
まとめてバックナンバー↓
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白石昇です。私はとりあえずノート=ウドム・テーパーニットの事務所をあとにするとタクシーに乗って都心の待ち合わせ場所に向かう。エロ本を作るために引きこもっているときにはひとりでタクシーに乗って移動することになるなんてあり得なかった。
日本から持ってきた金を多少多めに使うことになるだろうが、五日までに話をまとめなければならないと私は思っていた。そしてそのために今夜、エロ本の代理店になってくれるかもしれない会社の社長と会って話をしなければならなかったのだ。
その会社は都心の高層ビルの中にあった。会社に着くと友人の女性が、いらっしゃい、と言って出迎えてくれた。オフィスの中で忙しそうに電話で話している男性がどうやら社長らしい。おそらく何歳か年上だろうが、私とそんなに年は変わらないように見えた。
彼女から出されたコーヒーを飲んでいると、じきに電話を終えた社長がこちらに来て、はじめまして、と言って私に名刺をくれた。すみません、名刺ないんで、と言いながら私は、白石昇です、と社長にお辞儀する。
いや面白かったですよ、エロ本、と言って社長は泰国紀伊国屋書店のステッカーが貼られたエロ本を持ってきた。それを見て私は少し感動した。発売して二ヶ月以上、手売りではなく実際に書店で買われたエロ本を目にしたのは初めてだったからだ。
彼は、もう仕事終わりですから、一緒に食事に行きましょう、と言って社長は私と友人女性を車に乗せると、さらにバンコクの都心に向かった。途中でエロ本の翻訳を手伝ってくれた工学博士の友人女性とその恋人が合流し、食事は五人になった。
工学博士たちと私は何度も会ったことがあったし、時折メールで連絡も取っていた。私と社長は初対面だったが、二人は日本に留学していたときから社長とは知り合いで、せっかくだから一緒にと社長が呼んだらしい。
エアコンの効いた中華料理店に連れて行かれ、促されるがまま席に着くと社長は、自分の会社の業務概要を私に丁寧に説明してくれた。輸入やコーディネート、人材派遣などをやっている会社らしい。
しばらくすると私たちが座っている円卓に赤茶色にこんがりと焼かれた北京ダックが運ばれてきて、グラスにはハイネケンが注がれた。私はなんだか今自分を取り巻いている状況がよくわからなくなった。
昨日の朝までは毎日バイト先に自転車で通い、昼休みに自転車を片手運転で漕ぎながら昼食のおにぎりを食べつつネットで注文があったエロ本を一冊、二冊とバイト先近くの郵便局から郵送していた地味な長崎での生活からすると今のこの状況はすごくウソっぽかった。
特に今、目の前に存在する北京ダックとハイネケンが見るからにウソっぽかった。寒い長崎から昨日バンコクに到着して丸一日、徐々に毛穴は広がってきていたが、バンコクにおけるいろんな感覚がまだ私にはちゃんと定着していない。特に金銭感覚がしっくりこない。
私は確かに自分で借金して製作した二千冊以上のエロ本を買い戻すだけの大金を日本から調達してきていたが、その金額は私が普通にこの国で生活していれば、働かなくても二年は暮らせる金額だ。
その金を今、私は肌身離さず身につけて北京ダックを食べていた。そして明日の朝、現在の代理人であるパパにその現金を叩きつけてパパとは縁を切る予定だった。
私は、申し訳ありませんが、販売手数料は一割しか出せないんです。それでいっぱいいっぱいで、それでも良ければ販売代理をお願いしたいのですが、と言った。
社長は、白石さん、安すぎますよこのエロ本。こんなにカラー使ってこんな値段で出して。こっちの駐在員がいくら給料もらってると思ってるんですか?と言った。
私はそんなの知らないし興味もなかったので適当に笑顔を返す。エロ本を作るまでほぼ二年間、私は収入もなくバンコク都内を離れサムプラカーン県で引きこもっていたのだ。在泰日本人の給料なんて知るわけがない。
社長は、条件はそれでいいんですが、お願いがあるんです、と言い、グラスの中のハイネケンを飲み干してから、うちの会社のプロモーションにこのエロ本を利用させてもらいたいんです、と言った。
私は、それはどういうことですか? と私は聞く。社長は、一度在泰の日系マスコミを集めてウドムさんに記者会見をやって欲しいんです、と言った。
つづく。
【しらいしのぼる】< http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/
>
言語藝人。昭和44年5月1日長崎県西彼杵郡多良見町生まれ。『抜塞』で第12回日大文芸賞を受賞。訳書にノート=ウドム・テーパニット『エロ本』、『gu123』。
エロ本販売サイト(販売再開いたしました)↓
< http://hp.vector.co.jp/authors/VA028485/erohonyakaritenpo.html
>
アマゾンでの取り扱いも始まりました。
< http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20061003/r1
>
『エロ本』及び新刊『gu123』日本国内販売店舗リスト
< http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20051121
>
報道実績
< http://hp.vector.co.jp/authors/VA028485/erohonyakaritenpomedia.html#erhn-press
>
mixi —エロ本コミュニティ
< http://mixi.jp/view_community.pl?id=38847
>

日本から持ってきた金を多少多めに使うことになるだろうが、五日までに話をまとめなければならないと私は思っていた。そしてそのために今夜、エロ本の代理店になってくれるかもしれない会社の社長と会って話をしなければならなかったのだ。
その会社は都心の高層ビルの中にあった。会社に着くと友人の女性が、いらっしゃい、と言って出迎えてくれた。オフィスの中で忙しそうに電話で話している男性がどうやら社長らしい。おそらく何歳か年上だろうが、私とそんなに年は変わらないように見えた。
彼女から出されたコーヒーを飲んでいると、じきに電話を終えた社長がこちらに来て、はじめまして、と言って私に名刺をくれた。すみません、名刺ないんで、と言いながら私は、白石昇です、と社長にお辞儀する。
いや面白かったですよ、エロ本、と言って社長は泰国紀伊国屋書店のステッカーが貼られたエロ本を持ってきた。それを見て私は少し感動した。発売して二ヶ月以上、手売りではなく実際に書店で買われたエロ本を目にしたのは初めてだったからだ。
彼は、もう仕事終わりですから、一緒に食事に行きましょう、と言って社長は私と友人女性を車に乗せると、さらにバンコクの都心に向かった。途中でエロ本の翻訳を手伝ってくれた工学博士の友人女性とその恋人が合流し、食事は五人になった。
工学博士たちと私は何度も会ったことがあったし、時折メールで連絡も取っていた。私と社長は初対面だったが、二人は日本に留学していたときから社長とは知り合いで、せっかくだから一緒にと社長が呼んだらしい。
エアコンの効いた中華料理店に連れて行かれ、促されるがまま席に着くと社長は、自分の会社の業務概要を私に丁寧に説明してくれた。輸入やコーディネート、人材派遣などをやっている会社らしい。
しばらくすると私たちが座っている円卓に赤茶色にこんがりと焼かれた北京ダックが運ばれてきて、グラスにはハイネケンが注がれた。私はなんだか今自分を取り巻いている状況がよくわからなくなった。
昨日の朝までは毎日バイト先に自転車で通い、昼休みに自転車を片手運転で漕ぎながら昼食のおにぎりを食べつつネットで注文があったエロ本を一冊、二冊とバイト先近くの郵便局から郵送していた地味な長崎での生活からすると今のこの状況はすごくウソっぽかった。
特に今、目の前に存在する北京ダックとハイネケンが見るからにウソっぽかった。寒い長崎から昨日バンコクに到着して丸一日、徐々に毛穴は広がってきていたが、バンコクにおけるいろんな感覚がまだ私にはちゃんと定着していない。特に金銭感覚がしっくりこない。
私は確かに自分で借金して製作した二千冊以上のエロ本を買い戻すだけの大金を日本から調達してきていたが、その金額は私が普通にこの国で生活していれば、働かなくても二年は暮らせる金額だ。
その金を今、私は肌身離さず身につけて北京ダックを食べていた。そして明日の朝、現在の代理人であるパパにその現金を叩きつけてパパとは縁を切る予定だった。
私は、申し訳ありませんが、販売手数料は一割しか出せないんです。それでいっぱいいっぱいで、それでも良ければ販売代理をお願いしたいのですが、と言った。
社長は、白石さん、安すぎますよこのエロ本。こんなにカラー使ってこんな値段で出して。こっちの駐在員がいくら給料もらってると思ってるんですか?と言った。
私はそんなの知らないし興味もなかったので適当に笑顔を返す。エロ本を作るまでほぼ二年間、私は収入もなくバンコク都内を離れサムプラカーン県で引きこもっていたのだ。在泰日本人の給料なんて知るわけがない。
社長は、条件はそれでいいんですが、お願いがあるんです、と言い、グラスの中のハイネケンを飲み干してから、うちの会社のプロモーションにこのエロ本を利用させてもらいたいんです、と言った。
私は、それはどういうことですか? と私は聞く。社長は、一度在泰の日系マスコミを集めてウドムさんに記者会見をやって欲しいんです、と言った。
つづく。
【しらいしのぼる】< http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/
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言語藝人。昭和44年5月1日長崎県西彼杵郡多良見町生まれ。『抜塞』で第12回日大文芸賞を受賞。訳書にノート=ウドム・テーパニット『エロ本』、『gu123』。
エロ本販売サイト(販売再開いたしました)↓
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- テーパーニット ウドム 白石 昇
- 白石昇事務所 2005-09-01