●今日からボクは200番
拘置所の中に入れられると、薄暗い廊下を抜け、すると、これでもかというほど蛍光灯で白く輝くホールに通された。まぶしいくらいに何もかも白い。あちらこちらに白線がひかれている。その白線に進めといわれ、ヒゲ宇佐美の後にボクは続いた……。ボクは「時計じかけのオレンジ」のマルコムのような気分でその白線の前で急停止した。
空港の入国審査のような白い台の上から命令が落ちて来る。銭湯の番台のような高い位置からだ。「カンダトシアキ! マエエ!」とやたらテンションの高い声が響く……。まるで映画のようだと思いながら、冷めた態度で前に進む。売れない役者さんかと思うほどの高いテンションでの質問が始まった
質問は住所・氏名の確認と進んでいく。この段階で、罪状よりも何日間ここに拘置されるのかが重要であり、態度はあくまでも横柄で、無駄口をたたく余裕がまったくない。
完全にこちらは見下された「犯罪者」である。やはり名前がはじめての人に呼び捨てにされるのはツライ感じだ。ボクのことを「カンダ」と呼び捨てする人はよほど親しい先輩や、学生時代の知人くらいだ。それを今はじめて会った役者のようなおっさんに呼び捨てにされてしまうのは萎えてしまう。
質問はさらに続く。「カンダ! 同性愛は?」「ありません」「性病は?」「ありません」「水虫は? インキンタムシは?」とまるで、羞恥プレイが続く。さらに「タマイレはどうだ?」と聞かれた……。はぃん?「タマイレ?」そんな専門用語は知らないので「何ですか? ソレ」と聞くと、「サオに真珠とか入れていないか?」といわれた。こんなマジな顔でこんなことを聞くんだと思いながら、ウける答えが頭に浮かんだが「ありません」と答えた。冗談が通じそうにない人だったからだ。
それが終わると隣の写真のブースに移された。アゴをおくところを指定されて、写真を撮られる。オリンパスのデジカメだった。その後、持ち物を預けるためにロッカーに案内されたと思った。荷物を入れるのかと思うと、荷物を前において、自分がはいるのだ。まるで「エルム街の悪夢」のフレディから逃げるためにロッカーに身を潜めるかのように広めのロッカーに自分がはいって、持ち物チェックするまでの間、ここで待たされるのだ。
「カンダトシアキ!」。ロッカーで待たされていたが、名前を呼ばれて、ドアを開けて出る。今度は、荷物の置かれたゴザの前に座らされる。正座でなくて足をくずしていいといわれ。「今日からオマエは200番だ。覚えておきなさい」といわれる。キリ番で少し嬉しかった!
預ける荷物をひとつずつPCに入力していく。WindowsNT Workstationで入力している。この東京拘置所は昨年、改装されて現在もなおも改装中である。ピッカピッカの拘置所だ。そういえば冷房も効いており、外よりもすごしやすい。新宿のホームレスの人にオススメしてあげたいくらいだ。
俳優の長門裕之と歌手の桑田佳祐を足して2で割った刑務官は、ボクのiPodを「音楽レコード」と記入し、プレスパスケースを「名札いれ」と打ち込んで、プリントアウトしたものに左手のひとさし指を押させて確認させる。東京拘置所の中では、クレジットカードもサインもいらずで、左手のひとさし指の押印のみで何でも事は進む。
次のステージへ進んだ。今度は着替えだ。シマシマの囚人服ではなく、茶色のだぶだぶのシャツとズボンと白いランニングシャツと薄黄色いパンツが渡される。これに全部着替えろと言われ、ホールのど真ん中で着替える。茶色のだぶだぶは、三宅イッセイのデザインにも見えるし、アルマーニにも見えたが、薄黄色のパンツは、なんと色ではなく白が黄色になっていただけであった……。荷物をすべて預けると、この時点でボクの持ち物の私物は、タオルとハブラシ一本のみとなった。なんだか自分でなくなったようだ。
そしてさらに次のステージへ…。すごくシステマチックだ。台に乗るだけで身長と体重が同時に検査され、レントゲンを撮影し、視力を検査する。なかなかいいシステムだ。この時点で病気のある人は発見されるわけだ。奥の部屋へ通され、パンツを脱げといわれる。
「パンツを脱いで皮をしっかりむいてこちらへ見せろ」という。また羞恥プレイが始まった。「後ろにむいて前かがみになって肛門をしっかりと開く!」。げげー、そんな格好したくないぞ。股間の間から刑務官の視線を感じながら、その場で静止状態。やはり映画の世界は本当だった。
●看守がセグウェイで見回るのはどうか
それらの検査が終わると、今度は、食事が登場した。時間は時計がないのでわからなかったが21時前であったようだ。ざるそばかと思ったが、麺と袋入りの冷えた出汁であった。それにアルマイトにはいった麦飯と味噌汁を持って、部屋へと案内される。
ホールから出ると、「扉の前では、必ず壁の横の白線に足をのせ、壁に向かって15センチまで顔を近づけろ」といわれる。エレベーターに乗るときも白線に沿って壁に密着して待たされる。
エレベーターを出ると、巨大な要塞が広がる。ダースベーダー卿のテーマソングが頭の中に鳴り響く……。それにしても誰もいないのに冷房がギンギンにきいている。夏なのに寒いくらいだ。
7Fに到着する。ここからのドアはすべて、看守の腰の鍵と看守の指紋が認証しないと扉が開かない。ハイテク満載だ! 脱走はとても難しそうだ。いよいよ独房が見えてきた。まるで「羊たちの沈黙」のレクター博士のいる回廊だ。ちょっとピカピカすぎるが……。
中で寝ている人や本を読んでいる人がいる。外国人が半分くらいいるようだ。そういえばオウム真理教の松本被告もここには、いるはずだ。ここで会えれば出所してからもおもしろい記事がかけそうだ。そう思いながら、独房をキョロキョロのぞきながら歩いていると、すると突然「前をむいて、横を見るな!」と怒られる。短気な人が多い業界だ。
どこまで独房が続くのかと思いながら、雑居房でのマナーを考える。インタビューとかしてると楽しそうだが、ワケありな人たちだから気をつけるべきだろう。また、新入りなので、最初にどのように挨拶をすればいいかな? と考えているうちに、「200番、新入り」と書かれた部屋に着き、そこに入れと言われる。
スリッパをそのままはいろうとすると、「スリッパをそろえて表のスリッパ立てにたてろ」といわれる。なるほど、スリッパがあるかどうかで中にいるかどうかがわかる仕組みだ。なかなかかしこいなあ。しかしだ。この部屋は畳が横に三枚並べられただけの独房ではないか?
「独房なんですか?」と質問すると「そういう質問は担当の先生にしなさい」といわれる。「21時に消灯なので、食事をして待っていなさい。部屋のルールはそのパンフレットをよく読んでおくように、いいな!」といってボクの200号の部屋にカギをかけて、どこかへ行ってしまった。ドアを早速チェックしたら、カギがかかって中から開けられない。締め出しではなく、締め入れ状態だ。
冷めたソバを食べだした。ネギもあり、油揚げもあり、下手なインスタントものよりも美味しかった。麦メシもコシがのこっていて好きな味である。食器が黄色の薄いプラスチックであるが、これが瀬戸物だともっと美味しくいただけるだろう。
三畳の部屋の奥には一畳分の水洗トイレと流しがついている。トイレはむきだしだが、ついたてがあるので、あまり気にならない。タタミも新しく、イグサのいい香りまである。まもなく、消灯ということで担当の先生というおっさんがやってきた。ケーシー高峰を怖くした感じの人だった。
ケーシーは、簡単に独房のルールを説明し、拘置期間を聞かれたので、一週間と答えると、「なんだ一週間ぽっちか」といい。「何したんだ?」というので「セグウェイに乗りました」というと興味なさそうだった。
あと、5分で消灯なので、トイレの流し用に水を汲んで、歯を磨いて、布団をこのパンフレットのように敷いて今日は寝る! いいか?」といわれて有無もいえず「はい」と答えたようと思ったけど、なんだかしゃくなので、「押忍!」と答えた。これはいいようだ。ちょっと嬉しかった。しかし、水は21時以降すべて断水されている。タバコはすわないけど、ビールがムショウに飲みたかった……。
唯一の持ち物が「ハブラシ一本とタオル一枚」。あとで記憶にとどめようにも書くものすらない……。なんともいいようのない絶望感で一杯の夜を迎える。
21時になり、消灯がはじまった。いきなり暗くなるわけでもなく、パンフレットどおりに指定された角度で寝ようとしていたら、見回りの「パタッパタッパタッ」という靴の音が廊下の向こうからだんだん大きくなる。見回りの音はすぐにボクの頭脳の記憶中枢にインプットされた。この長い廊下では、セグウェイで見回るという方法はありかと思った。出所したら早速、営業してみよう!
一時間(多分)ほどすると徐々に暗くなり、暗闇になっていった。部屋にも時計がなく、時間の感覚がない。朝は7時起きだというが、9時間も寝られるんだと思うと嬉しかった。寒いくらいの空調の音に、用意された薄めの佐川急便風のシマシマパジャマに着替えてゆっくり寝た。ベッドでなく薄い布団だが、イグサの香りに包まれ、背筋が伸びて気持ちいい。なかなか快適な第一日目であった。時おり聞こえる、「パタッパタッパタッ」が大きくなって、小さくなる音を聞きながら、これからの一週間がどうなるのかと期待と不安の新しい経験が始まった。
次号へつづく…。
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