羽化の作法[48]東京大学駒場寮へ
── 武 盾一郎 ──

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◎4月21日(月)

「とりあえず緑で塗ってみました。」と制作ノートに記述があるので、きっとこの絵だろう。

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1732583450119868



東京大学駒場寮を何で知ったかはよく覚えてないが、前々からチラチラ聞いたりしていた。「段ボール村」でちょくちょく顔を合わせていた、当時新宿連絡会の稲葉剛さん( http://inabatsuyoshi.net/
)は東京大学の院生で「駒場寮って面白い場所ですよ」と話してくれた。

大学の寮というと、漫画家たちが集まっていた「トキワ荘」のようなイメージだった。瓦屋根で木造で玄関は引き戸で広めの玄関があって、そこに寮生たちの靴が乱雑に置いてあって、上がると木の床の廊下がのびていて、各々の部屋が分かれている、みたいな。

洗面所とトイレが共同で風呂はない、という貧乏臭いイメージしかなかったので、どこが面白いのかいまひとつピンと来なかった。




◎4月28日(月)

この日も新宿西口地下道で段ボールハウスに絵を描いていた。通行人の一人から「あなたの絵にはサタンがいます」と話しかけられて、内心「うるさいなあ」と思っていた。

その後、誰に誘われたのか覚えてないが、下北沢で飲むことになった。そこはいろんな人がごっちゃにいた飲み会で、東大の駒場寮に部屋を借りている女性、「エリセ」に出会った。

「駒場寮ってバーがあったりパフォーマンスする人がいたりして盛り上がってるんだよ、誰でも入れるんだよ」なんていう話を聞いたので、じゃあ今度行くよという話をした。

そして廃寮問題で揺れている話も聞いた。寮を潰そうとする大学当局、それに抗う寮生たち。そこに学外者たちが流入して、カオス状態で面白いことになっている、と。


◎5月2日(金)

この日、東京シューレに行った後、初めて東大駒場寮に行った。

渋谷駅から京王井の頭線で駒場東大前駅に降りると、すぐに東京大学はあった。広い。新宿西口地下道は広いと思っていたが大学の方が広い。放課後のけだるい感じがだだっ広く横たわっていて、なんとなく心細くなる。

キャンバス内をあてもなくしばらく歩いて、「これは誰かに聞いたほうがいいな」と思った。古びた建物に覆いかぶさるように木や植物が生い茂る、暇を持て余してるような空間でふと見やると、ベンチに座ってひとりでギターを弾いている男子がいたので声を掛けてみることにした。

「すみません、駒場寮にいるエリセって人、知ってますか?」と、いきなりピンポイントな質問をしたのだった。

そしたら彼は、「ひょっとして武さんですか?」と訊き返して来たのでビックリした。

なんでも、ちょっと前に呼ばれて出てたシンポジウム(確か野宿者支援とかがテーマの)を見に来ていたとのこと。

「え、あ、武です、武です。彼女が駒場寮にはバーもあって面白いっていうんで来てみたんです」
「ゼロバー? 俺、そこの仲間ですよ」
「あ、ほんと? 今やってるの?」
「いや、えっとじゃあ、いま店あけるよ」

みたいな感じで、いきなりハードコアにタッチできたのだ。ギター弾きの彼は「モリオ」と名乗った。

駒場寮には二つの大きな建物が残っていた。中寮と北寮だ。古くて頑丈そうな建物で、鬱蒼とした木々や蔦の這う外側から一歩中に入ると、とたんに真っ暗だった。さながらヨーロピアンな廃墟って感じで「かっこいい」と思った。というか、「すげえ」といった感じだ。

固くてボロくて天井がやたら高くて暗い。これは日本の屋内には全くない要素だ。どこに行っても日本は、「ソフトで新しくて天井が低くて白々しく明るい」のだ。僕はそういう風景にうんざりしていたので興奮した。

まるで日本じゃないみたいだった。空間も時間もコンパクトにうまくまとまっているわけでなく、何もかもとりとめのもなく漂っている感じだった。

「ゼロバー」は北寮の一番手前左側の小さな部屋で、カウンターといくつかテーブル席があるだけだった。そして汚い。瓦礫の中みたいだった。それがまたちょっとかっこよかった。

駒場寮のゼロバーで呑み始めて、夜になると徐々に人が集まってくるのだった。ゼロバーの店主は「エキン」と名乗る男だった。インドを放浪していた時にお坊さんにそう名付けられた、と関西弁で話してくれた。僕と同い年の28歳だ。

そして下北沢でエキンに「面白いところがあるからおいで」と言われて付いて来たら、ここ東大駒場寮だったという男「コーキ」24歳。彼は今映画監督だ。

長谷井宏紀(はせいこうき)
https://www.cinematoday.jp/profile/H0038508


それから、年齢も素性も謎な「リカちゃん」という超かわいい女性。そしてギター弾きの「モリオ」。彼らがゼロバーを経営しているようだった。四人とも東大生でもないし、OBでもないようだ。

キャッシュ・オン・デリバリーで一杯200円とかだったと思う。「思う」というのはゼロバーでお金を払った覚えがほとんどないのだ。キャッシュオンでその都度払ってるから、記憶に残ってないのかも知れない。

「新宿西口地下道の段ボールハウスに絵を描いてる者だ」と言うと、大体誰もが、「えー、あれってホームレスの人が描いてるんじゃなかったんだ! すごいねえ!」とすぐに仲良くなれた。やっぱり人目に触れる「ストリート」で絵を描いていてよかったなと思った。

初めての東大駒場寮体験はなんだかんだで酔っ払いすぎて、そのままそこに泊まることになった。バーカウンターの椅子を並べて、横になってちょっとだけ寝た。


◎5月3日(土)

次の日、駒場寮から新宿西口地下道に通い、段ボールハウスに絵を描く。たまたま山根康弘も来たので、制作が終わると一緒に東大駒場寮に向かい、ゼロバーで呑んだ。結局二日連続で駒場寮に泊まることになったのだ。帰宅して体重を計ると2kg痩せていた。

この日の制作ノートに「駒場寮で朝を向かえる→新宿へ。ヤマネ登場、一軒仕上げる。タケヲも来た」と記述がある。

ノートのイラストから判断するとこの日描いた絵はこれだろうと思われる。

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1732586380119575



4月に「東京シューレ」、5月に「東京大学駒場寮」と出会い、「新宿西口段ボール村」を拠点に通う場所が三か所に増えた。

「東京シューレ」では子供たちの顔をスケッチしたりおしゃべりしたり、なんとなく過ごしたりした。

自分は大学を中退してる。大学生になって初めて不登校になったわけだが、この子たちは自分よりも若い年齢で不登校になっている。自分よりも「気付き」が早かったのだろう。

この子たちは何かを抱えてることは確かだろうが、それが何かは僕には理解できない。というか理解した気になってはいけないなあ、なんて思ったのだった。

「東大駒場寮」はその後入り浸るようようになり、部屋を借りることになって行くのだった。(つづく)


【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/記憶との戦い】

◎出展します!
アートラッシュ @artsrush 『絵物語り』展
2017年10月18日(水)〜10月30日(月)
http://www.artsrush.jp/


参加作家:藤井春日(写真)藤沢芳子(絵画)能野裕子(造形)Bird Deco(造形)武盾一郎(線譜画)H@L(絵本)うえだしげこ(イラスト)野谷美佐緒(絵画・アラビア書道)

◎入選しました!
詩とファンタジー No.36
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