Scenes Around Me[31]東京大学駒場寮の事(10)アリテンで出会った人々/関根正幸

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これまで書いてきたように、1998年に入ってから私は駒場寮内にあったサークル蟻天獄の部屋(アリテン)に入り浸り、寝泊まりを繰り返す様になりました。

当時のアリテンには様々な人が出入りしていましたが、彼らとの間で思い出せる事はそれほど多くありません。

というのも、私は前回書いた事情で自宅に帰れず、アリテンを避難所にしていました。

そのため、アリテンでは誰とも話さずに寝てしまうことが多かったせいかも知れません。

今回は、その数少ない記憶の中から、印象に残っている幾つかの出来事について書いてみることにします。







蟻天獄の設立メンバーのうち、歌舞伎の女形の中村しのぶさんは、海外に巡業に出ていました。

武盾一郎さんも、阪神淡路大震災で被災した神戸市長田区内の下中島公園(しんげんち)に移り住んで、仮設住宅村の集会所に壁画を描いていました。

なので、アリテンでよく顔を合わせていたのは、サークルの責任者だったテツ君と、大川興業にいたバンビ高橋(ヒデ)さん、および彼らの仲間たちでした。



ある晩、アリテンの有志で、駒場キャンパス一号館(時計塔のある建物)と駒場寮を結ぶ、地下道の探索を試みました。

参加者はテツ君の同級生(?)だったヤノ君と、ヒデさんの大学時代の知り合いのコック、他二、三人だったと思います。

一号館の北東隅には地下に下る階段があり、その先に扉がありました。

その扉は普段施錠されているのですが、たまに鍵が開いているらしく、扉から地下道に入ることができたそうです。

そして、その地下道は駒場寮までつながっている、という話は以前から聞いていました。

その晩、扉の鍵が開いているとの情報を得て、皆で一号館に向かいました。

ところが、扉は施錠されていて、一号館から地下道には入れませんでした。

ヤノ君は駒場寮の入り口付近にあった鉄蓋を開けて中に入ってみましたが、地下道を見つけられなかったかったようで、しばらくしてから這い出てきました。

そこで探索は終了しました。

この日の写真は何枚か撮っているはずですが、ネガが見つからず、今回は紹介しません。



次に、駒場寮生だったバタイユ君の話をします。

バタイユ君は、数学(数理科学)科の学生だったので、私の後輩にあたります。

ですが、バタイユ君はだめ連界隈に出入りしていたので、彼を知ったのは大学ではなく、だめ連が運営していた早稲田あかねでした。

ある時、バタイユ君がアリテンにやって来て、自分で根性焼きを入れてみたと、赤く腫れ上がった腕を見せてくれたことがありました。

その時、私は何を考えたのか、タバコの火は高温なので火傷したが、ロウなら大丈夫だろうと思い、明り用のロウソクを手にとって、ロウをバタイユ君の腕に垂らしました。

バタイユ君は特に何も抵抗せず、ロウを腕に落されるがままにしていました。

ところが、次にバタイユ君に会った時に腕を見せられると、ロウを垂らした跡
は根性焼きと同様、赤く腫れ上がっていました。

しばらくの間、ことあるごとにバタイユ君は私に腕を見せてくるので、辟易し
ていましたが、今は悪いことをしたと思っています。



また、リョウさんというロックギタリストが、私が大学で数学を教えていると知り、訊きたいことがある、とアリテンにやってきたことがありました。

その時は、奢ってやるからと言われ、駒場東大前にあるスナックに連れていかれました。

そこで、リョウさんに次のような質問をされました。

「私は宇宙の根底に流れる真理を知りたいと思った。そのためには物理の法則を知る必要があると考えて、物理の本を入手して紐解いてみた。ところが、そこで行き詰まってしまった」

「本に出てくる方程式が、左辺=0、と右辺が0になっているのが理解できない。だって、方程式というのは右辺と左辺が釣り合っていることを表しているのだろう? だったら0と釣り合うなんてありえないじゃないか」

今思うと、その物理の本を見せてもらって話をするべきでした。

もしくは、小中学校で習ったはずの、移項の話を復習してもらえばよかったのかも知れません。

ですがその時は、リョウさんはエスプリのある説明や例えを求めている、と私は思いました。

結局、私は、方程式をそのような形に変形することは可能だと説明するに留まり、リョウさんを納得させられる話は出来ずに終わりました。

リョウさんとはそれ以来会うことはありませんでした。

リョウさんがTHE FOOLSの川田良さんだと知ったのは、数年前にネットでリョウさんの訃報を見た時でした。

今でも、リョウさんに上手い説明の仕方はなかったものかと考えることはあります。



今回は、1999年3月に撮影した同潤会清砂通アパートの写真を紹介します。

https://farm1.staticflickr.com/922/43081108662_3f5bab00b0_c.jpg

この頃、私はオブスキュアギャラリーのメンバーが共同生活をしていた、豪徳寺の一軒家に出入りしていました。

ある時、豪徳寺に遊びに行くと、彼らはロケ写真の撮影に適した螺旋階段を探していました。

そして、参考資料として「散歩の達人」に掲載された、清砂通アパートの階段の写真を見ることになります。

別の機会に、東京都の再開発計画が記載された地図を見て、清砂通アパートが2000年末に取り壊される予定であることを知り、慌てて撮影に行きました。

写真は、前の年に写真展を見たアジェの影響を受けていると思っています。


【せきね・まさゆき】
sekinema@hotmail.com
http://www.geocities.jp/sekinemajp/photos

1965年生まれ。非常勤で数学を教えるかたわら、中山道、庚申塔の様な自転車で移動中に気になったものや、ライブ、美術展、パフォーマンスなどの写真を雑多に撮影しています。記録魔