歌う田舎者[30]誰もバックしてはならぬ in 琉球王国
── もみのこゆきと ──

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はて、今月はデジクリに書くネタがないのだが、いかがいたそうか......おぉ、そうじゃ、そうであった。今月は琉球王国に仕事に行くのであった。とりあえず行けば何かが起こるであろう。なにしろ初体験であるからな、琉球王国は。吾輩は九州各県全て制覇済みなのであるが、琉球王国だけはまだ足を踏み入れたことがないのじゃ。

琉球王国というからには、一般的に考えられるハプニングは、おおよそ以下の
ようなものであろう。

●沖縄アクターズスクールにスカウトされて、安室奈美恵の腹違いの姉、安室浪江としてデビュー。腹違いとは、腹周りのサイズが違うことを意味する。
●第11管区海上保安本部の巡視船を強奪。尖閣諸島に近づく異国船を打ち払い、国民的英雄となる。
●前回のデジクリで暴力団専門家になる誓いを立てたからには、沖縄旭琉会と四代目旭琉会を統合し、レトルト中身汁製造の一大コンツェルンを組織。こてっちゃんで勢力を拡大する会津小鉄会と、ホルモン抗争を繰り広げる。

※前回のデジクリ【暴力団専門家になるための必須条件】↓
< https://bn.dgcr.com/archives/20120113140100.html
>

あんまりこてっちゃんこてっちゃん言ってると、本当の製造元エスフーズ株式会社から訴えられそうなので、蛇足ながら......こてっちゃんと会津小鉄会には何の関係もありません。多分。

ちなみに琉球王国初心者の吾輩は知らなかったのだが、中身汁とは、豚の内臓の短冊切りを具にした吸い物のことであるらしい。まぁ、どのハプニングが来てもよいぞ。受けて立とうではないか。ふぉふぉふぉ。

......しかしである。起こったのはいずれでもなかった。「琉球王国の民人たちよ、我が匠の技を見よ!」能ある鷹は爪を隠すと言われるが、初めて琉球王国に罷り越したからには、吾輩の類まれなる優れた能力をお見せしないわけにもいくまい。そのようなわけで、はからずも、しばらく封印していた匠の技を披露することと相成った。




おぉ、時節柄、BGMにバレンタイン・キッスも聞こえてきたではないか。
♪シャラララ 素敵にキッス シャラララ 柱にキッス シャラララ 歩道にキッス シャラララ 壁にもキッス♪

そう、できればキッスなるものは殿方に対して実行したいものである。しかしながら、なぜか吾輩の場合、柱や歩道や壁にばかりキッスしているとは、いかなる罰ゲームであろうか。しかも、それは車という鎧をまとっている時に起こるのである。すなわち、吾輩の類まれなる優れた能力とは、平たく言えば、車をぶつける能力なのであった。

さて、薩摩藩から琉球王国へ向かう飛行機は、吾輩の自家用機JACではなくANAである。「おぉぉ、6番搭乗口......ボーディングブリッジからの搭乗ではないか!」薩摩藩の空港は、11番搭乗口まではボーディングブリッジなのだが、12番搭乗口はタラップ搭乗である。ボーディングブリッジフェチとしては誠にもって喜ばしく、幸先のよい旅の始まりと言えよう。

しかしながら油断は禁物である。先日など、JACで奄美大島に行くのに、6番搭乗口に案内されたので「なんだよ、やりゃあできるじゃねぇか」と小躍りしていたら、ボーディングブリッジ半ばまで歩いたところで、地上に降りる階段が設置されており、そこから徒歩で飛行機に向かうという罠が待ち受けていた。

そのようなことをTwitterでつぶやいていたら、吾輩のタイムラインはこんなことに......。
★今度は梯子
★飛行機までバンジージャンプ
★消防署の滑り棒
★但しのぼり
★しかもサラダ油塗られてる
★途中に落とし穴

なんとしてもボーディングブリッジを使わずに旅立たせようという、フォロワーさんたちの愛が痛い。全く友達がいのない奴らばかりだ。しかしながら日頃の行いが良い吾輩、何者にも邪魔されず、ボーディングブリッジを渡りきる偉業を成し遂げ、機中の人となることができたのであった。

そして、はじめて降り立った那覇空港。「なんと立派な空港よのぅ。薩摩藩の数倍立派ではあるまいか。ここは羽田か?」。空港で立ち働く従業員には、半袖の人々もいる。国内線なのに免税店まである。プロ野球キャンプの旗が何本も翻るレンタカー送迎車両エリアから、予約していたマ○ダレンタカーの車に乗り込むと、送迎車両の運転手も半袖だ。

それにしても、吾輩の類まれなる優れた能力を鑑みるに、できうればレンタカーを使うという危険な行為は止めたいのであるが、ボスより指定された客先をすべて回るにはいたしかたない。任務を遂行できなければアラスカ送りの上、強制労働20年なのである。

1泊2日で車を予約したマ○ダレンタカーのフロント女子は、全員明るい茶髪につけまつげバサバサのきゃりーぱみゅぱみゅである。つけまつげも制服の一部なのであろう。

そのきゃりーぱみゅぱみゅが、「免責補償はどうされますかぁ。対物免責とか車両補償免責とかのお支払いが免除ですけど」と仰せになられたのだが、今月はあまりに貧乏だったため、「あっ、そーですね。えっと......いや、いいです」と、1,050円の金をケチったのであった。なんせ毎年2月は、年払いの生命保険に自動車の任意保険の支払いがあり、ただでさえ貧乏なのに、今年は車検も加わって、もうすこしでブラック金融に手を出しそうな極貧ぶりなのである。

手続きを終えたあと、さっそくカーナビを頼りに、那覇市、浦添市、豊見城市、糸満市、島尻郡と猛烈に走り回り、機密情報の入手に努めたわけであるが、ここに罠が待ち受けていた。電話番号をカーナビに入れてみたものの、どうしても辿りつけない客先が出てきたのだ。

約束の時間は既に20分過ぎている。どこだ、どこなんだ。お客に電話をすると、カーナビが示す道では辿りつけないので、山手側の道路に回らなければならないらしい。回ってみたものの、影も形も見つからないので、取りあえず路側に車を止めて再度電話をしていると、数10メートル先に道案内の看板が。「おぉ、あそこから入るのか!逆じゃねぇか」さっそくバックで車を切り返した。

ゴン!

は? ゴン! って何ですか。ゴン中山ですか、カルロス・ゴーンですか。今なんか音がしましたけど、気のせいですよね。いや、でもちょっとした衝撃があったような気もするんですけど。えぇ、ホントにちょっとした。えぇと......念のため、あくまでも念のため、ちょっと確かめてみた方がいいですよね。

うぬ! なんだ、この歩道は! 切り返した場所は、隣接する駐車場のために、歩道が車道に切り下げられている場所だったのだが、なぜか真ん中が一部切り下げられていなかったのだ。お前、最初からここにあったか? 吾輩がバックするのを見て、今、移動したんじゃないのか? 車を確認すると、後部バンパーの塗装がこすり取られ、ナンバープレートのあたりがへこんでいる。これは夢ですか幻ですか違いますか。

ちきしょー! なんということだ。どうやらボーディングブリッジを渡ったところで、旅の運を使いはたしてしまったに違いない。吾輩、今回レンタカーを使うということで、いつもなら最も安いクラスのホテルパックを取るのだが、旅行会社に「広大な駐車場があって、車を止めるのが難しくないホテル」を指定して、いつもより2ランク上のゴージャスなホテルパックを取る気の遣いようだったのである。にもかかわらず、このようなことになろうとは......あぁ、修理費用はいったいいくらかかるのだろうか。1,050円をケチるなど、全く貧すりゃ鈍すの典型である。

だからバックはイヤなんだよ、バックは。吾輩が車で事故るときは、いつもバックしているときなのだ。かつて奄美大島では、レンタカーを電信柱にぶつけて、リアウインドウを全て破壊するという暴虐ぶりを見せつけ、島の人々を震撼させたものだが、これもバックしている時であった。社用車で客先のビルの柱にぶつけたのも、自分の車を駐車場のブロック塀にぶつけたのもバックの時である。

だから何なんだ! そもそもバックなどという人生後ろ向きなことをやるなど卑怯者のやること。プッチーニも、かの有名な歌劇『トゥーランドット』の中で、「誰もバックしてはならぬ」と云っているではないか。ちょっと違うような気がする方々もあられるやもしれぬが、些細なことだ。気にするでない。とにかく、バックはダメなのだ。では、バックがダメなら正常位や松葉崩しならいいのかというお尋ねもあろうが、そのような質問は、清廉潔白清純無垢な吾輩としては意味がわかりません。

山口百恵曰く、交差点で隣の車がミラーこすったと怒鳴ってきたら、大声で「馬鹿にしないでよ。そっちのせいよ」と凄めば良いということである。歩道の馬鹿野郎が吾輩のバンパーをこすったわけであるから、事例に倣って、歩道の縁のコンクリートブロックに「馬鹿にしないでよ。そっちのせいよ」っていうと、「坊や、いったい何を教わってきたの」っていう。こだまでしょうか、いいえ、誰でも。

このまま知らないふりでホテル乗り捨てしちまえばいいのではないかという悪魔の囁きもあったが、そこは真実一路な吾輩、そのようなことをしては人生に拭い難い汚点を残すことになると、マ○ダレンタカーに自首することにした。

夕方は車を返すお客が多く、忙しそうである。カウンターから出てきたスポーツ刈りの兄ちゃんをつかまえ、おずおずと切りだした。

「す、す、すいません。あの〜、車ぶつけちゃったんです。申し訳ありません。えっと、ホテル乗り捨てなんで、車の修理費用とかのお支払いしなきゃいけない分を今精算したいんですけど」
「え、どこですか」
「はぁ、ここの後部バンパーのあたりなんですけど」
「あー、ちょっと待ってください」

スポーツ刈りの兄ちゃんは、傷の場所を確認して事務所の奥に消え、しばらくして、きゃりーぱみゅぱみゅを連れてきた。かくかくしかじか説明して、判断を仰いでいる。ほほぉ。スポーツ刈りの兄ちゃんよりも、きゃりーぱみゅぱみゅの方が偉いのであるな。

茶髪をかきあげ、車の傷跡をちらりと確認すると、きゃりーぱみゅぱみゅは宣言した。
「結構ですよぉ」
「は?」
「結構ですぅ」
「え......あのその、修理費用は」
「とくに必要ないです。そのままホテルで乗り捨ててくださーい」
それだけ言うと、くるりと踵を返し、スポーツ刈りの兄ちゃんを引き連れて事務所に戻って行った。

いいんですかマジですか! レンタカー費用に含まれていた基本の保険でカバーOKってことですかね。吾輩が薩摩藩に戻ってから請求したって、もう知らないよ!

あぁ、きゃりーぱみゅぱみゅ様、ありがとうごぜぇますだ。あなた様の大岡裁きに、感激のあまり、あっしは毎晩枕を濡らしております。貧乏な2月に、この上レンタカーの修理費用まで加わったら、女郎宿に身を売るしかないと思っておりました。えっ? 年齢制限がある? やかましいわ。

これから琉球王国に足を向けては寝られません。あっしもあなた様のような慈悲深い人間になれるよう、これからは毎日つけまつげを付け精進いたします。

以降、吾輩はどこに行くにも徹底的にバックしないことを念頭に運転している。どうしてもバックしなければならない場合は、クラクションを鳴らされようと、罵声を浴びようと、時速1mで走行し、世界平和に貢献している次第である。そして、いずれ「バックしない生き方 -決してうしろは振り返らない-」というベストセラーを出版し、左うちわで印税生活を送るつもりである。

※「バレンタイン・キッス」国生さゆり
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※「つけまつける」きゃりーぱみゅぱみゅ
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※プッチーニ作 歌劇トゥーランドットから
「誰も寝てはならぬ」ルチアーノ・パヴァロッティ
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※「プレイバックPart2」山口百恵
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※「こだまでしょうか、いいえ、誰でも」金子みすヾ詩集
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4863660995/dgcrcom-22/
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【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。

琉球王国では何を喰らふべきか? との問いに、twitter上ではステーキという声が多数だったため、ステーキ2回、沖縄そば2回が旅の飯であった。回った客先がご年配の方々ということもあり、数か所で「薩摩とはいろいろあったけどね」という発言が。

17世紀に島津氏が琉球に進攻して以降、琉球王国は独立国家の形態を取りながらも、薩摩藩への貢納を強いられた歴史のことを言っているのである。むむむ......確かに小学生の頃、そういうことを習った記憶があるなぁ。でも日頃意識することもなく、すっかり忘れていたのである。そういうわけで、旅の買い物は「やさしくまとめた沖縄の歴史」であった。
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