歌う田舎者[29]暴力団専門家になるための必須条件
── もみのこゆきと ──

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買い物客でにぎわう年末の商店街。街角にある本屋の新書コーナーをふらついていたわたしの足が勝手に止まったのは、『暴力団』(溝口敦)という本の前である。帯には「世界一わかりやすい わるいやつらの基礎知識!」と書かれている。

ぱらぱらとめくってみると、暴力団対策法で指定暴力団とされている団体が列挙されているのであるが、地元薩摩藩の四代目小桜一家と、六代目山口組以外は、さっぱりわからぬ。「ほほー、22団体が指定されているのであるか。稲川会とか住吉会とか、そう言えば耳にはしたような......え? 会津小鉄会? 会津小鉄会って暴力団?」

ふっ......日本を支える頭脳とも呼ばれるクレバーなわたしであるが、このようなところに弱点があったとは......会津小鉄会って、"こてっちゃん"の製造メーカーじゃないんすか? え、違うの?マジで? Oh! No! わたしって、なんてお茶目なんでしょう!

そもそも会津小鉄会と名乗っているのに、福島じゃなく京都が本拠地であるとは、こはいかに。そのような記憶領域を撹乱するネーミングでは、皆々様にかような誤解を与えてもいたしかたなきこと。会津小鉄会の皆様におかれましては十分に反省していただきたい。

......あ、す、す、すいません。えぇとWikiってみると、一代目が会津藩中間部屋のご厄介になったあたりからの命名なんですね。えぇ、わかりました。わかりましたとも。す、すいませんすいません、許してつかぁさい。ふざけてるわけやないんです。あ、なにするんです、壊さんといて。うちの店がささらもさらになるやないですか。ちょっと、あんた、黙って見てんとなんとかしてぇな。



心配になって知人に尋ねてみた。
「ね、会津小鉄会って暴力団って知ってた? "こてっちゃん"じゃないの?」
「......は? あんたバカ?」
♪わたしバカよね〜おバカさんよね〜♪
日本を支える頭脳、地に堕ちる。

その"こてっちゃん"と言えばホルモンの代名詞であるが、ホルモンと言えば、映画『夏服のイブ』で、羽賀研二が松田聖子を口説くのに使ったイカした台詞が思い出される。「愛してるから抱きたくなるんじゃないのか? 俺のホルモンが君のホルモンを求めてるんだ。自然の法則だと思わないか」

いや、ぜんぜん思いませんけど。当時この映画を見ていた女子は、「あぁ〜ん、羽賀くんってステキ! キュン!」となったのであろうか。「俺のホルモン」「君のホルモン」っていったい何だ? センマイか? ミノか? これはイカした台詞というよりも、イカれた台詞ではないのか。

いやいや、それはさておき、会津小鉄会をホルモン屋だと思っているようでは、大人として超絶失格なのではあるまいか。これは一念発起、暴力団についての知識を深める必要がある。そのように考えたわたしは、本屋で『暴力団』を購入した帰り道、TSUTAYAで『仁義なき戦い』『極道の妻たち─惚れたら地獄─』『アウトレイジ』を借りて、暴力団専門家となる決意を固めた次第である。

そんな向学心に燃える新年のわたしであるが、暴力団専門家になるために必要不可欠なものが何か、皆さんご存じであろうか。

それは通勤バスの空席である。一流の専門家になるためには、寸暇を惜しんで勉学に励み、通勤バスの中と云えども本を開き、学びを深めねばならぬ。しかし電車と違ってバスの場合、常時前後左右に揺れている。でかいトートバッグが他人様の邪魔をせぬようコントロールしつつ、本を立ち読みするのは至難の業。あまつさえ、寄る年波を顧みず、ハイヒールで立ったまま読書などすると、車内で文字通り"よろめきマダム"となり、骨粗鬆症でポッキリ骨が折れるかもしれぬではないか。よって着席して勉学することが必要なのであるが、それを邪魔するたわけ者がおるのだ。

高校生である。ひとりで2席を占有し、携帯をいじる高校生なのである。昔の日記ならぬブログを紐解いてみたところ、腹立ちまぎれに高校生への怒りを炸裂させた日記が見つかった。かいつまんで紹介するとこのような感じである。

─もみのこの日記───

わたしが通勤するバスは、団地から下りてくる。比較的混みあう路線なので、わたしが乗車するバス停では座席はほぼ埋まっているのだが、その中に、どうにもムカつく女子高生がいる。

こいつは2席連席の窓際に座り、隣の空いている座席には、いつも学生カバンや教科書を置いているので、そこには誰も座れないのだ。婆さんが来ようと松葉杖の怪我人が来ようと、知らんぷりである。おいおいおい、おかーさんに教えてもらわなかったんすか、君。カバンは膝の上に置きなさいって。関取のように太っているわけでもないのに2人分席取りしているとは、いかなることであろうか。

どんな不良娘かと、ひそかに様子を盗み見ると、意外にもマジメそうな風貌である。しかし長い黒髪は無頓着に伸び放題で、あまり手入れをしているようでもない。スカート丈も学校の規定通りの膝下だ。靴下もこれ以上はないというくらいの学校専売品白ソックスである。こう言ってはなんだが、確実に"非モテ"の鈍くさい娘なのであろう。乗車中は脇目もふらず、ずっっっっっっと携帯メールをしている。回りのことには全く関心がないらしい。

うむむむ......こいつにムカっ腹立てている心の狭い奴はわたしだけなのか?と思っていたら、何人もの乗客が眉間に皺を寄せてその空席を見つめているのを目撃した。やはり、みなみなムカついているのである。

これは、そんな席取り女子高生と乗客との、空席を巡る戦いの記録である。

【女子高生と乗客の攻防 1】

わたしの次のバス停から乗車する推定年齢25歳のOL。いつも女子高生の席の近くに立っているのだが、乗車中ずっと腹立たしげに女子高生をガン見していた。そんな日々が続いたある日、25歳OLはついに行動に出た。乗り込んでくるなり、女子高生が置いているカバンの上に、自分のカバンをドカンと置いたのだ。

おぉ! ついにやったか! 周囲の乗客はワクワクして事の成り行きを見守った。しかし何も起こらなかった。女子高生は微動だにせず携帯メールを打ち続けていた。その後、何度か25歳OLは同じ行動に出たが、女子高生は蚊が止まった程度にも思っていないようであった。25歳OL玉砕。南無阿弥陀仏。

【女子高生と乗客の攻防2】

いつものように女子高生の隣にしか空席がない混雑したバス。そこに乗り込んできたのは余命幾許もないと思われるよぼよぼの爺さんだ。腰の曲がった爺さんは、混んだ車内を見渡し、女子高生の隣が空いていることを発見した。椅子の肩を掴みながらその席までよろよろと辿り着くと、そこには女子高生のカバンが置いてある。

しばらくそれを見つめていた爺さんは、いきなりカバンを掴み女子高生の膝に置いた。「あ」と女子高生は携帯を操作する手を止めた。爺さんは悠々と着席。やるな、爺さん! せやせや、いてコマしたれぃ!(ラ行は巻き舌で発音)。

これでさしもの鈍くさい女子高生も、自分がしていたことに気付くであろう......と期待した乗客は多かったに違いない。しかし、翌日も女子高生の席の隣にはカバンが置かれていた。爺さん玉砕。南無阿弥陀仏。

強い、強すぎるぞ、女子高生。しかし最近の教育はどないなっとるんや。制服と組章で、どこの高校の何年何組かはわかっとるんやぞ。教育委員会にタレこんだろか、ゴルァ!

────

そんな女子高生もいつしか卒業し、平和な日々が訪れたのも束の間、昨年の秋頃から再び席取り野郎が現れた。今度は男子高校生である。しかも4人だ。

えええぇぃっ! 貴様らいったいどういう了見であるか! 席取り男子高校生を観察すると、やはりどいつもこいつも携帯をいじっている。いつもわたしの目の前に座っている男子など、椅子からずり落ちそうなだらしない姿勢で座りつつ、イヤホンを耳に突っ込み、iPhoneをいじりまわしながら退屈そうに欠伸をしている。そして、2つほどバス停を過ぎたあたりで、iPhoneを自分撮りモードに変更して、髪の立ち上がり具合を細かくチェックしたあげく、「うーん、マンダム」的なポーズでナルシストムード全開である。

ほっほー、なるほど。自分撮りモードってのは鏡代わりに使えるんすね。さすが若ぇもんはiPhoneの使い方に習熟しておられる......とか感心してる場合じゃない。おいおい、おまえんとこ男子高だろう。そんなつまらんとこまでチェックしたって、女いねぇだろうが。おどれら、何やっとるんじゃ。それとも貴様、ガチホモか?

だいたい、飛行機だったら相撲取りクラスの人間が隣の席まで使って搭乗する場合、隣席の追加購入をせなならんのやぞ。カバンで隣席を占有しているおまえらも、同じやないのんか。あん?

関連記事【体の大きい乗客隣席に、フライト7時間を「立ちっ放し」】
< http://www.cnn.co.jp/usa/30004710.html
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薩摩藩交通局の電車・バスには、昨年からこういうステッカーが貼ってある。「赤字解消に向けて、年間あと2往復のご乗車をお願いします」そんな必要はない。席取り高校生の定期代を2倍にすれば一挙解決である。2倍支払った高校生については、周りの乗客に文句を言われたら「この2倍定期券が目に入らぬか、頭が高い。控えろ、控えおろ〜!」と叫べば誰も文句は言わない。

しこうして、かくなる結論につながるのである。

「立派な暴力団専門家を育成するためには、高校生の定期券代を2倍にする必要がある」

正月から斬新な学説を導き出すことができて、日本を支える頭脳としては誠に満足である。

※「暴力団」溝口敦
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106104342/dgcrcom-22/
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※「夏服のイブ」松田聖子
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※「心のこり」細川たかし
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【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。

「XX時XX分の○○線に乗ってくるおたくの高校の女子生徒、いったいどういう教育してるんですのっ! あんな言葉遣いの悪い女子生徒なんか見たことありませんっ。品のないっ!!」

そうだ。その女子高生はわたしだった。高校1年の1学期のことである。言い訳するわけではないが、中学時代のわたしの友人は、女子も男言葉を平気で使っていたので、世の中そんなもんだと思っていたのだ。

高校に入ってから言葉遣いの悪さで担任に呼ばれたときは「ちっ、何言ってやがんでぃ。そもそもこのガッコ、校風がバンカラ・尚武とか言ってるくせに、男らしくて何が悪ぃんだよ」と嘯いていたが、家庭科の先生に優しく諭され、生活指導担当に罵倒され、その上、バスの乗客のタレこみである。ふてくされたわたしは、高校1年の1学期、学校でほとんど口をきかなかった。

このクソババァ! わたしの青春を返せ! つーか、ジジィかもしれんが、タレこみなんかすんのはババァに決まっとる! わたしがババァになっても、そんな卑劣なクソババァには絶対ならんぞ!

......いたいけな15歳の夏の誓いである。そのため、卑劣なクソババァではなく、エレガントでビューティフルでキュートでコケティッシュな大人に成長したわたしとしては、傍らに人なきがごとき高校生を見ても、タレこむことができないのだ。せいぜい、バスから降りる高校生の後ろ姿を見つめ、キリキリと歯がみしながら、「降りたらこけろ!」「おまえなんか一生童貞のままでいろ!」と呪いをかけるくらいが堰の山なのである。