新宿地下道に突如出現した「突起物オブジェ」に対して、何かアクションはできないだろうか? タケヲと僕は考えた。
「突起物に顔を描くのはどうかな?」「突起物に何かを被せるとか?」「ハニワを被せるのはどうだろう」「一人だと寂しいから二人にするとか」「じゃあ、核家族の親子にしよっか」「ひとりっ子がいいね」「ハニワ親子が食卓を囲んで食事してる風景てのはどうかな」……という感じでイメージを連鎖させながら作品像を話し合った。
なぜハニワなのか、なぜ家族の食卓なのか、これといったコンセプトや意味があったワケではないのだが、潜在的に段ボール村に「家族」を感じていたのだろう。イメージラフはこんな感じだ。
僕らの手法は「オートマティズム」で、コンセプトがあってから作品を作るのではなく、何かをきっかけにしてそこからイメージを増殖していくやり方を好んだ。
制作日記によると8月6日にはオブジェ作戦の準備を始めている。
●1996年8月11日(日)『路上ゲリライベント世界都恥博覧会』
突起物に対してアクションを起こしてるのは僕たちだけではなかった。野宿者支援活動をしてる稲葉剛さん( http://inabatsuyoshi.net/
)たちが中心となって野宿者排除の突起物に抗議する『世界都恥博覧会』という名前のイベントを企画した。
当時話題となった「東京都市博」をパロディにしたネーミングだ。場所は西口から都庁に抜けていく直線歩道、通称〈B通路〉、かつてズラーッと段ボールハウス長屋があった通路だ。
僕たちはそこでライブペインティングをすることにした。といっても、その頃はまだこれを「ライブペインティング」と呼ぶとも知らなかった。そこら辺にある段ボールをかき集め、路上に敷き詰めて即興でペンキで絵を描いてゆく。それが可能だったのは、オートマティックに絵を描いて来たからだろう。
ところで『世界都恥博覧会』の二日前、8月9日に酒井敦さんという写真・舞踏家の方が段ボール村にやって来た。日の出の森ゴミ処分場問題で反対運動が勃発し、そこにはアーティストたちも加わっている、という話を聞かせてくれた。
その時に『世界都恥博覧会』で路上ゲリライベントを11日にやるみたいだから、なんかする? みたいな話をした。
『世界都恥博覧会』当日。
僕らが敷き詰めて描いている段ボール路上絵に、独特な和風の衣装を身に纏った全身白塗りの酒井敦さんが踊りながら徐々に近づいてくる。
酒井さんの舞踏が僕らの描いてる段ボールの上に乗る。僕らは酒井さんの体に筆を走らせていく。すべて即興だ。
路上の脇には突起物が並び、それを打楽器にしてる人たちが増えていく。打楽器と掛け声のプリミティブな即興音楽、路上に敷き詰められた段ボールに描かれる絵、そして舞踏、渾然一体となった即興コラボレーションがしばらくのあいだ続いた。
迫川尚子さんの写真がある。
この『世界都恥博覧会』の模様を稲葉剛さんは1996年9月10日発行の『Peace Net News』102号の連載〈TOKYO路上日記〉に書いている。稲葉さんのコラムから『世界都恥博覧会』について言及してる部分を抜粋しよう。
文章に記されている「Jさん」とは僕のことである。なぜ「Jさん」と伏字にな
ってるのかは、後ほどに書くとして、以下引用。
──「動く歩道」が完成した日、私は新宿の先輩たちと共に「十三億円おめでとう!」というささやかなパフォーマンスを行った。しかし、歩道のヨコにポコポコと現れた「突起物」に対しても何かした方が良かろうということになり、八月十一日に「世界都恥博覧会」(略して、とちはく)を企画した。
野宿者を排除するためだけにつくられた「突起物」は世界に冠たる都市の恥、というわけだ。「都恥博」には多くのミュージシャンや舞踏家、それにJさんたちが「突起物」のある路上に集まり、それぞれの表現実践をおこなった。音楽と舞踏と絵画の個性がぶつかりあって、路上にすごい空間が現出した(ちょっと言葉では説明できない)。──
この『世界都恥博覧会』のイベントでグチャグチャに描いた段ボール路上絵を通称〈インフォメ前〉に移動して敷いた。そこから絵を描き起こして完成させることにしたのだ。
床に敷かれた僕たちの絵はかなり広く地下広場を占拠していたが、なぜか誰からも文句言われなかった。
路上に敷いたまま帰宅して、次の日またその絵に手を加えていった。
路上に敷かれた絵をそのまま踏んづけて行っても構わなかった。それも絵のうちだった。また、ペンキが乾いてないところを踏んだ人が、地下道に足跡を付けていくのも僕らの絵のうちだった。
こうして床に敷いた絵を描いていると、この絵を『新宿夏まつり』のステージのバック絵にしよう、とことになり8月18日(日)のまつり当日に向けて完成させる、というスケージュールが決まった。
●ホームレスの人たちのためのお祭り『新宿夏まつり』
『新宿夏まつり』とは、先ほど行ったゲリライベント『世界都恥博覧会』とは違って、新宿中央公園でちゃんと場所を借りて開催されている、ホームレスの人たちのためのお祭りである。96年で3回目だそうだ。
1996年8月17日(土)『新宿夏まつり』の前日。
僕は、新宿西口地下広場、通称〈インフォメ前〉の床に段ボールを敷き詰めて「新宿夏祭り」のステージ絵を制作していた。一方、タケヲは家で突起物に被せるオブジェを作っていた。
通称〈インフォメ前〉は『新宿夏まつり』の前夜祭になっていた。多くのホームレスの人たちが集まって「カラオケ」をやっていた。僕はそのすぐ側で絵を描き続けている。
そこに、ボランティアをしていた「石川さん」が話しかけてきた。
「カラオケやってるので何か歌いませんか!」
彼女は多分まだ大学生で、絵を描いてる僕らにも積極的に話しかけてくる黒髪が綺麗な女の子だ。熱心に新宿西口地下道に足を運んできていた。
僕が「自分は野宿支援者ではない、ただ絵を描いてるだけなんだ」と言うと、「私も」という感じで、支援の炊き出しなども積極的に手伝っていたりしたけど、支援者クラスター化してない単独行動的な感じの人だった。
彼女からの突然の前夜祭カラオケ参加の誘いに、絵を描きながら「うん、まあ、いいんじゃない」と生返事をした。
「武さん、尾崎豊とか知ってますか?」
僕は絵を見ながら「うん。実は高校の時大好きだったんだよ」と答えた。それは若干黒歴史をカミングアウトする気分でもあった。
彼女はぴょんとどこかに飛んで行ったかと思うと、また僕のところに戻ってきて「尾崎豊のI LOVE YOU 入れときましたから!歌ってくださいね〜」と言う。
「ええっ!?」
カラオケからは演歌を気持ち良さそうに歌っているおっちゃんの声が流れている。新宿西口地下広場の通称〈インフォメ前〉に広々と敷かれたブルーシート。ホームレスの人やボランティアの人たちが大勢座っていてカラオケ大会に興じている。
通行人は野宿者の権利を訴える段ボールの立て看を眺めたり、無関心に通り過ぎたりしている。その横に段ボールを敷いて僕は絵を描いている。そして、その周りには「段ボールハウス」が建ち並んでいる。新宿西口地下広場は広い。
演歌が流れていてもなんとなく馴染んでるが、尾崎豊は明らかに場違いな気がした。
「おいおいおい、ちょっと待ってくれよ!」と言う気分だったが、尾崎豊の I LOVE YOU のイントロが流れてしまった。人の前に出て、もう歌うしかない。
僕は尾崎豊の I LOVE YOU をあらん限りの力を込めて熱唱した。目を瞑って歌詞の世界に入り込み、全身全霊でマイクを握りしめた。
歌い終わって一礼すると、僕は下を向いたまま一直線に絵の方に戻り絵の続きを描いた。
そして、『新宿夏まつり』当日。
僕は新宿中央公園に出向き夏まつりを堪能した。僕らの絵が祭りの象徴としてステージの後ろにデカデカと掲げられている。ちょっとくすぐったいけど嬉しかった。一方タケヲは昨日と同様、家でハニワオブジェを作っていた。(つづく)
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