●神戸から来たオファー
1996年1月21日、強制撤去の直前の制作日記に一言「占い館の人間来る」と記述してある。これが神戸で占い館を経営しているYさんとの出会いだった。
阪神淡路大震災で被災し、立ち直ろうと頑張ってるYさんの気持ちと、段ボールハウスに必死に絵を描いている僕たちの姿が重なって元気を貰えた、とおっしゃってくれたのだ。
神戸で被災した人を励ますなんて思ってもいなかったので、「嬉しい!」というよりもピンと来なくて、「キョトン」という感じがした。
そして、八か月後、「神戸にもそのパワーを貰いたいので何か絵を描いてくれないか」というオファーが来たのである。
「ラブホテル」の次は「占い館」。またしてもちょっと変わったところから仕事の依頼だ。
「占い館の建物の壁が地震で崩れているので、そこに絵を描いて欲しい」とのことで、現場に行かなければならない。新幹線指定席と宿泊と食事、いわゆる「アゴアシマクラ」はすべて持って頂けるとのことで嬉しかった。
1996年10月5日(土)、僕とタケヲは神戸に行くことになった。
「久しぶりの新幹線に興奮して駅のホームで走る」、「窓際の席を取り合って揉める」、など子供のようにはしゃいで神戸に向かうのだが、結局のところ新幹線ではほとんど寝てしまったのである。
神戸に着いた。占い館の社長であるYさんは長身で体格が良く、若干禿げてはいたが童顔で、とても大らかな雰囲気の人だった。60代だったと思うのだが、とてもそうは見えない肌ツヤと表情だった。
店は二階にあり、上に続く階段が店の入り口である。そのエントランス全体を、月曜日までになんとかして欲しいとのことだった。
ラブホテルの壁画は二か月かかった。段ボールハウス絵画も二日で絵を仕上げるのは稀だった。ちゃんと描こうとしたら、時間があまりにも足りない。
ストリートで描いてるから、すぐにパパッと描けると思われていたのだろう。何をどうしたらいいか、みたいなところから考えるしかなかった。
こうなったら、二日描いて終わった時点で終わりにしよう。ライブペインティングのように。そして布を組み合わせた大きな面積の「旗」のような作品を作って、後で送ろう。ということになった。
この日はなんとか方針が決まったところで終了。
翌日。東急ハンズが神戸にもあることに感動しつつ、買い出しに行った。布選びに時間がかかったが、ペンキやその他の材料を買い、作業を開始した。
夜になり作業を終わらせると、Y社長は会員制の高級クラブに僕らを案内してくれた。広い空間に大きなテーブルとソファが、贅沢なスペースで並んでいる。
映画でしか見たことのないような店内に僕とタケヲはビビるのだった。
そこで何を食べて飲んだかは忘れてしまったが、社長の話のジャンルは覚えている。お酒を呑みだすと、社長は紳士的な立ち振る舞いで柔らかい語り口調のまま、驚くようなエロトークが繰り広げられたのだった。
段取りをしっかり組んで、一日で五人の女性を抱いてきた話や、今でも一週間以上(妻以外との)セックスの間隔を開けることはない、といった、かなり露骨なエロ話だった。
僕はエロ話の経験値があまり高くないので、どう反応していいかちょっと戸惑ってしまったが、おっとりとした話し方で、エグいエロ体験談を喋るコントラストに新鮮な驚きを感じていたのだった。
10月7日(月)、この日は一日壁画を制作し、夕方新幹線で帰る予定だ。
帰り際にY社長はペンキだらけの僕のパンツを見て、「ズボンを買ってあげるから気に入ったのを選びなさい」と洋服屋さんに連れて行って貰った。そこで僕は黒のベルボトムを買って貰い、それを穿いて新幹線に乗って帰る。
新幹線内でお酒を買い、ささやかな打ち上げをした。
旗はそのあと二週間くらいかけて作り、神戸の占い館に送った。
●写真展で段ボールハウスを製作
「旗」制作中の10月11日(金)カメラマンのPae so(ペソ)さんの個展の搬出があった。ペソさんとは写真週刊誌に逮捕の記事を掲載した人だ。
ペソさんは、新宿・コニカプラザでの個展の会場を、新宿西口地下道を再現するような展示にしたいというので、僕たちは、絵画が描かれた段ボールハウス一軒を製作しました。
被写体は新宿西口地下道の段ボールハウスの人たちがメインなので、地下道の現場を再現するような展示にしたい、とペソさんは考えたのでしょう。
段ボールハウスに毛布や鍋などの生活用品も加えて、ギャラリーの真ん中に設置しました。そして、そこで絵を描いている自分たちを模した『イチコ人形』と『タケヲ人形』をインスタレーションとして展示しました。
ペソさんは壁面には段ボール紙を貼り、その上に写真を展示していました。その壁のあいた部分に、僕たちはライブで絵を描いていくことになったのです。僕たちは写真展の背景として参加した、ということです。
その模様が雑誌に掲載されている。(「フライデー」か「フラッシュ」か「週刊朝日」か何の雑誌だか不明だが)
雑誌には「写真の後方で絵を壁に向かって絵を描いているのは、“ダンボールアーティスト”のタケさんたち。「西口のオッちゃんたちの家を一年前から100軒以上ペインティングした」という、埼玉県在住の二人組だ。」と紹介されている。
コニカプラザのギャラリーの控え室には冷蔵庫があり、「冷蔵庫の中のものは飲んでもいいよ」と言われた。冷蔵庫を開けると食べたことのない高級そうなアイスクリームが目に止まったので、それらをバクバクと頬張った。とても美味しかった。
後から聞くとアイスクリームは別で、それらはここに勤めている従業員の個人的キープのようだった。
壁面を埋めようと描き始めたのだが、ここで問題が起きた。「写真展をぶち壊してる」と、とある建築家の方から言われた、とのことなのである。
頭に来た僕はその建築家の連絡先を教えてもらい、連絡を取り、「どういうことか話を聞かせてもらおうじゃないか」と、事務所に殴り込みに出かけて行くのだった。(つづく)
【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/断捨離リフォーム中】
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