羽化の作法[108]現在編 その音楽は温かいか冷たいか?
── 武 盾一郎 ──

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もう6月だなんて信じられます? 
さて、今回はちょっと前々から気になってたけど、言葉にしてこなかったことを書いてみようと思います。

そうです。ノイズの温度・湿度の感覚についてです。みなさん、常日頃、疑問に思ってましたよね。





●ロックの温度

かなり昔になりますが、誰かが言っていて、ものすごくガッテンがいったことがあるんです。それはアイルランドのバンド「U2」のカッコ良さについてなんですけど、「気温が低い冷たい空気の音がする(からカッコ良い)」って言ったんです。それを聞いた時私は、「確かに!!!」と膝を叩くほどに直感的に納得したんですよ。とりあえずU2を一曲聴いてみてください! 

U2 - Pride(In The Name Of Love)


ウットリしますよねえ。いま聴いてみると、冷え切った空気が澄み渡る感じるというよりも、懐かしくて胸がほんわかと暖かくなってしまうのですが。。けど、あの時は「すごい! 確かにその通りだ!」って心底実感したのです。

ネットのない時代、洋楽の情報は主にテレビの「ベストヒットUSA」でした。あとラジオがありましたね。まだ見ぬ国からの音楽に、日本の歌謡曲にはない音を感じ、思いを馳せていました。今よりもずっとずっと、海外に対する空想が広がっていたのです。

この音楽に対する温度・湿度は、個人的な体験からくる感覚でしかないのでしょうか? それともなんらか普遍性があるのでしょうか?

まず、昔の音楽は温かく、最近の音楽は冷たくなる傾向があると思います。これは記憶の地層の奥にいくほどに温まっていくものなのか、それとも本当に昔の音楽には温かみが存在したのか、どちらなのか検証していきましょう!

ということで、往年の名曲『ジョニーBグッド』を聴いてみましょう。オリジナルは1959年です。

Chuck Berry - Johnny B. Goode


懐かしいですねえ。いや、生まれてないですけどね。やっぱりU2より温かい感じしますよね。

では、1985年、映画『バック・トゥ・ザ・ヒューチャー』でマーティ(マイケル・J・フォックス)が演奏する『ジョニー B グッド』を聴いてみましょう。ひんやりするのでしょうか?

Johnny B. Goode - Back to the Future (9/10) Movie CLIP (1985) HD


ギターとボーカルの音が、マイケル・J・フォックスの方が柔らかいというか、温かい感じがしてしまうのですが、どうですか?

ちなみにこの曲の面白いところは、ギターは8ビートなんだけどリズム隊がシャッフルで跳ねていて、リズムが混ざってしまっているところなんだと思うんですよね。

特にチャックベリーのギターソロに入る前に、ピアノのリズムが跳ねて連打してるのがすごく効いてる! この、つぶれた等間隔の8ビートのギターと跳ねてるドラム。これがジョニー B グッドなんですよ。

この曲はよくバンドがカバーしてるんですけど、全パートが普通にちゃんとした8ビートになってることが多くて、内心「ちげーよ!」って思ってしまうのです。しかし、映画『バック・トゥ・ザ・ヒューチャー』での『ジョニー B グッド』は、ドラムがちゃんとシャッフルしていて、すごく嬉しかった記憶があります。

『バック・トゥ・ザ・ヒューチャー』では、曲の後半でマーティが調子に乗ってギターソロを弾きまくってドン引きされるオチなのですが、この後半のギターソロがノイズ的で、私はとても好きだったのです。

といったところでなんと、BOØWYが演奏してる『ジョニーBグッド』らしき動画を発見!

BOOWY / JOHNNY B. GOODE(1984)


ボーカルは氷室京介さんっぽいし、ギターの音は布袋寅泰さんですよね?これ。うーむ、本物・・・? 貴重だ。8ビートで疾走していますね。うん。シャッフルしてなくても良いですよ(笑)

ボウイのジョニーBグッドを聴いた後にチャックベリーのを聴くと、なんか温かく感じます。8ビートよりもシャッフルしてる方が、音楽が温かくなるのでしょうかね。

さて、ここからが本題です。ここまでは、いわゆるロックという「楽曲」に温度を感じるか? を検証してきましたが、ノイズに温度を感じるか? に入っていこうと思います。

その前に「音楽」とはなにか、についてちょっと触れておきます。

●音楽とは?

私は【線譜】と名付けた音楽の線画を制作していますが、音楽といってもほとんどがノイズ、アンビエントなんです。ドレミという音階で構成された楽曲だけが音楽ではありません。むしろ、クラシック音楽から現代のポップスまでを含めたメロディが明確な人為的構造を持つ楽曲は、音楽のほんの一部でしかない、というのが私の音楽観です。

例えるならば、私たちが見て触って知っている「物質」が、宇宙全体からしたら5%しかないのと同じです。

http://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/xmass/pie
http://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/xmass/darkmatter.html


加えて、「聞こえない音楽」というが音楽の大半を占めているのです。聴こえない音楽とは古代ギリシアから生まれた音楽観で、音楽には三種類ある、というものです。このことについては何度か書いてるのですが、何度書いても良いと思うのでまた書きます。

1.ムーシカ・ムーンダーナ(宇宙の音楽:天球が発する音楽)
2.ムーシカ・フマーナ(人間の音楽:人体が発する聞こえない音楽)
3.ムーシカ・インストルメンターリス(器楽の音楽:人間が作る聞こえる音楽)

この3つの音楽のうち、人間に聞こえるのは「3」だけなんです。しかも「3」について、それ以外の音楽があると私は言いたいのです。

風に木々が揺れる音、川のせせらぎ、鳥の鳴き声、人間以外がつくる音も音楽です。そこに車の音、人々の足音や喋り声といった人間の出す非楽曲な音が混ざったとしても音楽です。

まとめるとこうなります。

「音楽」には「I.聞こえない音楽」と「II.聞こえる音楽」がある。「聞こえない音楽」には「I-1.ムーシカ・ムーンダーナ(宇宙の音楽:天球が発する音楽)」と「I-2.ムーシカ・フマーナ(人間の音楽:人体が発する聞こえない音楽)」がある。

「II.聞こえる音楽」には「II-1.人間以外が出す音楽」と「II-2.人間が出す音楽」がある。「II-2.人間が出す音楽」には「II-2-1.楽曲」と「II-2-2.非楽曲」があり、普段「音楽」と呼んでいるものは「II-2-1.楽曲」に限定されているのです。

私がノイズ・アンビエントと言った場合、「II-1.人間以外が出す音楽」と「II-2-2.非楽曲」を指します。

以上を踏まえてノイズミュージックの温度を感じる旅に出てみましょう!

●ノイズの温度

皆さんもそうだと思いますが、ノイズグループと聞いてまず思い浮かべるのはSPKですよね。早速一曲聞いてみましょう。

〈SPK〉
SPK - Despair


オーストラリアなんですよね。「インダストリアル」とか呼ばれています。リズムはしっかりあるんですよね。テクノっぽい感じの曲も多くあり、ノイズとテクノは同時に進化してきたことがよく分かります。この曲が入ってるアルバム『Leichenschrei』が1981年、YMOの『ライディーン』は1980年です。

ちょっと温かくて、モワッとした湿度もありそうな感じするんですけど、お酒にたとえると熱燗で、呑む瞬間に湯気がふわっと唇に当たる感じの温度と湿度ですが、どうでしたか?

ノイズはアルバム通して聞いた方が味わえますので、ぜひアルバムを通してお聞きください!

SPK - Leichenschrei(Full Album)


〈アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン〉

そして次は期待通り、やっぱりノイバウテンですよね。

Einstürzende Neubauten - Kollaps


西ベルリンなんですねえ。SPKと同様にリズムがあるんですよね。ノイバウテンといえば鉄板を打ち付ける「メタルパーカッション」なのですが、お金がなくてドラムセットを売ってしまったので、仕方なくそこらへんの鉄板の廃材を音源にしたのが始まりらしいです。

苦境によって表現が限定され、ひるがえって表現のイノベーションや個性が生まれる。これは多くのクリエイター、アーティストが体験してきたことだと思います。恵まれてさえいれば良いワケじゃあないところが、表現の面白いところなんですよね。それにしても、重くて暗い音楽にドイツ語の響きって合うのよねえ。

私はSPKよりもノイバウテンの方が温度が低く感じて、お酒に例えるとややぬる燗っぽいんですけど、どうでした?

なんとノイバウテン、今年ニューアルバムを出していますので紹介します。
Einstürzende Neubauten - Ten Grand Goldie(Official Video)


ところで、ノイズは海外にしかないのでしょうか? いいえ違います。むしろ日本の方がノイズ大国だと言っていいでしょう。しかも、かなり激しいノイズが目白押しなのです。

〈MASONNA〉

ではまずマゾンナをお聞きください。

MASONNA×最高音響2011 10 22@SUNSUI


絶叫と怒涛のノイズ、そして思わず釘付けになるほんの1〜2分のパフォーマンス。すごいですねえ。でも、現場に聴きに行く勇気はないかもですが。。。先ほどの海外の2グループと違って、リズムすらありません。とても抽象度の高い純度の高いノイズです。

全身を使った絶叫パフォーマンスなので、温度は高く感じそうですが、ノイバウテンのリズムの方が温かく感じます。マゾンナのノイズ抽象度の高さが、ひんやり感を出している感じです。

お酒にたとえると熱燗、といっても「ひとはだ」温度。ノイバウテンもぬる燗でほとんど同じなのですが、おちょこがノイバウテンよりひんやりしてる感じです。さらに、おちょこの中には細かい氷と火花が散りばめてあって、スパークして刺さるような冷たさと熱さがある感じです。

ちなみに、時代を遡って80年あたりでは、もっと危険なノイズのライブがありました。そう、あの有名なハナタラシです。

ハナタラシ


70年代後半から80年代前半、パンクとテクノとノイズは相補的に絡み合いながら進化します。70年代の「ロック」はハードロック、プログレッシブロックなどに進化しますが、「楽曲」のテイがしっかりしてるのです。ところが、ノイズはロックから離脱してしまうんですね。そこが「アート」っぽいんです。

この動画のハナタラシはパフォーマンスは過激なのですが、ちゃんとしたドラムセットを使ってるようです。ドラム缶やら物やらを投げてる音を重ねているのですが、バンド形態の痕跡もある。その後、ボアダムスなどの活動をしますが、リズムをとても大切にしていて楽曲的です。

The Boredoms -77BOADRUM


シャウトや破壊音のみ、といったリズムすらないノイズを継承し、純化していったのがマゾンナなのでしょうね。

リズムすらない純度の高いノイズの元祖といえば、皆さんご存知の「非常階段」です。

〈非常階段〉

非常階段 Hijokaidan - live in Shibuya, Tokyo 1987


多分、人によっては、単なる拷問でしかないかもしれません。私も昔は好んで聴いたり、またはこのような音楽を目指して音を出したりしていたのですが、今聴くと、やっぱり少し頭痛と目眩がしてきます。

しかし、どうも私には「純度の高い抽象画」に感じるのですよ。その感覚が自分にも不思議でならないのです。

温度はマゾンナより低めに感じます。割とクールです。お酒に例えると常温です。どう思いますか?

ここまでノイズの大御所、誰もが知ってる超メジャーなグループや人たちを紹介してきました。

え? 知らない? そんなことないと思うんですけどねえ。。。

ではですね、NHKの『あまちゃん』ならご存知ですよね。そのオープニング音楽で有名な、あの大友良英さんだったら知ってるでしょう。

〈大友良英〉

あまちゃんオープニング


大友さんはそもそもノイズの人なんです。1997年に一度だけコラボレーションしたことがあります。その時の動画がアップされてますので紹介します。

新宿夏まつり 1997. 8. 17(大友良英プロジェクトwith武盾一郎)


ちなみに、ステージバックの巨大な絵も私が描いております。ただ、この動画ではノイズが途切れ途切れになので、まとめて聞ける動画を紹介します。

Otomo Yoshihide guitar solo Tokyo 1994


なんでしょうねえ、リズムもない全編ギターノイズなんですが、優しいんですよねえ。。。あったかいんです。お酒に例えると、寒い冬にはんてんを着てコタツに入り、大きめのぐいのみに温かい日本酒をなみなみと注いで「んぐんぐ」と呑み干して胃の中までフワーッと温まるような、そんな感じしません?

以上、ノイズの温度について検証してきましたが、ノイズは総じて温かい感じがする。というのが私の印象だったのですが、いかがでしたでしょうか。

ノイズには子宮胎内にいた頃の音と共通する音が、たっぷりと含まれていそうです。また、森の中に入ると聞こえてくる鳥や虫たちのジージー、ギーギー音と超音波。多分、それらの音の成分が温かさと結び付いてるのではないかと私は考えています。

最後に名ギタリスト、デレクベイリーの名演奏を聞いて終わりにしたいと思います。最後までお読みいただきありがとうございました!

Derek Bailey


【武 盾一郎(たけ じゅんいちろう)/断酒152日目】

《ギャラリー13月世大使館》
6月27日(土)13〜15時、御予約開廊日があと一枠だけあります!
https://gabrielgabriela-jp.blogspot.com/2020/05/blog-post.html


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