なので、冬眠ならぬ夏眠。

[101]課金と上手に付き合うためのワン、ツー、スリー
< http://bn.dgcr.com/archives/20130709140200.html >
[102]イマジネーションをとことん鍛える
< http://bn.dgcr.com/archives/20130723140200.html >

8月:なんだかんだ、あちこち出歩いた月でした。変わらず、街撮りを中心としたぶら撮り。帰宅してその日に撮った写真を整理していると、年始から比べて、写真に匂いを閉じ込められるようになってきている。といいながらも、自己満足レベルで、人にお見せするようなものは一枚もなし(笑)

[103]テンションが上がって落とされる作業空間の成行き
< http://bn.dgcr.com/archives/20130827140200.html >

9月:出張ばかり。ほとんど横浜に居なかった。移動中の新幹線や飛行機の退屈凌ぎに、数年ぶりにフォトデザイン系の雑誌を講読。本って、やっぱりいいなぁ… と、改めて実感。買って読んでない書籍たちを、帰宅後に読破。

[104]中年がゲームで喜怒哀楽を表現して何が悪い
< http://bn.dgcr.com/archives/20130917140300.html >

10月:仕事術を大幅に変更。ぶら撮りカメラも、D90よりGRD4の活躍の場が増えた。というよりは、電車移動ばかりだったので、携帯性に優れているGRD4をチョイスしていただけ。

[105]デジタルハーフ・アナログハーフ
< http://bn.dgcr.com/archives/20131008140300.html >
[106]見てくれないあのヒトに読んでもらうための心理技術
◆これ以降デジクリサイト更新滞る。現在進行中(編集部)

11月:夏以来遠ざかっていた野毛の町でブラブラ。この時期になると、横浜って街が輝いてくる(個人的な視点)。毎年のことだけど、この時期になると、かならず年末に向けたデカい仕事がドカンと落ちてきて、年末も年始もなくなるのです。ほんと、どうにかならないの。

[107]微ネタといいながら私事通信

12月:まだ始まったばかりだけれど、今年も年末年始をゆっくりするために、時間調整しながら仕事をこなしていくのです。今年は過去数年に比べると、結構ゆっくり過ごせた一年だった。時間の流れが変わったというのもあるけれど、仕事の仕方を変えてから、本当に楽になってきております。

デジクリのコラムを読み返すと、「カメラ、ファッション」の色が強い一年でした。皆さんはいかがでしたか?

【べちおサマンサ】pipelinehot@yokohama.email.ne.jp
NDA拘束員であり、本当の横浜を探しているヒト。ぶら撮り散歩師。
Twitterはコチラ→< http://twitter.com/bachiosamansa >
まとめはコチラ→< http://start.io/bachio >

△▼過酒雑記──今日の酒は明日の肥し▼△

▼ウィズ経過報告。デッキコストを考慮しないで、バンバンとSに進化合成させていた大バカ者だったので、いまさらデッキコスト上げのためにレベルアップ道中。なんとかLv.55まで上げた。でも理想デッキを組むにはまだ足りなく、セカセカとクエスト&土曜修行処理作業。ドラクエでもFFでもそうだけど、レベル上げ作業はつまらん。

黄色(雷)が薄いのは、デジクリ後記でもチラホラと書いていたけど、どうしても黄色アタッカーが一枚欲しく、クリスタルを連日大人買い。割引きセール中だったにも拘らず、結局、一週間で5万円くらい遣ってしまった。バカすぎる。この衝動買いはムスコには話せないので、墓場までもっていく予定。

ある日、バカを通り越してしまい、Appleから「ダンナ、熱くなりすぎでっせw 今日はもう課金するのやめとき。麦茶でも飲んでアタマ冷やせw」とメッセージが表示され、クリスタル購入(実際には一日で課金しすぎたため)ができなくなって、冬なのに、熱帯夜なその日は終了。

本当に欲しかったカード(カノンかクリスマス限定ツバキ、ミライ、サイラスのどれか)はゲットできなかったものの、意外(予想外)なカードを数枚ゲットできたので、結果は良し。黄色アタッカーでは、アーサー(A)とレノックス(A)をゲット。パパは目を細めながら、溺愛で育て中。

ほか、パイロン(赤S)*2、アイリス(赤A)、イーシェン(赤A)、レナ(赤A)、フレイ(青A)、サクヤ(青A)、デューク(青A)、マリー(黄A)、ジン(黄A)*2、その他諸々と良いカードが入ったので、デッキ編成も楽になってきた。一発でSカードを引くより、Aで引いたほうが図鑑が揃うので、育てる楽しさも相乗して嬉しかったりする。でも、もう年内はクリスタル買わない。

▼私信。オバマのネーさん、いつも応援ありがとう。雪解け(まだ積もってないだろうけど)したら、のんびりと潮の匂いを、毛穴呼吸で吸い込んで楽しみたいです。春が待ち遠しいねーw

▼2013年のデジクリ当番は今回で終わりでーす。一年間お付き合いいただき、ありがとうございました。デジクリチックなコラムをあまり書けなかった年でしたが、3時のオヤツと一緒に食べながら、クスwっと読んで貰えれば! という気持ちで綴っておりました。

オイラ自身、今年はプライベートでいろいろ変化に富んだ年になりました。良くも悪くも、印象深い日々を過ごしたのは間違いなく、とくに夏以降は、生涯忘れないような出来事ばかり。来年は仕事も少し落ち着きそうだし、新しいことに着手してみる。

2014年もデジクリ共々、宜しくお願いいたします(^^ 
皆さま、良いお年をどうぞ☆☆☆ すべての人が、笑顔で元旦を迎えられますように……


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■シックスセンスを求めて[15]
デジタルとアナログ

若林健一 / kwaka1208
< http://bn.dgcr.com/archives/20131210140200.html >
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今年の12月1日は、2003年12月1日に地上波デジタル放送を開始してから、ちょ
うど10年目だったそうです。

2011年7月24日(震災の影響で一部地域は延期)にアナログ放送が停止し、完全にデジタル放送に移行するまで、「地デジは、画質がきれい」と宣伝活動が行われていましたが、実はここに少し言葉を足す必要があります。

「地デジは、利用する電波の帯域(電波を送る道路の道幅のようなもの)が少なくてすむ割には、画質がきれい」というのが正確です。

現在の地上波デジタル放送は、ハイビジョン放送がメインです(仕組みとしては、標準画質と呼ばれる従来のアナログ放送と同等画質の放送も可能)。ハイビジョン放送は映像が細かい分データ量が多くなり、チャンネルひとつ当たりの電波使用量が多くなります。

細かい仕組みは割愛しますが、デジタル化するとデータを圧縮して小さくできるため、電波の使用量を抑えることができます。

これらのことを考慮し、ハイビジョン放送とチャンネル数維持の両立、余った分の他用途への転用が可能なこと、などからデジタル放送が採用されたのです。つまり、「デジタルだからきれい」ではなく、「ハイビジョン放送だからきれい」なのです。

厳密には、映像や音声を圧縮する場合、元の映像や音声を削る仕組みを使うのが一般的ですので、画質・音質はオリジナルよりも悪くなります。

2007年まではBSアナログ放送によるハイビジョン放送が行われていましたが、当時の放送を知る人には「アナログハイビジョンの方がよかった」と言う声もあるぐらいですので、必ずしもデジタルが良いというわけではなさそうです。

また、デジタル化によるデメリットとして、電波障害への弱さがあります。地デジ対応カーナビや、ワンセグ対応携帯・スマートフォンをお使いの方は経験があるかと思いますが、電波の届きにくいところに行くと、即座に映像も音声も止まってしまいます。デジタル放送では、電波の状況が悪くなると映像や音声のデータを取り出すことができなくなるためです。

アナログ放送の頃なら、雨が降ったような画質だったり、ノイズの載った音声だったり、何を言っているか? ぐらいがギリギリ分かるような状況でも、デジタル放送では映像や音声が完全に停止してしまうことが多くなります。

今年頻発した災害のようなケースを考えれば、アナログの方が強い面もあり、デジタル時代になっても防災グッズからラジオがはずれることはなさそうです。

一方で、記録という面ではデジタル化による大きなメリットがあります。

デジタルで記録すれば、メディアが損傷しない限り画質が劣化することがなく、元のきれいな画質のまま残すことができます。

デジタル放送対応のHDDレコーダーには、どのメーカーの機器でも「DRモード」という一番高画質な録画モードがありますが、これは放送波をそのまま記録するモード、つまりネットの「ダウンロード」と同じですので、放送時に観られるものと画質の変化はまったくありません。

記録という意味では、放送よりも個人で撮影した映像や写真の方が、意味が大きいかもしれませんね。ここでも災害のケースを考えれば、大切な想い出をコピーし、分散して残すことができるという意味ではデジタルのメリットを活かさない手はありません。

災害災害と煽るつもりはないのですが、今年一年、それ以前も含めて災害が多かったことを思えば、我々が使えるデジタルとアナログの両方のツールを、上手く使い分ける必要があるのかなと思いました。

またその為には、デジタルのメリットを誰もが活かせる社会にすることが、私たちエンジニアの仕事なんだろうな、とあらためて感じた次第です。

【若林健一 / kwaka1208】 kwaka1208@pote2.net
< http://kwaka1208.net/ >
< http://pote2.net/kenichi/ >

このメールが配信される二日前の日曜日、46回目の誕生日を迎え、Facebookやメールなどでたくさんのお祝いメッセージをいただき、大変幸せな誕生日を過ごすことができました。こういうことも、ネットがある現代だからこそのメリット。悪い面でなく、良い面をどんどん拡げていきたいものですね。


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■デジタルちゃいろ[41]
美醜もしくは禁忌のようなものとの距離感

browneyes
< http://bn.dgcr.com/archives/20131210140100.html >
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つい先日、とあるハリウッド・スターが交通事故死された。結構有名な方だったのかしら。正直、ワタシ自身は名前も存じ上げないほどの知識レベルなので、その方個人についての云々は何もない。

しかし、昨今のTwitterやfacebookを始めとするソーシャルメディアでは、日本国内に限らず、センセーショナルで過激なリアルタイム情報がよく流れるようで、この日はこの方の生々しくも損傷の激しいご遺体写真がぽんぽんと流れて来てた。

エロやらグロやらいささか禁忌なモノたちは、今も昔もそれなりにネットの裏の主要コンテンツであることは変わらないものの、ここ最近はところかまわず流れてくる時代になっちゃいましたね。影も日向も味噌も糞も一緒くた感。

ネット古参ぶる訳でも、言うほどネット古参でもありませんが、在りし日のインターネットというのは、その辺はきちんと住み分けされていたし、「嫌なら見るな」も成立し得てましたが、今はそれも敵わない気がします。なんだか「気質のやんちゃの方が余程危ない」と嘆く、そのスジのヒトみたいな心持ちですね。

なんて言ってますが、ワタシ自身は嫌だから見ない派かというと、むしろ、怖いもの見たさで見ちゃうタイプです。女子のほうがグロとかホラーとか怖いもの、耐性も好奇心も比較的強そうな傾向にある気がしますが、平均より若干そういったものに対する好奇心は強い方ではないかな、と思います。

余談ですが、不思議なことに、ここ数年──厳密にはいつからだろう、5年前後前くらいを堺に──グロ耐性はやや下がりました。あくまで「やや」ですし、それでもまだ平均よりはエグいのも見れちゃう方だとは思いますが。

昔はうわぁ、って言いながらも見れていたレベルのものでも、最近は一部、「これはヤバイ」と感じるものについては、見ないで通り過ぎる知恵がついた上に、そもそも自らそんな画像や動画を眺めに行くコトもほとんどなくなりました。

耐性みたいなものって、慣れとか場数で上がる一方のものだと思ってましたが、そうとも限らないのかな。何がきっかけでそんなビミョウな変化が起きたんだろう。我ながら不思議です。人って変わるものなんですね。

……などと、今回の事故写真が流れてきたのをトリガーにして、快不快の感情とは別に、自分が持ち合わせているグロや禁忌や醜悪なものにある種惹かれてきた、そのタブー見たさのような感覚の正体とは一体なんだろう、という方に頭が行ってしまい、ここでツラツラと書きながらまとまったらいいな、と思って書き始めているワケです。

考えてみたら好んで被写体に選ぶものたちも、ワタシの場合、美より醜に寄ったものが多いのですよね。明と暗なら暗を好むし、乾湿なら湿、哀と楽なら哀。明らかにネガティブに向かうのです。

ネガ好きなのかポジ嫌いなのか……果たしてどっちが主軸なんだろう。結果は同じでも、軸足の違いで実は大分違ったりもしそう。そもそも主軸はあるのか。

「美より醜」と言ったものの、ここで言う美と醜の概念自体がどうも自分の中の美醜とズレがあるかもしれない。あぁ、考えてみたら確かにそんな気がしてきた。意識したことないままに、言葉にする際の美醜は自分の中にある美醜の価値観とは違う、一般的(と思われる)ものさしに当てはめて語ってるフシはある。自分の中での美醜の価値観は胃の腑に収めたまま。

果たしてこの、無意識に感じてる美醜の感覚のギャップは実在してるのか、世間の代表とも言えるウィキペディア先生のご意見を聞いてみよう。

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□美 - Wikipedia
└< http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E >

美(び、希: καλoν, 羅: venustas, bellus, 英: beauty)とは、「美しいこと」、あるいは「美しさ」であり、自然の事物等に対する感覚的に素朴な印象から、芸術作品に対して抱く感動の感情、あるいは人間の行為の倫理的価値に対する評価にいたるまで、さまざまな意味と解釈の位相を持っている。

美は一般に、「良いこと」従って、哲学的な表現では、「善」と何かにおいて関係するものだと言える。

言語表現について述べれば、〈中略〉数学者は、抽象数学であるリー群やイデアル理論に出てくる定理を美しいと述べる。〈中略〉また、日本語では、「姿ではなく、美しい心の持ち主」というような表現もする。

これらの言葉の使われ方から窺えることは、「美しいこと・美」とは、何か良いこと・快いことであるが、またそれは「優れたこと」であり、また「感動」を人に与える何かであるということである。

□醜 - Wikipedia
└< http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%86%9C >

〈中略〉しばしば醜さ(みにくさ)は嫌悪や恐怖を引き起こす。対義語は美である。精神的な醜の意味では恥と同義で使われる〈中略〉。〈中略>

醜さは主観的な美学の問題であるという主張もあり、美しいと言われたある人が別人にとっては醜いと捉えられることもある。しかしながら人間の醜さは性淘汰の一部や遺伝的・肉体的な健康の指標となっているというのが科学的分野からの見解である。

醜い・美しいという語は肉体美の欠如だけでなく、音楽や文学、人間の仕草などにも当てはめられる。

             +----+----+----+----+

ほらやっぱりそうなんだ!(勝ち誇ってる)「主観的な美学の問題」という主張もあるらしい。……という主張? うーん、なんだか弱いなw

いやいや、だって現代だって地球上のエリアによりけりでデブがブスになったり美人になったりするじゃない。時代や社会によっても美の基準なんて変化してくし、普遍的な美なんてどこにあるの。ココでそこについて独演してても意味ないので、ここでは美醜の価値観は主観的なもの、という大前提がありきにしよう。

それはさておき、世間代表としての美醜の概念、まぁ、だいたいこんな感じですよねー、とは思うものの、一点だけ微妙に同意できない感じなのが、美とは「感動」を人に与える何かであるということ、と書かれているあたりである。

今度は感動とは? が気になりだす。ああ、イマドキのオンラインの辞書って便利ね。

□感動 とは - コトバンク
└< http://kotobank.jp/word/%E6%84%9F%E5%8B%95 >

デジタル大辞泉
[名](スル)

ある物事に深い感銘を受けて強く心を動かされること。「深い─を覚える」「名曲に─する」

大辞林 第三版
(名)スル

美しいものやすばらしいことに接して強い印象を受け,心を奪われること。「深い─を覚える」 「名画に─する」 「─的な場面」

大辞林 第三版を見ちゃうと、「感動」自体が「美」なしに語れないほど「美」に密接に関わってる言葉だったのか、と驚きますね。

ここでは敢えて「美」マターを無視して考えてみたいので、デジタル大辞林の説明を論っていこう。「深い感銘を受け」たり「強く心を動かされ」たりするものって、果たして美しいものはすばらしいこと……ばかりなのでしょうか。

うーん、どうなんだろう。美しいものを見てファァアアってなる、いわゆる「感動」って、確かに即効性はあるけど、ワタシの場合、心に残らないコトが多い。挙げ句に、どうもその感動の僅かな残滓に、後々イラっときてしまったりするコトも多い。

尤もそれは、安直な美に振り回された安直な己の感覚に対する怒りを、あちらに投げつけているだけかもしれない。でも逆に、安直じゃない美って、突き詰めたら人生でどのくらい出くわすものなんだろう。大概は安直でステレオタイプな美のようなものが溢れてるだけのような気がしてる。

翻って、醜いものや哀しいものを見た時の、脳内で瞬時に行なわれてるであろう、その事象がその状態に至るまでの色々を妄想してチクリと感じる「心の動き」とか、そっちの感覚の方が好きなんですよね。それに残る。

まぁ、脊髄反射というよりは、瞬間だったとしても、思考した結果なので、ある意味不正直な捻れた反応なのかもしれないし、それについてだって、ステレオタイプな何かは多分に含まれてるかもしれないけど。

この「心の動き」は「感動」か否か気になるところ。個人的にはこっちの方がよっぽど「感動」なんだけど、そうすると醜いものの方に美を感じてるコトになる。や、実際、自分の嗜好について、まさしく「醜いものの中にある美が好きっぽい」という表現をしてたことあるかも、そういえば。

ああほら、やっぱり主観の問題ですよ。だって、感動という心の動き自体、そもそも主観、ですよね。やっぱりもう、「美醜の基準は主観である。あなたの美学は否定されないが、それはあくまでワタシのものではない。お互い不干渉で。」それでいいじゃないか。

あっ、唐突に話し終わったw

でもまぁ、感覚的且つ主観的なところではそんな感じなんだと思ってます。身も蓋もないけど。

ごくごく個人的な体験としては更に、極端に美しいものしか見ようとしない人が、過去に身近にいたのの反動というのは多分にあると思ってます。

なんというか、美=良=善=優といった、まさに先のウィキペディアの解説の古コンボお化けみたいな、美から派生した諸々のポジティブライトに照らされた世界だけに、全ての人間がいるはずだし、いるべきだと決めつけているのがしんどかったのですよね。陰のない光って、手術室の無影灯みたいな世界? 気持ち悪くないの。

そのお陰で天邪鬼にも、美の中に身を置くコトを避けつつ、反対側から美を眺めたり考えたり表現したりし続けるのが好きなのかもしれない。美しいモノの中にだけいたら、感覚が鈍化してしまう恐怖感がそこには横たわってる気もする。

醜くても胸糞悪くても構わないので、まずは何でもありのままを見てみたい。皆が目を背ける場面にも美は存在してるんじゃないか、と、探りたい気持ちもあるのかもしれない。憧れはあるのかもしれないけど、自分自身のモノではない感覚があるのかも。美って。

そんな感じで各種ネガティブを愛するワタシではあるものの、だからって己の人生全てを薄明かりの中俯いて歩む趣味はないのですよね。

醜いものやグロいもの見るにつけ、泣いてても笑ってても喚いてても呪ってても、最後はああやってみんなただの肉塊や革袋になって塵になるだけなんだったら、それまでの道程はココロの喜ぶ歩みの方が、そりゃいいよね、ってしみじみ思います。

や、ホント、そこに至る道はさておき、死という結末ばかりは皆同様に決まってるので。

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■今回のどこかの国の音楽

□Serge Beynaud “Kababl?k?”
└< >

やー、来年のワールドカップ本大会の組み合わせが決まりましたね。日本はグループCの、順位的にはビリの4位ですかー。どれどれひとつ上の3位は……あらっ、コートジボワール! アフリカの! 別名アイボリーコースト! コートジボワールといえばクーペデカレですよ!

というワケで、コンゴのスークースと共にワタシのアフリカ大ハマりの大きな要因の二軸を努める、クーペデカレというジャンルの登場です。

コレは歴史的経緯も相まって大分新しい流行りジャンル。21世紀を目の前に政情不安に陥ってしまったコートジボワール、その際フランスに流れた移民の若者たちが、まずはフランスで流行らせたのが始まりなのだそう。その後、本国で流行に火が付いた、ある種の逆輸入的なジャンル。

政情不安の中、既にクーペデカレというジャンル内でも次々と新しい流行の波が起きていて、今は第4ムーブメントなのだそう。古いのもきちんと体系だって見てはいないけど、ここ最近のクーペデカレの動画を観るに、女子は(他国より更に)あられのない格好で尻を振ってるコトが多いですねー。この動画は大分控えめ。

紹介した曲も大分アフリカ賛歌っぽいですが、来年のワールドカップに向けて更に応援歌っぽい曲が量産されそうな予感がするので、ちょっと楽しみです。

【browneyes】 dc@browneyes.in

生業:アパレル屋→本屋→キャスティング屋→ウェブ屋&行政書士補助者などをしつつ なんでも屋(←いまここ)。
ライフワーク:なんでもない日常のスナップ。
□立ち寄り先一覧 < http://start.io/browneyes >
□デジタルちゃいろ:今回のどこかの国の音楽プレイリストまとめ
└< http://j.mp/xA0gHF >

ここ暫く自分が気の向くままに書いてる内容が、どうも暗すぎて気になってる。別に鬱々としているワケでもなんでもない。忙殺されながらもどちらかというと日々、へらへらきゃっきゃと笑って暮らしてる方だと思うのだけど。

あぁ、考えてみたら今日は愛猫の命日じゃないか。ヤツが呼んでるのだとしてももうちょっと待っててもらいたいところ。やだなー、ぽっくりいっちゃう予兆で無意識の遺書代わりになっちゃったらどうしよう……(とか書いとけば、きっと現実のものにはなるまい!)。


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編集後記(12/10)

●特定秘密保護法で大荒れの国会。強行採決に民主党が「暴挙に怒りを禁じ得ない」「これで民主主義も終わりだ」なんて息巻いていたが、飯島勲が「週刊文春」12/12号で「チャンチャラおかしいよ。強行採決を憲政史上、稀に見る勢いで連発して唖然とさせたのは当の民主党。あの鳩山由紀夫内閣だったんだから」と書く。「2009年の臨時国会では最大野党の自民党欠席のままでの強行採決が6回もあったのよ。10年の通常国会では野党の制止を押し切っての強行が6回に、自民党欠席のままが3回。(中略)まだ衆参ねじれでもなかったから、ゴリ押しの連続だよ。忘れたとは言わせないぜ」。はははは、民主党は正しい歴史認識(笑)を持てって。

「秘密保護法を考える全国学生緊急大集会」が12月6日、国際基督教大学で開催されたという毎日の記事。その中で、中央大法学部の4年生(フルネームで掲載されている)が「法律ができればそれが集団的自衛権の行使を認めることにつながり、戦争ができる国になってしまう。兵隊として真っ先に連れて行かれるのは私たち若者だ」とスピーチしたという。嗚呼、なんてこったい。朝日をはじめとするマスコミのアジテーションにすっかり嵌められちまって、バカ丸出し。もし彼が法案をちゃんと読んでこういう結論なら、本気で頭の程度を疑うね。いずれにせよ、天下の中大法学部も落ちたもんだ。

特定秘密保護法反対のデモばっかり嬉々として報道してきたNHKが、12月8日のNHKスペシャルで「日米開戦への道 知られざる国際情報戦」を放送した。72年前の1941(昭和16)年12月8日、日本は真珠湾攻撃によって、アメリカとの戦争に突入した。日米両国の国内要因に加え、国際情勢が複雑に絡み合って勃発したのが日米開戦だった。近年、第二次世界大戦期の「秘密情報工作」に関する機密文書が、イギリスなど各国で公開されていて、「情報戦」という視点からの研究が大きく進展している。「各国の新史料や、新たに発掘した肉声の記録から、日米開戦の知られざる側面を浮き彫りにする」というのが番組のテーマだ。

日米戦争回避の分岐点はアメリカの「暫定協定案」だったが、チャーチルが仕掛けた情報戦と、蒋介石の強硬な要請で暫定協定案は取り下げられ、事実上の最後通告「ハルノート」により日本は開戦を決意する。この番組ではルーズベルトは戦争を回避したかった、というような解釈だったが、これはおかしい。ルーズベルトはアメリカを日本との戦争に巻き込むために真珠湾という罠をしかけてみごとに成功し、さらにアメリカを欧州における戦争に参戦させるという、彼の最終的な目的を達成させたというのが真実である。

日米開戦の知られざる側面「情報戦」はよくわかったが、ルーズベルトの「知られざる側面」は納得できない。ここにNHKの作為があるとみた。いずれにしろ、情報が一国の運命を左右することがある。はからずも、特定秘密保護法の意義がよくわかってしまったNスペであった。もっとも早いタイミングの放映だったら面白かったのに。そうはいかんな。開戦の日12月8日のためのプログラムだもの。(柴田)


●べちおさん、若林さん、お誕生日おめでとうございます!! browneyesさんの猫さんが天国で幸せに過ごされていますように。/サイトの更新遅れていてすみません……。

Jimdoの続き。業務で使えないという理由のひとつに、人は自分で作る時には妥協しても、人に頼む時には妥協しないというのがある。デフォルトです、できません、と言って突っぱねればいいのに、どうにか実現できないかと模索してしまう自分のせいでもある。だって普通に作っていてできる見た目的なちょっとしたことが、Jimdo使うからってできないとは思えないし。

坂本夫妻からは、独自レイアウトで作るのがコツだと言われた。テンプレートをベースにあれこれ触ろうなんて考えず、デザインに関しては、通常制作並みのことをするのだと。SEOやモバイル対応、ブログにメールフォーム、ナビゲーションなどの技術まわりをJimdoに任せるのだと。なるほど。

セミナーは全3回で、2回しか出席できなかったんだけど、坂本節が熱くてすごく面白かった。技術面よりも、サイト制作のためのノウハウを、現場を知っているからこそ言える話が、いっぱいあって。そうそうそう! と終始うなずきまくりだったよ。生徒さんたちは、業務としてやるようになったら、意義や深さを知ることになるんだろうなぁ。(hammer.mule)