◎故郷の香り懐かしクラフトジン
2018年4月1日から、酒税法によるビールの定義が変わる。麦芽の使用比率が「50%以上」に引き下げられるほか、副原料に香味料や果実を使ったものもビールと認められることとなる。
つまり、今まで発泡酒を名乗らざるを得なかった、一部のベルギービールやクラフトビールも、堂々とビールとして販売できるようになるということだ。
クラフトビールもやっと日の当たる場所に出られたようで、うれしい。で、今回の話はクラフトビールかと言えばさにあらず、ジンのお話である。そう、クラフトジンだ。
2017年に開かれた文学フリマ終了後、友人に紹介されたバーに足を運んだ。そのバーは知る人ぞ知る大阪のディープスポット、味園ビルにあるプラセボというお店だ。
別に怪しいお店ではなく、素敵なバーである。そこですばらしくおいしいジンを、たくさんいただいたのだった。
おいしいジンをたくさんいただいたことは覚えているのだが、残念なことに酔っぱらいすぎていて何を飲んだか、記憶が定かではない。ピンぼけの写真とわずかな記憶を頼りに、クラフトジンという言葉だけは、なんとか思い出すことができた。
東京に帰ってから「クラフトジン」を検索すると、ああ、これ飲んだ!(気がする)、これも飲んだ!(気がする)、という情報が次々出てきた。それによると、少なくともWeb上ではクラフトジンが流行っているようだ。
そもそもジンの定義というのは、前述のビールの定義に比べるとかなりゆるくて、ざっくり言えば、とりあえずジュニパーベリーを使っていればジンと名乗れるらしい。
つまり、ある程度の醸造施設があれば、新規参入の敷居が低いということになる。さまざまなボタニカル(植物由来)な原料を使用することにより、地域の特色を出すこともできる。
日本のクラフトジンを何本か買ってみた。たとえば、和歌山のクラフトジン「KOZUE」はマツ目の針葉樹、コウヤマキを使っている。
コウヤマキのほかにも温州みかんの皮、レモンの皮、山椒の種などの和歌山県産の素材を使っている。これがまた抜群に良い香りなのだ。
ジンの良いところは、ストレートで飲むだけではなく、気兼ねなく炭酸やトニック・ウォーターで割って飲める点。
ウイスキーに対するハイボールは、偏見かも知れないが、少し軽く扱われている気がする。しかしジンの場合、割るのは定番。まあ、通はロックでやるのかも知れないが、わたしは気楽に割って飲むのが好きだ。
炭酸で割った「KOZUE」にレモンの輪切りを入れてみたところ、レモンに支配されてしまうと思いきや、レモンの香りがジンにもともと入っている柑橘の輪郭をぐっと引きだしてくれるようで、複雑な香りが広がったのだった。
つまり、ジンはそれ自体だけではなく「何と組み合わせるか」という楽しみもあるのだ。ついつい、トニック・ウォーターにも凝りたくなってしまったり……。
クラフトジンの流れは、クラフトビールの流れと同じく、やはり流行の発信地は海外だ。そんな海外のジン、たとえばスコットランドはアイラ島のジン「ザ・ボタニスト」を飲んでみた。
こちらはジンに通常よく使われる9種のボタニカルに加え、アイラ島の植物がたっぷり22種類も入っているのだとか。
HPによれば、ヨモギ、ヨーロッパダケカンバ、ヒース、カモミール、ヨーロッパアザミ、サンザシ、シモツケソウ、河原松葉、アイラ島産野生のジュニパー、レモンバーム、ウォーターミント、スペアミント、アップルミント、ヤチヤナギ、藪人参、ニワトコ、ヨモギギク、ウッドセージ、野生のタイム、アカツメクサ、シロツメクサ、ハリエニシダの22種である。
このジンを飲むということは、アイラ島の自然を丸ごと摂取しているようなものだろう。
地域の特色を存分に生かせるクラフトジンは、気安さとマニアックさの両面を合わせ持ち、これからますますその存在感を増していくに違いない。日本各地で個性的なジンがどんどん発売されるとうれしい。できればお手頃価格で。
◎お供え
あのグラスが気になるんですか? あれは私の親友のお酒なんです。奴の故郷の香りがたっぷり詰まったジンなんですよ。残念ながら奴は死んじまったんですがね。でも幽霊になってちょくちょく現れるんですよ。
私はうれしいのですが、ほかのお客さんにとってはね……。奴は一口飲めば満足して帰るんです。だからこうして毎日酒を用意してるんです。
えっ? 私が目を離した隙に一口飲んじゃったんですか? それはいけない。もう帰った方が良いですよ、奴が怒り出す前に。そう、急いで、でも足元には気をつけて。お代は今度でいいですって。もちろん、また来てください。待ってますよ、わが友よ。
【タカスギシンタロ/超短編作家/フリーペーパー「コトリの宮殿」編集長】
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