電網悠語:日々の想い[137]0から1、1から2、1から10
── 三井英樹 ──

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0から1を生み出す人がいる。1を2に、あるいは10にする人がいる。生産性とか効率性とかのキーワードのもとでは、これらは同じスキルのように扱われているように思う。

何かを生み出すという点では同じで、生み出された量とそれに費やした時間との関係性を論じる人たちには、同じものとして扱わないと面倒なのだろう。けれど、かなり違う。いや全然違うと言ってもいいかもしれない。アイデアを練る時と、アイデアを展開や拡張している時は、自分でも脳の違う部分を使っている気がする。

根拠は間食。私は食欲でストレスに対処するタイプで、ボリボリとお菓子をむさぼっているときは、何かしらのストレス下にある証。そして嫌々ネガティブストレスも、創造性を求められるポジティブストレスも、同じ対処法。とにかく食べて凌ぐ。短期決戦系ではチョコが必須。でも、アイデアがあった上での展開系作業のときは、あまり食欲に刺激が行かないようだ。淡々と作業を進めればいい場合は、食べてる時間さえ惜しいとも感じる。自分を観察する限り、必要とするものが異なるのだから、明確に別物なのだと思う。

自分の中に、「0から1」と「1から2」を生み出す別人格(大袈裟)があるように、組織の中でもそういう別働隊が必要だ。そして別働隊が存在し続けるためには、それぞれに適した評価軸が必要になる。「0から1」も「1から2」も、差分(増加分)は同じ1だが、それを生み出すコストは異なる。前者では、私が行うと少なくともチョコの分だけ割増し料金がかかる。

そして重要なのが、「0から1」を生み出す人がいなくなったら、その組織では創造的生産が止まってしまうという事実である。組織とは、自分でも、企業内チームでもいい。もちろんどこでも何でもネット社会になりつつあるので、最初の0が自組織内にある必要はない。起点はどこにあってもいいものかもしれない。でも自分発といえないのは、ちょっと淋しい。そう感じるのが、プロだと思うし、その意地にも似た感覚が最終的に踏ん張れる土台だと思う。




そして、1を0.5にするのが得意な人たちがいる。いわゆる劣化コピー。猿まね、なんちゃって○○ともいう。Webの世界にも横行している。どこをどう真似たらそうなるのか分からないけれど、でも目指したかった行き先か憧れ的ににじみ出るもの。でも、残念な形に落ち着いている。もう少し頑張ればいいのに。レベルも、「惜しい」から「意味不明」まで千差万別。

スキルの問題もあるけれど、無意識的な自己認識の勘違いも大きいように思う。0を1にする能力が、1を2にする能力と別なように、何かを知っているという状況と、それを使い切れるという状態とは別物だ。無意識劣化コピーの主犯は、憧れの対象を見つけて、それを自分でも作れると思い込んでしまった人たちなのではないだろうか。

筋肉などの構造を研究した人が、自分自身でその筋肉をあますことなく使いきり、世界最速で走れると勘違いするのに似ているのかもしれない。知っているのと、実行できるのとの間には明らかな壁がある。アスリートの世界なら常識的なことも、IT世界ではちょっと違う。何でもできることが優れていることで、そもそも分業を潔しとしない文化がある。できもしないことを、しようともしないで、偉そうに他人にさせることに陶酔する文化も根強い。で、丸投げを繰り返して劣化コピーを量産していく。責任感が減衰しているのだから、良いものができるはずがない。

でも、生産量を考えた場合、どちらも同じ「1」を生産しているように見えてしまう。そう、たとえ品質が半分でも。これらは、ネットの品質を測ることをサボってきたからなのだと思う。300円GIF画像でも、ウン万円画像でも、品質が同じであろうはずがない。でもそれを証明する手段はあまりない。その辺りの標準化にチャレンジしなかったことが、Webが犯した決定的なミスである。使い易さについての評価軸を置いてきぼりにしたことが、今になって様々な弊害を生んでいる。ただ、そこを置き去りにしたからこそ、この速度で発達できたのかもしれないが。


そしてもう1軸存在する。生み出されたものの価値の種類の差。品質だったりアイデアだったりという価値と、お金という経済的な価値。これらの関係が比例関係になっていないところに、苦労がある。品質がいかに良くても、アイデアがいかに良くても、経済的に豊かになれるとは限らない。むしろ、劣化コピーの方が出回っているように見えることを考えると、そっちの方が儲かっているのかもしれない。

オリジナルを生み出す方が、少なくとも調査や試行錯誤の時間(=コスト)がかかる。なのに報われないことが、しばしば起こる。アンフェアな世界だと思う。それでも、創造的活動は止まない。ネットの世界を見ていると、よくぞ出るなぁと強く思う。儲からずに苦労している実例の方が多いだろうに、それを検索/検出できないはずもなかろうに、とめどもなく湧きあがって来るようだ。

「0から1」も「1から2」も、それらがアイデアだけでなく経済的なものも全部含んだピースが揃った時に、イノベーションのスイッチが入るのかもしれない。愚痴ったり、ねたんだりする時点でそのレースから脱落しているのだろう。

だとしたら、やはり地道に進むのが王道であり、成功への主導線なのだろう。地道に0を1にし、1を2にし、2を10にする。それを繰り返す。その先には、ビジネス的な成功だけでなく、もっと人を幸せにするものが待っているはずだ。今生き残っていけそうなものは、技術的に優れているかというよりは、いかに便利か、いかに使えるか、が焦点になってきているように見えるから。情報が蔓延して、ようやくそこに至った感もある。先は長そうだ。精進精進。

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精進日記になりつつあるなぁ。
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