山: こんばんはー。
武: おっすー。そうそう、忘れないうちに告知です!
山: なんの?
武: 俺と山根で限定100部のアーティストブック「Questo e' non un libro(これは本ではない)」をライブでドローイング&製本していきます!
日時:7月20日(金)19:00 open
場所:渋谷O-nest(6F)
料金:入場無料
山: そういやそうでした。
武: < http://independent.numabooks.com/?eid=1
>
「今、インディペンデントであること」をテーマに、ジャンルの異なる10組のゲストをお呼びして、ショート・トークショーを行います。一部のゲストの方々にはブース出店していただいたり、個人的にお話できるようにフロアにいていただいたりします。当イベントは、cinraのマンスリー・イベント[expop!!!!!]vol.4の一企画として行われます。階下のフロアではcinraセレクトによる素敵なミュージシャンのライブが同時開催(有料)」
山: 僕もちょいと喋ります。ただ飲んでるだけじゃないですよー。今回は作った本をその場で売ります!1部1,500円くらい。全国の奥様方! よろしくおねがいしますよっ!
武: みなさん! 6F・Lounge Floorは入場無料ですので是非遊びに来て、俺たちのアーティストブック「Questo e' nonun libro(これは本ではない)」を買って行って下さい!
山: なんか今日はやたらしつこいですな。
武: そしてもう一つ。「誰か俺と結婚して下さいっ!」ご希望の方はメイルで『武盾一郎の嫁希望』と書いてどしどしお寄せ下さい!
山: 何の告知やねん!
武: 今まで「励ましメイル下さい!」って書いてるけど、今のところ二通しか来ていません!!
山: わはは! 二通も来たんか!
武: いや、実は一通だけなんだけど、そう書くと出した人に「自分だけだったなんて・・・」ってばれちゃうんでカッコウ悪いなあ、と。。。
山: バラしたら意味ないやん! さて、下らない話はさておき本題行きましょう! バリー・マッギーです!!
武: おっすー。そうそう、忘れないうちに告知です!
山: なんの?
武: 俺と山根で限定100部のアーティストブック「Questo e' non un libro(これは本ではない)」をライブでドローイング&製本していきます!
日時:7月20日(金)19:00 open
場所:渋谷O-nest(6F)
料金:入場無料
山: そういやそうでした。
武: < http://independent.numabooks.com/?eid=1
>
「今、インディペンデントであること」をテーマに、ジャンルの異なる10組のゲストをお呼びして、ショート・トークショーを行います。一部のゲストの方々にはブース出店していただいたり、個人的にお話できるようにフロアにいていただいたりします。当イベントは、cinraのマンスリー・イベント[expop!!!!!]vol.4の一企画として行われます。階下のフロアではcinraセレクトによる素敵なミュージシャンのライブが同時開催(有料)」
山: 僕もちょいと喋ります。ただ飲んでるだけじゃないですよー。今回は作った本をその場で売ります!1部1,500円くらい。全国の奥様方! よろしくおねがいしますよっ!
武: みなさん! 6F・Lounge Floorは入場無料ですので是非遊びに来て、俺たちのアーティストブック「Questo e' nonun libro(これは本ではない)」を買って行って下さい!
山: なんか今日はやたらしつこいですな。
武: そしてもう一つ。「誰か俺と結婚して下さいっ!」ご希望の方はメイルで『武盾一郎の嫁希望』と書いてどしどしお寄せ下さい!
山: 何の告知やねん!
武: 今まで「励ましメイル下さい!」って書いてるけど、今のところ二通しか来ていません!!
山: わはは! 二通も来たんか!
武: いや、実は一通だけなんだけど、そう書くと出した人に「自分だけだったなんて・・・」ってばれちゃうんでカッコウ悪いなあ、と。。。
山: バラしたら意味ないやん! さて、下らない話はさておき本題行きましょう! バリー・マッギーです!!
●バリー・マッギー(TWIST)を観て/ワタリウム美術館
武: ・・・・そですか。行って来ました!ワタリウム美術館ですな。
< http://www.watarium.co.jp/exhibition/index.html
>
山: ワタリウム久々に行きました。
武: 俺、初めて。。。かも?
山: 忘れてんのかい!
武: もうね、何を体験したかどうかなんて、正確にはな〜んにも思い出せませんよ。
山: 飲み過ぎやん(笑
武: 全ては幻かも知れないし現実かも知れないし。
山: 病気やん(笑。
武: 夢を生きる。
武: 「なんか食べづらいなあ」って思って気が付くと左手で箸持ってたりするしね。「俺、右利きだろっ!」って。
山: 奇人やん(笑
武: こうなるともうね、全ての事象が美しく見えてくるんですよ。
山: ただのアホやん(笑。鏡見たら現実に戻りますよ(笑 「ああ、世の中には美しいものだけじゃないんだ」って(笑
武: だから家に鏡ないんですよ。
山: うわははは!
武: 現実を避ける。で、バリー・マッギーですね。
武: えっと、ちょっとサイトから転載。
「あのころ(80年代)、自分の考え方や人生に関して責任を感じていたし、全ては物事を変えるためにどんな行動を起こすかということだった。通りではいろいろなことが起きていたし、それは自由になることだったし、解放されることだった。例えば交差点を止めて街をストップさせることだって出来ただろう。あるところまでは、世界を変えられると思っていたんだ。--(中略)--僕が描く男は、ホームレスの多いサンフランシスコ特有の、ここではどこにでもいるような存在。彼らはみんなそこから自由になりたいと思っているし、それはグラフィティとちょっと似ている。僕がグラフィティで主題にしているのはホームレス、浮浪者、街が排除しようとしているもの、隠そうとしていること、存在していないふりをさせられているものを取り上げ、みんなに見せることだ。---バリー・マッギー」(ワタリウム美術館ホームページより)
山: バリー・マッギーはグラフィティライターなんですな。TWISTっていうタグネームで知られてます。
武: 今回、バリー・マッギーと俺らとの共通点は、「ストリート出身」ってことですよ。
山: そうやね。僕はバリー・マッギーは知ってたけど、実際ちゃんと作品見るのは初めて。・・・で、何かを思い出しました。何かっていうのはつまり、僕らが新宿で描いていた時のこと、その時の気持ち、とかね。
武: 俺はね、あんまし「グラフィティ」とやらを積極的に評価してなかったんですよ。
山: ほう。
武: 特に日本の場合「それってただの真似じゃん。ファッションだけじゃん」みたいなね。
山: なるほどね。
●グラフィティーとは何か
武: そうそう、まずは「グラフィティー」とは何か、から話を始めないとね。
グラフィティアート【graffiti art】
スプレーなどを利用して、壁面や地下鉄の車両などさまざまな都市空間に描かれる落書きアート。1970年代にニューヨークで発祥。ヒップ-ホップ文化の主要な構成要素でもある。(goo辞書より)
とありますが、グラフィティはアメリカ発祥ではありませんっ! 語源はイタリア語みたいなんすよね。グラフィティってもともとは壁に殴り書きされた「政治的、社会的スローガン」、つまり「言葉文字」なんですよ。
山: そうやな。だからグラフィティやってる人は「ペインター」ではなく「ライター」と呼ばれるわけやね。
武: 「絵」ではなく「字」である。そこがグラフィティの重要な特徴だと思うんだ。
山: それは意外と知られてへんのかもね。
武: グラフィティはアメリカで文化として大爆発するのは確かだけど、最初は黒人よりも更に差別されてるヒスパニック系の人たちが多かったらしい。つまり、「最底辺の人たちの抵抗・叫び・遊び」だったワケだ。
山: 「抵抗・叫び・遊び」っちゅうのが言葉から始まる、か。絵ではあかんかったんか?
武: 「無意味(=絵)を作る」ってものすごい時間的余裕がないとだからね。
山: 実際、壁や電車に無断で書くわけやから時間もないしな。バリー・マッギーの展示のビデオで、昔っからずっとグラフィティやってる人の絵が紹介されてたけど、あれもえらい簡単に描いてる絵で、確かに時間はかからなそうやな。
武: ひと目でそれが自分のだと分からせたいだろうし。短時間で、本人だと分かるオリジナリティーを出して、、、ってやってくうちにデザインが洗練されていった。。。
山: 匿名性はあるねんけど、無名とはちゃうねんな。
武: 仲間内では「誰か」は分かるんだよね。
山: なるほど。つまり「グループ」があるってことやな。
武: そうだよね。グループであるということも重要なポイントだよな。グループだと楽しいもんな。
山: 一人が見張り役で、何人かで描いて、みたいなね。「やったったぞ!」みたいな。もりあがるわな。一人で描いてるとそれはないからねー。
武: 実際、俺たちも新宿ではグループで描いてたし(最後は違うけど)。ストリートに立ち向かうとき、やっぱり一人だと心細いし、見る側もグループでやると、「あ、なんかやってる」って感じやすいし。
●ワタリウムの展示
山: で、展示はどうやった?
武: 展示自体はね、割とどうでもいい感じ(笑) というか、なんかやっぱ思い出すんだよな。東大駒場寮オブスキュアとか、90年代だなあって感じを。
山: そうなんよな。僕もめっちゃ90年代を感じた。なんでやろ。
武: バリー・マッギーが純粋にストリートでやってたのが90年代までだからなんじゃないかなって思った。
山: 今はもう描いてないんかな。ストリートでは。
武: それがよく分からないんだけど、なんかのインタビューでは「今は毎日スタジオワーク」ってなこと書いてあった。
山: まあ売れるんやろうしな。「抵抗(レジスタンス)」がなくなったということか(笑
武: なんつか、展示というのかインスタレーションっていうのか、見せ方の質は高くないっていうかね、素人臭い。そういうのも含めて90年代っぽい。重要なのは「行為」なんすよね、描き出された結果じゃなくて。そこらへんの感覚って、確かにばっちり俺にもあったし。
山: それは狙ってそうなってたんやろか。それとも、そうさせる何かがあったのか。
武: 単純にバリー・マッギーって展覧会慣れしてないんじゃないの(笑 そんなに「展示の質」に重き置いてないっていうか。「行為」が浮かび上がりさえすればいい、みたいなね。
山: それはあるかもな。いわゆる「美術」に興味がありそうな感じはしないし。
武: 作品一点一点がどうのってワケじゃないじゃん。あの平面構成みたいなのとか。モニタとデッキを乱雑に並べてみせちゃうインスタレーションとか、一生モニタとデッキを乱雑に並べたいアーティストじゃないでそ。一生平面構成描いてたい人じゃないでそ。
山: ま、そりゃそうやな。つまりは「絵」そのもので見せようとする人ではない、と。
武: 展示の要素要素がバラバラなんだよね、ドキュメントビデオ、倒れてる車と肩車してるライター達の立体、平面構成画、モニターインスタレート、スプレーしてるロボット、イラスト、タギング、ベニヤのインスタレート、ってね。都市空間・ストリートにはそういった雑多ものが、乱雑にあらかじめ備わってるワケだよ、その都市空間を自在に飛び跳ねてイラスト(キャラクター)と字(タグ)を書いてた、と。で、展示会場と言う虚無空間に、まず「あの雑多な都市らしさをここに浮かび上がらせたい」と思っちゃうんだろうね。そうすると、あういうミョーにシロートっぽい展示になる(笑
山: ま、雑多やからね。なんだかよくわからない。
武: なもんだから、ドキュメントとドキュメントビデオがもっとも見応えのある貴重な展示物となってしまうワケだよ。これは非常によく分かる(笑
山: 実際あのビデオを見に行った、って感じやったからな。
武: あれ、ビデオ観なかったら、都内の実際のストリートにあるグラフィティー見て回った方が、オモロイだんべよ。
山: そういうツアー作ればいいんやな(笑
武: ストリートってさ、だからデザイン化させて商品にするか、意味化させてドキュメントにするかしてやっと「形あるものとして」認識されるんだよな。
山: 向かいにあるビルの、彼らが描いた絵はおもしろかった。って絵が面白かったというより、ビデオで見た制作風景が面白かってんけどね。
武: そうなんだよ! だからね、結局「行為」なんだよね。ビデオ観なけりゃビルの絵は気が付かなかったかもだし(笑
山: でも僕はバリー・マッギーが描くキャラクター嫌いじゃないですね。キャラクターそのものはあんま好みではないけど、描き方が好きなんよなあ。
武: ビデオで筆使いとか観れたんは良かったね。ちゃんと細い筆でラインにこだわって書いてるって分かるし、スプレーの使い方も、マジックの動かし方も、身のこなしがなめらかだったもんな。あーあれはキャリアを積まないと出来ないなあって。そういうの観て初めて俺は「あー、この人(制作者として)信用出来るなあ」って思うんよね。
●やっぱ衝動だよね?
武: ところでね、70年代終わりからヒップホップカルチャーの一つとしてグラフィティーが広がるでそ。そのころ日本では「○○参上!」とか暴走族の落書きが流行ってたんだよね。
山: ああ。それってグラフィティからきてんのか。
武: いやね、俺は暴走族がヒップホップカルチャーを知ってたとは思えない。
山: そんな感じはするよな。
武: だって音楽は横浜銀蝿と松田聖子だよ。壁の落書きは「世界同時多発」なんじゃないのだろうか? なんて思ったりするんすよ。
山: あれ誰やったっけ。えーっと、バスキア。
武: キース・へリングもバスキアも80年代の香りがするが、やり始めたのは70年代後半ってことか。イギリスパンクロックムーブメントと同時期だ。バリー・マッギーはバスキアやへリングのように早死にはしてない。ってか今生きてる。
山: 死んだところでしゃーないからな(笑
武: バスキアって「うだつをあげたくてあげたくてしかたがなかった人」って印象なんす。バリー・マッギーはもうちょっと違うスタンスを感じるよね。アメリカンドリームより作業を愛したんじゃないだろうか、とか。まあ自己顕示欲がなければグラフィティなんてやらないだろうけどさ、
山: いや、むしろ自分はバスキアのようにはなれない、とか、グラフィティを真面目に考えたやつなんとちゃうか。
武: ふむー。
山: だからスライドで自分の作品より人の作品を紹介してしまう。
武: あれ、むしろグラフィティー研究者だよね(笑。ホントのグラフィティライターならリスキーにやって早死にするのが「正道」、みたいなのってあんのかな。スライドでは、60歳の現役グラフィティライターも紹介してたけど。
山: だからOBEYをすごい、って言ってた。< http://obeygiant.com/
>
本来バリバリのグラフィティライターでありたかったんやけど、そうできんかったんとちゃうの。死ぬ死なないとかやなしに。あ、展示のフライヤー見たら「80年代に対するノスタルジー」ってある。やっぱそうなんや。
武: なんで懐古趣味なんだろ(笑
山: その時代がグラフィティ全盛やったからやろ。
武: そうだよなあ。。。
山: 最近の人の「古き良きアメリカ」、ってな感じですか(笑
武: バリー・マッギーも今回展示で向かいの建物にタグ書いて顔のイラスト描いてるじゃないですか、ゲストとして呼ばれて。日本のグラフィティライターも都内のどっかの壁で呼ばれて描いてるんですよね。で、ヘブンズアーティストとかっていってストリート(主に大道芸だろうけど)アート許可証を都が発行して、その許可証をもらって「ストリート」とか言ってやってる。
山: ふむ。
武: それって、ホントに「グラフィティ」なん? それってホントに「ストリートアート」なん?
山: 形式なんよな。ジャンル。で、そもそもグラフィティの発生はヨーロッパで、なんだっけ
武: 「政治的・社会的スローガンを壁に書いたこと」
山: そうそう。そう言ってるけど実際ほんまにそうやったんか?
武: そんなん言ったら壁の落書きなんてアルタミラの洞窟からある訳でして。
山: 本来そういった事柄とは関係なしに、ホントの意味での「衝動」でしかなかったんとちゃうの?
武: なるほど!
山: そういった意味ではバスキアの方が「衝動」的な印象を受ける訳だ。キースへリングは知らんねんけど。
武: なるほど。
山: だからそういうのをマッギーもわかってて、そんなことできない、みたいなね。もうちょっと賢くなるわけや。でも衝動的な方がやっぱかっこええやん。だからノスタルジー(笑
武: はは。
山: でもバリー・マッギーはそこにすごく自覚的なような印象は受けるから嫌な感じはしない。僕の印象やけど。「メッチャいい展示やった!」とは思わへんけど、嫌な感じがしないですね。それもビデオがあったからやねんけど(笑
武: そうそう! ストリートは行為なんすよ。
山: 結論! ストリート志向の人はビデオを持ち歩きなさい!
●やはり身体性か?
武: 俺さ、ストリート出身だけど、
山: ほい
武: 今でもストリートにこだわってるワケじゃないんだよなあ。。。
山: あ、それでええんとちゃうか(笑
武: ストリートでやってた時の「あの感じ」を作品に内包しちゃいたいんだよね。「衝動」から「創造」へ、みたいな。
山: 絵描きがストリートである事が絶対的に必要なわけではないからな。武さんが経験してきたように、ストリート的「衝動」は外部のロジックに取り込まれやすいんでね。自分の立ち位置考えんとな。そう考えるとやっぱバスキアは徹底してていいよな。なんて思う。
武: あー、良いこと言うねー! 衝動は奪われてしまうんだよな。もってかれちゃうのよ。
山: ま、そうよな。
武: 奪われないようにするにはどうしたらいいかというと作品に封じ込める。けど作品も簡単に奪われてしう。だから作品を産み出す自分の身体に入れておく。そうすると作品は自分の身体からしか取り出せなくなる。誰にも奪われない。
山: 無造作に全てあげてしまうっちゅう手もありますよ(笑
武: ワハハ、確かに。でさ、どこかにアルチザン入ってる必要ってあるんさよ。
山: 身体性(笑
武: そうだねー。「脳はアルチスト、身体はアルチザン。」おっ! 決まったかな!!
山: 脳はアホ。体は病気持ち。
武: それ現実。
山: 酒飲みすぎ(笑 煙草吸い過ぎ(笑 女全然(笑 芸術・・・無駄作りすぎ(笑
武: 泣けてくるっす。。。
山: で、バリー・マッギーは偉い。何故か? 今も面相筆を持って、貴いかどうかもわからん、アートともなんとも知れぬ絵を描いている。それがどんな展覧会であろうとも。今の彼の社会的状況なんて知ったこっちゃないけど、描いてる姿を見せて、少なくともある絵描きに何かを思い起こさせた。それだけでもう意味がある。ただそれだけ。それ以外に意味あらへん。そんなとこやな。
武: ってことは「描く行為」の信頼感だけじゃない何かが他にあるということになるわな。
山: あたりまえやん。だって、僕は少なくともバリーマッギーを見て新宿で自分が描いていた事を思い出した訳だから。
武: ふむふむ、それだよな。
山: 次はヨーロッパのグラフィティアーティストも見てみたいもんです。
武: バンクシーですか。
山: 他にもおるかもしれん。メジャーじゃなくてもええけどね。
武: そうね。
山: ではそろそろ、〆の一句を
武: 「七夕や 男二人で へべのれけ」
山: 七夕やなくてもそうやん(笑
武: 俺と結婚してくれる女性は是非とも「武盾一郎の嫁希望」と書いてどっしどしメイル下さいっ!!!!
山: 天の川で溺れてしまえ!(笑
●バリー・マッギー展/ワタリウム美術館
< http://www.watarium.co.jp/exhibition/index.html
>
会期:6月2日(土)〜9月30日(日)11:00〜19:00 水曜日は21:00まで
休館日:月曜日(但し7月16日、9月17日、9月24日は開館)
入館料:大人1,000円 学生800円(25歳以下)期間中、何度も使えるパスポート制
会場:ワタリウム美術館(東京都渋谷区神宮前3-7-6)2階、3階、4階&野外展示
【武 盾一郎(たけ じゅんいちろう)/嫁に来ないか】
< http://iddy.jp/profile/Take_J/
>
< mailto:take.junichiro@gmail.com >
【山根康弘(やまね やすひろ)/現場主義者】
・SWAMP-PUBLICATION < http://swamp-publication.com/
>
・交換素描 < http://swamp-publication.com/drawing/
>
< mailto:yamane@swamp-publication.com >
武: ・・・・そですか。行って来ました!ワタリウム美術館ですな。
< http://www.watarium.co.jp/exhibition/index.html
>
山: ワタリウム久々に行きました。
武: 俺、初めて。。。かも?
山: 忘れてんのかい!
武: もうね、何を体験したかどうかなんて、正確にはな〜んにも思い出せませんよ。
山: 飲み過ぎやん(笑
武: 全ては幻かも知れないし現実かも知れないし。
山: 病気やん(笑。
武: 夢を生きる。
武: 「なんか食べづらいなあ」って思って気が付くと左手で箸持ってたりするしね。「俺、右利きだろっ!」って。
山: 奇人やん(笑
武: こうなるともうね、全ての事象が美しく見えてくるんですよ。
山: ただのアホやん(笑。鏡見たら現実に戻りますよ(笑 「ああ、世の中には美しいものだけじゃないんだ」って(笑
武: だから家に鏡ないんですよ。
山: うわははは!
武: 現実を避ける。で、バリー・マッギーですね。
武: えっと、ちょっとサイトから転載。
「あのころ(80年代)、自分の考え方や人生に関して責任を感じていたし、全ては物事を変えるためにどんな行動を起こすかということだった。通りではいろいろなことが起きていたし、それは自由になることだったし、解放されることだった。例えば交差点を止めて街をストップさせることだって出来ただろう。あるところまでは、世界を変えられると思っていたんだ。--(中略)--僕が描く男は、ホームレスの多いサンフランシスコ特有の、ここではどこにでもいるような存在。彼らはみんなそこから自由になりたいと思っているし、それはグラフィティとちょっと似ている。僕がグラフィティで主題にしているのはホームレス、浮浪者、街が排除しようとしているもの、隠そうとしていること、存在していないふりをさせられているものを取り上げ、みんなに見せることだ。---バリー・マッギー」(ワタリウム美術館ホームページより)
山: バリー・マッギーはグラフィティライターなんですな。TWISTっていうタグネームで知られてます。
武: 今回、バリー・マッギーと俺らとの共通点は、「ストリート出身」ってことですよ。
山: そうやね。僕はバリー・マッギーは知ってたけど、実際ちゃんと作品見るのは初めて。・・・で、何かを思い出しました。何かっていうのはつまり、僕らが新宿で描いていた時のこと、その時の気持ち、とかね。
武: 俺はね、あんまし「グラフィティ」とやらを積極的に評価してなかったんですよ。
山: ほう。
武: 特に日本の場合「それってただの真似じゃん。ファッションだけじゃん」みたいなね。
山: なるほどね。
●グラフィティーとは何か
武: そうそう、まずは「グラフィティー」とは何か、から話を始めないとね。
グラフィティアート【graffiti art】
スプレーなどを利用して、壁面や地下鉄の車両などさまざまな都市空間に描かれる落書きアート。1970年代にニューヨークで発祥。ヒップ-ホップ文化の主要な構成要素でもある。(goo辞書より)
とありますが、グラフィティはアメリカ発祥ではありませんっ! 語源はイタリア語みたいなんすよね。グラフィティってもともとは壁に殴り書きされた「政治的、社会的スローガン」、つまり「言葉文字」なんですよ。
山: そうやな。だからグラフィティやってる人は「ペインター」ではなく「ライター」と呼ばれるわけやね。
武: 「絵」ではなく「字」である。そこがグラフィティの重要な特徴だと思うんだ。
山: それは意外と知られてへんのかもね。
武: グラフィティはアメリカで文化として大爆発するのは確かだけど、最初は黒人よりも更に差別されてるヒスパニック系の人たちが多かったらしい。つまり、「最底辺の人たちの抵抗・叫び・遊び」だったワケだ。
山: 「抵抗・叫び・遊び」っちゅうのが言葉から始まる、か。絵ではあかんかったんか?
武: 「無意味(=絵)を作る」ってものすごい時間的余裕がないとだからね。
山: 実際、壁や電車に無断で書くわけやから時間もないしな。バリー・マッギーの展示のビデオで、昔っからずっとグラフィティやってる人の絵が紹介されてたけど、あれもえらい簡単に描いてる絵で、確かに時間はかからなそうやな。
武: ひと目でそれが自分のだと分からせたいだろうし。短時間で、本人だと分かるオリジナリティーを出して、、、ってやってくうちにデザインが洗練されていった。。。
山: 匿名性はあるねんけど、無名とはちゃうねんな。
武: 仲間内では「誰か」は分かるんだよね。
山: なるほど。つまり「グループ」があるってことやな。
武: そうだよね。グループであるということも重要なポイントだよな。グループだと楽しいもんな。
山: 一人が見張り役で、何人かで描いて、みたいなね。「やったったぞ!」みたいな。もりあがるわな。一人で描いてるとそれはないからねー。
武: 実際、俺たちも新宿ではグループで描いてたし(最後は違うけど)。ストリートに立ち向かうとき、やっぱり一人だと心細いし、見る側もグループでやると、「あ、なんかやってる」って感じやすいし。
●ワタリウムの展示
山: で、展示はどうやった?
武: 展示自体はね、割とどうでもいい感じ(笑) というか、なんかやっぱ思い出すんだよな。東大駒場寮オブスキュアとか、90年代だなあって感じを。
山: そうなんよな。僕もめっちゃ90年代を感じた。なんでやろ。
武: バリー・マッギーが純粋にストリートでやってたのが90年代までだからなんじゃないかなって思った。
山: 今はもう描いてないんかな。ストリートでは。
武: それがよく分からないんだけど、なんかのインタビューでは「今は毎日スタジオワーク」ってなこと書いてあった。
山: まあ売れるんやろうしな。「抵抗(レジスタンス)」がなくなったということか(笑
武: なんつか、展示というのかインスタレーションっていうのか、見せ方の質は高くないっていうかね、素人臭い。そういうのも含めて90年代っぽい。重要なのは「行為」なんすよね、描き出された結果じゃなくて。そこらへんの感覚って、確かにばっちり俺にもあったし。
山: それは狙ってそうなってたんやろか。それとも、そうさせる何かがあったのか。
武: 単純にバリー・マッギーって展覧会慣れしてないんじゃないの(笑 そんなに「展示の質」に重き置いてないっていうか。「行為」が浮かび上がりさえすればいい、みたいなね。
山: それはあるかもな。いわゆる「美術」に興味がありそうな感じはしないし。
武: 作品一点一点がどうのってワケじゃないじゃん。あの平面構成みたいなのとか。モニタとデッキを乱雑に並べてみせちゃうインスタレーションとか、一生モニタとデッキを乱雑に並べたいアーティストじゃないでそ。一生平面構成描いてたい人じゃないでそ。
山: ま、そりゃそうやな。つまりは「絵」そのもので見せようとする人ではない、と。
武: 展示の要素要素がバラバラなんだよね、ドキュメントビデオ、倒れてる車と肩車してるライター達の立体、平面構成画、モニターインスタレート、スプレーしてるロボット、イラスト、タギング、ベニヤのインスタレート、ってね。都市空間・ストリートにはそういった雑多ものが、乱雑にあらかじめ備わってるワケだよ、その都市空間を自在に飛び跳ねてイラスト(キャラクター)と字(タグ)を書いてた、と。で、展示会場と言う虚無空間に、まず「あの雑多な都市らしさをここに浮かび上がらせたい」と思っちゃうんだろうね。そうすると、あういうミョーにシロートっぽい展示になる(笑
山: ま、雑多やからね。なんだかよくわからない。
武: なもんだから、ドキュメントとドキュメントビデオがもっとも見応えのある貴重な展示物となってしまうワケだよ。これは非常によく分かる(笑
山: 実際あのビデオを見に行った、って感じやったからな。
武: あれ、ビデオ観なかったら、都内の実際のストリートにあるグラフィティー見て回った方が、オモロイだんべよ。
山: そういうツアー作ればいいんやな(笑
武: ストリートってさ、だからデザイン化させて商品にするか、意味化させてドキュメントにするかしてやっと「形あるものとして」認識されるんだよな。
山: 向かいにあるビルの、彼らが描いた絵はおもしろかった。って絵が面白かったというより、ビデオで見た制作風景が面白かってんけどね。
武: そうなんだよ! だからね、結局「行為」なんだよね。ビデオ観なけりゃビルの絵は気が付かなかったかもだし(笑
山: でも僕はバリー・マッギーが描くキャラクター嫌いじゃないですね。キャラクターそのものはあんま好みではないけど、描き方が好きなんよなあ。
武: ビデオで筆使いとか観れたんは良かったね。ちゃんと細い筆でラインにこだわって書いてるって分かるし、スプレーの使い方も、マジックの動かし方も、身のこなしがなめらかだったもんな。あーあれはキャリアを積まないと出来ないなあって。そういうの観て初めて俺は「あー、この人(制作者として)信用出来るなあ」って思うんよね。
●やっぱ衝動だよね?
武: ところでね、70年代終わりからヒップホップカルチャーの一つとしてグラフィティーが広がるでそ。そのころ日本では「○○参上!」とか暴走族の落書きが流行ってたんだよね。
山: ああ。それってグラフィティからきてんのか。
武: いやね、俺は暴走族がヒップホップカルチャーを知ってたとは思えない。
山: そんな感じはするよな。
武: だって音楽は横浜銀蝿と松田聖子だよ。壁の落書きは「世界同時多発」なんじゃないのだろうか? なんて思ったりするんすよ。
山: あれ誰やったっけ。えーっと、バスキア。
武: キース・へリングもバスキアも80年代の香りがするが、やり始めたのは70年代後半ってことか。イギリスパンクロックムーブメントと同時期だ。バリー・マッギーはバスキアやへリングのように早死にはしてない。ってか今生きてる。
山: 死んだところでしゃーないからな(笑
武: バスキアって「うだつをあげたくてあげたくてしかたがなかった人」って印象なんす。バリー・マッギーはもうちょっと違うスタンスを感じるよね。アメリカンドリームより作業を愛したんじゃないだろうか、とか。まあ自己顕示欲がなければグラフィティなんてやらないだろうけどさ、
山: いや、むしろ自分はバスキアのようにはなれない、とか、グラフィティを真面目に考えたやつなんとちゃうか。
武: ふむー。
山: だからスライドで自分の作品より人の作品を紹介してしまう。
武: あれ、むしろグラフィティー研究者だよね(笑。ホントのグラフィティライターならリスキーにやって早死にするのが「正道」、みたいなのってあんのかな。スライドでは、60歳の現役グラフィティライターも紹介してたけど。
山: だからOBEYをすごい、って言ってた。< http://obeygiant.com/
>
本来バリバリのグラフィティライターでありたかったんやけど、そうできんかったんとちゃうの。死ぬ死なないとかやなしに。あ、展示のフライヤー見たら「80年代に対するノスタルジー」ってある。やっぱそうなんや。
武: なんで懐古趣味なんだろ(笑
山: その時代がグラフィティ全盛やったからやろ。
武: そうだよなあ。。。
山: 最近の人の「古き良きアメリカ」、ってな感じですか(笑
武: バリー・マッギーも今回展示で向かいの建物にタグ書いて顔のイラスト描いてるじゃないですか、ゲストとして呼ばれて。日本のグラフィティライターも都内のどっかの壁で呼ばれて描いてるんですよね。で、ヘブンズアーティストとかっていってストリート(主に大道芸だろうけど)アート許可証を都が発行して、その許可証をもらって「ストリート」とか言ってやってる。
山: ふむ。
武: それって、ホントに「グラフィティ」なん? それってホントに「ストリートアート」なん?
山: 形式なんよな。ジャンル。で、そもそもグラフィティの発生はヨーロッパで、なんだっけ
武: 「政治的・社会的スローガンを壁に書いたこと」
山: そうそう。そう言ってるけど実際ほんまにそうやったんか?
武: そんなん言ったら壁の落書きなんてアルタミラの洞窟からある訳でして。
山: 本来そういった事柄とは関係なしに、ホントの意味での「衝動」でしかなかったんとちゃうの?
武: なるほど!
山: そういった意味ではバスキアの方が「衝動」的な印象を受ける訳だ。キースへリングは知らんねんけど。
武: なるほど。
山: だからそういうのをマッギーもわかってて、そんなことできない、みたいなね。もうちょっと賢くなるわけや。でも衝動的な方がやっぱかっこええやん。だからノスタルジー(笑
武: はは。
山: でもバリー・マッギーはそこにすごく自覚的なような印象は受けるから嫌な感じはしない。僕の印象やけど。「メッチャいい展示やった!」とは思わへんけど、嫌な感じがしないですね。それもビデオがあったからやねんけど(笑
武: そうそう! ストリートは行為なんすよ。
山: 結論! ストリート志向の人はビデオを持ち歩きなさい!
●やはり身体性か?
武: 俺さ、ストリート出身だけど、
山: ほい
武: 今でもストリートにこだわってるワケじゃないんだよなあ。。。
山: あ、それでええんとちゃうか(笑
武: ストリートでやってた時の「あの感じ」を作品に内包しちゃいたいんだよね。「衝動」から「創造」へ、みたいな。
山: 絵描きがストリートである事が絶対的に必要なわけではないからな。武さんが経験してきたように、ストリート的「衝動」は外部のロジックに取り込まれやすいんでね。自分の立ち位置考えんとな。そう考えるとやっぱバスキアは徹底してていいよな。なんて思う。
武: あー、良いこと言うねー! 衝動は奪われてしまうんだよな。もってかれちゃうのよ。
山: ま、そうよな。
武: 奪われないようにするにはどうしたらいいかというと作品に封じ込める。けど作品も簡単に奪われてしう。だから作品を産み出す自分の身体に入れておく。そうすると作品は自分の身体からしか取り出せなくなる。誰にも奪われない。
山: 無造作に全てあげてしまうっちゅう手もありますよ(笑
武: ワハハ、確かに。でさ、どこかにアルチザン入ってる必要ってあるんさよ。
山: 身体性(笑
武: そうだねー。「脳はアルチスト、身体はアルチザン。」おっ! 決まったかな!!
山: 脳はアホ。体は病気持ち。
武: それ現実。
山: 酒飲みすぎ(笑 煙草吸い過ぎ(笑 女全然(笑 芸術・・・無駄作りすぎ(笑
武: 泣けてくるっす。。。
山: で、バリー・マッギーは偉い。何故か? 今も面相筆を持って、貴いかどうかもわからん、アートともなんとも知れぬ絵を描いている。それがどんな展覧会であろうとも。今の彼の社会的状況なんて知ったこっちゃないけど、描いてる姿を見せて、少なくともある絵描きに何かを思い起こさせた。それだけでもう意味がある。ただそれだけ。それ以外に意味あらへん。そんなとこやな。
武: ってことは「描く行為」の信頼感だけじゃない何かが他にあるということになるわな。
山: あたりまえやん。だって、僕は少なくともバリーマッギーを見て新宿で自分が描いていた事を思い出した訳だから。
武: ふむふむ、それだよな。
山: 次はヨーロッパのグラフィティアーティストも見てみたいもんです。
武: バンクシーですか。
山: 他にもおるかもしれん。メジャーじゃなくてもええけどね。
武: そうね。
山: ではそろそろ、〆の一句を
武: 「七夕や 男二人で へべのれけ」
山: 七夕やなくてもそうやん(笑
武: 俺と結婚してくれる女性は是非とも「武盾一郎の嫁希望」と書いてどっしどしメイル下さいっ!!!!
山: 天の川で溺れてしまえ!(笑
●バリー・マッギー展/ワタリウム美術館
< http://www.watarium.co.jp/exhibition/index.html
>
会期:6月2日(土)〜9月30日(日)11:00〜19:00 水曜日は21:00まで
休館日:月曜日(但し7月16日、9月17日、9月24日は開館)
入館料:大人1,000円 学生800円(25歳以下)期間中、何度も使えるパスポート制
会場:ワタリウム美術館(東京都渋谷区神宮前3-7-6)2階、3階、4階&野外展示
【武 盾一郎(たけ じゅんいちろう)/嫁に来ないか】
< http://iddy.jp/profile/Take_J/
>
< mailto:take.junichiro@gmail.com >
【山根康弘(やまね やすひろ)/現場主義者】
・SWAMP-PUBLICATION < http://swamp-publication.com/
>
・交換素描 < http://swamp-publication.com/drawing/
>
< mailto:yamane@swamp-publication.com >
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