エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[50]今年の春はぼんやりしているうちに過ぎてゆきました 鬼ここめ
── 松岡永子 ──

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◎エッセイ「今年の春はぼんやりしているうちに過ぎてゆきました。」

今年は世の中が騒がしく、春の予定はほとんどキャンセルになってしまいました。恒例になっている篠山城の桜も、大阪造幣局の通り抜けも、信達宿の藤も、長谷寺の牡丹も。今年は見に行けませんでした。

とはいえうららかな良い季節。

スーパーに行くついでに少し遠回りして、お花見がてら散歩しました。我が家の近くには、植物園や博物館のある大きな公園があります。植物園も博物館も閉じていましたが、花は見事に咲いていました。学校が休みなので元気をもてあました子どもも走り回っていて、なんだか不思議にのどかな光景でした。

「国破れて山河あり」

唐突に、昔授業で習った詩を思い出してしまいました。

「国破れて」というのは「敗れて」ではない。勝敗ではなく、戦争という人為によって荒廃してしまった人の世と、それに関係なく存在する自然との対比だ、と教わった気がします。聞く人がいなくても樹の倒れる音がするのかどうかはわかりませんが、わたしが見なくても、今年も花は美しかったのでしょう。




◎超短編ストーリー「鬼ここめ」

ふたつめの駅を過ぎると町が見おろせる。この季節になると、公園の木々は桜だったとあらためて思い出す。

花はもう半分散ってしまった。地面が白い。枝に残った萼(がく)の紅色が目につくようになった。白い桜が散っていくのが好きだ。ただ白かった枝先が、花が散るにしたがって薄紅に染まってゆく。その色は日ごとに濃くなってゆく。

前に座っている女性の整えられた長い爪を見る。

わたしもあんなふうに指先を染めてみたいと思う。店先に並んだ色とりどりの小瓶を思ってみる。けれど、わたしには爪をのばすことができない。割れてしまうのだ。血が薄いせいだろうか、わたしの爪には白い半月がない。

春が終わろうとするころ、桜も指先をあかく染める。いつ春が来たのか。

いつが春だったのか、知らない。過ぎてゆくときだけ、わかる。昨日までが春だった。

あとの祭り。祭りのあとの祭り。さびしい夢のように賑やかだった。遠いざわめきの中でだれかに手をひかれていたように思う。白いほっそりした手。長い指、まっかに染まった爪。鬼の手。

もういいかい。もういいかい、とくりかえしても返事はない。鬼ばかりのかくれんぼ。鬼ごっこ。わたしが鬼だった。いつもいつも、いつまでも鬼だった。わたしには誰もつかまえることができない。わたしの爪はあかくない。たしかにわたしが鬼なのに。わたしの爪はあかくなかった。

あかは血の色、いのちの色。いのちを引き裂いて喰うものの色だ。

桜が指先をあかく染めるころ。爪と唇を血の色に染めたものたちが町にあふれ出す。


【松岡永子】
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