エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[001]はじまりはじまり文学フリマ フリマ放浪記/タカスギシンタロ:超短編ナンバーズ

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◎はじまりはじまり文学フリマ

第5回文学フリマ大阪に行ってきた。第1回以来だから4年ぶりになる。文学フリマというのは、分かりやすく言うと文学版のコミケみたいなもの。さまざまなブースが広い会場にずらりと並び、同人誌などを手売りするイベントだ。

でもコミケに比べるとちょっと地味。基本的にコスプレは禁止だし、コスプレイヤーがいたとしても京極夏彦さんですか? くらいのもの。いや、ヘタしたら作家ご本人かも知れない。

作家自身が売り子として参加し、自作を売ることもあるのだ。芥川賞作家の長嶋有氏が同人誌を販売していたこともあるし、『火花』の又吉直樹氏も文学フリマがデビューのきっかけだったのだとか。

ぼくは超短編という短い物語をかれこれ20年も書いている。超短編というのは500文字以内で完結する短い物語だ。20年も書いているとそれなりに文学仲間が出来るもので、今回の大阪訪問は文学フリマを冷やかしつつ、大阪の文学仲間と親交を深めようというのが目的だ。





超短編の書き手は、Webを中心に活動している人が多い。ついのべの例をあげるまでもなく、超短編はその短さゆえにデジタルコンテンツとの相性が良いのだ。そもそもその始まりが1998年にスタートした、ASAHIネットのコンテンツ「超々短編広場」だったのだから当然といえば当然かもしれない。
※ついのべ:Twitter小説

「超々短編広場」は作家の本間祐氏が投稿作品を選考し、Web上で発表するというスタイルで、4年くらい続いたと思う。ぼくもそこで超短編にはまったクチだ。日本ホラー小説大賞(短編部門)を受賞した森山東さんも参加者のひとりで、関西在住。

今回森山さんには会えなかったが、本間さんが関西にお住まいだったせいなのか、森山さんを筆頭としてその当時の仲間が関西圏に多く住んでいる。だから文学フリマ大阪に来れば、超短編をたしなむ友人とまとめて会うことが出来るのだ。

文学フリマ会場に到着。まずは知り合いのブースを訪れる。いちおう挨拶がてら新刊を買う。それほど高い本はなくて、一冊数百円のものが多い。少部数の印刷代やイベントへの参加料を考えると、とてもじゃないが、もうけが出る代物ではない。

とはいえ、売れてもらわなければやはり困る。その気持ちが分かるので、友人の冊子はとりあえず買うようにしている。それは自分のも買ってねというメッセージでもあるのだが。

同人誌即売会は友人同士でぐるぐる回る小さな経済なのか? という疑問が頭をよぎる。しかし、それだけではツマラナイ。新しい出会いも文学フリマの醍醐味なのだ。

会場の「堺市産業振興センターイベントホール」には一段高いステージがあって、そこが見本誌コーナーになっている。ここなら売り子さんの顔色を気にせず、じっくりテキストを読むことが出来る。

視線があると落ちついて読めないし、立ち読みしてハイさよならっていうのも良心が痛むというか、一番安いのでも買わざるを得ないというか、ようするに自分が小心者なだけなのだが、つらいのです。

まんがの場合は気に入った絵柄で、いわばジャケ買いをしてもそれほどハズレはないが、テキスト主体の文学フリマの場合はそうはいかない。やはり文章を読まなければはじまらないのだ。だから見本誌コーナーは本当に助かる。

ぼくは短いテキストに興味が向かうので、まずは小さな本を手に取ることになる。豆本なんかがあれば最高だ。豆本に大長編は似合わない。たいていが短い物語や詩、短歌や俳句などが載っている。

文学フリマの会場を回って、新しい才能を発見したときは本当にうれしい。すごい鉱脈を見つけたような気になって、後にその人が文学賞でも取ったりしたら、なんだか自慢したくなってしまう。

『母になる、石の礫で』でハヤカワSFコンテストの最終候補に残り、後にデビューした倉田タカシさんのことは、勝手に誇らしく思っていたりする。国際的な豆本のコンペで大賞を受賞した赤井都さんも、やはり文学フリマで発見した才能だ。

先ほど豆本にはよく短歌や俳句が載っていると述べたが、そういえば短歌や俳句もだんだん好きになってきた。まさか自分が短詩型の文学に興味を示すとは思ってもみなかったが、超短編を書くようになって、次第に短歌や俳句にもシンパシーを感じるようになってきたのだった。

超短編と短歌・俳句との共通点に、座の文芸であることがあげられると思う。つまり仲間内で作品を評価し合う文化があるということだ。

文学フリマ終了後に仲間内で懇親会があり、総勢11名の書き手が集まった。みんなほとんどがネットを通じて知り合った仲間だ。オフ会の例に漏れず、初めてお目にかかる人もいる。

しかし、会う前から深い繋がりがそこには存在しているのだ。それはすでに互いの作品を読み、評価しあっているということ。それはたんなるネット上の知り合いとはちょっと違う独特のものだ。

作品を読んだり批評し合うことで、その人の深い部分まで理解できているような、そんな気持ちがある。ぼくが激賞した作品の作者もいるし、逆に酷評された人もいたと思う。あるいは人気投票のタイマン勝負で、ぼくを打ち負かした人もいる(くやしいです)。でも恨んだりはしていません。

たとえるなら、殴り合ったボクサー同士に友情が芽生えるとか、そんな感じ? いや、本当は複雑な思いもあるのかもしれない。でもそれも含めて友情なのだ。そう思いたい。座の文芸にはそんな文学コミュニティを形作る力がある。

そうそう、そんな超短編のコミュニティ力に関していえば、この記事を書かせていただくきっかけというのが、その最たるものでした。

デジクリではおなじみのヤマシタクニコさんに、せっかく大阪に行くのだからお目にかかれませんかと連絡したのが、そもそものはじまり。残念ながらヤマシタさんには会えなかったが、代わりにデジクリを紹介していただいたのだ。

メッセージのやりとりで、行きの新幹線で何か書いてはどうかとご提案をいただき、帰る頃にはもう、エッセイと超短編ストーリーの組み合わせで記事にするというアイデアが決まっていた。超短編は軽やかだから進行が早いのだ。

……あ、全然早くない。自己紹介を忘れてました。はじめまして。タカスギシンタロと申します。そんなわけでこのコーナーでは、エッセイのあとに短い物語がもれなくついてきます。そういうコンテンツなのです。よろしくお願いいたします。

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◎フリマ放浪記

「文学フリマに来たはずなのにどうもおかしい。人形ばかりが売ってるなと思ったら、会場を間違えてました。そこは『文学』フリマじゃなくて『文楽』フリマの会場だったんです。何も買う気はありませんでしたが、人形浄瑠璃を演じながら語りかけてくる売り子の熱意に耐えきれず、人形のかしらをひとつ購入して立ち去りました。その後も田楽フリマでこんにゃくを買ったり、軍楽フリマでコルネットを買ったりしましたよ。え、文学フリマですか? 違います。ここは半額フリマの会場です。おひとついかがですか? すべて半額ですよ」

男はそう言って私を見つめる。何も買う気はなかったのだが、そのまま行ってしまっては悪いような気がして、人形のかしらをひとつ購入すると、私は会場を後にした。


【タカスギシンタロ】
kotorinokyuden01@mac.com

フリーペーパー「コトリの宮殿」編集長。代表作100本を掲載した超短編集
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