歌う田舎者[34]もてない日本の私
── もみのこゆきと ──

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4/19のデジクリ原稿「旅に出るスイッチが入ったと感じさせていただきます」
を送信したあと、柴田編集長からいただいたメールには、こう書いてあった。

 言い寄る南米の男たちには
 凛としたやまとなでしこでご対応ください
 それだけが心配だ......

ふふ、そうよ、そうよね。キュートでセクシーでゴージャスでビューティフルなあたくしを、天性の恋愛体質であるラテン男が放っておくはずないわ。
おーーーほっほっほっほ! 柴田編集長のメールを100万回くらい反芻しては高笑いしすぎて、もう少しで牛になるかと心配になったほどである。

しかしながら、せっかくご心配いただいたにもかかわらず、南米をふらついていた間、ラテン男に声をかけられたことなど、ただの一度もなかった。いや、正確には、メンドーサ(アルゼンチン)のバスターミナルで、安宿の客引きに声をかけられただけだったのである。なんたる屈辱!

かつて、イタリアの街を旅していた時には、陽気なラテン男が、あいさつ代わりのように声をかけてきたものだ。
「やぁ、シニョリーナ。どこから来たの? ヒュー!」
実話である。

ウィーンのブルク公園で声をかけてきた男は「日本から来たの? 街を案内してあげるよ」と囁き、小一時間一緒に散歩したあと、夕暮れのカフェでこう言った。

「君は本当の愛を知ってる?」
「え? 本当の愛ですって?」
「僕はまだ知らないんだ。本当の愛を探したいと思わないかい?」
男は潤んだ瞳でわたしを見つめたものだ。
♪ふたりを〜夕闇が〜包む〜この窓辺に〜♪
実話である。

プラハでは、コンサート会場で隣の席になったアメリカ人が、突然わたしの手を取り、こう言った。
「小さな指だ」
「まぁ、日本人の指はたいがい小さなものですわ」
「君の部屋に薔薇の花とワインを贈りたい。だからホテルの部屋番号を教えてくれないか」
男は燃える視線でわたしの瞳を捕えた。

♪ほ・の・お〜のよ〜に〜燃えよう〜よ〜 恋を〜する〜なら〜 愛するな・
ら・ば〜♪
実話である。




しかし、超絶英語ができるわたしであるからして、ひょっとすると「ボクノ部屋ニハ薔薇ノ花ガアリマス。部屋番号言エバ、ワインモ持ッテキテクレマス」
と、単にホテルのシステムを説明していただけかもしれないが、まぁそこは人生前向き、英語も前向きに解釈した方が幸せというものであろう。

チュニスの街角では「観光に行くんだったら、僕が連れてってあげるよ。シディ・ブ・サイドはもう行った? 白い壁とチュニジアンブルーの扉がきれいな街さ」と声をかけてきた男が、人懐こい笑顔でこう続けた。

「ぼくが日本に行ったら、君のうちに泊めてほしいんだ」
「んまぁ、いけませんわ。日本の良家の子女には、家に男性を泊めるなんて、そんな不埒な習慣はございませんことよ!」
「大丈夫、問題ない。君と僕が結婚すれば」
「なんですって!!」
「結婚しないか?」

実話である。
しかし、そのあと「そうすれば、ぼくは日本で出稼ぎができるよね」という発言がくっついていた気がするのは、空耳だったと思う。

そんなわけで、世界のあちこちで、言い寄る男をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、武勇伝には事欠かないわたしだったのだ。それなのに南米でのこの体たらく!

♪あのとき きーみはー わかかったー♪ そう、世界中で武勇伝を打ち立てていた頃、確かにわたしは若かった。しかし、それだけではない何かが、わたしを武勇伝から遠ざけているような気がするのだ。

いったい何がいけなかったというのだ......。スライドショーモードで南米の写真を改めて見直してみた。
「......え、誰ですか、このブス!」

カラフルなカミニートの街角を写した写真の一群に、それはあった。洗いっぱなしで爆発した髪にノーメイクの女が、だぶだぶのスウェットパーカによれよれのパンツといういでたちで、超イケメンラテン男とタンゴのポーズをキメている。

「だっ......誰よ、あんた!」
間違いなくわたしだ。
「いや、そんなはずはない!」
そんなはずもあんなはずも、どう見てもわたしである。

なぜだ! わたしはこんなにブスではなかったはずだ! 武勇伝を打ち立てたキュートでセクシーでゴージャスでビューティフルなわたしは、いったいどこに? そういえば、去年のゴールデンウィークに行ったベトナムでも武勇伝は打ち立てられなかったぞ。

うむむむ......よくよく振り返ってみると、どうやら武勇伝を打ち立てていたのはシステムエンジニア時代で、ブスになったのは窓際事務員になってからだということに思い至った。そうか。ブス分岐点はそこであったか。さもありなん。

世を忍ぶ仮の姿で窓際事務員をやっていた職場は、たいへんに古色蒼然としたところで、昭和30年代で時が止まっていた。昭和30年代と言えば、40代の女子(おなご)など、皆々寿退職して、職場にはいないはずなのである。よって殿方たちは、働く40代の女子の取り扱い方法がわからなかったようなのだ。

男でもないが、さりとて女でもなかろう。ひょっとすると人間でもないのではないか。なにやら「見てはいけない生き物」が突然目の前に現れたかのような戸惑いでいっぱいだったのだ。

「見てはいけない生き物」という属性が女子に付加されるとどうなるか。誰も見てないんだから、別になーんにもしなくていいよね......となるのは人間の佐賀鳥取島根である。

そして気が付けば、ランチタイム後の化粧直しは、あぶら取り紙で皮脂を抑えるのみ、ノーアクセサリー・ノーパヒューム・ノーマニキュア、通勤は連続同じ服。女子力を発揮するルーチンワークはすべて超簡易処理にダウングレードされたのである。もちろんダウングレードされた女子の動作保障およびサポートは、いかなる業者も承っておりません。

「ちょっと〜、もみのこさん。その口紅、最近買ったの? 似合ってない」
「やかましいわ。あんたこそ頭に寝ぐせ付いてるだろ」
「あのさ、ブラから肉がはみだしてるんだけど」
「ベルトの上に腹が乗ってるあんたに言われたくないわ」

システムエンジニア時代は、隣席の殿方とこのようなセクハラ会話を交わしていたものだが、このくらいのジャブの応酬がないと、女子成分はあっと言う間に干上がってしまうのである。

まったく40代で何が悪い! 文句あるならかかってこいっ! 返り打ちにしてくれるわ。そういえば、どこかにそういう失礼な国があったな。......そうだ、サウジアラビアだ。あの職場はサウジアラビアだったのだ。

ご存じの方もいらっしゃるやも知れぬが、サウジアラビアはイスラム教の戒律がまことにもって厳しき国にて、女子の単独旅など許されず、殿方の近親者を同伴しなければビザも出ないのである。

なんとなれば、女子は庇護しなければならないかよわい生き物でありながらも、殿方を堕落させる危険な生き物でもあるため、そこいらに野放しにしてはいかんのだ。しかしながら例外が設定されている。40歳以上の女性にはビザが出るのである。

おい、サウジアラビアよ。貴様、失敬ではないか。40歳以上の女は、かよわくもなければ殿方を堕落させることもできないと言いたいのか。40歳以上の女は、頭を丸めて木魚でも叩いてろってか?

かつて、中東への旅行パンフレットを見てそれを知ったわたしは、40歳になったら、「熟女の女子力を思い知れ!」のスローガンを掲げ、中東の平和のためにサウジアラビアに旅に出ようと考えていた。

必要とあらば、五月みどりや愛染恭子、あるいは昼下がりの団地妻あたりを招集して、熟女ハニートラップ隊を組織し、あちこちでハニーなテロ活動を行ってもよいだろう。♪おひまな〜ら〜きてよね〜 あたしさびしいの〜♪である。

身分の高い殿方を籠絡した方が、社会的な影響もより大きくなると考えられる。ならば王族クラスを誘惑し、第6夫人あたりに加えてもらおうではないか。「おぉ、妃よ、そなたは40歳であったか。いや、我が国の掟は間違っておった。それそれ近う寄れ」あぁ、さすればわたしは働かずしてオイルマネーで一生左団扇である。

このように、中東の平和のため命をかけようという崇高な思想に打たれた神様は、わたしの願いに手を貸してくださったのであろう。「そんなにサウジアラビアに行きたいなら、そのように取り計らって進ぜよう」

そして、薩摩藩のサウジアラビアに、わたしを御遣わしになったに相違ない。さすがは神様。ありがてぇありがてぇ。アッラー・アクバル、神は偉大なり......おい、ありがたくねぇよ! わたしが行きたかったのは本当のサウジアラビアであって、王様もいない薩摩藩のサウジアラビアじゃねぇ。おかげでラテン男が歯牙にもかけないブスになっちまったじゃねぇか。不本意だ。まことにもって不本意である。

そもそもラテン男というものは、ぷりんぷりんのおっぱいと、ぷりんぷりんのお尻でブイブイ言わせた女子でないと、対象にしない生き物なのである。南米でも、うら若き乙女たちは、ことごとく体の線が出るピチピチのお召し物を身につけておられた。

よって、爆発頭にノーメイク、だぶだぶよれよれな服の女子など、ラテン男からは一瞥もされないのだ。

「旅先にドライヤーなんて、重くてやってらんねぇよ。だいたい誰も見てねーし」とか、「全速力で走って逃げられる服でなきゃ、防犯上よくねぇだろ。だいたい誰も見てねーし」などと言っていては、ラテン男は一生言い寄ってこないのである。

あぁ、南米においてもわたしの背中には「見てはいけない生き物」のレッテルが貼られていたのであろう。口惜しや恨めしや。

世の殿方たちよ、心して聞くがよい。たまには隣の女子に「あれ? 髪型変えた?」くらいのジャブをぶちかましてくれ。でないと、女子というものは、いつのまにか「男でもないが、さりとて女でもなく、ひょっとすると人間でもない生き物」になってしまうのである。

「もてない日本の私」は、かくして出来あがったのであった。今後は南米での反省をもとに、殿方が言い寄ってこないと嘆くのではなく、こちらから言い寄ることを決意した次第である。

※「うるさい日本の私」中島義道
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※「君といつまでも」加山雄三
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※「恋をするなら」橋幸夫
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※「あの時君は若かった」ザ・スパイダース
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※「おひまなら来てね」五月みどり
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【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp
かつてはシステムエンジニア。その後、働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。現在、ひたすら貯金を食いつぶす失業者。

そういえばムハンマドの生涯を題材にした小説「悪魔の詩」を邦訳した学者は殺害されている。わー、イスラム原理主義者の皆さん、怒らないでください! これはわたくしの芸風というヤツでありまして、イスラム教に対して敵対意識のかけらも持っておりません。それでも許しがたいとおっしゃるならば、わが郷土の特産である黒豚狩りを行い、豚肉を忌避するみなさまの口に決して入らないように、わたくしがしゃぶしゃぶにしていただきます。どうかどうか御代官様、お赦しを!

ちなみに、Wikipediaによると、サウジアラビアにおける最新のビザ発給要件は、女性単独の場合、40歳以上から30歳以上に変更されております。これ、そこな女子。今や30歳以上の女もすでに女ではないのだよ。全員頭を丸めて尼寺へ行け!
Wikipedia:サウジアラビア
< http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%93%E3%82%A2
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