羽化の作法[39]拘留生活・その7 逮捕・拘留の総括
── 武 盾一郎 ──

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1996年8月19日に逮捕され、釈放されたのが9月9日。夏はもう終わっていた。人生初の逮捕、拘留体験だったのだが、後悔はしていない。しかし、もう二度と逮捕されるようなことはしないだろう。

僕はなぜこのようなことをしたのか?

まず「突起物」に対して僕はどう思ったのか。

段ボールハウスがひしめく場所に突然出現したのがあの「突起物」だ。

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1376404545737762



段ボールハウスに暮らす人たちのところで、絵を描いていた僕からすると、「人を人と思ってない」印象を受けた。

「突起物」を設置する側は「猫避けマット」を敷くように突起物を設置した感じだ。「設置される側の気持ち」を考えているとは思えない。

ところが、段ボール村の住人たちは「突起物」に怒りをぶつけることはなかった。「突起物」を暮らしに取り込んで活用していた。





倒れやすいものを立てかけて置いていたり、涼しいのか飲み物をおく場所にしていたり。コンパネを突起物に乗せて高床式にして寝ている人もいた。ホコリを被りにくかったりするのだろう。

そういった段ボールハウスの住人たちの「暮らしのクリエイティブ」は、痛快でワクワクさせられた。

自分だったら何が思いつくのだろう?

「突起物」は「これを使って作品を作りなさい」という「課題」を僕に与えているかのようだった。

●外側から内側へ

ここで突起物に絵を描くに到るまでの、僕のスタンスの変化を書こうと思う。

僕は野宿してる人たちの段ボールの家に、外側からやって来た。新宿西口地下広場に漂着した、と言ってもいいだろう。

正義を主張したかったわけではないし、ホームレスの人たちを代弁してるつもりでもない。ホームレス問題を解決に導きたかった訳でもない。

社会の中で上手できない自分を映し出す鏡のように、段ボールハウスとそこに住む人たちを見ていた。僕はただただ「共鳴」したのだ。

「うまくやれない人たちは、本人にも原因がある。なのでもっと上手に努力をすればいい」という物言いで、奪われてしまう「大切な何か」がある。

うまくやれない人は往々にして複雑な事情を抱えている。そして、そのコンプレックスを自覚できなかったりしている。

恵まれた人たちは学習もきちんとできて、一流と呼ばれてる大学にも入れて、一流と呼ばれてる会社に入れたり、社会の上の方に割とうまく行ける。

あたかも自ら望むように転がりはみ出して行く、複雑な事情を抱えた人の姿を見て、恵まれた人たちは「自業自得」と思うだろう。

何をやっても「はみ出さない」恵まれた人は、「はみ出す」ことを讃えるが、上手できずにはみ出てしまう人が「はみ出す力がある」などと讃えられることはない。

そのようなことが一杯積み重なってこの社会はできている。このどうにもならない理不尽さ。

僕は憤りと悲しみと不甲斐なさを絵にしてぶつけた。悔しくて、そして苦しかった。

しかし、自分は「ホームレス側」という訳でなく、かといって「いわゆる普通の社会人としての側」でもなく、その狭間に居た。境界線上に立っていた。どこにも居ない感じだった。

強制撤去以降、段ボールハウスが西口地下広場に密集して「村」の様相を呈して来た。コミュニティは徐々に膨れて、僕らを飲み込もうとしていた。

僕たち絵描きは徐々に、境界線上から段ボール村の内側になっていく感じがした。「どこにも属さないのが自分のアートの立ち位置」だと思っていたが、村に迎え入れられていく安堵があった。

そして、発生し成長して行く段ボール村コミュニティに興奮するのだった。

そこに現れた「突起物」を見たとき、自分はコミュニティの内側からの視点も獲得していた。

「プロテスト・メッセージ」ではなくて「シュールなギャグ」のようなもので応答したかった。突起物をちゃっかり活用する段ボール村の人たちのように。「猫避けマットの上で難なく気持ち良さげに寝てる野良猫」みたいなタフさのような。

「突起物」の意味に対抗すのではなく、意味を無効化させる作品を作ろうと思った。それが「ハニワの家族の食卓」だったのだ。

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1376923115685905



ハニワがよかったかどうかは分からないが、ハニワを思い付いてしまったのだから仕方がなかった。

●突進するしかなかった

ところで、段ボールハウス絵画の場合は、家主に許可を得ればよかった。では、「突起物」に何かを仕掛けるならば、どこに許可を取りに行けばいいのだろう?

東京都だろうか? で、許可は得られるだろうか? 無理っぽい。この場合、「無許可でやる」しかない。

「突起物」に何かを施したら逮捕されるのだろうか? 見つかったら逮捕されるんじゃないのかな? 

このくらいの認識だった。

がしかし、捕まる可能性がありそうなことを敢えてやるならば、当然ハラを括らなければならない。

そして行動への覚悟は、矛盾する以下のふたつを同時進行することになる。「絶対に捕まるようなヘマはしない(逃げる)」「捕まることを前提にやる(突進する)」

ハニワを設置してまず「逃げた」。それはうまく行った。しかし、ハニワはあっという間に撤去されてしまった。

ハニワ・オブジェは主にタケヲが制作していた。僕は新宿での制作をメインにした。手分けしていた。自分がハニワを主に作っていたら撤去されても「チェッ!」とひとこと言って寝てただろう。

仇を討ちたい。「突進する」しかなかった。

そしてその時、僕の脳裏をよぎっていた言葉はこれだ。


「男なら、危険をかえりみず、死ぬと分かっていても行動しなくてはならない時がある。負けると分かっていても戦わなくてはならない時がある」

負けが「勲章」になるならば、逮捕はアーティストとしての「勲章」になるだろう。なんの権威もない自分に、ダークサイドなものでもいいからハク付けさせたかった。

そんなものはイカサマだけど、イカサマでいい。

セックス・ピストルズが鳴り響く。


この生きづらい社会の大海原に唾を吐いてやる。『グレイト・ロックンロール・スウィンドル』、直訳すると「偉大なるロックンロール詐欺」、グレートなストリートアートのスウィンドルをやってやろうじゃないか、という気持ちでもあった。

テンションはパンクロック、ハートにはキャプテンハーロック。自分の中の「かっこいいイメージ」を纏った。

そして、僕は突起物へ突進する。一睡もせず酒を呑んでたのが、大いなる後押しとなっていた。つまり、「酔った勢いでヤッた」のである。

その結果がこれである。

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1376448472400036



そして、実際のところは、「突起物全てを顔で埋め尽くして初めて完成となるイメージだったが、道半ばで捕まっている」。

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1376438879067662



「威勢良く突進したが、留置所で生活していくと勢いは途端に萎えしぼんでいった」。そして、「苦しい苦しいと思いながらも留置所に順応していく自分がいて、同室の人に“タケちゃんここの暮らしを楽しんでるみたいじゃない?”と言われる」始末であった。

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1510284435683105



何に向かって闘っているのか、自分でも分からないままにタケヲや家族など身近な人に迷惑をかけ、脳内の自己イメージはカッコ良く、実際は諸々しょぼかった、のが逮捕・拘留のまとめである。

厄介なのはそれに対し、たいして後悔も反省もしていないところなのだ。

なんだか総括になってないが、このテキストを書くにあたって一番びっくりしたのは、釈放されて外に出ると、留置所の人たちが檻の窓から手を振ってくれていたのを、日記に記してあったことだった。

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1559676990743849



同室の人たちが僕を見送ってくれてた事実にウルウルしたが、それをちゃんと一コマ日記に記述していた自分にも驚いた。

釈放されてからまた慌ただしい毎日が続くのである。(つづく)


【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/タムちゃん絵本制作&リフォーム】
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