■ゾンビ映画かい
なにかがおかしい。そう思い始めたのは、12月のはじめ頃だった。
11月、バイデンが大統領選に勝利してから、急激にトランピアンが増えている。しかも日本で。今まで思ってもみなかったタイプの人たちが、日本製トランピアンになってしまっている。
まるで目にみえないウイルスに感染するように、ある日突然、知り合いが陰謀論に染まってしまっているのを知って驚愕する、ということが続いている。ゾンビ映画のように。それとも鬼に喰われた人が鬼になってしまうように。
わたしの身近な友人にはさいわい今のところ一人も「感染者」は出ていないが、数日前にも、直接知っている人が一人感染したと聞いて驚愕している。
ええっ、あんな人が? と思うような人が、急に、「選挙は不正だった」「民主党員は悪魔崇拝者で子どもを殺して食っている」「トランプとプーチンは自由世界の救世主だ」などと言い出す。えええ?
わたしのブログにも、トランピアンさんから「あんなにあからさまな不正を見過ごせるとは信じられません」というコメントがやってきた。
いったい何が起こっているのだろう。
■「わたしは真実を知っている」病
陰謀論者に共通しているのは、みんな、はんこでおしたように「マスメディア(および政府や官僚組織、その他のIT大企業など)は機能していない」「わたしは(あなたたちの知らない)真実を知っている」と、すぱっと断言すること。そこには一切のためらいも留保もない。
えっじゃあ、あなたはどこから情報を得ているんですか? と聞くと、怪しげなまとめサイトだったり、Qアノンが元ネタらしい奇妙奇天烈な持論を展開するユーチューバーだったり……。
彼らにしてみれば、その情報を「真実」だと受け取れないこちらのほうを、「情弱」だと思っているのだろうけれど。
なぜこの人たちはかくも簡単に、用意されている陰謀論にストンとはまりこみ、そこで提供される「真実」を信じてしまうんだろうか。
その姿にいちばんよく似ているのは、宗教に新しく入信した信者たちだろう。
あたらしい「真実」に目覚め、今まで知らなかった文脈にもとづいて世界を見ることができた特権に、そして、自分よりも大きなストーリーとコミュニティにつながることができたことに有頂天になり、陶酔のような喜びを感じている入信者たち。
その底には大きな不安があるのだろうと思う。
■トランプの言霊
トランプは、「嫌悪」を売るセールスマンだった。マスコミ、エリート官僚、移民、左派、知識人、民主党の政治家、さらには自分の言いなりにならない共和党政治家や元側近までも次々と敵認定し、毒に満ちた言葉で罵った。
「フェイクニュース」という言葉を、トランプは平均週に3回ツイートしていたという。断言を繰り返して、フォロワーたちに「マスメディアは完全に嘘」と刷り込んだ。
日本には「言霊」ということばがある。言葉そのものが力をもつという呪術的な考え方。これはある意味ほんとうだとわたしは思う。言葉は人の思考を律する装置だから。
言葉は心を作り、世界を作る。毒に満ちた言葉は、毒に満ちた心を作る。
トランプの毒々しい言葉に4年間さらされつづけたおかげで、アメリカの精神風土はひどく劣化し、分断が深まった。その最終結果が、1月6日にトランプの演説を聞いた後に議事堂に押しかけ、乱暴狼藉をはたらいたあの群衆だった。
1月6日、トランプが支持者の大群衆を前に語ったスピーチ(というより単なるデマゴーグ)のトランスクリプトを読んでいるだけで、気持ちが沈む。その言葉が政治家のものとしてあまりにも貧しく、ウソと人への中傷と攻撃と毒ばかりに満ちていて、むなしいからだ。
トランプは群衆に向かって、自分は勝ったのにこの選挙は盗まれたのだ、地獄のように戦わなければならない、弱腰の共和党員に大胆さを与えてやらねばならない、さあ議事堂へ行こう、と焚きつけた。
全文はこちら。
Donald Trump Speech “Save America” Rally Transcript January
https://www.rev.com/blog/transcripts/donald-trump-speech-save-america-rally-transcript-january-6
その結果、おそらく米国の黒歴史に残ること間違いなしの事件が起きた。
■1月6日に起きたこと
トランプが「負けなど絶対に認めないぞ〜! 地獄のように戦わねばならないのだ!」と気炎を上げていたころ、議事堂内では、選挙以来沈黙を保っていた共和党リーダーの一人で院内総務のミッチ・マコーネルが、泣きそうな顔で議員たちに語っていた。
「トランプ大統領はこの選挙が盗まれたと言い、さまざまな主張をしています。何十件もの裁判が全国で申し立てられましたが、それらの主張は退けられました。……私たちの前に、選挙結果を覆すほど大規模な違法行為があったことを示す証拠は何一つありません。……憲法が議会に付与している権限は限定されたものです。……私たちが負けた側からの単なる主張にもとづいて選挙結果を覆したら、私たちの民主主義は真っ逆さまに地に落ちることになります…」(抜粋、拙訳)
全文はこちら。
Mitch McConnell Senate Speech Transcript January 6:
Rejects Efforts to Overturn
Presidential Election Results
https://www.rev.com/blog/transcripts/mitch-mcconnell-senate-speech-on-election-confirmation-transcript-january-6
そしてトランプが最後の頼みの綱として、選挙人の投票結果を無視し、変えるように命令していたペンス副大統領も、文書で「わたしにはそんな権利はありません」と、大統領に従う意思がないことを発表していた。(ほんとうにそんな権利は副大統領にはないし、そんな依頼をすること自体、あなた頭は大丈夫ですか? と言われて当然の行為)
支持者を議事堂に向かわせ、自分はそそくさとホワイトハウスに戻った大統領は「ペンスには勇気がない!」と激おこツイート。
2時すぎ、大統領にアジテートされた群衆が議事堂に乱入し、警官に暴力をふるい、議員の事務所を荒らし、家具を壊し、床に放尿し、ガラスを割り、盗みを働いた。
暴徒の多くがわざわざ自分たちの行いを動画で記録していたために、その暴力の全貌が徐々に明らかになってきた。興奮した群衆が「STOP THE STEAL」(選挙を盗むな、というスローガン)だけでなく「ペンスを吊るせ!」と叫んでいるのも確認できて、背筋が寒くなる。
群衆が議事堂に押しかけ、手薄な警官たちが完全に圧倒されていったようすを、ニューヨークタイムズのインスタグラムアカウントが、いろいろな動画を時系列につないでコンパクトにまとめている。
また、『ニューヨーカー』誌の特派員が暴徒に混ざって議場に入り、彼らの行動をスマートフォンで記録した映像もつい先日公開された。この人たちがどういう烏合の衆なのかが如実に描写されていて、とても興味深い。
https://www.newyorker.com/news/video-dept/a-reporters-footage-from-inside-the-capitol-siege
■DISENFRANCHISED
4年間を通してトランプの罵り言葉に熱狂したのは、おもに非都会型の白人たちだった。
「DISENFRANCHISED(ディスエンフランチャイズド)」という言葉は「権利を奪われた、つながりを断ち切られた」という意味で、社会の中で当然受けるべき恩恵を受けられていない一群の人たちをさす。
黒人やヒスパニックなどのマイノリティは長年にわたり、白人ならば当たり前に享受できる権利にアクセスできないという意味でDISENFRANCHISEDだった。
現在では、非都市圏に住み、20世紀型の産業構造で恩恵を受けてきたけれど、グローバリゼーションとIT化によって仕事がなくなり、都会のエリートに軽くみられ、自分たちは割りを食ってばかりだ、と感じている白人たちも、DISENFRANCHISEDとみなされている。
トランプ支持者の中核のひとつがこの層で、女性やマイノリティの進出のおかげで自分の取り分を奪われたと感じ、怒りと呪詛を燃やす白人男性が目立つ。白人至上主義者の団体、「ファミリーヴァリュー」を至上とする戦闘的な福音派クリスチャン、独創的な陰謀論を次々繰り出すQアノンなど、さまざまなグループが寄り集まっている。
トランプはこうした人びとの不安と不満をかきたてる言葉をよく知っていて、彼らの聞きたい言葉をばらまいた。
特に民主党の女性議員に対するトランプの毒に満ちた罵詈雑言は熱狂的に受け入れられ、ナンシー・ペロシ下院議長、ヒラリー・クリントン、ミシガン州のホイットマー知事など、パワフルな女性政治家たちへの憎悪をあおった。
去年10月に起きた、極右白人男性6名によるホイットマー知事の誘拐未遂事件も、今月6日の議事堂襲撃でペロシ議長のオフィスが特に荒らされる目標になったのも、そんな憎悪がベースにある。
暴徒たちが口々に叫んでいた「STOP THE STEAL(盗みをやめろ!)」というのは、11月の開票以来、「選挙を盗まれた」と根拠なしに主張しつづけるトランプ陣営のスローガンだったが、おそらく、トランプ支持者たちが常に感じている、「自分たちの取り分や文化が不当に侵害され脅かされている」という被害者意識に強く響く言葉だったのだろう。
■日本のトランピアンたちの不安と恐怖
グローバリゼーションと都会のエリートや有色人種や女性の進出で、自分たちの世界を侵害されていると恐れ怒っている人たちがアメリカのトランプ支持者の中核なら、日本で急にトランプを支持しはじめた人たちは、どういうクラスターなんだろうか。
陰謀論でいっぱいのブログやYouTubeを覗いてみると、共通しているのは中国に対する嫌悪と恐怖だった。
中国に対して貿易戦争で強い態度をとったトランプなら、魔法のように中国を抑え込んでくれるに違いない、という期待を寄せている人がたいへん多いらしい。
この人たちが感じている不安は正しい。中国は元気いっぱいに21世紀の世界を牛耳ろうとしているし、日本は明らかにナンバーワンの座をもう何年も前に手放し、没落し続けている。
日本のトランプ支持者と米国のラストベルトの人びととの共通点は、失われた栄光と経済基盤への深い喪失感と不安、次の時代の覇者となりつつあるものに対する言いようのない嫌悪と恐怖……なのだろうか。
そうか、日本もついに置いてきぼりにされて恨む立場の国になっちゃったのか、と、なんだかしみじみ悲しく納得してしまった。
中国はたしかにものすごく勢いがある国で、リソースも分厚く、なにしろ人材が多く、なにしろ一党独裁国で人権など考慮する必要もなく、あらゆる障壁を排除できるので政府のフットワークも軽い。どう考えても、高齢化して硬直したシステムを抱える日本の勝てる相手ではないし、米国もきっと、だんだん中国の体力に勝てなくなっていくのだろう。
たしかに中国は脅威だし、間違っても理想的な政体ではない。「共産主義」を名乗りながら資本主義化した全体主義が、なにかにつけ決定に時間がかかる民主主義の国を上回る機動力を持つというのは皮肉なことだ。
でも、この潮流は、誰か一人の政治家が、ましてやトランプさんなどがなんとかできるような問題ではないし、トランプは日本のことなんか鼻毛ほども気にかけていない。そもそも自分に投票しなかった自国の国民さえも、敵認定している人なのだから。
■圧倒的な不信
陰謀論には、1)既存のシステムへの深い不信 2)魔術的思考 3)嫌悪と攻撃の発動という特徴があるようだ。そのすべてが、深い不安にもとづいているのだろうと思う。
陰謀論を語る人を観察すると、いくつかパターンがみえる。「マスコミは機能していません。リサーチしてみてください」というのがその一つ。(こういうことを言ってくる人は、「リサーチ」というのはマスメディア以外の場所で情報を見つけることだと思っている節があるようにみえる)。
わたしたちは誰もが、とても処理しきれない膨大な情報にさらされている。新技術が急激に状況を変え、世界情勢は複雑きわまりない。
みんなが顔見知りの村で一生を過ごしていた時代とは違って、世界をどう解釈しどう対処するかは一人ひとりの肩にかかっているうえに、変化の速度がむちゃくちゃ速い。これは重圧だ。
情報の多さと選択肢の多さに、誰もが圧倒される気分を味わっているはずだ。その中で、すっきり明確な答えと方向性を持ちたいと願うのは当然。
「マスコミは機能していない」と切り捨てれば、情報を断捨離することができ、状況をコントロールできている感覚が得られるだろう。理解はできるが、それはあまりに損だ。
世界各地の政治・社会・経済・軍事・文化の状況を、現地で詳細に把握し分析する。議員や官僚や専門家との継続的で直接的な接点を持ち、情報を聞き出す。最先端の科学やテクノロジーを解読する。……ジャーナリズムにはそういう機能がある。
報道機関では、数多くの記者やリサーチャーたちが、それぞれの分野での系統的な知識と基準にもとづいて報道をしている。
もちろん、どのメディアにも程度の差はあれバイアスはあるし、すべての記者が倫理を守るとは限らない。しかし、大多数の記者や執筆者、編集者たちは職業上の良心を持ち使命を感じて仕事をしているとわたしは信じるし、彼らの専門能力と知性、広範な知識を尊敬している。バイアスがあるからといって、そのエコシステムのすべてを否定して嘲笑する態度はばかげている。
科学や学術の世界では、査読システムが研究成果の質を担保している。多くの人間が相互にチェックしあい、基準とルールにもとづいて互いの仕事を認め合うことが、文明の基盤だ。
司法の世界も政治の世界も同じで、信条が大きく違っても、法にもとづいて議論するという大前提が社会にはある。これを政権末期のトランプは完全に無視して、自分が「こうであってほしい」と願う主張を現実だと言い張って押し通そうとした。
既存のシステムをまるで信用しないということは、つまり、人類一般を信用しないという選択をすることになる。慎重さと疑心暗鬼はまったく別ものだ。
自分の信じるストーリーに合致しない事実と、無数の人びとが作り上げたシステムへの信頼をすべて切り捨てていくのは、あまりにも貧しい生き方ではないかと思う。
■魔術的思考と陰謀論
日本のユーチューバーさんの中には、「もうすぐ戒厳令が発布されペロシ議員はじめ民主党員が逮捕される」など、Qアノンが元ネタらしいファンタジーを語る人が何人もいて、しかもそれが何万回も視聴され、「お話を聞いてほっとしました」「希望が持てます」などのコメントが寄せられているので驚愕する。
彼らが口にする民主党議員への根拠のない誹謗中傷は紛れもなくヘイトスピーチだが、これも親玉トランプが解き放ってしまったカルチャーなのだろう。それに同調するヘイトに満ちたコメントにもげんなりしてしまう。
事象を自分の都合のよいように解釈したくなる性向は誰にだってある。
でもマスメディア情報を嘘と決めつけ、マスコミの何倍も強烈なバイアスのかかったユーチューバーの発信する情報を「真実」と受け取るようになるまでにはかなりの段階があるはずだと思うのに、そこをあっという間に飛び越えてしまっている人が多いのに呆然としてしまう。
陰謀論者が物事を都合のよいように解釈してストーリーを組み立てる素早さは、6日、議事堂が襲撃されている最中にも伺えた。
ツイートで流れてくる細切れの映像や画像をもとに、さっそく「アンティファの仕業だ」という陰謀論が間髪を入れずに流通しはじめ、またたく間に「この人はアンティファだ。議事堂を襲っているのはトランプ支持者じゃない。民主党の仕組んだ陰謀だ」というストーリーが出来上がった。
というか、もともと心の中にそういうストーリーが出来ていて、「アンティファみたいに見える人」の写真を渇望していたのだろう。
大統領が11月からずっと繰り返していたのもまさにそれで、「不正があった」という願望にもとづく主張がまずあり、「あの箱が怪しい」「このマシンが怪しい」と、怪しげな証拠をやっきになって探しまくった結果、奇妙な証言をする証人以外に何も実のあるものは見つからず、ジョージア州に「お願いだから1万1780票探してきて」と頼むに至った。
なにしろ、バイデンが優勢と報じられていた9月の段階で、「俺がバイデンに負けるとしたら不正選挙のせいだ」「この選挙は見たこともないようなひどい不正選挙になる」と、自ら「予言」していたのだ。
トランプ政権には最初からマジカル・シンキング(魔術的思考)があった。それが顕著に現れたのはコロナ対策だ。
今年2月にトランプは「コロナなんか、奇跡みたいにすぐに消えてなくなってしまうんだ」と断言して、何も積極的な対策を取ろうとしなかった一方で、「連邦のシステムはメチャクチャだったが、俺は今まで誰もやったことのないようなすごいことをした」と、なんの根拠もなしに自分を褒め称え続けた。
現実から完全に乖離したことを事実として自信たっぷりに断言するこの大統領の性癖を、人として恥ずかしいことだと思う人がいる一方で、支持者たちは威勢のよい幻想を額面どおり受け取って心酔してきた。
■自己啓発の師とトランプ
トランプは、自己啓発の元祖であるノーマン・ビンセント・ピール牧師に、若い頃から心酔していたという。
2017年の記事で、国際基督教大学の森本あんり教授はピールの教えをこう解説している。
「一言で言えば、『自信をもちなさい』ということである。そうすれば、万事がうまくゆく。自分が成功するイメージをもち、ネガティヴな考えを追い払い、現実を楽観的に見なさい。それがあなたに力を与え、成功と幸福を約束してくれる──。」
ピールの愛弟子として扱われながら、トランプは教えのすべてを実践したわけではなかった、と森本氏は指摘する。
「明らかに、トランプは師が教えたことすべてに忠実、というわけではなさそうである。ピールは他にも『謙遜であること』、『怒りに身を任せないこと』、『口を慎むこと』、『人を憎まないこと』などを教えたが、これらはトランプの耳には届かなかったらしい。」
現代ビジネス2017年1月20日『トランプが心酔した「自己啓発の祖」そのあまりに単純な思想』
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/50698?page=3
つまり、ポジティブシンキングを自分の利益にだけ向け、残りの、人としての品性にかかわる部分をそっくり切り捨ててしまったんですね。そして、ブルドーザーのように成功を収めてきた。他者への視点が欠けているために「負けることはすなわち死ぬこと」と感じ、そのようなネガティブな考えは自分の世界から駆逐しなければならないという態度を押し通してきたのだろう。
大統領になってからもそれはまったく変わらなかった。だからこの人は負けを認めることができず、自分に都合の良い楽観的なストーリーを断言し続けるのだろう。
何度もウソを繰り返している間に、自分でもウソと現実の境目がわからなくなるというのは実際によくあることだ。わたしもそういう病的な嘘つきを個人的に何人か知っている(そういう人は大抵、最後に刑務所に行くことになる)。選挙後のトランプはそういう境目がわからない状態に陥っているとしか思えない。
でも一番驚くべきは、彼の断言する幻想に喜んで巻き込まれていく人びとが無数にいたことだ。それには、追随または黙認してきた共和党議員が大きな役割を果たしている。
■嫌悪と悪魔化
トランプのキャンペーンの常套手段は、政敵や自分の邪魔になる人を悪魔化することだった。つまり、相手を「話も通じない完全に邪悪な存在」として切り捨て、自分とその追随者だけを正義の味方にすること。この、「白か黒か、敵か味方か」のオール・オア・ナッシングのメンタリティは、陰謀論者の特徴でもある。
去年の大統領選のキャンペーンではそれがますます過激化した。トランプは
「民主党はアメリカを共産主義のキューバにしようとしている」
「民主党の市長がいる市は犯罪だらけだ」
「バイデンはアメリカを破壊する。彼を消さなくてはならない」
などと根拠のない中傷を支持者に向かって繰り返し、支持者はそれを熱狂で迎えた。
米国史上いまだかつて、大統領候補が政敵を売国奴扱いしたことはなかったし、これほど意図的に政局の二極化を深めようとしたこともなかった、とLAタイムズのコラムニストでジョージタウン大学教授のドイル・マクマナス氏は書いている。
LAタイムズ 2020年10月14日 「Column:Trump’s demonization of Biden is not normal」
https://www.latimes.com/politics/story/2020-10-14/column-trumps-demonization-of-his-opponents-is-dangerous
「共産主義」「危険」「犯罪者」といったラベルで恐怖の感情を煽り、敵認定した人を完全に「あちら側」の悪魔的存在に仕立て上げてしまう。そこには嫌悪と恐れしか生まれず、対話の余地はますます消えていく。
一方で、支持者の間には、邪悪な敵(「闇の勢力」というのが、日本のトランピアンさんの好きな言い方らしい)と戦っている正義の味方の高揚感が与えられる。
陰謀論者たちの心情にトランプの差し出すこの「答え」がぴったりはまるとしたら、やっぱりそれはかなり残念な世界だ。
日本のトランピアンさんにはスピリチュアル系の人も多いようだけど、それならどうして、あの人が巨大なエゴにとらわれていて自分しか見えない、かなり精神性に問題のある人だということが感じ取れないのだろう。
言葉の壁が理由なのだろうか。公の場で小学生に聞かせられないような下劣な罵り言葉を繰り返し、インタビューでは自己憐憫と愚痴ばかりで、自分が尊敬されていないことに常に激怒している、気の毒なねじまがった心の持ち主なのに。
その品性の低さがわからないのか、わかっていて同化して、トランプの投射する幼稚な全能感に共感し、力と喜びを感じているのか。
トランプが深めてしまった分断が癒やされるには、まだだいぶ時間がかかるだろうけれど、この1月6日の事件は、アメリカに巣食う暗部を可視化させてくれ、トランプが何であったのかをはっきりと描き出して定義し、何が危機にさらされているのかを浮き彫りにした、またとない貴重な機会になった。残念ながら犠牲者が出てしまったけれど。
もちろん、負けを認められない陰謀論者たちは次々に新しいファンタジーを生み出していくだろう。それが多くの犠牲者を生まないように願うばかりだ。
【Tomozo】
英日翻訳者 シアトル在住
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