羽化の作法[10]「藝術行為をしてる感」の違い
── 武 盾一郎 ──

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1995年8月14日から、新宿西口地下道に絵を描き始めておよそ二か月、タケヲとヤマネと僕は、千葉県市川市の京葉道路脇にあるラブホテルの一室に住み込み、駐車場の長さ40メートルの壁に絵を描くことになった。

何を描くのかも決まってない。どのくらい時間がかかるかも分からない。

ラブホテルに到着すると、小柄でパンチパーマの「□□」さんが、やけに大きい高級乗用車で近所のホームセンターに連れて行ってくれた。そこでひとまずペンキと下地を買ってもらった。




◎制作ノート・10月24日より

タケヲ「有線で中島みゆきがかかった(アザミ嬢のララバイ) ヤマとイチは妙にはしゃいでいる。アホみたいだまったく……」

武「とにかく長丁場なのでいきなりテンションを燃やさずに、いいものを創りたい」

ヤマネ「今日の飯はうまかった。明日からの飯が心配だ。」

翌日、下地塗り作業にとりかかった。

◎制作ノート・10月25日より

武「朝、8時44分。晴れだ。僕らを励ますがごとく青空が広がっている。ああ、神さま僕に力を。」

ヤマネ「とにかく始める事ができてよかった。あとはやるのみである。」

タケヲ「作業着と安全靴を買ってもらった。1/3ほど下地フィーラーを塗った。右半分まだ掃除が残っている。はああガンバレ。」

●藝術価値の感じ方が違ってしまう体験

最初に壁面全体を黒地にしてその上に何かを描いていこう、ということになった。実際に描き始めてみると、壁全体を黒地にするだけで三日もかかった。

「締め切り日はとくに決めないで、一所懸命描くので出来上がったら終わりということにしてください」と頼んでいたが、このままじゃいつまでかかるか分かったもんじゃない。自分たちで締め切りを決めることにした。

何があるわけではなかったが「クリスマスはパーッと遊びたい!」という気持ちだけは強かったので、「クリスマス」を締め切り日と決め、ラブホテル側に伝えた。

ラブホテルの壁画は、駐車場に車が停まってるとその場所には描けない。土日は昼間から駐車場が埋まるので描きようがなく、また、満室のラブホテルで僕らにウロウロされても困る、ということもあって月〜金までの平日をラブホテルの壁画制作、土日が新宿の段ボールハウス絵画制作、ということになった。

新宿西口地下道と違って、太陽のもとで制作するのは新鮮だった。平日の昼間はそんなにお客さんもなく、車もなく、広々と制作スペースを確保して描けるのだ。そういう開放感に伴う喜びはあったけど、請け負った仕事としてクリスマスの締め切りまでに仕上げるプレッシャーも当然あった。

休みなしでとても忙しかったが、「絵とは自分を追い込んで描くものだ」と当時は思っていて、自分をギリギリに持って行ける状態を確保したかったのかも知れない。

ここでの共同生活・制作体験が、後に行くことになる東京大学駒場寮内「オブスキュアギャラリー」・「蟻天国」や、被災地神戸のテント村「しんげんち」などでの制作スタイルに繋がって行く。カッコ良く言えば「レジデンス」だが、「雑魚寝して制作」する共同生活・制作スタイルだ。

ラブホテルでは三人が四六時中一緒にいるので、新宿ではそれぞれが単独で絵を描くことが増えてきた。同一画面で互いに干渉し合うようなコラボレーションスタイルは、ラブホテルで毎日やっているわけだから、バランスをとるためにそうしていたのだと思う。

ラブホテル壁画の仕事で助かったのは、なんといっても新宿で描くペンキに不自由しなくなることだった。それまではお金を出し合って買っていた。みんなお金を持ってなかったので、どの色を買うかでずいぶんと苦労した。

ラブホテル用のペンキは一斗缶単位で注文する。そこから小分けにして新宿に持って行ける。ペンキの色も種類もこちらが決めて買ってもらえるのだ。これは信じられないほど嬉しかった。

「自分たちの所持金がなくても制作出来る」のだ。

お金があるところと繋がるっていいものだなあとつくづく思った。

ところで、ラブホテルの仕事を始めてひとつ気が付いたことがある。段ボールハウス絵画制作とは何かがすごく違うのだ。ラブホテル壁画は制作を支えてくれる有り難い仕事なのに、どうも「藝術行為をしてる感」が段ボールハウス絵画より乏しいのだ。

それは「自分の能動性や衝動に従い、お金のことなどをまるで考えないで行うのが藝術」であって、「請け負って生活を支える制作は藝術ではない」という体感だった。

仕事の生まれ方の違いで、捉え方が変わってしまうのだ。同じ絵を描く行為なのに。この「藝術価値の感じ方が違ってしまう体験」が「藝術とは何か」の基盤となった。これはその後の自分を大きく苦しめることになるのだが。。。

しかし当時はその分、新宿での制作に対して真摯になれたし、何より新宿西口地下道ダンボールハウス絵画制作は「自分が考える本当の藝術ってものを自分自身が実践できている」という実感が強くなったのだ。

●藝術はお金じゃないひとつのエピソード(かも知れない)

ラブホテルの仕事が終わってからの話。ギャラはいったん僕が会社からまとめて受け取った。タケヲ、ヤマネ、自分とピッタリ三等分にすることにした。だいたい一人十数万円くらい。

ところが、ギャラの受け渡しの時に、ヤマネは突然「それは受け取れない」と言いだしたのだった。会社からギャラを現金で受け取り、新宿で三人で打ち上がって飲んでる至福の場で。

居酒屋を出ると二十四時間のファミレス(か喫茶店)で僕とヤマネふたりで話し合うことにした。

ヤマネは「自分は力を出し切っていなかった」と言った。自分の納得する仕事ではなかったのだ「だからギャラはいらない」と。

僕は「そんなこと言わないで受け取れ」と言い返した。「俺たちは魂を削って本気で絵を描いてるじゃないか!」と。

「受け取らない」「受け取れ」のやり取りを繰り返し、最後は受け取らないヤマネに対して、僕が「ふざけんじゃねえ!」と号泣してキレながら殴りつけ、ヤマネも泣きながら歯向かい、喧嘩になってしまった。

店員が飛んできて「他のお客様の迷惑になりますから出て行ってください!」と、店からつまみ出された。

「てめえだって、命を削りながら描いたんだろ! 誇りを持って受け取れ!」と泣きながら怒鳴り、「受け取れねえよお!」って泣きながら返してくる。真夜中の新宿歌舞伎町の路上で二人の男がびーびー泣きながら殴り合う。新宿の真冬の夜はふけていった。(つづく)


【武 盾一郎(たけ じゅんいちろう)/脱皮中、かも】

[代官山アートラッシュ「猫展」2月22日まで]
「ネズミに恋したネコのタムちゃん」シリーズを出展してます
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埼玉県岩槻にある食堂カフェ・ラパンにて2月27日まで展示しております! 作品購入もできます!

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〈編集部から〉前回の「京王モールの地下通路は終電が終わると閉鎖される。翌朝、地下通路が開くまでの間、通路に段ボールハウスが建つ。」という表現は誤りでした。原稿整理の段階で間違えました。正しくは、こうなります。

京王モールの地下通路は終電が終わると閉鎖される。地下通路が閉まるまでの間、通路に段ボールハウスが建つ。(デジクリサイトではこう修正済み)

分かりやすく言うと、京王モールの地下通路は、地下鉄が動いてる間だけ段ボールハウスが建ち並びます。始発で地下通路のシャッターが開くと、わりと早めに通路には段ボールハウスが建てられます。終電でシャッターが下りる前にみな段ボールハウスをたたんで外に出ます。夜間は別の場所で段ボールハウスを建てて過ごすようです。一方、西口地下広場の段ボールハウスは通常の家屋のように定住型です。