盆正月は、都会に出た田舎者が地元に戻って来る季節だ。東京に出たばかりの人間が、「アタクシ、もうあなたたちとは身分が違いますのよ。おーほほほほほ!!」とばかりに、高飛車高慢ちき発言をぶちかます季節でもある。
高校卒業後初めての同窓会でのこと。東京の大学に進学したA子が、食後の飲み物のオーダーを取りに来たウェイターにこう言った。
「アイミティーお願いします」
「え?」
「だからアイミティー」
そんなことも知らないの? と言いたげな視線を上から目線でウェイターに投げつけるA子を見て、地元に取り残された我々平民たちは、「いや、アイミティーの何たるかも存じ上げぬ店にお連れして、誠に申し訳ござりませなんだ」と平伏し、今や東京人とおなりあそばされたA子様を崇め奉り申し上げたのは、もう20年以上前の話である。
「あ、あ、あ、あのっ、A子様、それでその、アイミティーってのはいったい何様で?」卑屈な上目遣いで揉み手をしながら尋ねるわたしに「アイスミルクティーに決まってるじゃん。やっだー、常識よ!」とA子様がご教示くだされたので、「あ、あ、あ、あ、なるほど。アイスミルクティーのことでありますか。いや、これは失敬。田舎者の不作法にて、どうかお赦しを」と参加者一同、伏してお詫びした次第である。
もちろん純朴を絵に描いたような我々であるので、A子様が帰ったとたん「なんなんだよ、あの女」「こないだまで自分も田舎者だったくせによ」「気取ってんじゃねぇや」「いてこましたれ!」と罵詈雑言の集中砲火を浴びせ倒したなどということはないことはない。
加えて、我々残留平民は、心の中で「あの女、自分だけ東京でテレビドラマのヒロインみたいないい思いしてんじゃねぇだろうな」というドス黒い疑惑を腹の中に溜めていた。なんといっても、東京人になれば、なにか素敵な出来事やラブロマンスが自動的に降って来ると、根拠のない幻想を抱くのが田舎者というものなのだ。
高校卒業後初めての同窓会でのこと。東京の大学に進学したA子が、食後の飲み物のオーダーを取りに来たウェイターにこう言った。
「アイミティーお願いします」
「え?」
「だからアイミティー」
そんなことも知らないの? と言いたげな視線を上から目線でウェイターに投げつけるA子を見て、地元に取り残された我々平民たちは、「いや、アイミティーの何たるかも存じ上げぬ店にお連れして、誠に申し訳ござりませなんだ」と平伏し、今や東京人とおなりあそばされたA子様を崇め奉り申し上げたのは、もう20年以上前の話である。
「あ、あ、あ、あのっ、A子様、それでその、アイミティーってのはいったい何様で?」卑屈な上目遣いで揉み手をしながら尋ねるわたしに「アイスミルクティーに決まってるじゃん。やっだー、常識よ!」とA子様がご教示くだされたので、「あ、あ、あ、あ、なるほど。アイスミルクティーのことでありますか。いや、これは失敬。田舎者の不作法にて、どうかお赦しを」と参加者一同、伏してお詫びした次第である。
もちろん純朴を絵に描いたような我々であるので、A子様が帰ったとたん「なんなんだよ、あの女」「こないだまで自分も田舎者だったくせによ」「気取ってんじゃねぇや」「いてこましたれ!」と罵詈雑言の集中砲火を浴びせ倒したなどということはないことはない。
加えて、我々残留平民は、心の中で「あの女、自分だけ東京でテレビドラマのヒロインみたいないい思いしてんじゃねぇだろうな」というドス黒い疑惑を腹の中に溜めていた。なんといっても、東京人になれば、なにか素敵な出来事やラブロマンスが自動的に降って来ると、根拠のない幻想を抱くのが田舎者というものなのだ。
A子が今どこで何をしているかは知らないが、20年もたって、こんなところに登場しているとは思ってもいないだろう。女というものは、つまらんことをいつまでも覚えている生き物なのだよ。皆の者、心してかかりたまえ。
しかし、このアイミティーという単語。A子以外の人間から一度も聞いたことがないのだが、東京人はアイスミルクティーのことを本当にアイミティーと呼び習わしているのであろうか。ググってみても、渋谷のケニヤンというカフェの情報しか出てこないのであるが、未だに謎である。
さて、田舎者が東京人になる大きなチャンスは、進学と就職の2回ある。きらびやかな東京人になりたかったわたしは、もちろん東京の大学も受験したが、ことごとく不合格となり、就職試験で受けた東京の企業もことごとく落ちた。あぁ東京人になれたら、テレビの中の人々のように素敵な人生が待っているはずなのに、田舎者に生まれたばっかりに、わたしの人生台無しではござらんか。
──東京では誰もがラブストーリーの主人公になる──
古の月9ドラマ「東京ラブストーリー」のキャッチコピーであるが、そら見ろ。田舎者では誰もラブストーリーの主人公にはなれないのである。だいたいな、鈴木保奈美が標準語で「カンチ、セックスしよっ!」と言えばドラマになるかもしれないが、鹿児島弁で「カンチ、セックスすっがほい」と言ってもドラマになんかなりゃしねぇ。
【鹿児島弁講座】すっがほい
すっが→「なになにしよう」の、「しよう」に当たる。
「セックスしよっ!」の「しよ」の部分に該当。
例文:「飯にしよう」→「飯にすっが」/類似:「町に行こう」→「町に行っ
が」
ほい→勢いをつける接尾語。「セックスしよっ!」の「っ!」の部分に該当。
例文:「飯にすっがほい」「町に行っがほい」
おっかさん、なぜにわたしを田舎者として産んでくれたのだ。何も東京都港区民として産んでくれとか、東京都渋谷区民として産んでくれとか、そんなハードルの高いことを言っているのではない。東京都御蔵島村民でも東京都青ヶ島村民でも良かったのだ。いや、ひょっとするとこっちの方がハードル高いか?あぁ、しかしそのハイパーゴージャスな響き。"とうきょうと"。
♪そこーにいーけばー どんーな夢もー かーなーうとー いーうよー♪誰もみな行きたがるが遥かな世界。その国の名は東京都。そこに行けば、どんな田舎者でも東京ラブストーリーの主人公に......。
「ヒマラヤのてっぺんから電話したら迎えに来てくれる?」「迎えに行く!」「あったかいおでん持ってきてくれる?」「屋台ごと持ってく!」「ビートルズのコンサートをうちで開きたいって言ったら?」「連れてくる!」「ジョンはどうするの?」「俺が代わりに歌う!」「魔法を使って、この空に虹かけてって言ったら?」「それはできないかもしれないけど......」「じゃダメだ」「でも、魔法だったら使える」「どんな?」
そして永尾完治は赤名リカを抱きしめてキスをする。さすがだ。東京人になるとこんなことができるのだ。しかし鹿児島弁ではダメである。
「ヒマラヤんてっぺんから電話したら、むけめきっくるっけ?」「むけめいっど!」「あったかいおでんを持ってきっくるっけ?」「屋台ごと持っちっで!」「ビートルズのコンサートをあたいげぇで開きたいちゆったら?」「連れっくっで!」「ジョンはどげんすっとな?」「おいが代わりにうとで!」「魔法をつこっせえ、こん空に虹をかけっくいやいちゆったら?」「そいやできんかもしれんどん......」「ほいならやっせん」「じゃっどん、魔法じゃればつこがなっど」「どげな?」
これではドラマにならんのだ。ロマンスの神様は、流暢なる標準語に宿るのである。
東京人になれなかった残留平民の田舎者が、ラブストーリーの主人公になるチャンスは、出張で一時的に東京人になるときしか残されていない。もちろん標準語は必須要件である。しかし、わたしは来るべきラブロマンスの日々に備えて、標準語を鍛え抜いてきたのだ。ふふふふふふ......。テキストは「ベルサイユのばら・宝塚花組劇場中継サウンドトラック」だがな。
その成果は目覚ましく、システムエンジニア時代におつきあいのあった東京人には「え? 九州の方なんですか。全然訛りがないですね」と褒めそやされる毎日であった。だから標準語を話すことにかけては自信満々なのだ。ただし、テキストが宝塚なだけに、わたしが東京人になると、やや芝居がかった会話になってしまうのが難点である。
「あの......駅員さん、ここはいったいどこですの?」
「え? 茅場町ですけど」
「ここから大倉山へは、どうやって行けばよろしいの?」
「あー、日比谷線で中目黒まで行って、そこで東急東横に乗り換えですね」
「まぁ、あなたは本当に優しい方。この異国で見捨てられたわたしに、手を差し伸べてくれるのは、あなただけ......」
「い、異国? あ、そうそう、次の電車は日比谷線と東急東横の直通なんで、乗り換えなしで行けますよ」
「なんですって? そんな国防上の機密を、危険を冒して、わたしのために教えて下さるなんて......あなた、殺されるわ」
「は? いや、あの誰でも知ってますけど」
「これはきっと運命なのね」
「は? あの、直通電車、もうすぐ到着しますけど」
「なぜ、なぜ別れを口にするの。わたしたちはまだ巡り合って間もないのよ」
「わっ、わたしたちって」
「あぁ、なんて悲劇的なの。花火のように儚いうたかたの恋......」
「茅場町〜茅場町〜」
「来てしまったのね、最後の列車が......」
「いや、またすぐ来ますけど」
「必ず、必ず生きて帰って」
「なっ、何言ってるんですかっ」
「あなたがいない絶望の中で、わたしはどうやって生きていけばいいの......」
「ちょっ......放してくださいよ、お客さん。あぁ〜〜〜っ!! ほら、電車が出ます、出ますって!」
「行かなければならないのね......革命の嵐が吹き荒れるパリへ......」
「パ、パリ? 大倉山じゃないんですか? いや、いいからもう行って下さい」
「アデュー、永遠にさようなら。あなたのことは断頭台の露に消えても忘れませんわ」
アントワネットは電車から身を乗り出し、力の限りに手を振り続けた。これぞ正しい東京人である。
※「東京ラブストーリー」鈴木保奈美・織田裕二ほか
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005NJPR/dgcrcom-22/
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※「ガンダーラ」ゴダイゴ
< >
※「ヒマラヤのてっぺんから電話したら迎えに来てくれる?」
東京ラブストーリー
< >(4:00付近)
【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp
働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。ちなみに「すっがほい」は、基本的に男性が使う言葉なのであるが、わたしの中学時代の友人はガラの悪い人間が多く、女子でもフツーに使っていた。実際のところ、現在の鹿児島県人が話すのは鹿児島弁ではなく「からいも標準語」と呼ばれる言葉であり、文字に起こすと、あまり標準語との違いがないが、イントネーションは鹿児島弁である。
かつて、ローカルラジオ番組で、標準語・英語・鹿児島弁をオーストラリア人がレッスンしてくれる番組があった。これが意外とうまいのだ。音声も聞けるので、興味のある方はどうぞ。
「ヒリーのからいも英会話」
< http://www.cpi.mbc.co.jp/blog/maga/cat7/
>