エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[004]大阪商人は変装したスペイン人みたいだ アイワズボーン/松岡永子:超短編ナンバーズ

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◎大阪商人は変装したスペイン人みたいだ

そう言ったのは小泉八雲です。

「諸君は、日本の国を汽車や汽船に乗って旅行している時、しばらくその人とことばを交わしたあとでも、いっこうにどこの国の人だか生国の知れない紳士と、偶然知り合いになることがあるだろう。

その紳士は、新型の上等の洋服をたしなみよく着こなし、(中略)これが1896年型の大阪セールスマンの一つの典型であって、ふつうの小官吏などより、風采・容貌のはるかにまさっていること、まず王侯と従者くらいの相違がある。

おなじこの人物に、諸君が大阪で会うと、かれはおそらく和服を着ているだろう。それも、趣味の高尚な連中だけが心得ている、品のある着こなし方をしていて、どこか日本人というよりも、スペイン人かイタリア人が変装でもしているような様子に見えるにちがいない。」(『仏の畑の落穂他』恒文社・1975)



これを読んで、船場、北浜あたりへ行き(八雲が言っているのはたぶんこの辺の人のことでしょう)、周囲を見回してみましたが、それらしい人はいませんでした。まあ、変装したスペイン人もイタリア人も見たことがないから、確実なことは言えません。

八雲が来阪した目的は、寺社、特に四天王寺を見るため、だそうです。確かに、随筆には四天王寺さんのことが詳しく書かれています。雰囲気は今と似ています。彼が感銘を受けた五重塔をはじめ、建物の多くは戦災で焼けて建て替えられていますが、引導の鐘、亀井堂など、ああ、あそこに八雲がいたんだなあと思うと、なんとなくうれしいものです。

四天王寺さんと谷町筋を挟んで、一心寺さんがあります。

一心寺さんで見た、変わった形のお墓についても八雲は書いています。大きな円盤形の石を担いでいる力士の墓。はじめて見たとき、わたしは天邪鬼が鏡を掲げてるのかと思いました。

こっそり写真を撮りましたが、ブログにはあげませんでした。さすがにお墓なので(でもネットには、意外にたくさんの画像があがっています)。

四天王寺さんの石の鳥居や石舞台、一心寺さんの墓碑など、耐火性のものを除いて、八雲が見たもののほとんどは空襲で燃えてしまっています。

戦後、四天王寺さんはおそらく以前のものを忠実に復元しましたが、一心寺さんでは、建築家でもあるご住職によって、たいへんモダンなデザインの山門が建てられました。現代作家の手になる仁王さまも、仏像というより彫刻作品の趣です。

「仁王さん、いつまでも作りかけのままでできあがらへんねえ」とお年寄りなどは言っている、と教えてくれた人がありました。八雲が見たらなんと言うでしょうか。

ところで。

八雲が一心寺さんを訪れたときには既にあって、興味を持ちそうなのに書かれていないものがあります。

お骨仏。現在一心寺さんで最も有名な仏さまだと思います。

納骨された骨を使ってつくられ、現在では10年ごとに新しい仏さまの開眼供養が行われています。今年、2017年は14代目の仏さまがつくられる年で、前述の仁王さまの話をした人もそこに入りましたので、過日、彼の妹さんたちと一緒にお参りに行きました。

新しい仏さまは前方のお厨子にいらっしゃいました。予想よりもずいぶん色白で、小柄な仏さまでした。

これまでの仏さまはお堂の後ろの方、暗いところに並んでいらっしゃるので大きさがよくわからなかったのです。色が黒いのは、ずっと線香で燻されているからなんですね。お堂に納められる前、かなり近い位置で見たお骨仏さまは秀麗なお姿でした。

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◎アイワズボーン

「わたくしたちは何のために生まれてきたのでしょうか」

一瞬の沈黙。

「いや、失礼。さすが、若いねえ。というか、今どきの若者がそんなこと口に出して尋ねるとは思ってなかった」

年嵩のものがこっそり呟く。

「さっき女の子に、きもちわるぅい、って言われたのよ」

「色が黒くなる頃には落ち着くよ」

白い頬にかすかに赤みがのぼった気がした。

「そういうことではなく。毎日たくさんの方がいらして拝んでくださいますが、わたくしには皆さんをお救いする力はないのです」

「いいんじゃないの。仏っていうのはもともとそういうものだし」

「だいたい皆、願い事を叶えてほしくて来てるんじゃない。わたしたちのなかにいる家族や友人に会いに来てるのよ。そのためにつくられたんだから」

「つく『られた』。なるほど、アイワズボーンなのですね」

「我々の場合は受け身じゃなくて過去形だけどね」


【松岡永子】
nifatadumi@gmail.com
http://blog.goo.ne.jp/nifatadumi

「I was born」は吉野弘さんの有名な詩です。教科書にも載っていたのでご存じの方も多いかと思います。

以前、教師をしている知人が、授業で生徒から出た疑問を手紙に書いて送ったら、吉野さんから丁寧な返事が来た、と言っていました。筆、のみでなくいろいろ無精なわたしはあちこちに不義理をしています。見習いたいと、思ってはいます。