ローマでMANGA[61]ユーリ、単行本化へ向かう/midori

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●編集部からのファックス

ユーリの連載開始直前に、作家と編集者の間でちょっとしたコンフリクトがあったことを前回書いた。おかげで通訳のわたしは白髪が増えたのだが、無事連載の運びになった。

そして単行本化に関する編集部からのファックスが、1996年の3月7日に届く。連載開始から2か月後のことだ。

御存知の通り、普通、日本ではまず週刊誌か月刊誌にManga作品が掲載され、ページ数が溜まったら単行本にまとめて刊行する。一般の白黒作品の場合は単行本一冊がほぼ400ページになる。ユーリはオールカラーだから事情が違う。

ユーリと同じ編集者、堤さん担当で、わたせせいぞう氏の「菜〜ふたたび〜」という和服を愛する女房と暮らす大学教授と、美しい日本の風物を描いた作品が、ユーリと同様オールカラーで各話8ページ構成だった。
< http://kc.kodansha.co.jp/content/top.php/1000004021 >

一般単行本は本誌の半分の大きさだけれど、カラー版は本誌と同じB5版でソフトカバーだった。カラー版は白黒よりも高くなる。ページ数は400ページではなく、ぐっと少なくして単価が上がらないようにする。

これは、編集者のファックスによると、読者アンケートから、ユーリに反応する人は男女とも若い層が多いと判断し、定価は上げられないと決めた。




ただし、単行本の後、ハードカバーの絵本を考えてもいい。絵本になったら文章を全部変える。子供が自分で読むのか、母が読んであげるのか、大人のための絵本か、ということも考えていく、とあった。常に未来へ未来へと思考し続けるわけだ。

本の価格だけではなく、刊行物の企画では「どのように売るのか」も考える。この頃、小学館からマーベルのアメコミ翻訳シリーズが刊行され、そこそこ売れて書店の中でちゃんと位置を占めるようになっていた。

編集者は、悪く言えばこのシリーズに便乗するような形で書店で近い位置を占める事ができたらめっけ物だと言った。素人頭では常にオリジナリティを主張するものだと思っていたので、商売とはそういうものかと感心した。

このファックスで、単行本に必要な追加する絵の依頼もあった。表紙、裏表紙、扉、登場人物紹介マンガ4ページ、見開き二枚、カット3〜4点、急いで。

イゴルトは、知り合いのイタリアのグラフィックデザイン事務所と仕事をしたい、と言って編集部を納得させた。日本のデザイン事務所の質を疑ったのではなく、自分の目で確かめつつ、納得の行く仕事をしたい人なので直ぐに連絡をとれる地元ボローニャの事務所を選んだのだった。

編集者も海外のデザイン事務所と仕事をするのは初めて。何度もアイデアのラフを出してくれと懇願している。

ネットが普及した今だったら日本の事務所でもよかったろうし、単行本の原稿がすべて揃って、印刷所へ回るまでにあった時間のロスもかなり回避できたろうにと思う。

海外の作家の作品を日本の週刊誌に掲載するという大冒険に、まだ周りの環境が完璧に整ってはいなかった。

このシリーズのはじめにも書いたけれど、連絡は電話、ファックス(文明の利器!】、原稿は宅配だ。編集部も中に入る私も国際電話代が嵩んだし(時には旦那の給料の半分位の請求が来た)、宅配はすべて出版社持ちだったからこれも制作費に入る。週刊モーニングが100万部を売っていた時代だったからできた贅沢な企画だったといえる。

ネット様が使えれば、もっともっと身近かな企画だったのに。ただし、経済的な意味と時間のロスの意味において、である。

ネットが当たり前の時代になっても、Mangaと欧米コミックスの構成法には大きな違いが歴然とあり、この違いを認識して乗り越えるのは容易ではない。新人を多く発掘し育て上げた、ベテランのモーニング編集部でも10年かかった。

●編集者の頭のなかで単行本が具体化していく

上記の3月7日のファックスで、編集者はとりあえず単行本に必要な作画を依頼し、大雑把な単行本仕様を作家に伝えた。

同月21日の編集者からのファックスには、さらに具体化した様子が見て取れる。本を作るには中身の原稿があればできるわけではない。本文、表紙、ソフトカバーに使用する紙を選択し、出来上がりののトーンを決めねばならない。

紙の選択を終え、「束見本(印刷がされてない紙だけの本)」も作って、私も送ってもらった。全く白紙の自分史みたいな本を見たことがあるけど、印刷関係者が束見本を見て商品にしたんじゃないかと思う。

本好きとしては、真っ白な本はあらゆる可能性を秘めた宝箱のように見えて、撫でさすって楽しんだ。

デザイン事務所への依頼として、使用出来る色の確認もあった。曰く、カバーは4色と特色1色使用可、カバー裏は白。表紙、背、裏表紙はコストを下げるために1色。見返し1色。本文4色。

カバーの裏表紙にはバーコードとISBNナンバーが入るので、白地をとってくれという依頼もあった。作家のイゴルトはそんな乱暴な構成はジサツ行為だ! と大いに反発し、バーコードもデザインの一部のように優雅に収めるように、デザイン事務所と案を練るから待ってくれと返事があった。

編集仕事は様々な作業を並行して行う。作品のことだけではなく、制作費の許可を出す営業への運動も大事な作業だ。

4月の始め、編集者は営業へ企画を通すための草案を私にファックスしてくれた。いかにユーリが読者に待ち望まれているか。「菜」「GON」他の海外作家の作品とともに、モーニングのカラーデラックス版として充実していく。

ウソも入っていると言っていたけれど、草案の中にあった絵本やアニメ、キャラグッズなど二次、三次使用の可能性はウソではない。結局は実現しなかったけれど、ユーリはそうした強さを持つキャラクターではあった。

ただ一回の掲載で人気が出る作品はそうたくさんない。大ヒットになった作品も、回を重ねて、その世界が徐々に読者に受け入れられて行く。ユーリはそこまで行く時間を与えられなかった。

●ゆるゆると進む作業

4月の半ばの編集者からのファックスで、表紙のレイアウトでユーリの絵をもっと大きくするようにと訂正依頼があった。イゴルトからの反応はその10日後で、ラフで出たOKの後での訂正を非難している。

見せるラフは試行錯誤の後で、思いつきで出していない、と憤慨していたが、イゴルトは結局、いつも編集者の意見を取り入れた。

この頃、私からイゴルトへの連絡は電話で直接している。日本語のファックスをイタリア語に直して、入力してプリントアウトしてファックス、という作業にかかる時間を省くためだ。

電話で会話というのは苦手な作業で、ストレスを解放するために無意識に爪で顎をひっかくという癖がこの頃に出ていた。イタリア語の語彙が充分ではない上に、仕事上の会話だから間違いがあってはならないと、緊張がたかまった。

イゴルトはいつも丁寧だったけれど、編集者の要求に対して反対だと、人間の反応としてとりあえず会話中の私に対して文句を伝える。わたしは文句を言われると萎縮してしまうのだった。顎をヒリヒリさせながら電話の会話を繰り返した時期だった。

5月に入ると、表紙や足したページ部分の日本語表記が問題になっている。なんでもしっかり自分の目で確かめたいイゴルトは、日本語の写植を送ってくれと言ってきた。印刷に現れるすべての文字は写植を使っていたのだ。今では信じられないけれど。

さすがにデザイン事務所は期限を気にして、たぶん文字関係は日本に任せたほうがいいよね? イゴルトにもそのように伝える、と言っていた。

さらに、追加ページの絵がまだ上がっていない、追加ページの文章が上がっていないと編集者から、再三請求するファックスがある。

タイトル、出版社名、作家名が日本語表記も必要だがどこにどのように入れるのか、ラフを送ってくれ。デザイン作業はすべてディジタルでやっていたので「インターネットを使ってサーバーに上げ、URLを送ってくれてもいいよ」と堤さんのファックスに見える。

1996年晩春。ほとんどがアナログ回線で、使ってる人はあまりいなかった。ネットでやり取りの初期だ。海外作家企画の時期がもう少しずれていたら... と再々度無駄なことをおもってしまう。

イゴルトは遊んでいるわけではないのだけれど、他の仕事も同時に進めて大忙しの人だった。バンドまで持っていたのだから。

ここへ来て急にスピードアップして面食らっているというイゴルトだったが、編集部からして見たら、3月のはじめに依頼を送っているのだから2か月経ってまだ揃っていない、というのがおかしな話だった。

イタリア側ののんびりぶりに「締め切りを設けたほうがいい」と私の意見を伝えたところ、6月11日〜14日 本文入稿。19日〜21日:本文初校出。7月1〜2日:本文再校出。5日:戻 責了。8〜12日:印刷。15〜18日:製本。23日:発売日。という進行表を送ってきて「6月3日には全部私の手元に届くように」と指定してきた。

そして、無事に刊行になったのだった。
< http://www.igort.com/books-notavailable_yuri.html >

今は絶版。ヤフオクにも出ていないようなので、この頃買った人は大事に抱えているということなのだろうか。ならば、関わった一人として嬉しい。

ユーリの冒険はまだ続く。次はユーリ、第二部です。


【みどり】midorigo@mac.com

安倍政権になって、なんだかそれだけで株価が上がったり、次々と打ち出す政策、国会も民主党からのアホな質問以外はまとなも国会らしい審議になって、やっと外交を含めた国政がなされていると安心してます。

安倍さんのカツカレーに始まって、麻生さんのボルサリーノ姿を揶揄するマスコミもあるようですが、「そこしか叩くとこないわけだね」と、逆に安心するネトウヨであります。

2月末に、イタリアでも総選挙。出ない出ないと言っていたベルルスコーニがやっぱり登板。モンティ首相が再設置した固定資産税を撤廃する、そればかりではなく今回払った分を全部返すとまで言い出した。

前回、固定資産税を廃止するといって政権を取ったベルルスコーニが率いたイタリアは、倒産率アップ、失業率アップ、物価アップ。フィアットが危なくて、かの磁器の名家、ジノリも倒産。15歳から24歳の若者の失業率は35%。

収入がなければ犯罪が増える。ナポリの郊外を本拠地とし、扱い総額がシチリアのマフィアを超えたカモッラは、この土地の若者たちの優先的な「就職先」になっている。

知り合いを通じてなるべく楽して、あれこれを手に入れるというイタリア人の底に流れるメンタリティをどうにかしないと、政治は腐敗したままなのではないかと思う。

庶民は、例えば、知り合いを通じて病院のアポをなるべく早めにとってもらったり、事務所からコピー用紙を自宅に持ってきたりする程度の行為をする。上に行くに従ってその行為が大きくなってしまって、政治家の公的資金の私有化を止めることはできないのではないかと思う。

大好きなイタリアが傾いていくのを見るのは忍びない。

主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
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