歌う田舎者[07]ハッとして!Boo
── もみのこゆきと ──

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成人式も終わり、年末年始モードもすっかり消えた今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。......にもかかわらず、年末年始ネタを振ろうとするわたし。いいのだ。デジクリ的には今週まで松の内ということで。

年賀状が嫌いだ。いや、正確に言うと、年賀状の文面を考えるのが嫌いだ。「正月休みで"ムダだな?"と思う行為TOP10」なるものがネットニュースに出ていた。
< http://life-cdn.oricon.co.jp/news/71983.html
>

寝すぎる/テレビを観る/何もしない/帰省......などなど上がっているのだが、年賀状が入っていないのが不思議でならない。あ、年賀状は正月休みの前にやるべきことだから入っていないのか。

システムエンジニア時代は年末年始に一日しか休めないということが珍しくなかったものの、プロジェクト終了時に「ちっくと国外逃亡するがで。おまんら、ゴチャゴチャ云うがやったら、出るとこ出るけんどえいがか? わては鬼政の娘じゃき、なめたら、なめたらいかんぜよ!(※1)」と凄みつつ休暇届を出すことが可能だった。だから、その年に出かけた旅先の風景写真を適当に貼り付けてりゃ、それなりの年賀状ができたのだ。



しかし窓際事務員となった今、これができなくなってしまった。月曜や金曜に休むことは不文律により御法度となっているため、それを押して休むと、微妙に刺々しい雰囲気が漂う。これすなわち、2泊3日の韓国にも行けないということなのだ。もちろん2泊3日の浪花粉もん食い倒れツアーにも、2泊3日のカニ・ウニ食べ放題北海道ツアーにも、2泊3日の山形さくらんぼを食べ尽くす旅にも行けない。

わたしのストレスは、国境の向こう側でしか解消できないのだ。ポルトガルの田舎町を巡った最後の旅から幾星霜。パスポートに印鑑がもらえない日々を積み重ね、わたしの脳みそは発狂寸前である。♪ストレスが女をだめにする〜(※2)。許される旅は新婚旅行だけなので、誰かわたしと毎年偽装結婚してはくれまいか。

このような理由で年賀状に旅の写真が使えなくなったため、違うことを考えなければならなくなった。しかし、そこいらの年賀状テンプレートから無難なものを貼り付けた、誰の印象にも残らない年賀状を作るのは、森林資源の無駄遣いではないかと思うのだ。いっそ出すのを止めてしまおうと毎年決意しそうになるのだが、かと言って一通も出さないというわけにもいかぬ。よって年末年始は毎年パソコンに向かって頭をかきむしっているのだ。

そんなわけで、苦悩の末に出来上がった年賀状はこちら(mixiオンリー)。
< http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1379628955&owner_id=3402746
>
虚礼廃止! をスローガンに、年賀状の枚数を年々削減しているわたしではあるが、中には「私に年賀状を送らないことをしてください」と、わざわざmixiで宣言なさる方もおいでになる。しかし我が家の家訓は「人の嫌がることをする」なので、そのような方は真っ先に筆まめのアドレス帳に登録し、元旦に届くようにポストに投函するという嫌がらせをせねば、ご先祖様に申し開きができぬのだ。すみません永吉さん。

あぁ、それにしても昔は良かった(遠い目)。いにしえの外遊日記を紐解いてみると......。市制施行記念日でおまわりさんマラソンリレーが行われていた凍るモスクワ。「あちらのお客様からです」と赤ワインが運ばれてきたニューヨークのジャズバー。サハラ砂漠のまんなかで、ひたすらじゃがいもを剥いたチュニジアの夜(※3)。なぜか『美しい十代(※4)』をタクシーの運ちゃんにリピートで聞かされたペナン島。

1月に出かけた旅は熱帯モンスーンの国、タイ。ふっ......タイか......何もかも皆懐かしい...... by沖田艦長(※5)。あれはまだ一人旅など怖くてできず、パッケージツアーで出かけた女子4人旅だった。エレガントな思い出の一夜を♪あ〜な〜た〜に〜も〜 わけてあ〜げ〜たい〜 by明治チェルシー(※6)。

それは1999年1月のこと。黄金色に輝く天使の都、タイのバンコクに到着したのは、とっぷりと日が落ちた時刻だ。バンコクでの最初の食事は、定番の民族舞踊ディナーショーを眺めながらのタイ料理。タイ風レッドカレーやグリーンカレー、トムヤムクンの酸っぱ辛いスパイシーな味が胃袋に染み渡る。カレーはもちろんタイ米だ。

一昔前、日本で米が不作の年に輸入したタイ米を「不味い!」と、倉庫で放置プレイするというけしからん出来事があった。われら田舎者は「お百姓さんを泣かすようなことをしてはいかん!」という掟がDNAに金科玉条の如く刻みつけられている。今まで食べたものと多少食感が違うくらいで、食べ残すような極悪非道なことをしてはならないのだ。だいいち、ココナツミルクをベースにしたさらさらのタイカレーには、もっちりした日本米よりタイ米の方がおいしいではないか。国境を越えた喜びに「あぁ、これぞ外つ国の味よ......」と目頭を押さえ、あれもこれも食べ過ぎるわたしである。

翌日は、バンコク市内の観光ポイントを巡る。暁の寺やエメラルド寺院、王宮や迎賓館などを見学。水上マーケットで果物の王様ドリアンを買って食べるが、噂ほどの激烈な匂いはしない。お昼は飲茶だ。水晶餃子や焼豚肉まん、揚げたてパリパリの春巻きなど、美味すぎて再び食べ過ぎる。なんと云っても、わたしが世界で一番愛する料理は春巻きなのだ。これを腹いっぱい喰わずして、どの面さげて国に帰れと云うのだ。

午後はローズガーデンで象に乗り、夜はタイ風しゃぶしゃぶの食べ放題。タイ風しゃぶしゃぶは、豚肉やエビ、肉団子にワンタン、野菜を入れた鍋料理なのだが、鍋には大量の香菜(コリアンダー)が入っている。その匂いのせいで日本人は香菜が嫌いな人も多いがわたしは大好きだ。田舎のスーパーには売っていないので、家で栽培して喰らうくらい好きなのだ。ナンプラーベースの怪しいタレやスイートチリソースを付けて食べるのだが、このナンプラーも「くさい」と嫌がる人がいる。農学博士の小泉武夫先生も「くさいはうまい」と言っておられる。ありがたくひれ伏して喰うべし、喰うべし、喰うべし。......そしてみたび食べ過ぎる。

あぁ、まずいな。毎食毎食こんなに食べては体重が......。しかもわたしはもともと便秘気味なのだ。デリケートな体質であるからして、他人と同室という環境では一層出なくなる。うーむ......喰って喰って喰い過ぎて、そして出ない日々。妊婦に間違われやしないかと心配になって腹をさする2日目の夜。

3日目は免税店でショッピングのあと、世界遺産アユタヤ遺跡へ。バンパイン宮殿や、ビルマ軍に破壊された仏教遺跡を見学し、昼はタイ料理バイキング、夜はタイ風家庭料理。料理人が目の前で調理してくれる熱々の焼きそばの美味いこと。砕いたピーナツや桜海老、塩漬け大根やもやしを具に、米の麺と炒りつける。タマリンドジュースやライム果汁の甘酸っぱさがエキゾチックな味わいだ。

......で、あんた、食べ物のことばっかり書いてるけど、寺だの遺跡だのに関して蘊蓄披露とかないんですか? と言われそうだが、食べ物以外のことは覚えていないのだから仕方がない。

この日の食事の後は、タイ古式マッサージが組み入れられていた。このままマッサージを受けたら、体中の穴という穴から喰い過ぎた焼きそばが出そうなのだが、田舎者は貧乏性なのだ。目の前に提示されたせっかくの異国体験を放棄するというもったいないことをしては、ワンガリ・マータイ女史に顔向けできない。あーもったいないもったいない。

われら女子4人組は別室でパジャマに着替え、マッサージ室に案内された。広々としたその部屋は、すでに施術中の客が何人も横たわっている。指示された場所に座ると、一人ずつマッサージ担当のねえやがやってきた。小さなたらいにぬるま湯を張り、足を洗ったあと、足揉み・ツボ押し。それが終ったら次は全身だ。痛気持ちいい刺激を受けながら布団にうつぶせていると、だんだん体中の力が抜けて意識が遠のいてきた。あぁ、ふわふわと雲の上に浮かんでいるよう......。そしてマッサージ担当のねえやが力を込めて腰を押したその瞬間、静寂を破るあの音が......。

「ぶぅ〜」
〜ハッとして〜 ぶぅ〜っときて〜 パッと目覚める僕だから〜(※7)。

......ちょ、ちょ、ちょっと、歌はいいから。今のはなんですの? わたくしってことはありませんわよね。今の音って、俗に言う「お・な・ら」ってものではございませんこと? あら、いやだ、わたくし生まれてこのかた、「おなら」なんてしたことございませんわよ。いえ、それはわたくし、こちらに来てから食べるばかりで何も出していませんわよ。だからなんだって言うの? ちょっと、皆様、何故わたくしを見ていらっしゃるの? あら、そこのあなたもわたくしを見て笑ってらっしゃるわね。失礼ですわよ。ちょっと、どういうことかしら! お向かいの女子なんて、涙を流してお腹をかかえていますわ。ちょっと、そこのマッサージのねえや、わたくしがタイ語がわからないとでも思って、好き勝手な事言ってるんじゃないでしょうね。あら、そっちのねえやも笑い始めたわ。ちょっと、余計な事言わないでちょうだい! あら、笑い始めたねえやが別のねえやにも説明を始めたわ。伝言ゲームじゃないんだから。ちょっと、お止めなさいってば。聞こえないのかしら? このわたくしの言うことが聞けないっていうの? この野郎、それ以上しゃべるんじゃねぇ!。

.........なんてことをしてしまったの、わたし。もう.........もうお嫁になんて行けないわ。エレガントな旅に食べ過ぎは禁物だ。そして11年後の今、やはりわたしは嫁に行けていない。

※1「なめたらいかんぜよ(夏目雅子)」鬼龍院花子の生涯
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※2「ザ・ストレス」森高千里
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※3「チュニジアの夜」
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>(The Jazz Messengers)
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>(CHAKA KHAN)
※4「美しい十代」三田明
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※5「地球か......何もかも皆懐かしい(沖田十三)」宇宙戦艦ヤマト
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※6「明治チェルシーの唄」シモンズ
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※7「ハッとして!GOOD」田原俊彦
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「くさいはうまい」小泉武夫
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167679949/dgcrcom-22/
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ワンガリ・マータイ
< http://ja.wikipedia.org/w/index.php?oldid=29971987
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【もみのこ ゆきと】qkjgq410@yahoo.co.jp
働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。トルコでは生水のついたさくらんぼを食べ過ぎて、腹壊しました。