武&山根の展覧会レビュー「挿絵画家という社会的役回り」とは何か? という現代美術(その2)イリヤ・カバコフ『世界図鑑』絵本と原画
── 武 盾一郎&山根康弘 ──

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<2293号のつづき>


●ダーガーとカバコフ


山: そういったダメージ、変化のダイナミズムをカバコフはうまいこと作品化している。

武: よっぽどその崩壊が生活と無関係だったってことだろうな。観念と理想が崩壊したんですよ。

山: いやいや、崩壊そのものを生活として体験したんとちゃうかな。

武: なるほど。ただね、思うのはソ連時代も生活苦だった人たちはゴマンと居る訳で、ソ連が崩壊して更に生活苦になる訳じゃん。そういう場所には居なかったんだよね>カバコフ。

山: いや、最初はそこにいたみたいやで。食うや食わずのところに。小さい頃。

武: で、最高峰大学に入って、若くして仕事ゲットして、大成功して、20代で親に家を買って、ソ連が崩壊したとたんにニューヨークに移住して、現代美術作家としてブレイクして、今も元気。って凄いよね。


山: いーのではないでしょうか(笑)。

武: そうしよう。

山: っていうか、その事象だけを抜き出すとそうなんかもしらんけど、ま、それだけじゃないやろうしな。

ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で武: ある意味、ヘンリー・ダーガーと対極だね、イリヤカバコフ。
< https://bn.dgcr.com/archives/20070501140100.html
>

山: そうやね。

武: で、作品はどっちも素晴らしい!

山: 結局のところ作った物ではかられるわけで。


●個性・無個性、資本主義・社会主義


武: 冒頭文でカバコフは「私」ではなく「彼」、といったけどさ、カバコフに画風ってないんだよね。

山: そう言えばそうやね。

武: 言い得て妙。上手の極みとは思うけど。これぞカバコフタッチ! って感じはないじゃん。それは現代美術作家として活動してる場合の絵もそうだよね。徹底して画風がない。そこがなんか共感してたり……、いや違うな。絵を描くにあたって「画風」ってなんだ?

山: あれやね、内容が非常に「断片的」なんよね。

武: ん? もうちっとせつめいしてくれるかの。

山: 例えばトータルインスタレーションという一つのカバコフの流儀、「枠」があります。

武: そだね。

山: その「枠」が扱っているのはソ連、社会主義だったり、ま、いろいろあるんかも知らんが、強固にある。で、その「枠の中」で扱われている内容は非常に個別的、断片的な訳です。

武: かいつまんでみせた?

山: 一個一個が違うんですよ。様々な事象をその枠の中で見せる訳だ。

武: ふむ。

山: 全ての作品がそういうわけじゃないねんけど、そういう作り方の作品が多い気がする。

武: 現代美術ってさ、枠の設定の仕方の妙を競うってところもあるじゃん。挿絵って絵の領域と文字の領域を考えなきゃならない。でさ、たいがい絵はなんとなく端っこに置かれて文字が中央にあったりする、文字を囲むように絵がある。つまり絵は「周辺」だったりする。で、そのうちページの中にフレームを作り始める。ページ自体が与えられた枠なはずなのに、その枠の中にわざわざ枠を作り始める。そうして、そのフレームを利用して、外に出たりまたいでみたりとやり始める。枠の利用法が表現場所になる。

山: 枠の中にさらに枠を作るあの手法はカバコフ作品の常套手段のような感じやったな。

武: そうそう! カバコフの挿絵でいうと創作性で重要なのはそこのような気がする。枠の中に枠を作ればその枠で遊べる。枠の作り方が、創作性になっていく。で、現代美術。まさに枠の作り方が創作性だったりする。カバコフの場合、内容はもう旧ソ連作家というところで充分にあった。しかも、旧ソ連時代に枠の作り方をガンガン切磋琢磨していた。画風は無個性だけど、枠の作り方はものすごく個性的、というか、それがカバコフ。

山: それはある意味無個性であることを強要されたカバコフが救いを求めた地点であるかもしれんな。

武: そうかも知れない。「無個性であることを強要された」ってことは個人を無化させられてた、ってことだから、ヘンリーダーガーと一緒だね。

山: 社会主義国家の中での教育で、個性的であることが求められることはないやろうしな。

武: 建前ではどんな個性も国家に寄与する労働が存在する。現実は全く逆で。国家に準じる為にはいかなる個性も抹殺する。まあ、これは社会主義国家に対するイメージよ。

山: 僕も社会主義国家を知ってる訳ではないんではっきりわからんけど、そういうイメージはあるよな。

武: カバコフは「そのイメージが正しかったんです」という物言いなんだよね。僕らが社会主義国家に対して抱いたイメージが崩壊されないで、肯定される。しかも当事者において。このカラクリはもうちっと深く突っ込んだ方がいいんだけど、いかんせん俺も社会主義とかよく分からないし。例えば、同時代、ウォーホルも無個性な画風をココロザした。俺実はね、資本主義超大国アメリカも共産主義ソ連も、あの時代同じように「無個性」な画風をある意味強要、というか無個性っぽいのがリアリティーをがっつり持ったんじゃないだろうかって思うんだよね。製品っぽい格好良さ。というか製品っぽく振る舞う格好良さ。

山: そこを格好良さと捉えるか、大量消費主義社会における脱構築と捉えるか。捉え方によって感じ方は大幅に変わってくるけど、あるリアリティーは同じく持ってる。無個性であるということはやっぱり大量生産、大量消費が絡んでいる気はする。

武: そだね、科学、産業。

山: そういったものがほとんど一神教のように信奉されてる、あるいはされていたわけだ。

武: 大量生産、大量消費って言うと資本主義的な方角。国民労働者が平等にそれを持ち得るっていうと社会主義的な方角。

山: どちらにしても大量に作って大量に消費して大量にゴミになる訳で。無個性を強要しつつ、実際には個性を求めていたりする、というか個性はなくなりそうでなくならない、というのか。なんかよーわからんようになってきた。よくわからなくなってきたんでカバコフに戻りますが、カバコフは枠を設定してそのなかに様々な事象=個性をつめこむ。それは一つ一つを見ると直接は関係がなかったりする。

武: 枠の中に詰め込んでるのは「個性」じゃなくて「物語」なんだよ。

山: 物語が個性なんですよ。その一つ一つの物語が。ある個性を象徴している。

武: まあ、そだな。

山: だから物語そのものは非常に断片的だったりする。

武: そだね。

山: カバコフはそこからある普遍的事象を取り出そうとしているのかもしれないが、やっぱり断片的なんやろうな。

武: それをやり続けたからこそ、のカバコフなんだろうね。

山: 今回の展示でも、まあこの展示はカバコフのソ連という社会主義国家内の「お仕事」なんやけども、そこで多くの物語を挿絵画家として描き出してきた、と。それらをまとめて見せた。実はもうソ連という枠と言うよりも、カバコフという枠なんやけどね。で、無個性が個性に逆転しちゃう。


●ファック・ユー!


武: 展示でもう一つ。塗り絵コーナー。ぬり絵アルバムか。

山: あったあった。持って帰ってきた。まだ塗ってないけど(笑)。

武: 子供たちが塗ってましたからね。「ぬり絵アルバムには、ウサギ、キツネ、蝶、花、船など、絵本でおなじみのモチーフが使われている。だが、よく見るとかわいらしい絵のうしろには「ファック・ユー!」とでも訳されるロシア語の卑猥な隠語が隠されている」(笑)。

山: カバコフがかなり批判的に作ったあの塗り絵をそのまま何も考えずに塗ってしまう……、うーん暴力的だ(笑)。

武: 「ファック・ユー!」を親子でぬり絵。ほのぼの(笑)。日本語で言うとなんだろう?

山: 「死んじまえ」。

武: 「沢尻エリカ」。あー、ボケ具合で俺の勝ちかな。

山: ……なんかもうめんどくさい。

武: 眠いんでしょ。

山: 眠いですよ。

武: あーっ!

山: なんやねんな。

武: 焼酎切れた。

山: じゃあ終わりっちゅうことで! 酒も切れてチャットも終わるっちゅう話ですよ。

武: 酒の切れ目がチャットの切れ目。

山: そしたらさいならー! またお会いしましょう!

武: ういー。Zzzz....

山: あ、僕まだ酒たっぷりあるわ(笑)。


●展覧会評


武: ☆☆☆☆☆ 星五つ
カバコフのトータルインスタレーションとしてみると、社会主義ソ連という壮大な「物語」が浮かび上がってくる。

山: ☆☆☆☆ 星四つ
挿絵画家として数十年を生きたカバコフのこれらの仕事が、自身の芸術家としての創作に色濃く反映されていることがよくわかる展示。

【イリヤ・カバコフ「世界図鑑」絵本と原画】
< http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2007/kabakov/
>
会期:2007年9月15日(土)〜11月11日(日)9:30〜17:00(入館は16:30まで)
会場:神奈川県立近代美術館 葉山
休館日:10月22日(月)29日(月)11月5日(月)
観覧料:一般1,200円、20歳未満・学生1,050円、65歳以上600円

【武 盾一郎(たけ じゅんいちろう)/タケヤ・コバカフ】
< http://iddy.jp/profile/Take_J/
>
mailto:take.junichiro@gmail.com

【山根康弘(やまね やすひろ)/缶切りがない】
・SWAMP-PUBLICATION < http://swamp-publication.com/
>
・交換素描 < http://swamp-publication.com/drawing/
>
mailto:yamane@swamp-publication.com

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淡交社 2004-06

イリヤ・カバコフの芸術

by G-Tools , 2007/10/18