ネタを訪ねて三万歩[58]ニュアンスの個人差と思い込みの恐怖
── 海津ヨシノリ ──

投稿:  著者:


仕事柄、曖昧な表現の塊と化した呪文合戦に明け暮れているわけですが、本当に何年もチームを組んでいるような人でないと、日本人同士であっても簡単なニュアンスですら正しく伝わりません。この困難で避けがたい壁は、余計な作業となって立ちはだかります。もちろん誰にでも立ちはだかる永遠の壁ですね。

例えば、知り合いが、郵便配達の係員からの「花子さんは(今お宅に)居ますか?」という質問を受け、「花子は(今は出かけていて家には)居ません」と応えたら、「花子(などという者はこの家には)は居ません」と誤解され、その日から花子さん宛の郵便物が届かなくなったそうです。もちろん不審に思って郵便局に問い合わせをして誤解は解けたそうですが、話し方やその時の雰囲気などで、本当にとんでもない誤解にすり替わってしまうことがあります。

少々脱線しますが、この方の家は娘さん夫婦との二世代同居で、それぞれの名字が違います。仮に鈴木さんと佐藤さんだとすると、花子さんトラブルの花子さんは鈴木花子さんなのですが、DMは居るはずのない佐藤花子さん宛にも同時に届くそうです。更には鈴本花子、左藤花子、佐東花子という宛名でも届くという話でした。もうムチャクチャな世界です。



昔、あるソフトメーカーのユーザー登録時に住所表記「東京都弥生区縄文8丁目6番地2号(これは例えの住所です)」を普段は「東京都弥生区縄文8-6-2」と記述していたのですが、どうでもいい案件であったので「東京都弥生区じょうもん8丁目6の2」と、ふざけて記載したら、その通りに住所表記を記述したDMが届きました。もちろんそのメーカーとはまったく関係のない業界から。かなり怖い現実ですが、年金のずさんな処理を知ってしまった後では、驚きもしません。

脱線ついでに私の年金の話。「海津宜則」なんて、どう考えても「海津宣則」「梅津宣則」のように間違いだらけでズタズタだと思っていました。更に、国民年金、厚生年金の切り替えを数回繰り返していたので完全に諦めていました。ところが年金記録書が届いてびっくり。ミスがゼロなのです。狐につままれているような感じです。もしかしてまだ夢の中なのでは......と。

ニュアンスの話に戻すと、似たような例で「いいよ」があります。発音や言い回しにより受け手は「いいよ(Yes)」と「いいよ(No)」のどちらにも解釈できてしまうからです。メールでは相手の表情が見えないので、特に注意が必要です。実は古くからの知り合いにこの無神経な表現をする人がいて困惑しているのですが、最近は怒る気にもならず受け流しています。

それからファーストフードなどでドリンクを頼むとき「サイズはどうなさいますか?」と、確認されますね。日本語の場合、これが混乱のドツボとなってしまいます。文字で書けば、「L」「M」「S」と特に問題はありません。ところが言葉にすると「エル」「エム」「エス」と全ての語頭が「エ」という母音始まりなのです。つまり滑舌が悪いと、サイズ指定は再確認の無限ループとなってしまいます。ですからスターバックスのように「ショート」「トール」「グランデ」「ベンティ」と、イタリア語混じりで区別した方がトラブルは少ないですね。

ちなみに「L」「M」「S」を正しく注文するには、語尾のほうを強調して「ル」「ム」「ス」と言えばトラブルは回避出来ます。そう考えると「大」「中」「小」は理に適っていると思います。それ「ムリ」と切り替えされるのは必至ですね。仕事だけでなく、日常の些細な事にも勘違いや誤解の元となるニュアンスのズレがあり過ぎます。一歩間違えると本当に大失敗してしまいます。

最近の私の失敗は、多摩美術大学の講義中に、ヨタ話という潤滑剤的なネタ(※ピタゴラスの定理)を重複してしまいました。数ヶ月前に既に話をしていたわけですが、一応なんとなく手前にいる学生に確認したものの、反応を曖昧に判断してしまった私の失敗。今年は特に色々とアクシデントが重なり、駿河台大学と多摩美術大学のどちらでも似た話をしている関係で、私自身がかなり混乱しているのかもしれません。突っ込みを入れてくれる学生には本当に感謝しています。

※幾何を使った謎解きと視覚マジック系のネタをセミナーなどでも利用しています。その中で一番気に入っているのがこのピタゴラスの定理の解説と、その次につづく謎の設問(具体的な部分は内緒)。

実は同じ週に駿河台大学で似たトラブル(※映画:ロストワールドのワンシーン)が発生してしまいました。さりとて「この日に話す事」を、しっかり管理するのは下書きを読み上げるようで意味がないですし......難しい問題です。取り敢えず私は、その日の講義で使うデータをフォルダーに整理し、あとはそれを見ながら細かい部分は即興で対処しているのですが、ついつい脱線してしまうわけです。私も生身ですからね。

※アーサー・コナン・ドイルが1912年に発表したSF小説『失われた世界』を元にした1925年のアメリカ映画で、ストップモーションの父と呼ばれたウィリス・オブライエンが特殊効果・技術監督を務めている無声SF映画の金字塔。なお、ウィリス・オブライエン46歳の時の作品『キング・コング』(1933年)を見た13歳のレイ・ハリーハウゼンは、ストップモーション・アニメーション映画の仕事についた話は有名。後の名作『シンドバッド七回目の冒険』(1958年)はウィリス・オブライエンがいたから生まれたようなものですね。

下書きの読み上げで思い出したのが、某メーカーのプレス発表会。昔の発表会では担当者のアドリブが炸裂し、参加していることが本当に楽しかったのに、今ではPowerPointのプレゼンを表示し、そこに記載されていることを一字一句間違えずに読む発表会に激変。しかも受け取る書類は、そのPowerPointのデータを正確にプリントアウトしただけのもの。これじゃ聞き手はドン引き。

それと同じことを学生に向かってやりたくないですからね。もちろん、授業なのでつまらないことも話さなくてはなりません。でも、1コマを受けた後に、トータルで何か頭の中に残ることを発したいといつも考えています。

そんな講義で一番反応がいいのが、実際の仕事での失敗談と実務的なノウハウ。当然だと思います。逆に馬鹿にされるのが自慢話と大風呂敷。もちろん私は、失敗談と実務的なノウハウ専門です。ただし、それすらも武勇伝のように話してしまうと逆効果なので注意が必要です。自分が意図していなくても、自慢話と受け取られてしまったら一巻の終わり。あとはひたすら嫌みなイメージが漂うだけです。こんな時、普段から横柄な態度を取り、立場の弱い者を見下していたり、自慢話を連発いるような人は致命的かもしれません。

----------------------------------------------------------------------
■今月のお気に入りミュージックと映画
"One After 909" by The Beatles in 1970

ネタとしては随分と旬を外してしまいましたが、Beatlesのデジタルリマスター版セットが出ましたね。喉から手が出るほど欲しいのですが、現在は本とDVDを色々と買いまくっており、それが一段落しないと手が出ません。そのうち安くなるでしょう。とにかく62年にデビューしたBeatlesは、私の人生に大きく影響しています。そして今も。とにかく曲にハズレがないことがスゴイです。弟と二人で「A Hard Day's Night」「Help!」「Let It Be」の3本立てを立ち見で頑張ったことを思い出しました。そして、はやく「Let It Be」のDVDがリリースされることを激しく願っています。

ところで、Beatlesと比較されるのがRolling Stones。彼らは相互に親交が深かったのは有名な話。還暦を過ぎてもスリムな体型を維持し、ファンのイメージを裏切らずに不良を演じきっている彼らのエンターティナーぶりには脱帽です。もちろん、私も好きな曲が沢山あります。ところが、不思議なことに調べて見ると、我が家にはRolling StonesのレコードもCDもまったくありません。これは学生の頃に嫌悪感を抱いていた友人(要するに嫌な奴)が、熱狂的なRolling Stonesファンであったことが無意識のうちに影響していたようです。そんなプチ悲劇を、誰もが持っているのではないでしょうか。
------------------------------------------------------------
"Monster House" by Gil Kenan in 2006(USA)
------------------------------------------------------------
■アップルストア銀座のセッション 11月16日(月)19時より
Apple Store GinzaにてMade on a Macとして画像処理セッション
『海津ヨシノリの画像処理テクニック講座Vol. 40 イラストレーション手法としてのPhotoshopのブラシ機能と、スタンプ処理の可能性。テクスチャー処理とブラシの関係及び、625万画素の版画処理について整理してみます。予約無用・参加無料・退席自由ですので、気軽に参加してください。
----------------------------------------------------------------------

【海津ヨシノリ】グラフィックデザイナー/イラストレーター
< http://www.kaizu.com
>
< http://kaizu-blog.blogspot.com
>
< http://web.me.com/kaizu
>

○クッキーは本当に作っているのですか?

学生から「クッキーは本当に作っているのですか?」と質問されることがあります。懐疑的に思うのも当然ですね。でも、それを裏切るように激しく作っているわけで、そのミスマッチを一番楽しんでいるのは私かもしれません。そして、これを続けていることで完全に私は下戸だと思われています。そもそも作った分だけ私が全て食べるわけでもなく、イメージ先行はちょっと怖いな〜と感じています。

実は、クッキーやケーキに関してのレシピ公開要望が多く届いています。特に非公開にする拘りや秘密主義でもないので、私は公開したいと考えていますが、整理している時間がなくダラダラと今に至っています。そのうちBlogで公開するように努力してみます。出来ればレシピ本を書いてみたいのですが、可能性は低いでしょうね。この世界には達人が掃いて捨てるほどおられますので。

とにかく、イメージを思い巡らすのは自由ですからね。私は最近、ケーキ持参でのワインパーティーとか、色々と不思議な集まりに参加するようになりました。もちろん怪しい集まりではありません。古くからの友人達とのヨタ話大会みたいな集まりです。甘みを控えた焼きケーキに、ワインや辛口の梅酒って結構いけますよ。しかし、こう書くと、毎晩飲み歩いているようにとられてしまいますね。文章表現は本当に難しいです。